第8話「よくも俺のデザートをぉ!!」

(.....思ったよりも多いな)


 俺はその気配に目を覚ました。


 外から感じる気配の数は数十はある。


 どうやら組織的に行動してガキを狙っているようだ。


 隣のベッドを見れば、ぐーすかぴーすか枕にしがみついたフランが寝ていた。


 エキサイティングな祭りが始まるから起こしてやるか、とベッドの脚を蹴ろうとすると俺の足はピクリと止まる。


 直感が、何かを訴えている。


(..................まずいッ!!)


 床を思い切り蹴飛ばした俺は、腕をクロスして部屋の窓を突破。


 視界には埋め尽くさん限りの火球が。


 二階から飛び降りつつ、それをすべて防ぐため最大出力でシールドドームを展開した。


 地面に着地してもなお、俺の展開するシールドに向けて火球が連射され続ける。


 しかし、俺のスキルは『アブソードシールド』。


 この程度の魔法なら泥に落ちるしずく程度だ。


 難なく吸収できる。


 半透明のドームの中で森の中から感じる気配の数を探っていると、集中砲火が止まった。


「おいおい、ガキが死んだらどうすんだよ」


 シールドを解除した俺は一番強い気配に向かって語りかけた。


 真ん中中央、その他の有象無象は見えないそいつの機嫌を探るように動いている。


「いやー、おみごと。お前、只ものじゃないな?」


 深い森から出てきたのはなかなかキツイ顔をした男だった。


 顔のそこら中に切り傷がある。


 白髪に黄色い瞳、無精ひげを生やしていた。


 腰には一本の剣をさしている。


「46か?」


 俺は聞いた。


「残念。80だ。森の向こう側に回収班を控えさせてる」


(おいおい、用意周到じゃねえか。ってことは........)


 ゴクリと唾をのむ。


(面白くなってきたってことかぁ?)


 俺は興奮に息を乱しそうになっていた。


「少女のことは心配するな。さっきの集中砲火も風通しをよくするために宿の壁を壊そうとしただけだからな。大事な依頼だ。殺しやしねえよ」


 依頼......。


 こいつも誰かから依頼を受けたのか。


「まあ、身体に火がついちまってもマジックアイテムで回復させればいいだけ。大丈夫だ。俺たちには備えがある」


 男は言って親指で背後を指した。


 回復担当のやつらが控えているのだろう。


 これだけの組織に依頼を出せるなんて、一体どんな大物がバックにいるんだ。


 考えただけでもゾクゾクするなあ。


 俺は少しずつ歩みを始めた。


 宿から離れ、森へと向かって行く。


 この時の俺にはガキのことなんて頭の隅にも入っていなかった。


 ただ殺す。


 目の前にいる奴ら、全員を。


「それ以上近づくな。燃やし尽くすぞ?」


 男は手を挙げて指示を出そうとしている。


 あの手が降りればさっきの集中砲火が俺に向かってまた放たれるのだろう。


 それなら。


「やってみろ」


「——撃て」


 男が命令した直後、再び火球が俺に放たれた。


 俺は瞬時にドーム状のシールドを展開し、その中から観察を行った。


(ほお、安全策できたか....)


 さっきと火が放たれてくる方向は変わらない。


 魔法使いがローテンションで俺に魔法を放っている。


 火力はそこそこ、俺のシールドを破ることはできない。


 だが俺の動きを止めるのには効果的だ。


 恐らくシールドの限界を探っているのだろう。


 リーダー格の男が再び命令を出すと、じりじりと森の中から剣を抜いた男たちが近づいてきた。


 その男たちを避けるように魔法使いは火球の軌道を修正する。


 いい連携プレイだ。


 それはこいつらが単なる寄せ集め集団ではないことを意味している。


 俺がシールドを解除した瞬間に、近づけさせた剣士たちのその物量でゴリ押しする作戦なのだろう。


(いいねえ。多対一はこうでなくっちゃなぁ!)


 型ばかり訓練されてきた街の衛兵とは違う。


 こいつらにはこいつら独自の呼吸がある。


 戦いの中で培ってきたノウハウがある。


 だから臨機応変に対応できるのだ。


(その呼吸を読み取り、穴を突く!!)


 気合を入れた俺は一人の男に焦点を絞った。


 元来、魔法使いは臆病者が多い。


 後衛だからな。


 この集団にもそんなやつがいないかと探っていた。


 じりじりと剣士が剣を回して近づいてくる。


 シールドに到達するかしないか、ギリギリの距離。


(ここだ!)


 俺は狙っていた魔法使いに強烈な殺気を放った。


 一瞬魔法使いの動きが鈍る。


 それにより一方向にだけ、火球が放たれないスペースができた。


 シールドを解除すると全力でその方向に向かって走る。


 魔法使いを殺すのか?


 いや、違うね。


 俺はその速度のまま剣士たちの真ん中に滑るように入り込んだ。


「なんだッ!?」


「クソッ!!囲んで斬り殺せ!!」


 不意を突かれた剣士たちが俺の周囲を気持ちよく囲む。


 この時を待ってたぜ。


「アブソードシールド!!」


 俺は振り下ろされる剣のど真ん中でドーム状のシールドを展開した。


 俺のシールドには沼みたいな粘着性がある。


 一度はまったら抜け出せない。


 ってことは、これを集団の真ん中で発動したらどうなる?


「あの野郎、俺の部下を....」


「ハハハハハッ!!!!肉壁の完成だぜええええ!!!!」


 俺の展開するドームには身動きが取れなくなった剣士たちがはまっていた。


 文字通り肉壁の完成だ。


 あとはどうする?


 いや、どうしたい?


 俺は自分に聞いた。


「突っ込むだろ!このままッ!!!!」


 ニカッと笑うと俺は肉壁をシールドに張り付けたまま走り出した。


「なんだこれッ!?離れねえぞ!!」


「どうなってんだ身動きが取れねえ!」


「お頭!!俺たちごとやってください!!!!」


 俺の肉壁君たちは各々悲鳴のような声をあげる。


 屈強な剣士がこれじゃフランが笑っちまうなぁ?


「クッ............。当たり前だ。お前ら、全力で灰にしてやれ!!!!」


 リーダーの命令に無慈悲な火球が再び放たれる。


 だがそのすべてをシールドにへばりついた肉壁たちが防いでくれる。


「うわあああああああ!!!!」「熱いよおおおおおお!!!!」「ちくしょおおおおお!!!」「誰か!助けてくれえええ!!」


 屈強な男たちが悲鳴をあげる。


 焦げたような匂いが漂うのと同時に、シールドに赤黒い血がへばりつく。


 クソ、これじゃ前がよく見えねえな。


 そこまで考えてなかった。


「ちくしょうがっ!!こ、こっちに近づくな!!!!」


「あっ、あいつ怪物だ!!」


「お、俺たちの仲間が....焼け焦げて....」


 だが俺の想定通り、陣形は完全に崩せた。


 それに恐怖も十分伝播した。


 集団を相手にするときはこれが一番効く。


 効率的に狩るよりかはまず恐怖心を煽る。


 集団心理ってやつだったか?


 集団の強みであり弱みであるのがこれだ。


 一度広まった恐怖心を解くのは難しい。


 特に、こいつらみたいに一人のカリスマによって統率される集団ほど。


 なぜかって?


 だってそりゃ、どんなに強い男でも、腕は二本で、伸ばせる距離には限界があるだろ?


「お前ら落ち着け!!こいつは恐怖心を煽ってるだけだ!!!!」


 もう男の声は届かない。


 俺は焦げ切った剣士たちをドームを解除して弾き飛ばした。


 血と死体が飛び散る。


「ああああああああ!」


「う、うそだろ....」


 集団パニックは十分だ。


 あとは。


「ボーナス、ステーーーージ!!!!」


 俺はただ走った。


 目に映った逃げ惑う頭部と思われるものを一撃で粉砕しながら。


 その後は単純作業だった。


 頭蓋が砕け、脳髄が飛び散り、赤黒い内臓が垂れ流される。


 それが楽しい。


 誰かによって緻密に積み上げられた物を崩すときの高揚感、解放感、愉悦。


「や、やめてくれっ!」「だ、誰か.....母さん.....」「お頭あああッ!!!!」



「全員、死ねえええええ!!!!」



 潰す、潰す、殴って蹴り飛ばし、また潰す。


 そのすべてが幸福となって俺の胸を一杯にした。


「き、貴様...」


 目につく限りを殺し回った後、食後のデザートが残った。


 握る剣は震えている。


「お前、名前は?」


 俺は聞いた。


 結構楽しめたし、こいつの名前は覚えておきたい。


「『ドラゴンプライド』のリーダー。『鱗皮』のネストだ」


 ネストと名乗った男は上着を脱ぎ去った。


(おおー)


 上半身は継ぎはぎになっていた。


 人間ではない何かを張り付けたようなその皮膚に俺は驚く。


 たぶん自分で狩ったモンスターの皮を剥いで移植でもしたんだろう。


 それになんの意味があるのかはさっぱりだが。


「貴様の皮膚は、ここに張り付けてやる」


 怒り心頭。


 鋭い眼光は俺を見据えたまま、男は自分の首筋を指さしていた。


 まだ人の肌が残ってる。


 そこに殺した俺の肌をくっつけるようだ。


 変な趣味してるな。


「いいねえ、是非とも」


 俺と男は構えた。


 せっかく残したデザートだ。


 たっぷりと味わってやる。


 しばらくの沈黙の後。


「————死ねッ!!」


「来いッ!!」


 男が一歩踏み出し、俺がそれを拳で迎え撃つ。


 はずだったのだが。


「......うっ!!なんだッ!?」


「は?」


 ネストの首から上に背後から鎖が絡みついた。


 顔に鎖がぐるぐる巻きつき、肉を締め付けている。


 鎖は熱を持ち、打たれる剣のように赤みを帯びて。


「あ゛、ああああああ——ッ!!」


 そのままネストの頭が爆散した。


 べちゃりと脳みそが飛び散って、頭部を失った身体が膝からあっけなく崩れ落ちる。


 地面に倒れた死体の首からは、俺の足元まで血が流れてきていた。


「おい筋肉ダルマ。連絡しろとアマネに言われたはずでは?彼女に言われて一応確認しに来てみれば。なんですか、この惨状は」


 暗がりから姿を表したのは俺と同じ半人半魔。


 狼の特徴を持つ男、アクネスだった。


(このクソ拝金主義者ぁぁ、よくも俺のデザートをぉぉ)


「て、てめえ、今わかっててやっただろ?俺が最後に残したってわかってて殺しただろ!!」


 俺は大声をあげる。


「はあ?どうしてあなたに文句言われなきゃいけないんですか?こっちだってここに来るまでに森の入り口にいた30人ほどを殺してるんですよ。肩が折れました。私はあなたのように頭の中が筋肉花畑じゃないので人を殺しても楽しくないんですよ。それなのにあなただけ楽しんで、癪じゃないですか」


 アクネスはネストを殺した鎖を腕を回して巻き取った。


 この野郎、いつもいつも癇に障ることをしやがる。


 癪じゃないですか?


 それはこっちのセリフだ。


「そんなの関係ねえ!てめえは人が楽しみに残してた御馳走を横取りしたんだぞ!大人しく待てもできねえのかこの雑種犬は!」


 俺は拳をグッと握る。


「ッ!!.......い、いまなんと?」


 鼻息を荒らすアクネス。


「だから待てもできねえのかっつたんだよこのクソ拝金主義者!金に首輪つけられた犬畜生!!」


「て、てめ............いえ、グリムス」


「なんだよ?」


 俺はネストの首無し死体を蹴とばした。


 アクネスにギリギリまで顔を近づけて睨みつける。


 俺と同じくらいの身長のアクネスと鼻先がつくくらいの距離だ。


「弱い奴ほど、よく吠えるんですよ?」


「..................」


 そ、そうなのか?


 マジで?


 俺はその言葉に自分の記憶をたどってみた。


(た、確かに、骨がない奴らほどベラベラ自分の能力を自慢げに語ってたような気が....)


「それに、もう十分楽しんだみたいじゃないですか」


 ハッと意識を戻した俺は周囲を見渡した。


 そこら中に血が飛び散って死体がたくさん転がってる。


 森の小モンスターたちが俺たちの様子を探りながら死体を貪っていた。


「例の少女はどこに?」


 俺の横を素通りしたアクネス。


『お、これはなかなかの代物ですね』とか言いながら、さり気なくネストの死体をあさっている。


「この先の宿にいる。たぶん」


「は?置いてきたんですか?」


 アクネスは他の死体もまさぐりながら言った。


 深いため息を付きながらも『資源は有効活用しなければ....』と呟きながら金貨をポケットに入れている。


「それじゃあなたははやく彼女の安否確認に行ってください。私はここにある死体を片づけます」


 恐らくこの調子じゃ片づけると言いつつ一人一人の所持品を念入りに調べ上げるのだろう。


 死体漁りは欠かさない。


 こいつはこういうやつだ。


「ああ、わかったよ」


 死体あさりに夢中になってるアクネスを置いて俺は踵を返した。


 デザートは食えなかったが、まあいいか。


 かなり楽しめたし、その事実に感謝するとしよう。


「あ、お前」


「ん?なんですか?」


 ふと思った俺は脚を止めた。


「楽しくなかったとか言っておきながら、ここに来るまでに殺した奴らの死体........漁ってからここに来たんじゃないだろうな?」


 俺はアクネスの顔を見た。


 必死になって死体を漁っていた『無駄のない効率的有効活用』がモットーらしい拝金主義者は、手を止めると顔をあげた。


「ノーコメントで」


 一瞬俺の顔を見ると、その言葉を残してすぐ物色に戻った。


「俺も大概だが、てめえも大概だな。地獄に落ちるぞ?」


「地獄なんて幻想ですよ。生産力の使い道がない場所で人をこき使うなんて合理的じゃないですから。でも仮にあるとしたら地獄に落ちるのはあなただけです」


「なんでだよ」


「俺はこれが悪いことだとは一切思ってませんから。やりたいことをやる。そこには正義も——」


「悪も存在しない、だろ?」


 俺は遮るようにして言葉を付け足した。


 そこからは会話はなかった。


 そこら中に転がる死体を見ながら森を歩く。


 あいつのことは心の底から嫌悪してるが、あの意見に関しては同意する。


 短い人生、やりたいことをやるだけだ。


 宿まで戻ってくると、俺がぶち破った壁からフランが枕を持ってこちらを見下ろしていた。


 心配するような、苛ついているような?よく感情が読み取れない目で俺を見つめている。


「怪物さん」


「おい、説教はやめろ」


 今さっきされたばっかなんだよ。


「大丈夫ですか?」


 自分の心配より他人の心配とは。


「問題ない。見りゃわかるだろ?」


「そうですね」


 フランの目には光が戻った。


「それならはやく来てください!凄かったですね!さっきの....なんていうんですか?なんか、ドシャ―、ブシャー、グチャグチャー、みたいな!」


 こいつ、俺と同じくらい楽しんでるじゃねえか。


 そうか。


 俺が窓を突き破ったから、特等席から戦闘を観戦してたのか。


 俺は呆れた顔をしながら入り口から宿に入る。


 怯え切った宿主に『今日は外に出ないほうがいいぞー』というと、首を縦にブンブン振ったのを確認して階段をあがり、登る途中で『やっぱりあいつ、あの拝金主義者許せねえなあ』と再び怒りを湧き上がらせながら、『いや、もう終わったことだ、落ち着け、クレバーになれ俺』と自分をなだめて、部屋の扉を開いた。


「おかえりなさい!」


「あー、はいはい」


 風通しがよくなった部屋の中、ベッドに飛び乗る。


 久しぶりの集団戦闘に流石の俺にも疲労がたまっていた。


 今日はもう一度眠りたいと思った。


 が、その後。


 フランに戦いのことについて根掘り葉掘り聞かれ続け、結局日が昇るまで眠ることはできなかった。


 ベッドの隅に正座してまで聞くことじゃないだろ。


 どうしてそこまで必死なんだこのガキは。


「エキサイティングですね!」


「はいはいエキサイティングエキサイティング....」


 俺は大きなあくびをした。


 もう寝よう。

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