第9話「策士...なのか?」

『ドラゴンプライド』との少女受け渡し地点に来ていた一人の剣聖。


 彼、戦略級である一視当千のファルムンドは岩に座り込み地平線を眺めていた。


 受け渡し時間はとっくに過ぎているにも関わらず、ネストが現れないからだ。


「まさか、失敗したのか.....?」


 ファルムンドは舗装されていない道を行き交う龍車を眺めながらひとり呟いた。


 ゴトゴトと小龍が引く荷車が地面に線を残している。


 彼は意識を過去に飛ばし、先日あったことを思い出した。



 ———



 最初に依頼を出したS級冒険者、『隻眼』のスライダーがボコボコにされて帰ってきた。


 俺とスライダーは結構長い付き合いになる。


 俺にとってあいつは弟子のような存在だった。


 どっかの貴族の才能ある奔放息子。


 それがスライダーだった。


 天からの贈り物が才能だというならば、あいつは文字通りの天才だ。


 俺はスライダーに時間があるときに稽古をつけたりしていた。


 俺が教えたことをその場で吸収して、さらに応用、そこからオリジナリティを出すことだってあいつはできた。


 だからあいつの実力は俺が一番わかっている。


 それなのに今までに見たことのないような情けない顔で......。


 いや、実際顔の輪郭が変わるほどボコボコにされていたのだが。


 とにかくそんな顔で。


「俺、もう剣士辞めます..….」


 と言ってきた。


「これ、どうぞ...」


 そして、あいつのアイデンティティーである聖剣を俺に渡してきた。


「どういうことだ..….」


 俺の脳内では答えは既に出ていた。


 それでも聞かずにはいられないほどに衝撃的なことだったのだ。


 聖剣を抜いて乗りに乗っていたS級冒険者が自らその剣を捨てるなんて。


 冒険者の頂点であるSS級まであと一歩なのに。


 心当たりはある。


 才能がある奴ほど打ちのめされやすい。


 才能があるということはそれだけ敏感なのだ。


 目が良いと言ってもいい。


 実力差を明確にわからされてしまったのだろう。


 それに、スライダーについて危惧していたことが俺にはあった。


 聖剣を抜いてからというもの、こいつは聖剣に頼りすぎていたのだ。


 実力を磨くことを怠り、聖剣の力に魅せられた。


「貯めたお金で隠居します。剣術道場を開くのもいいかもしれませんね。へへっ、へへへ…...」


 絶望した表情で肩を落としたスライダー。


 あいつはそのまま俺の目の前から姿を消した。


 恐らく二度と戻ってはこないだろう。


 スライダーについて思い残すことがあるとすれば、あいつのメンタルをもっと鍛えてやるべきだったということだろうか。


 俺自身も、あいつの才能に魅せられて、もっとも肝心な部分を見てやれていなかったのかもしれない。



 ———



 意識を現在に戻したファルムンドは、龍車を襲おうとしていたモンスターを睨みつけた。


 怯んだモンスターは泡を吐きながら倒れ、龍車の運転手に感謝される。


「だからあれほど念を押したのに.....」


 そして再び、意識を過去に飛ばした。



 ———



 スライダーが意気消沈した姿を見せたすぐ後だ。


 俺はドラゴンプライドのアジトへと向かった。


「ネスト、全力で行け」


 先日のことが脳裏に焼き付いて離れなかった。


 才能に恵まれていたあいつがあそこまで打ちのめされるなんて。


 だからドラゴンプライドのリーダー、ネストに依頼を出すときは念を押した。


「てめえ!うちのお頭を誰だと思ってやがる!」


「そうだ!急にやってきてお頭にそんな口を聞くとは何様だ!!」


 俺の言葉を聞いて、外野がギャンギャン吠えていた。


 ネストは手でそれを制止して黙らせる。


「でで、ですがお頭!」


「お前ら、俺に恥かかせるな。この男が見逃してくれたおかげで、俺たちはいまも活動できてるんだぞ?」


 その言葉を聞いて、ネストの部下たちは一歩ザっと足音を出しながら後ずさった。


「ってことはこの人が.…..戦略級...ですか?」


「そうだ。隣国の戦略級、一視当千のファルムンドとはこの男のことだ」


 俺の代わりに自己紹介してくれたネスト。


 俺は国の重要人物たちと接する中で向上させた対人スキルで丁寧にお辞儀をした。


 ネストの部下は『ま、まじですか…』みたいな顔でお辞儀を返す。


「で、お前が念を押すってことは.…..」


 モンスターの鱗を取ってつけた、見る人によっては醜い上半身を晒しながらネストが聞いてくる。


「ああ。スライダーがやられたからな」


「死んだのか?」


「いや、心を折られた」


「そいつは..….」


 ネストは思い出すようにして両手の上にあごを置いた。


 神妙な面持ちで何かを考えている。


 殺すよりも心を折るほうが難しい。


 それを重々理解しているからこそ、こんなに深刻な顔をしているのだ。


 しばらくすると、張り詰めた空気の中でネストが口を開いた。


「どんなやつだと言っていた?」


「武器は持っていなかったそうだ。最大火力を防がれた上でボコボコに返り討ちにされたと」


 俺はスライダーから聞いたことをそのまま話した。


 相手は男、半人半魔、身長は二メートルほど、シールドのようなスキルを使う。


「半人半魔か.…..お前ら、何か噂を聞いてないか?」


 ネストが部下に尋ねた。


 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのか、ネストの部下は一瞬間を置いてから話し始める。


「た、確か..….最近になって半人半魔で構成された変な集団を見かけるようになったとか…...」


 曖昧な返答に対して『はっきりしろよ』とネストが毒づいた。


 すると、もう一人の部下が補足するようにして仲間を助ける。


「喧嘩売られたどっかの騎士団の団長が、似たような容姿の半人半魔に聴衆の面前でボコボコにされたって聞いたことあります。かなり昔の話しですが.…..」


「昔の話しじゃあてにならねえ。詳細は不明か…...」


 数秒考え込んだネストは結論を出した。


 急ぎの案件だと伝えたせいか、彼の一挙手一動に焦りが見える。


 いや、俺を前にして緊張しているだけかもしれない。


「接近戦をすることはわかった。遠距離攻撃できるやつらを多めで構成する。お前ら、声掛けに行け」


「「はい!」」


 ネストから命令を下された部下はきびきびと動いて部屋を後にした。


 部屋の中には俺とネストが残る。


「お前はどう思う?戦略級としての意見を聞かせてくれ」


 椅子にもたれながらネストは聞いてきた。


「はっきり言う。わからん。だからこうやってお前たちを先遣隊として利用する」


 俺は正直に言った。


 ネストが俺を裏切ることは絶対にない。


 やろうと思えば今、俺の剣でこいつの首をはねることなど容易いからだ。


 そのことをネスト自身も重々承知している。


 だからこそ率直な意見を述べた。


「そうか。それなら俺も出張ったほうがいいな」


「ああ、そうしてくれ」


 こうして俺はネストを送り出した。


 やつらの部下もやる気十分、士気もネストが直々に出張るということで最高潮にまで達していた。


 それなのに.…..。



 ———



 ファルムンドは意識を現刻に戻した。


 そろそろ太陽が沈もうとしていた。


 地平線の向こう側から鋭い光の線が伸びている。


 岩から降りたファルムンドは歩き始めた。


 もうネストはこない。


 そのことを直感したのだ。


「大体の道筋は分かっている。このルートの先にあるのは.…..大国ナムカか」


 ファルムンドにとっては幸いなことに、少女を誘拐した者たちの足取りは掴めていた。


 それはもちろん、スライダーがやられたと言っていた場所から推測できる。


 だが一番にその手掛かりとなったのは、ボコボコにされた賞金稼ぎたちだった。


 顔をボコボコにされていたり、腕が折られていたり、脚が曲がっては行けない方向に曲がっていたり、酷いやつだと中身が無くなるまで絞られた?痕跡があったらしい。


 そういった各地でのバリエーション豊かな目撃情報がファルムンドの元まで上がってきていたのだ。


 賞金稼ぎたちがやられた場所を、その点と点を線で結んだ先におぼろげなら浮かんできた場所が大国ナムカだった。


 どうしてナムカへ向かうのか?


 それはまったくわからない。


 だが、少女を攫った男についてはぼんやりとその輪郭が浮かんできていた。


「策士、なのか.…..?」


 ファルムンドの頭の中には一つの答えが出ていた。


 ついさっきまではその戦闘スタイルから少女を攫ったのは頭が筋肉でできている馬鹿なのではないか、戦闘狂なのではないか、という推測もしていたのだが、馬鹿にしては大国ナムカへのルート選択がおかしい。


 普通馬鹿だったら、転移魔法陣が封鎖された時点で小龍が引く龍車を移動手段として利用し、一直線に目的地に向かうはず。


 それが最短最速で何も考える必要がないからだ。


 だから最初の頃なんて国の衛兵たちが龍車の集まるターミナルを監視していた。


 それなのにこの誘拐犯は、まるで自分たちをかく乱するかのようにめちゃくちゃなルートを辿っている。


 東に行ったと思ったら今度は西、西の次は南、その次は北という具合に。


 自分たちの目的地を隠すような足取りだ。


 それが途中からはまるで軌道修正されたかのように一直線に進み始めた。


 まるで一貫性がない。


 龍車を利用しないのも、簡単に追跡をさせないためだと考えれば納得がいく。


 各地の検問所の検査に引っかからないためだろう。


 少し疑問なのが、道中にのした賞金稼ぎたちを置き去りにしたままだということだが....。


(いやまさか..….これはブラフか?)


 ファルムンドは拳で口を抑えた。


 もしかしたらドラゴンプライドの奴らが戻ってこないのは、そこにターゲットがいなかったからでは?


(そうか!スライダーを生かして返したのはこういう理由だったのか!)


 ファルムンドはハッと気がついた。


 おかしいと思っていたのだ。


 だがあまりにもスライダーが剣を捨てたことが衝撃すぎてそのことを見落としていた。


 誘拐犯にとってわざわざ追跡者を生かして返す必要がどこにある?


 いやない!


 偽の情報を握らせること以外に…...。


 ファルムンドはスライダーが接敵したという場所、そして賞金稼ぎたちが倒された場所からルートを先読みし、それをネストに伝えていた。


 これが間違いだったという可能性が浮上してくる。


 スライダーも賞金稼ぎたちも、すべてはこちらに偽のゴールを予想させるためのブラフ。


 序盤では一見予測不能なルートを辿りかく乱、中盤では直線ルートを辿ることでこちらに嘘のゴールを予想させ注意を引く、そして終盤でラストスパートをかけるように目的地まで一直線に逃げ切るということか……。


「だとしたら..….もう時間がない!」


 ファルムンドは地図を開きながら指を滑らせ、誘拐犯たちが辿ったであろうルートをなぞった。


(クソッ、すべてが嘘に見えてきた。なんて策士なんだ..….)


 頭を抱えるファルムンド。


 その推測は行くところまで行ってしまい、『まさか誘拐犯は戦略級である自分が裏で糸を引いていることを察知、最終的に出張ってくることまで予想しているのでは?そして実力では勝てないと悟り情報戦に転じた!?』と戦慄した。


 しかし翌日。


 確認のためにドラゴンプライドが向かった森に移動したファルムンド。


 彼はそこで山のように積み上げられた白骨死体を目撃した。


『ここに白髪赤目の少女を連れた人間が来なかったか!』と息を切らして近くの宿の主に話を聞けば、『あー、あのやけに体格のいい半人半魔たちですか』との証言。


『そいつらだ!そいつらはどこに行った!』と戦略級としての振る舞いとして外では敬語を使うことにしていたことも忘れ、ファルムンドは身を乗り出して一心不乱に聞いてみる。


 すると宿主は、『やけに賑やかな三人でしたねえ。見た目は恐ろしく、男二人は言い争いをしていましたが、少女は楽しそうで..』と本題からずれたことを話し出し、ファルムンドは彼の首根っこを引っ張り脅す。


 そして、白髪赤目の少女と男二人組が仲良く朝食を食べてからちゃんとお代を払い、ここから北の街に向かって行ったとの話を聞き出した。


「ま、ますます分からなくなってきた.…..」


 あれ?


 自分が予想していたことと違う?


 っていうかどうして誘拐犯と少女が仲良く朝食を取っている?


 どうしてあんな辺鄙な場所にいる目撃者を殺さずにお代をちゃんと払う?


 考えれば考えるほど疑問が浮かんでくるばかり。


 宿から出たファルムンドは青空を見つめた。


「やはり......策士か」


 残る手駒は『アサシングリード』の異名を持つバン。


 暗殺に特化したSS級世界指定犯罪者だ。


 こいつは他の奴らよりも索敵能力が高い。


(と、とりあえず北の街に向かわせるか。ずっとその街に残っているとは考えられないが......。ああ、それが現状ベストな選択のはずだ)


 自分に言い聞かせるように作戦を考えたファルムンド。


 とりあえず索敵はバンに任せる。


 自分は大国ナムカとの国境付近で待機しながら情報を待つことにした。


「なんて策士だ……」


 ポツリと呟きながら、戦略級一視当千のファルムンドは森を進んだ。

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