第11話「予想外です」

(う.....なんだ?)


 寝苦しさに俺は目を開けた。


 久しぶりに熟睡したせいか覚醒まで時間がかかる。


 ボーっとした眼で横を見ると。


「は?」


 すぐ隣ではフランが寝息を立てながら俺の首にまとわりついてた。


 言いたいことは山ほどある。


 山ほどあるのだがそれ以上に。


「てめえは誰だよ」


 目線を天井に向けると、そこには蜘蛛のように張り付く男が俺たちを見下ろしていた。


 闇に溶け込む黒い身軽な素材でできたコートを着て、口にはナイフを咥えている。


 まさか、こいつアサシンか。


 いやアサシンだよな。


 どう見ても。


「なぜバレた。酒に薬仕込んだ。貴様は熟睡」


 どうりでやけに寝つきがよかったわけだ。


 こいつは酒に薬を仕込んでいたらしい。


 いつ仕込んだのかは知らないが。


 その時に毒薬でも混ぜれば俺を殺せたかも知れないのにな。


 でもこいつにもこいつなりの流儀があるのだろう。


 簡単には殺さない。


 上に行けば行くほどそういう縛りを自分にかすようになる。


 気持ちはわかるぜ。


「で、どうすんだよ」


 俺は首にフランをまきつかせたまま聞いた。


 ここでバッと飛び起きて殴りにかかってもいいが、そしたら衝撃でフランが吹っ飛んじまう。


 フランくらいの体重だったら、最悪壁に激突して死ぬ。


「お前、身動き取れない、変わらない」


「だから?」


「——殺すッ」


 直後、暗殺者は俺に向かって天井から降ってきた。


 手に持ち替えられたナイフは一直線に弧を描きながら俺の頭部に向かってくる。


 俺は顎をグッと上にあげた。


 間一髪、そのナイフをガキンッと歯で挟んで受けとめる。


「ほいほい、ほえでしまいか?」


 俺の予想とは裏腹にマスクに隠された暗殺者の目は死んでいなかった。


 むしろさっきよりも高揚している?


(...........毒かッ!!)


「正解、ナイフに毒、苦しむお前、一方的に斬りつける、それがしたい、そうしたい」


 俺の反応を見て察した暗殺者は全体重をナイフに掛ける。


(こうなったら我慢比べだ)


 俺はナイフを口から外すことを諦め、顎の力だけで暗殺者の全体重を抑えた。


 徐々にナイフが俺の口内に迫ってくる。


 俺は両手で男の頭蓋をつかんだ。


 そのまま握りつぶす。


「ぐぐぐ....ぐがぁぁ」


(どこまで耐えられる?アサシン!)


 俺は歯を食いしばりながら頭蓋を潰している。

 一方暗殺者はナイフを命がけで押し込んでいる。


「......ん~。怪物さん、もうお腹いっぱいですか~」


 同時に隣ではフランが寝言を言っている。


「ぐぐぐぐぅ」


 だんだんと暗殺者の力が抜けてきた。


 手にも頭蓋が圧縮されていく感触がある。


「もっと食べてもいいですよ........」


 フランが俺から離れて寝返りをうったところで、暗殺者の頭を鷲づかみした俺はベッドから降りた。


 ペッとナイフを床に捨てる。


 暗殺者は意識がまだ朦朧としているのか、うめき声をあげながら弱弱しい手で俺の腕を掴んでいた。


 部屋の扉を静かに開け閉めすると、暗殺者を引きずって廊下を歩く。


「お前、名前は?」


「うッ....うぐぅ....」


 マスクからは血が流れ落ちていた。


 潰しちゃいけないところを潰したか。


「解毒薬はもちろん持ってるよな」


「あがぁっ、あっ、あ...」


「無理するな。聞いてねえから」


 宿から出ると外は真っ暗だった。


 人通りはまったくない。


 月だけが照らす真っ暗闇だ。


 暗殺者の服をまさぐってそれっぽい薬瓶を見つけた俺は匂いをかいだ。


「こういうのは専門外なんだよな」


 かいだといっても匂いで判別はつけられない。


 こういうのはアクネスのやつが得意なんだが。


 とりあえず毒味させるか。


「ほらよ。これでも飲んで元気だせ」


「ごぼっ、ごぼぼぼぼっ」


 暗殺者の口にそれを注いで待つこと数分。


 こういうやつらが持っているのは即効性の毒であることが多い。


 こいつが死んでないってことはたぶんこれは毒薬じゃなくて解毒薬のほうだ。


 俺はそれを飲み干すと瓶を捨てた。


 カランカランと瓶が転がる音が響く。


「惜しかったなアサシン。色々と仕込んでたみたいだが、運が悪かった」


 おそらくこの街に来てから襲撃者の気配をまったく感じなくなったのはこいつのせいだ。


 暗殺者にしては身体が丈夫だし、俺と我慢比べできるほどに根性もある。


 かなりやり手の暗殺者なのだろう。


 勝手な推測だが、こいつは他の襲撃者を全員殺して俺たちに安心感を与えていたのではないだろうか。


 人間は退屈になると気が抜けて油断する。


 隙が生まれるまで待っていたのだ。


 そしてベストタイミングで俺の酒に薬を仕込んで寝込みを襲う。


 実際、フランが俺の首を絞めていなければこいつのナイフに深くまで突き刺され俺は死んでいたかもしれない。


「恨むなら、あのガキを恨むんだな」


 俺はそのまま頭蓋を砕いた。


 頭部があいつらが食べてたスイーツみたいに柔らかくなったのを確認すると、路地裏にあったゴミ捨て場に暗殺者を投げ捨てた。


「寝返すか」


 その日はそのまま二度寝した。


 部屋に戻るとフランが完全に俺のベッドを占領していたので俺は隣のベッドに寝た。



 ———



 日の光に目を覚ました俺はベッドから起き上がる。


 隣のベッドではフランがまだ眠っていた。


「おい、起きろ」


 俺はいつも通りベッドの脚を蹴ると彼女を起こした。


「もう食べなくていいんですか........。遠慮しなくても........」


 思ったんだがこいつは一体どんな夢を見てるんだ?


 何かに餌付けしてるようなセリフなんだが。


 まさか、俺じゃないよな。


「いい加減起きろ」


「ん~。あ、おはようございます」


 フランは寝ぼけた顔をしながら俺に挨拶した。


「なんだか変な夢を見ました。天井に蜘蛛が張り付いてて、それを怪物さんが潰すんです。グシャって。とてもエキサイティングでした」


「そりゃよかったな。朝飯にするぞ」


「連れてってください」


「............」


 もはや反論する気力を無くしていた俺はフランを脇に抱えて階段を降りた。


 食事場につくとそこには既にアマネの姿が。


「あ、よかった~。今朝目が覚めたらフランちゃんがいなくなってるから心配したのよ」


 彼女は安堵した様子で倒れるように席に座った。


 ってことはこのガキは一人でここまで来たのか?


 よくその間に連れ攫われたりしなかったな。


 あの暗殺者は一体何を考えてたんだか。


 フランが一人になったところで連れ去ればよかったのに。


 そんなに俺を殺したかったのか?


「夜何かあったの?寝不足みたいだけど」


 アマネは俺の顔を見ていった。


「何も」


 俺はこう答えた。


 一々説明するのめんどくせえわ。


 フランを椅子に乗せると、彼女はよろよろしながらも自立する。


 そして何故だか俺の方へとわきわき寄ってきた。


 避けたいところだが、椅子が狭いせいでこれ以上端に寄れない。


「それで、アクネスから連絡はあったのか?」


 俺は隣で身を寄せるフランのことは一旦無視することにした。


 フードを被ってなかったのでそれをバサっと被せる。


「まだよ」


「もしかしたらやられてたりしてな」


「かもね。それならどうする?」


「ルート変更だな。このガキをもっと連れ回して遊ぶ」


 俺の答えに対しアマネは『ほんとそればっか』と笑った。


 適当なメニューを注文する。


「そういえば、怪物さんとアマネ、それとあの狼さんは仲間なんですよね?それなのになんていうか…」


 フランは水をちびちび飲んでいた。


 狼ってのはアクネスのことだな。


「仲間っぽくない?」


 アマネも水を飲みながら頬杖をつく。


「そりゃそうだろ。俺たちはただ同じ目的のために集まってるだけだからな。仲良しするために一緒にいるわけじゃねえ」


「目的?目的ってなんなんですか?」


 フランが興味津々な様子で聞いてきたが、俺たち二人は答えない。


 崩壊の魔女の転生先である器を探すのが組織の第一の目標だ。


 フランもその候補の一人。


 もしかしたらこいつの中に崩壊の魔女が眠ってるかも知れないし、今は一時的に記憶をなくしているだけかもしれない。


 俺たちのボスのとこにつれてけばそれがわかる。


 だからこうやって連れ回してるんだが。


「ねえ。別に最終目的は話してもいいんじゃないの?」


 アマネが俺に聞いてきた。


 その目線の先には目で訴えかけているフランが。


 こいつ、ガキにほだされやがって。


 まあ別に秘密にしてるってわけでもないから話しても問題は無いと思う。


 ただそれはこの世界では禁忌とされていることだ。


「お前がリスクを背負うなら勝手にしろ。四龍はどこで聞いてるかわからない。俺は巻き込むなよ」


「大丈夫よ。誰にも聞かれてないから」


 アマネはピクピクと猫耳を動かしている。


 目視する限りこの食事場には誰も居ない。


 調理場から物音が聞こえてくるが、客である俺たちの話に聞き耳を立ててはいないだろう。


「実はね。ある方法で四龍を殺そうと思ってるのよ」


「え!ほんとですか!?」


 小声で喋ったアマネに対し、フランは割りと大きめの声で驚く。


 アマネがしーっとすると、フランは両手で口を塞いだ。


「でもどうやって?四龍は神を殺した龍族の頂点に君臨する生物なんですよね?それにそんな計画は立てること自体盟約違反なのでは...」


 聞かれたアマネは俺に顔を向ける。


 もう勝手にしろ。


 そこまで言ったなら全部ゲロっちまえ。


 このガキに止められるわけねえからな。


「崩壊の魔女よ。知ってる?」


「知ってます。あの伝説に出てくる魔神戦争を起こした魔女ですよね」


「それならわかるでしょ。四龍に対抗できるのは魔神だけ。その魔神を召喚したのは崩壊の魔女だけ。つまり私達が求めているのは....いてっ、ちょっと!」


 そこまで言ったところで料理が運ばれてきた。


 話に夢中になっていたのかアマネがまったく気がついていなかったので俺は彼女の足を蹴って中断させた。


「それくらいにしとけ」


 廊下側にいた俺は料理をフランの前まで寄せると自分の分を食べ始める。


「まあつまり、私達には壮大な夢があるのよ。どう?凄いでしょ?」


「凄いです!まさに世界をひっくり返そうというわけですね!」


「そういうことよ」


 自慢気に鼻を鳴らすとアマネは手を動かし始めた。


(世界をひっくり返す、ねえ……)


 俺は思いながら冷淡な目を向ける。


 こいつはそういう気持ちでこの組織に参加してるんだろうが、俺はそうじゃない。


 おそらくあの拝金主義者アクネスも違う目的がある。


 あいつのことだから崇高な目的ではないだろうが。


 その個々人の目標を達成するための過程として崩壊の魔女を蘇らせて魔神を召喚、そいつに四龍を殺させるってのがあるだけで、俺たちは同じ理念を掲げているわけではないのだ。


 目的は同じでもその先の理想が違う。


 俺たちほどの粒ぞろいの猛者をまとめて同じ目標に向かわせる人物が居た。


 だからたまたま同じ方向に力を向けてるってだけ。


 アマネが死のうがアクネスが死のうが、代わりが入ってくるならまったく問題じゃない。


 俺たちのつながりなんてのはその程度のものだ。


 フランが残した分も俺が食べると皿が綺麗になった。


 朝食を済ませた俺たちは宿の中にずっと引きこもってるのもあれなので街を散歩していた。


 夕焼けが沈むまでフランに付き合わされた俺とアマネは、噴水がある広場のベンチに腰を下ろす。


 フランは夕焼けを反射する噴水の水に手をいれて遊んでいた。


「ね。あの子の中に崩壊の魔女が眠ってると思う?」


 アマネはベンチの端に座っている。


「さあな。俺たちが考えたところで結果は変わらねえだろ。だが」


「だが....なに?」


「アクネスが最初、フランを見て外れって言ってただろ?あれはなんでなんだ、とふと思ってな」


 俺は夕焼け雲を見ながら呟いた。


「確かに、どうしてすぐにハズレなんて言ったのかしら.....?あ、わかった。あなたへの嫌がらせじゃない?単純に」


「あいつはそういう幼稚なことはしねえよ」


 とは言いつつもなんだかそんな気がしてきてしまうのは、俺があいつのことを心底嫌いだからだろう。


 仮に嫌がらせだったとしたら、奴を全力でぶん殴った後に、あいつの鎖でグルグル巻きにして街を引きずりながら一周してやる。


「そういえばあいつは組織に入る前何してたって言ってたっけか」


 いつだかポロッと口にしてたような。


 内容は全く覚えてないが、そんな気がする。


「えーっと....あ、思い出した。治療師じゃない?」


「そりゃ嘘だろ」


 治療師なんて稼げない仕事をあいつがしてるはずねえ。


 薬を作って人の傷や病を癒すなんて、マジックアイテムの技術が発展してる今日じゃほとんど廃れた職業だ。


「やっぱり?じゃあ、なんだったかしら.......?」


 この会話に意味はない。


 適当な時間つぶしだ。


 だから俺たちはその後深く思い出すことはしなかったし、会話もここで途切れた。


「おいガキ。もう帰るぞ」


「見てください怪物さん。びしょびしょになりました!」


「そうか」

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