第7話「じょ、じょうげかんけい...」
次の街にやってきた。
歩き疲れたと言うフランのやつを肩車するのはまっぴらごめんなので、今は休憩時間を取っている。
俺とアマネが座るベンチの前ではフランがお菓子屋?みたいなところに入っていった。
足が痛い、おなか減った、怪物さんもっと構って、この辺のセリフをひたすら繰り返し始めたので適当な金を渡して適当なものを買いにいかせたのだ。
こんなガキに無償で金を渡すなんて普段の俺だったら絶対にしないだろうが、襲撃者共のおかげで財布は潤った。
たまにはその紐を他人のために緩めてもいいだろう。
まあ、あのガキを黙らせられればなんでもいいのだが。
「グリムス、あの子のことどう思う?」
店の中に入ったフランから目を離さないよう細心の注意を払っているアマネ。
俺の隣に座り、目線はフランに向けたまま聞いてきた。
「どうもこうも.......めんどくせえ」
俺はというと、この街に入ってきてから付けてきている新たな刺客に向けて殺気を放っていた。
今襲撃されるとフランのやつが機嫌を損ねる。
だからけん制しているのだ。
そんな俺にとってあのフランというガキはなんなのか?
それは前とまったく変わらない。
彼女は俺がボーナスステージを駆け抜けるための餌だ。
これで黙ってれば文句なしなんだが、そこはガキだから仕方ないだろう。
俺はフランのことを生き餌だと考えるようになっていた。
餌が新鮮であればあるほど生きのいい獲物が釣れる。
天才的な俺にとって発想の転換はこの通りお手の物だ。
「そういうことじゃなくて、彼女の素性のことよ。気にならない?」
脚を組み替えたアマネは猫耳をピクピクと動かす。
彼女の耳の方向を見れば、フランのやつが店員と何やら話し込んでいた。
ここにきて通報なんてのはあり得ないと思うが、されたらされたであの店の店主ごと全部めちゃくちゃにすればいいだけだな。
ちゃんと先の展開も考えられる俺はもしかしたら頭がいいのかもしれない。
と、そんなことは置いておいて、あのガキのことだったか。
素性?
そりゃもちろん。
「興味ないね」
「はぁ。あなたはお気楽でいいわね。私にもその脳みそを分けてほしいわ」
アマネは溜息をついた。
なんだ?
そんなに俺の脳みそが欲しいのか。
悪いがこれは非売品だ。
「あ、でもやっぱやめておくわ。脳みそまで筋肉になるのは女としてちょっと、って感じだもんね」
俺は一瞬ムカッとした怒りを殺気に変えて飛ばした。
俺たちをマークしていた気配が一つ消える。
(怖気づいたかこの腰抜けめ。二度と近寄るんじぇねえぞ)
完全に憂さ晴らしだった。
「場合によっては、彼女はこの国にとって何か重要な存在である可能性があるわ」
興味がない、と言ったにも関わらず、アマネは考察をべらべらと喋り始めた。
こいつを黙らせるのは至難の業なので、俺は黙って聞くことにする。
「というと?」
こうやって相槌を打ちながら。
反応しないほうが逆にめんどくさいことになるからだ。
女を怒らせたくなければ嘘でもいいから適当に首を動かせとは誰の言葉だったか。
あー、アマネか。
ちなみに動かす首は横じゃなくて縦な。
「だってそうでしょ?この国の転移魔法陣が全て封鎖されるなんてそんなこと普通あり得る?絶対この国のお偉いさんたちに目をつけられてるのよ彼女は」
「それにしてはちと賞金の額が少なくねえか?」
「それは......確かにそうね。一億ドラは少なすぎる。でも過剰に賞金を掛けたほうが逆に危ないってこともあるでしょ?」
まあ、確かにな。
バウンティの額を見誤ると、変な組織に横取りされる可能性もでてくる。
しれっと一億ドラくらいが丁度いいのか。
「それに——」
「おいアマネ」
俺は首を傾けてアマネの言葉を遮った。
「あまり深く考えるな。仕事に集中しろ」
これが俺の流儀だ。
深く考えない。
目の前の仕事に集中する。
それが一流ってもんだ。
「あなたは深く考えられないだけでしょ?何かっこつけたこと言ってんのよムカつくわね」
「...............」
バッサリ切り捨てられた俺は言葉を失った。
考えられないだけでしょ?
そうだよ。
なんか文句あんのか。
『戻ってきたわよ』とアマネが言うので目線を向ければ、アイスクリーム?を両手に持ったフランがたどたどしい足取りでこちらに歩いてきていた。
どうしてアイスクリームだってわかったのかって?
店の看板みたらそう書いてあった。
「これ、どうぞ」
フランは言って、右手に持ったアイスクリームをアマネに差し出した。
「え~いいの?ありがとー!」
アマネのやつはさっきまで俺に向けていたゴミを見る目を百八十度方向転換。
輝くような瞳でそれを受け取った。
『冷たくてすっごい甘いわね』と言って、美味しそうに食べている。
女ってのは変わり身が早くて恐ろしいな。
この前の聖剣使いが剣を抜くよりも早かったんじゃないか?
アイスクリームを渡したフランは俺とアマネの間にあった微妙なスペースに座り込んできた。
「怪物さん。一緒に食べましょう?」
残った一つのアイスクリームをペロっと舐めたフラン。
彼女は腕を一杯に伸ばして俺の口にそれを運ぼうとする。
「悪いが遠慮する。糖分は控えてんだよ」
「噓ばっか」
アマネが反応したようにこれは嘘だ。
食べ物を制限したことなんて一度もない。
正確には冷たいものが苦手なだけだ。
「照れてるんですか?可愛いですね」
フランの言葉に『ぷっ』とアマネが吹き出した。
俺の額にはメキメキ血管が浮きあがってくる。
この程度の煽りでブチ切れていたらガキと同じになってしまうので、俺はその怒りを先ほどのように殺気に変えた。
(どっかいけこの根暗野郎どもめ、ぶち殺されてえのか)
そのおかげで数人の気配がまた消えた。
完全な八つ当たりである。
しばらく雲の数でも数えながらボーっとしていると、フランの食べる手が止まっていることに気が付いた。
「なんだ。もう食わねえのか?」
「ちょっと、量が多かったかもしれません」
フランは気まずそうにコーンの部分をくるくると回している。
まだ三分の一くらいしか食べていない。
ガキの腹ってのはこんなすぐいっぱいになるもんだったか。
「要らないならもらう。もう行くぞ」
俺はフランの手からアイスクリームをかすめ取りそれをパクッと口の中に入れた。
こいつが食い終わるまで待っている余裕はない。
俺が立ち上がると、それを見てアマネも気だるそうに立ち上がった。
何か言いたげな顔をしているが、言わないということはさして問題ないことなのだろう。
「怪物さん、美味しかったですか?」
なぜか嬉しそうな顔で上目遣いしてきたフラン。
俺はそれに対して。
「まあまあだな」
と、答えた。
すると。
「アマネ、お金貸してください!もう一個買ってくるので!!」
興奮した様子のフランはすぐに振り返り、アマネに金を要求した。
だからそんな時間は......。
「フランちゃん。餌づけするならもっと慎重にしなきゃだめよ。あの不機嫌そうな顔見てみなさい。たぶんアイスクリームはそんなに好きじゃなかったのよ。見た目からして甘いものにほっぺた落とすようには見えないでしょ?」
「た、確かにそうですね。全然見えません」
おい、これは悪口か?
悪口だよなあ?
「いい加減にしろお前ら。さっさと今日泊まる場所を探すぞ」
呆れた俺は二人を置いて歩き出した。
やはり女はなるべく敵に回さないほうがいいな。
二人そろうとこんなにも厄介だとは思ってもいなかった。
っていうか餌づけってなんだよ。
フランが餌で俺が釣り竿を握ってたはずじゃなかったのか。
いつの間に俺が餌を貰う側になってんだよ。
「では、餌には何を用意してあげればいいのでしょうか?」
背後では俺の食事(餌)に関する談義が始まってしまっていた。
止めに入りたいところではあるが、『もうやめろ』と俺が言っても『恥ずかしがってるんですか。可愛いですね』とか言われるに決まってる。
そしてそれを聞いたアマネが『見た目の割にってつけたほうがいいわよ。筋肉だるまの割にって』とか言って馬鹿にしてくるのだろう。
最悪だ。
八方塞がりとはまさにこのこと。
「見た目を見ればわかるでしょ?肉よ肉。適当にそこら辺のモンスターの肉を食べさせれば喜ぶに決まってるわ」
「肉ですか、やっぱり!」
やっぱりってなんだよ。
心当たりでもあったのか。
「フランちゃん。餌はね、あげるタイミングも重要よ。ギリギリまでお腹を空かせてから与えることによって、上下関係をわからせるの」
「じょ、じょうげかんけい......」
おい、ガキに変なこと教え込もうとするな。
「そうよ。ギリギリで餌を与えればそれだけ忠誠心も高くなるわ。ほら、おとぎ話とかでも主人公はギリギリになって登場するでしょ?どこほっつき歩いてたんだって具合に。それはね、その方がより強烈に救われたって気持ちにヒロインがなるからなのよ」
「そんなトリックがあったんですね......」
どんどん子供の夢を壊していくアマネ。
「つまり、怪物さんのご飯は一日一食にして、私がそれを完全管理すれば......」
「パーフェクト。グリムスはもうあなたの物よ」
「わお」
何が『わお』だ。
ふざけんじゃねえよ。
どうして俺の飯が勝手に一日一食にされなきゃいけねえんだ。
もしそんなことになったら真っ先にお前らを食ってやる。
———
それからしばらく歩くと、人が少ない街の外れにある宿に到着した。
「おい、今日はここでいいか」
俺は一応二人に聞いてみた。
俺の背後では未だに二人がどうやって俺を手なずけるのかについて話し合っている。
いい加減イライラしてきた俺は二人を無視して宿に入り、そのまま店主に『二人分の部屋を』と言って鍵を貰い、『ふざけやがってあいつら』と文句を垂らしながら階段を登り部屋の鍵をガチャッと開けた。
「ちょっと、レディーファーストって言葉知らないの?」
俺のあとに続いて早歩きで二人が部屋までやってきた。
「もし襲撃されたらお前を真っ先に盾にしてやるよ。それでキルレディファーストだ」
俺は部屋にある二つのベッドの片方に寝転がった。
その姿を見てスタスタ歩いてきたフランが無言で隣のベッドに横たわる。
「え、私のベッドは?」
アマネのやつ、あほみたいにすっとぼけた顔しやがって。
ちゃんと警戒してなかったのかよ。
「今日だけで五人以上につけられてた。もし俺たちが同じ部屋に止まっちまったら一網打尽にされる可能性があるだろうが。お前はいつも通り別の宿に泊まれ。明日の朝、何もなかったら今日座ってたベンチに集合な」
枕に頭をのせると脚を組んで天井を見上げた。
大きなあくびをしながら隣を見ると、なぜかフランが俺の姿を真似して同じように天井を眺めていた。
「それってつまり、今日の夜に襲撃される可能性があるってこと?」
「可能性は高いだろうな。お前は襲撃されたくないだろ?俺はされたい。だからお前はどっかいけ」
街のはずれにある宿を選んだのもこれが理由だ。
大通りに面した場所だと人の気配が読みづらくなる。
襲撃に備えるなら気配を探りやすいこの宿がベストだと直感した。
「ふーん。なるほどね。フランちゃん、この男と一緒で大丈夫?」
アマネは嫌々ながらも納得した様子で扉にもたれかかった。
「問題ないです。怪物さんは面白いので」
フランは小説を読みながらサムズアップしている。
吞気な奴だ。
「そう、ならいいわ。グリムス、何かあったら通信魔道具で知らせなさいよ」
ポケットから魔道具を取り出したアマネは俺に思い出させるようにしてそれを見せた。
「はいはい」
「絶対よ。絶対だからね」
部屋から出ていったアマネは何かを思い出したかのようにもう一回帰ってくると、通信の魔道具を俺にもう一度見せてまた出て行った。
用心深いんだか、心配性なんだか。
暇になった俺は少し仮眠を取ることにした。
この周囲に人の気配はまだないし、襲撃は恐らく深夜あたりになるだろう。
襲撃する側にとっちゃ夜の闇に紛れるのが一番いいからな。
「怪物さんは、あの魔道具をちゃんと使いこなせるんですか?」
フランはそんな当たり前のことを聞いてきた。
「使えるわけねえだろ。こっちからかける方法なんて知らねえ」
「ふふっ。やっぱり怪物さんは面白いです」
これが面白いなんて、お前は相当変わってるよ。
「ガキ、今のうちに寝とけ」
声音からしてまだまだ元気そうなフランに俺は忠告した。
それを聞いてバサッと身体を起こすフラン。
「まだ眠くないです。もっとおしゃべりしましょうよ!」
張り合うような、反抗するような、そんな声だった。
「今日の夜は盛り上がる予定なんだがな。まあ、別に見たくないってんならそれで......」
俺が言いながら横を向くと、隣のベッドでは既にフランが布団を被って寝息を立てていた。
「都合のいいガキだな」
彼女が眠ったことを確認すると、俺も仮眠に入る。
今日俺たちをマークしていた連中の気配はどれも似たような感じだった。
(これはもしかしたら、祭りになるかもしれねえなあ)
そんな期待を抱きながら俺は目を閉じる。
その祭りが始まったのは、深夜を回ってからだった。
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