第5話「私はアマネよ。よろしくね」

 窓から光が差し込み、俺の顔を照らした。


 ほんのりとした太陽からの恵みに俺は目を覚ます。


 立ち上がると軽いストレッチをした。


 関節を回し、身体を伸ばし、不調がないか確認をする。


 昨日は一部屋しか借りることができなかった。


 ベッドは2つあったが、俺は扉の前に腰掛けるようにして眠っていた。


 夜の襲撃もあり得るからな。


 すぐ動けるようにベッドは使わない。


 それに俺は、雨風が凌げるならどこでも寝られるタイプだ。


「ガキ、朝だぞ」


 ベッドの足を軽く蹴って揺らす。


 フランは枕に頭を乗せて布団の中にすっぽりと収まっていた。


 もう一度蹴ってみる。


「ん~。むにゃむにゃ......」


 俺は寝返りをうつ少女の姿を真顔で見つめていた。


 何がむにゃむにゃだ、今更ガキのふりしやがって。


 昨日はビリーくんが空っぽになるまで絞られるの見て興奮してたじゃねえか。


 ため息をついた俺は眠ったままのガキを脇に挟んだ。


 とりあえず下に連れて行ってなにか食べよう。


 食べ物の匂いを嗅げばこいつも目を覚ますはずだ。


 ガキを挟んだまま階段を降りると、他にも宿に泊まっている奴らと目があった。


(なんだ、何見てんだよ。寝たままのガキを脇に挟んでるのがそんなに不思議か?)


 と言った感じで俺はやつらを睨んだ。


 睨んだやつらが怯んだのを見て俺は鼻を鳴らす。


 空席を見つけると意識のないガキを座らせようとした。


 が、中々座らせにくい。


 ガキだから座高が低く、そのせいで座る体勢に固定し辛いのだ。


 諦めた俺は椅子に座らせるのではなく寝かせることにした。


 適当な料理を頼んでそれが運ばれてくるのを待っていると。


「お父さん、お母さん......」


 フランの寝言が聞こえてきた。


 眠った体勢のまま俺の膝に乗ろうとジリジリ寄ってくる。


「俺はお前の両親じゃねえ」


 片手で服の背中を掴んで持ち上げると、その体勢のまま料理が来るのを待った。


 他の客たちが俺たちを変な目で見つめてきている。


「あ゛?」


 俺はこの一言で黙らせた。


「お客さん、その子とどんな関係かは知りませんが、問題は起こさないでくださいよ」


 料理を持ってきた宿の人間が俺に言った。


「安心しろ。これを食ったら出る」


 掴んだガキを机の上に並ぶ料理の上まで持っていくと『ん?』と言った様子でフランは目を開けた。


「これは......一体どういう状況なのでしょうか」


 俺の腕に吊るされたままのフランが呟く。


 そしてお腹を『ぐ~』と鳴らした。


 昨日は結局何も食わなかったからな。


「どうもこうもねえよ。さっさと食え」


 覚醒したフランを椅子に座らせると俺は食事を始めた。


 組織からの給料はそんなに多くないが、昨日は幸運なことになぜだか財布が潤った。


 だから今日の朝食はいつもよりも豪華だ。


 宿の主人が俺たちを追い出さないのも、ここにいる誰よりも俺たちが羽振りがいいからだろう。


 俺は黙々と食事を進める。


「怪物さんはたくさん食べるですね」


 小さな口に少しずつ料理を運ぶフラン。


 彼女は大きな野菜は一度では食べ切れないのかナイフで切っている。


「はっ。小さいやつは大変だなあ?俺はなんでも一口で食えるぜ?」


 俺は言いながら一番でかい肉の塊を口に入れた。


 いや、突っ込んだ。


 もちろん一切切り分けずに。


 そのままガキにマウントを取ってやろうと顔を向けると。


「ぷぷっ!」


 なぜだか笑われた。


 一体どういうことだと肉を噛み切りながら考えていると、他の席の奴らも俺を見ながら笑いをこらえているように見える。


 は?


 なにかおかしいことを俺はしたのか?


「怪物さんって、ぷっ、やっぱり怪物さんなんですね」


 フランは笑いをこらえていた。


 確実に。


 だって肩が震えている。


 なんだか癪に障ったので、俺はフランの分まで食べる勢いで手と口を動かした。



 ———



 宿を出ると、次の街に向かう。


 移動手段もあるにはあるのだが、それを使っては早く目的地についてしまう。


 それじゃ突っ込んでくる馬鹿どもをたくさん料理できねえだろ?


 だから俺たちは目的地まで一直線ではなく、めちゃくちゃなルートを辿っていた。


「そういえば、私には賞金がかかってるんですよね?」


 昨日のアクネスからの通信を途中まで聞いていたフランが確認してくる。


 賞金の額は、確か一億ドラだったか。


 豪邸が一つは建つな。


「それがどうかしたか」


 脇に挟んだフランに俺は聞き返した。


 彼女は手と足を宙ぶらりんにしている。


 通行人たちが妙な目で俺たちのことをジロジロ見てくるが仕方がない。


 だってこいつちっこ過ぎて歩くのが遅いから。


 二メートル近くある俺の歩幅とまったく合わない。


 あわせるのが面倒くさいのでこれからは脇にフランを装備して移動することにした。


 これがデフォルト装備だ。


 置き忘れる心配もないしな。


「怪物さんは、その......理由について聞かないんですか?」


 フランは揺られながら地面を見つめていた。


 まあ確かに、こんなガキに一億ドラの賞金ってのは少し過剰だ。


 でもその理由を知ってどうなる?


 俺がやることが変わるのか?


 いや、変わらない。


 俺は大抵の物事の理由なんてのはクソほどどうでもいいと思ってる。


 そんなこと考えるほど俺の人生は長くない。


 そういうのはエルフとかに任せときゃいいんだよ。


 だから俺は言い放った。


「お前がどこの誰だろうが俺には関係ない。お前の素性なんてどうでもいい」


「そうですか......」


「俺はただ、お前を餌にして馬鹿どもを殴りたいだけだ」


 ニカッと俺は笑った。


 これが俺の本心だ。


 確かにこのガキはなにか特殊な事情を抱えているのだろうが、んなこと知ったことか。


 理由なんてのは知れば知るほど拳が鈍る。


 喧嘩売られたら殴る。


 善も悪も関係ない。


 俺はそれでいい。


「あの、私からも質問していいですか?」


「だめだ」


「私、自分で言うのもなんですけど、結構目立つ見た目してますよね」


 俺の意見などお構いなしにフランは口を開く。


 彼女の容姿は白髪に燃えるような赤い瞳。


 その辺の村にはこんなガキはいないな。


「どうしてフードを被せたりして隠さないんですか?これじゃ狙ってくださいって言ってるようなもんです」


 だからさあ。


「俺はお前を餌にしてるって言っただろ?今だって後ろに二人つけてきてんだよ」


 俺が言うとフランはスッと後ろを振り向いた。


 これだからガキは......なんでも確認しなきゃ気がすまないのか。


「おい、今ので気配が消えちまったじゃねえか。少し黙ってじっとしてろ。餌は喋らねえし動かないから餌なんだぞ」


「いやです。もっとおしゃべりしたいです!」


 年相応な態度を見せるフラン。


 俺はこのガキをどう黙らせるか考えた。


 と言っても、考えるのは苦手なので自分の服のポケットを触って、なにかいいものが入ってないか探してみた。


(ん。これは......)


 後ろのポケットになにか入ってる。


 右手でそれを取り出して見てみると、一冊の小説だった。


 ガキが俺のベッドで読んでた本だ。


「ほら、これでも読んでろ」


 子どもを黙らせるために親はおもちゃやらなんやらを与えるって言うしな。


 とりあえず気を紛らわせればそれでいいのだろう。


 あれ?俺ってやっぱり天才では?


 この状況を見越して過去の俺は服の中に小説を忍ばせていたのかも知れない。


 サンキュー俺。


「あっ!これ途中までだったから気になってたんです!」


 俺が本を渡すとフランは担がれながら熱心に読書を開始した。


 楽しそうにペラペラと本をめくる音が聞こえてくる。


「おい、もう少しゆっくり読め」


 このままの速度では半日もせずに読み終えてしまうだろう。


 途中でまた買い足さなければならなくなるのは面倒だ。


「大丈夫です。私は怪物さんほど記憶力が悪くないので、ちゃんと覚えていますよ」


 本に目を落としながらフランはぼそっと呟いた。


 この野郎。


 喧嘩売ってんのか?


「おい男。そこで止まれ」


 俺がフランの頭を地面に突き刺してやろうかと考えているところに、二人の男が割り込みに入った。


 二人共似たような、というかまったく同じ制服に身を包み、それぞれが槍を装備していた。


 衛兵だ。


(めんどくせえなあ。こういう奴らは数は多いがそれだけ。一人一人が極端に弱い。しかも全員が同じ訓練受けてるせいで一人倒したら後は消化試合みたいになってつまらねえ)


 かなり前までは、衛兵に喧嘩売ったら無限に戦いを楽しめるのでは?と思っていた時期が俺にもあった。


 だが実際に試してみれば上記の感想通り。


 どいつもこいつもパターン化された攻撃しか繰り出さなくて味気がなかった。


 その時俺は知ったのだ。


 戦いは数よりも質の方が面白いと。


「あぁー、なんていうか。こいつは......」


 俺は脇に挟まれながら黙々と読書を続けるフランをみた。


 このガキ、この状況でシラを切ってやがる。


 お前が一声、この人は私の保護者ですとか適当言えば済む話なのに。


「えーっと......」


 文句を垂れてもしょうがない。


 ここでガキのケツ叩いて俺に都合のいい言葉を吐かせたら、それこそ誘拐犯だと思われるであろうことは俺でも予想できる。


 まあ、実際誘拐犯なのだが。


 ならどうするか。


 答えは一つだ。


 雑魚狩りはつまらねえが、それでも狩りに変わりはない。


「おい、コイツなんか怪しいぞ」


「住民たちが集まってきてる。こっちにこい。あっちの路地の方で事情を聞かせてもらおう」


「はーい」


 しかも獲物の側がこうやってわざわざ狩り場をつくってくれるってんだからこれ僥倖。


 このシチュエーションで日課をこなさない理由はないだろ。


 俺は大人しく二人の衛兵の後をついていった。


 住民からの目を避けてやってきたのは狭い路地だ。


 陽の光もあたらない影が差す場所。


 さて、どう料理しようか。


 まずは相手に攻撃させるか。


 その後に俺のスキルで動きを止めて、一方的に......。


「あの~すいませーん。私、道に迷ったみたいで~」


 俺が脳内で戦闘シミュレーションをしていると、路地の向こう側からわざとらしい声を出して近づいて来る女が一人。


 俺は彼女の姿を見てため息をついた。


 あーあ。


 絶好の機会が台無しになっちまった。


「我々は今仕事中だぞ......って、ん?これは.....」


「ど、どうしたんですか、お嬢さん」


 二人がつばを飲み込む音が聞こえる。


 女の姿を見た瞬間、二人の衛兵はデレデレと緊張感を緩めた。


 そりゃそうだ。


 あいつは見てくれだけは結構いいからな。


「二人とも、私の言う事聞いてくれますか〜?」


 二人に近づいた女はその目を光らせた。


 俺にはわかる、獲物を狙う狩人の目だ。


「も、もちろんで......す......」


「おい。今は公務中......だ......ぞ......」


 彼女の目を見た衛兵二人は、そのまま地面に力が抜けるように崩れ落ちた。


 これがこの女のスキルだ。


「アマネ。お前、なんでここにいるんだよ」


「わぁ、これが大人の女性の魅力というものですか......」


 フランはいつからこの光景を見ていたのか、俺の脇で小説から目だけをのぞかせていた。


 その目はさっきよりも輝いている。


「なんでもなにも、アクネスから話聞いてないの?こっちの仕事が終わったからサポートに来たのよ」


 ロングの髪をバサッとひるがえすと、猫耳女は偉そうに言った。


 彼女は組織の仲間で、フランをアジトに持っていった時にいたやつだ。


「そういえば、そんなこと言ってたような......」


 俺は頭をポリポリと書きながら拝金主義者との会話を思い出してみた。


 何一つ思い出せなかった。


「また会えたわね。えーっと、名前は?」


 記憶を探る俺を無視してアマネはフランに顔を近づける。


「フランです」


「フランちゃん。これからよろしくね。といっても楽しい旅にはならないと思うけど。なんなら私が到着するまで記憶を飛ばしてあげましょうか?」


 アマネはそう言うと目を光らせてフランの目を睨んだ。


「結構です。エキサイティングな旅ができると期待しているので」


 フランのやつが笑いながら答えると、その反応にアマネは目をぱちぱちさせて面食らう。


 俺が無理やりここまで連れてきたと思っていたのだろう。


「あら、これはなんだかかなり込み入った事情がありそうね。でも楽しめるなら別にいいわ」


 少し考え納得した様子を見せたアマネはそう言って顔を上げた。


 次に睨むのは俺の顔だ。


「で、どうしてこんな状態で街を歩き回ってるの?おかげで探すのに苦労しなかったわよ」


 これは文句なのかそれとも褒めているのか。


 俺は目を合わせないように彼女の猫耳をじっと見つめた。


 ピクピク動いてる。


「どうしてもなにも、このガキの歩幅が小さいからだろ。合わせるのがめんどくせえ」


「それにしたってもっと他に方法があるでしょ?あ、わかった。どうせ目立ったほうが賞金稼ぎとたくさんエンカウントできてお得とか考えてるんでしょ」


 アマネは腕を組みながら俺の足を踏んだ。


 痛くも痒くもない。


「よくわかってるじゃねえか」


 アマネは深くため息をついた。


 足をどかすとバッグから地図を広げる。


「私が来たからには目立つ行動はさせないから。最短ルートで目的地まで行くわよ」


「駄目だ。このガキ見つけたのは俺なんだから、俺が決める」


「は?」


「あ?」


 俺たちはにらみ合った。


 とは言っても俺はアマネの猫耳を睨んでいるのだが。


「はい。意見があります」


「お前の意見は聞いてねえよ」


「どうぞ。どうしたのフランちゃん?」


 チッと舌を鳴らす暇もなくフランはある提案を行った。


 俺たちはそれを聞いて顔を見合わせた。


 俺は全力でその提案を拒否したのだが、『こっちの方が逆に目立つかもしれないわね』とアマネに言いくるめられてしまった。


 そして現在、


 この屈辱的姿だ。


「わぁー高いねお父さん。お父さんが見てる景色ってこんななんだー」


 俺の肩の上で芝居がかった演技を見せるのはフラン。


 ふざけんな。


 どうして俺がこんなことしなきゃいけねえんだ。


「おいガキ。あんまり調子乗ると頭から地面に叩き落とすからな?あと、しれっと俺の頭をブックスタンドにしてんじゃねえよ」


「......ぷっ。あははははっ!ちょっと待ってもう無理。あはははっ!あの筋肉だるまのグリムスが肩に少女のせてるんですけど~!!あはははっ!!」


 歩く俺の隣ではアマネが腹を抱えて笑っていた。


 こいつがこんなに笑ってるとこはみたことがないという具合に。


 確かにこの親子スタイルになってからは、すれ違う人間が俺たちに妙な目を向けてくることはなくなった。


 むしろなぜか微笑ましい笑みを向けてくる。


 これならば衛兵に目をつけられて雑魚狩りをする羽目にならなくてすむ。


 それに、肩にちっこい賞金首をのせてるから、こいつのことを知ってる奴らだけが襲ってきて効率よく狩りを進めることができるだろう。


 見事な折衷案だとは思う。


 だがな?


「おい、肩にのせるのは確かに了承した。けどな、足をぷらぷらさせんじゃねえ。あとさっきから言ってるが俺の頭をブックスタンドにすんな」


「本の角が当たって痛かったですか?よしよし」


 は?


「......っぷ!よしよしだって。あははははっ!!だめだ。私はこれ以上面白い光景に多分もう一生出会えないわ!!」


 目を虚ろにした俺の頭をフランがなでている。


 こんな屈辱を味わったのは初めてだ。


 誰か、賞金稼ぎでも誰でもいいから。


 この地獄みたいな状況を打開してくれ。

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