第4話「絞られました。ビリーです」
「おいガキ、もう出るぞ」
俺は組織から支給されたローブを羽織り扉を開いた。
胸が高鳴る冒険の旅へと出発だ。
餌にしたガキを釣り竿にひっつけてブンブン回したら、一体どれだけの大物が釣れるのか。
楽しみだぜ。
「乾いてません」
「は?」
俺の胸を高鳴らせるドラム演奏が、フランの声によって中止。
余りにも突然の言葉に後ろを振り向くと、風呂から上がって服を着たガキが突っ立っていた。
真っ白い髪からは床に水滴がぽたぽたと落ちている。
「あのな。これからお前のお望み通りエキサイティングな旅に出かけるって言ってんだぞ?早く拭け」
俺は適当に干してあったタオルをガキの頭に投げつけた。
「ふいてください」
頭にタオルを被り顔を隠したままガキは俺に命令する。
こいつ、何か勘違いしてるな。
「はっきりさせるぞ。俺はお前をボスのところに届けるまで守る」
「はい」
「だがな?俺はお前の保護者じゃねえ。言ってる意味わかるな?」
「はい」
「わかったらさっさと自分で拭け」
いちいち説明させんなよめんどくせえなあ、と思いながら俺は扉に寄りかかった。
腕を組んでフランが手を動かすのを待つが、一向にその手は動かない。
故障でもしたのか?
「なんだ、まだ何か文句あんのかよ」
まったく微動だにせず、髪から水滴を落とすだけ。
やっぱりこのガキはどこか妙だな。
気持ちが悪いというか、得体が知れないというか。
自分で言うのもなんだが、筋骨隆々の身長二メートルある男に命令されたら、このくらいのガキは泣きながらでも従うもんじゃないのか?
「反論です」
口を開いたと思ったらこれだ。
なんだよ、言ってみろ。
「怪物さんは私を守るといいました」
「そうだが。っていうかトー・グリムスな?」
「では、私がこのまま髪を拭かなかったらどうなるでしょうか」
「は?そりゃ......」
俺は腕を組みながら考えてみた。
このくらいの歳のガキが濡れた頭を拭かないとどうなる?
髪についた水滴が、夜風に当たって、それで......冷える?
冷えたらどうなる?
えーっと......。
「遅いです。風邪をひきます」
考えている間にタオルを被ったままのフランに邪魔をされた。
「あ?もう少しで答えがで——」
「だから、早く拭いてください。風をひいたらあなたの責任ですよ」
「ん?」
俺はもう一度考えてみた。
俺はボスに届けるまでこの少女を守る。
守る......ってどういうことだ?
深く考えてなかった。
突っ込んできた賞金稼ぎを倒すのはよしとして、ガキの体調管理まで俺がしなきゃいけないってことになるのか?
「ほら、はやく」
ガキはてくてく歩いて俺の脚にぶつかると、タオルを被った頭を膝にぶつけてきた。
あー、考えるのがめんどくせえ。
そう思った俺は無造作にタオルを動かして髪をわしゃわしゃした。
「次は乾かしてください」
「うるせえ。調子にのるな」
俺はタオルを投げ捨てると、棒立ち状態のフランを丸太を担ぐみたいに肩に乗せた。
こいつに喋らせるとテンポが狂う。
このままの状態で目的地まで行くことにする。
俺たちはそのまま家を出た。
「ところで、目的地はどこなんですか?」
肩に担がれたフランは手と脚をぶらぶらさせながら聞いてくる。
やっぱりこいつは肝が座ってる。
まあ、ギャーギャー泣きわめかれるよりかは幾分マシだな。
「大国ナムカだ。知ってるだろ?」
「あの国ですか。でもどうして?」
あー、これだからガキは嫌いなんだ。
どうして?なんで?
疑問ばっかりぶつけてきやがる。
俺がガキの頃はそんなこと考えなかったぞ。
誰が強くて誰が弱いのかなんてのは、戦ってみればすぐに答えが出たからな。
「さっきの通信聞いてただろ?うちのボスが一目お前に会いたいんだと」
「ボス?それは誰なんですか?」
チッ。
俺は舌打ちをした。
「それ以上疑問を俺にぶつけてみろ。お前の頭を地面にぶつけて気絶させてから運ぶからな」
俺が脅すと、フランはお口にチャックのジェスチャーをして素直に黙り込んだ。
なんだ、ちゃんと言うこと聞けるじゃねえか。
と、思っていると。
「ヒャッハー!!」
どこからともなく不審な男が目の前に飛び出してきた。
『ヒャッハー!』ってなんだよ。
奇襲するなら後ろからとかもっとやり方があるだろ。
俺でもわかるぞ。
「どちらさんだ。てめえは」
まだスラムから出ていないにも関わらず、いきなりの刺客。
このガキに賞金がかかっているという話はかなり広がっているみたいだな。
にしても少し速すぎる気がしないでもないが。
「俺は賞金稼ぎ、賞金稼ぎのビリーだ」
骸骨みたいな細いシルエットに、穴だらけのローブ。
男は名乗りながら舌でナイフを舐めた。
日課をこなしてるとたまに目にする光景だ。
ナイフを舌で舐める奴。
何がしたいのかさっぱり分からん。
「怪物さん。賞金稼ぎですって。これはエキサイトしてきましたね!」
肝が座ってるフランは指先をあわせながら呟いた。
その目は輝き体温が上昇しているのがわかる。
やっぱりこいつ、どっか変だ。
「そのガキを渡せぇ。そうすれば見逃してやるよ。キシシシーッ!!」
賞金稼ぎのビリーは長い両腕をブラブラさせながら威嚇している。
前後左右に体重移動して臨戦態勢だ。
「見逃してくれるらしいですよ怪物さん。キシシシーッですって!」
フランはビリーの真似をする。
意外と上手いな。
じゃなくて。
「実況するなガキ。お前、この状況楽しんでるのか?」
「はい。もう大興奮ですよ」
だそうだ。
「おい!べらべら喋ってないでさっさと渡せ!!」
しびれを切らしたビリーは右へ左へうずうずしながらステップを踏んだ。
その動きを見ながら俺は首をコキコキ鳴らす。
「ガキ、俺の後ろに下がってろ」
フランを地面に降ろすと、彼女は俺の後ろに回った。
興奮した眼差しで俺の脚に掴まり、顔をのぞかせている。
そこにいると動けないのだが、まあいいか。
「おい、さっさとかかってこい」
「そうか、お前の選択は、——ッ死だああ!!」
サイドステップを踏んだ後、賞金稼ぎのビリーは俺の首めがけて一直線にナイフを振った。
リーチが長いせいで思ったよりも早く到達する。
やけに細長い腕が俺の喉元までナイフを伸ばした。
が。
「はッ!?な、なんでだ......」
ビリーのナイフは俺の首元で静止していた。
刃は確かに俺に直撃しているのだが、俺から血が流れることはない。
もちろん静止しているのだからナイフも動かない。
ビリーはナイフを引き抜こうと両手を使って踏ん張るがびくともしなかった。
(この程度か......)
「種明かしはまたの機会だ。まあ、その機会があったらだがな」
俺は、懐まで潜り込んで動けないビリーを両腕を使って締め上げた。
ナイフを地面に落とし『うぎぎぎぎぃぃぃっ!』と骨を折られるビリー。
プレスされながら声を漏らし、身体の節々が音を上げていた。
このまま絞め殺してもいいが、天才的な俺の頭脳がいいことを思いつく。
「ガキ。エキサイティングなことしたいんだろ?このビリー君をどう料理してほしいか俺に言ってみろ。お望みどおりにしてやるよ」
『アガガガヴァ!!』と声にならない音を出しながら、ビリーは充血した目だけをクリっと動かした。
その目線は俺の足元にいるガキに向けられる。
訴えているのだ。
殺さないでくれと。
殺しに来たくせに虫がいいやつだな。
「ガキ、早くしろ」
俺は更にきつく締め上げながら催促する。
フランはしばらく沈黙した。
ま、それもそうだろ。
肝が座ってるといっても所詮はガキだ。
いざ危ないことをしてみても寸前で足がすくんじまう。
川に飛び込む寸前で思わぬその高さにビビるやつなんて大勢いる。
エキサイティングなことがしたい?
ふざけたこと言いやがって。
所詮お前の気持ちなんてのは......。
「そのまま!!そのままフルーツを絞るみたいに絞ってください!!」
「「え?」」
直後、俺とビリーはその返答に顔を見合った。
骨ばった栄養失調寸前みたいなビリーの顔を俺はじっと見つめる。
やつは、これから起こる悲劇に涙していた。
頬を伝う血の涙が締め上げる俺の腕に落ちる。
(き、汚ねぇ......)
フランの純粋そうな見た目から、一瞬でも希望を抱いてしまったのだろう。
だがそれはそれ、これはこれだ。
「ガキ。お前なかなか良い趣味してるな。これからの旅が楽しくなりそうだぜ」
俺は口角をあげながら微笑んだ。
いいだろう。
お望み通り、ビリー君を特製ジュースにしてやる。
「しぼりたてだぜぇ。楽しめよぉー?」
「アッ!!待てッ!!ウッ、うぎいいいいい!!ぐぎゃあああああ!!ア゛ッーーー!?」
俺は胸の中に抱いたビリー君を絞りながら月に向かって笑った。
ビリー君は赤色のフルーティーな血を全身から吹き出し、ミイラのような身体がさらに白骨死体みたいな身体に変貌した。
俺は、水分が抜けてぺらっぺらになったビリー君をゴミの山に投げ捨てる。
「怪物さんは、やっぱり怪物だったんですね」
ずっと脚にしがみついて安全圏から見物してたガキが何か言ってる。
一瞬の希望をビリー君に与えたお前の方が、俺はもっとむごいと思うけどな。
「これからはこんなのが日常茶飯事になるぞ」
肩を回しながら俺は歩きだした。
とりあえず隣町まで移動して、そこで宿でも取るか。
「楽しみです。次はどんな刺客さんがやってくるのでしょうね!」
フランは俺の隣を歩きながら綺麗な髪をなびかせた。
不気味なガキだ。
俺が言うのもなんだが、どうしてそんなに生き急ぐ?
考えても答えは出なかった。
どうでもいいか。
「はぁーあ。ねっむ」
早く眠りたくなった俺はガキを再び担いだ。
ガキの足を待ってたら次の町まで数時間はかかっちまう。
俺が運んだほうがはやい。
「私、お腹がすきました。怪物さん、空を飛んで鳥を捕まえてください。焼き鳥にしましょう」
飛んできたのは理不尽な要求。
「んなことできるか」
俺はそれを間髪入れず拒否した。
このガキは俺のことを一体なんだと思っているのか。
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
ガキと一緒にいるとこっちまで疑問ばかりになってしまう。
よくないな。
考え過ぎは俺の性に合わない。
頭を振ると、次の街まで急いだ。
その間にも数人の賞金稼ぎに出くわし片っ端から片付けたが、残念ながら、強いやつはいなかった。
近場にいた奴らが適当に集まってきたせいなのか、準備不足も甚だしく、俺の拳にワンパンでノックアウトされた。
俺が、「まあ、初日はこんなもんか」と拳についた血を拭っていると、フランから料理の注文が。
俺はため息をつきながらも気絶した賞金稼ぎたちを起こして、再び地獄を見せることにした。
再び目覚めたときのやつらの顔といったら傑作だったな。
人間ってのはあんな一瞬で顔色を変えられるものなのかと、いい勉強になった。
そんな賞金稼ぎたちをどう調理したのか。
ガキからの注文はかなりバリエーション豊富だったが、眠すぎてなにしたか忘れた。
適当な宿を取ったので、今日はもう寝ることにする。
「怪物さん。一緒のベッドで寝ましょうよ!」
「絶対、嫌だね」
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