第3話「少女の行方がわからないだと...?」
「少女の行方が分からなくなったとはどういうことだ!!」
「も、申し訳ございません!」
国の首脳たちが集まる会議室に罵声が響いた。
理不尽な怒りをぶつけられた部下は、そそくさと逃げるように部屋を退出する。
その会議室は、小国ドレムの首都、その真ん中にそびえる旧王城内に位置していた。
彼らが怒る理由は一つ。
フランと言う名の強力なスキルを持つ少女の行方が分からなくなってしまったからだ。
本来であれば、既にこの場に拘束された少女の身柄が連れてこられているはず。
にも関わらず、街で見つかったのは少女の誘拐を依頼したB級犯罪者たちの撲殺死体。
現場の痕跡によれば、一人の人間によって彼らはボコボコにされたと推測される。
(だからあれ程ケチるなと忠告したのに)
目の前で繰り広げられる無意味な責任のなすりつけ合いを見て、内心で愚痴を吐くのはこの国の戦略級である男だ。
男は剣士、名をファルムンドという。
一視当千の二つ名を持つ剣聖だ。
男は国からの命令で公務をこなした帰り道、急遽この場に緊急事態ということで召集されていた。
いわゆる残業である。
「どいつもこいつも使えないものばかり!もしもかの少女が他国にわたってしまったらどうするつもりだ!!」
一人の男が机を叩きながら唾と大声を飛ばした。
(これだから小国は......。領土が小さいだけでなく懐も小さいから困る。さらにトップの器も小さいとあっては......)
ファルムンドは目の前で机を囲みながら責任転嫁を繰り返す権力者たちを睨んだ。
そろそろ他国に移籍するのもありかもしれないな、なんて思いながら背中の剣の柄に触れ、ハッとした様子ですぐにその手を離した。
公務を終えた帰り、しかも深夜のこんな時間帯、判断力が鈍った人間が何をしでかすか、それは本人にさえ分からない。
ファルムンドは、危うく剣を抜くところだった。
「あの、それで私はどうすれば?」
いくら待っても老害たちは自分を呼び出した要件について触れないので、ファルムンド自らが声を掛けた。
もちろん、これ以上この豚どもの話を聞いていたら血の祭りが開かれる可能性も考慮しての行動だ。
「あっ、おぉー、フォルムンド殿。忙しい中足を運ばせて申し訳ない」
謝る割には今の今まで自分のことに全く気付かず口論を交わしていた男が頭を下げる。
権力者というものは力あるものに媚びるのが上手いと聞いたことがあるが、これなるほど。
ファルムンドは『気づくのがおせえよクソジジイ、俺が戦略級としてこの国と契約してなかったら、全員この場で切り伏せてるところだ』と心の中で毒づいた。
「我々は協議に協議を重ねた結果、かの少女に誠に無粋ではあるが賞金をかけることにした」
「賞金ですか......」
バウンティがかかれば、その情報は裏社会に一気に広がる。
金のために動くまともな馬鹿どもが、少女を捕まえるのは時間の問題だろう。
ならばなぜ自分が?
ファルムンドは訝しげな表情を男に向けた。
「ファルムンド殿のお気持ちは察しています。どうして自分が、ということななのでしょう?」
「はい。そうですが」
賞金稼ぎが少女確保に向かうならば、ファルムンドは必要ないはずだ。
「戦略級の方々は自分の経歴に泥が付くことを嫌うと聞き及んでおります」
各国が抑止力として保持する戦略級。
保持する、とは言っても戦略級は核兵器のような物ではなく人間なので、意思があり、報酬も要求する。
国とは基本的に雇用の関係で結ばれており、その雇用内容が気に入らなければ他国に移籍することも可能なのだ。
とは言っても理論的には可能という話しであり、実際にできるかどうかは込み入った事情などで、また別の話しになってくるのだが......。
とにかく、そのため戦略級は経歴を重視する傾向にある。
以前はどの国で何をしていたのか、何をしなかったのか、移籍の際にはそういったことが事細かくチェックされるのだ。
問題が無ければ国の抑止力として歓迎され、給料はそこらの冒険者とは比べものにならないほど支給される。
もちろん研究資金と題して国庫をこじ開けることも場合によっては可能だ。
この世界の魔法使いたちのなりたい職業ランキングトップが、大国の戦略級であることも頷けるだろう。
「まあ、そうですね。でも私は剣士なので。魔法使い達とは違い、そのあたりはあまり気にしません。もちろんしたくはないですけどね、そういったことは」
剣士であるファルムンドは、肉体や剣術を鍛えることでここまで強くなった。
魔法使いと比べると、剣士は強くなるために資金をそれほど必要とはしない。
せいぜい剣や、身に着ける装備品にお金がかかるくらいだ。
「我々もファルムンド殿のお手を煩わせようとは考えていません。ですが万が一、ということがあります」
(なるほど......相当切羽詰まってるみたいだな)
ファルムンドは男たちの顔色を伺った。
どいつもこいつも肉付きのいい肥えた豚ばかり。
戦士ではないのでそれでいいのだろうが、健全な精神は健全な肉体に宿るということを知らないのだろうか。
国政を担う人間が怠惰な豚では格好がつかないのでは?とファルムンドは思った。
そんな豚どもへの直感的感想と同時に、彼はここまでの情報を整理して頭の中で推論を立てた。
おそらく狙っていた少女は、戦略級足りえる、もしくはこの国の命運を左右するスキルを持って生まれた少女だったのだろう。
そんな少女が成長し、大人になって、他国に逃げられてしまっては困る。
だから彼らは小さいうちから囲んでしまおうと考えているようだ。
国力にも数えられる戦略級は、資源が少ない小国に取っては貿易などでの交渉の際に切り札となるほど重要な役割を担う。
だからなんとしてでもその少女を逃がすわけにはいかないのだ。
「はぁ、わかりましたよ」
溜息を漏らしながらファルムンドは男たちの前に立った。
「給料分の働きはしようと思います」
『『『おぉ~』』』
男たちから感嘆の声があがる。
「賞金稼ぎに任せっきりというのも不安です。こちらも個人的な伝手を頼ってみます」
「ほ、ほんとうですか!それは助かりますファルムンド殿!」
机を囲む権力者たちは口を揃えて『流石ファルムンド殿だ』『彼を招いて正解だったな』『最後に頼りになるのはやはり戦略級だ』などとざわついていた。
この時、ファルムンドにはその姿がブヒブヒーと鳴く貯金箱の豚に見えたに違いない。
「しかし、それ相応の対価を......お分かりですよね?」
「も、もちろんです。我々にお任せください」
ファルムンドの言葉に男たちは喉を鳴らしながら、額の汗をぬぐった。
それとは対照的に、ファルムンドは『臨時ボーナスゲットだぜ』と笑みを浮かべる。
「話しは以上ですか?」
「はい。健闘を祈りますファルムンド殿」
「それでは、私は失礼します」
部屋を出たファルムンドは廊下を歩きながら考えを巡らせる。
(まあ、次の戦略級になる素質のある少女を残せば、俺も心置きなくこの国からおさらばできる。今回の仕事でお開きにして、退職金をたんまり貰うとしよう)
ファルムンドは金が大好きな剣士であったが、それなりに仁義を通す男でもあった。
(さて、少女は一人で逃げ出したのか、それとも協力者がいるのか......。どちらかは知らないが、とりあえず賞金稼ぎ共に居場所を探ってもらいつつ、削らせる。それでいいところは俺が持っていくか)
ファルムンドはあごに手をつけながら、信頼できる強さを持つ者たちを以下にピックアップした。
まず一人目。
S級冒険者、聖剣の使い手『隻眼』のスライダー。
冒険者をやっているだけあって状況適応能力が高い。しかもS級で実力も折り紙付きだ。金次第でなんでもやってくれるし使い勝手がいい。昔ダンジョンを一緒に潜ったこともある俺の弟子だ。俺の依頼は断らないだろう。
(協力者が組織だった場合の可能性も考えて、こちらも集団をぶつけるか......)
二人目。
組織『ドラゴンプライド』のリーダー、『鱗革』のネスト。
こいつは昔、俺に見逃してもらった恩がある。この国で危ない薬を売買していたところを俺が見逃してやったのだ。どうして見逃したのか?だって賄賂をくれるっていうからさ。
今は隣国で幅を利かせているらしいし、俺が一声かければ組織総出で協力してくれることだろう。
(念には念を.....だな。この国での最後の仕事だ、出し惜しみはしなしだ)
三人目。
SS級犯罪者『アサシングリード』の異名を持つバン。
俺が今泳がせてる暗殺に特化した世界指定犯罪者で、頭が飛んでる殺人狂だ。
どうして泳がせてるのかって?こういう時のためだ、とカッコよく言いたいところだが、貯金が無くなった時のためだ。いつでもこいつを牢屋にぶち込めるように活動は俺が逐一把握してる。
今はこの国に滞在してるようだし、後でちょっと殴りこみに言って脅してやる。人殺しを生業にしてるようなやつだ、俺の依頼を快く引き受けてくれることだろう。引き受けなかったら牢屋に強制送還するだけだ。
(よし、こんなもんか)
以上、
S級冒険者、聖剣の使い手『隻眼』のスライダー。
組織『ドラゴンプライド』のリーダー、『鱗革』のネスト。
SS級犯罪者『アサシングリード』のバン。
彼らを選出したファルムンドは月を眺めながら不敵に笑う。
「こいつらが全員駄目だった時は俺が......じゃなくて私が殺せばいいだけだ。退職祝い、楽しみにしてますよ」
戦略級、一視当千のファルムンド。
彼もまた、戦略級である前に一人の鍛え抜かれた剣士として、まだ見ぬ強敵に胸を高鳴らせていた。
久しぶり過ぎて、自分が強烈な烈気を放っていることに気がつかない程に。
彼が通った廊下では、鎧を着た衛兵たちが数十人と泡を吹いて、豪華絢爛な赤い絨毯の上に気絶していた。
———
ファルムンドが出て行ったあとの会議室。
そこでは言い争っていた男たちが、努めて冷静に今後の事について話し合っていた。
「ファルムンド。かの男ならば必ず少女を連れ戻してくるだろう」
「そこに疑問を持つ者は誰もいない。何せ他国の数十倍の大金を積んで招き入れた戦略級なのだからな。それ相応の働きをしてもらわねば困る」
神妙な面持ちで男たちは頷く。
「だがあいつも一人の男。力はあったとしても、我々のように上に立つ人間とは違う。少女に情が移らなければいいが」
男たちはまた頷いた。
「私にも同じくらいの娘がいるから気持ちはわかる。だが、力を持つ者の定めだ。少女には尊い犠牲となってもらおう」
「あの両親さえ大人しく言うことを聞いていればな。家を焼き払い殺さずに済んだというのに」
「現場の失態だ。我々はそこまでしろとは言っていない」
「終わった話はするな。それよりも、ファルムンドが少女の味方をした場合はどうする?」
男たちはしばし沈黙した。
あの男が敵に回ってしまったら。
考えただけでもぞっとする。
口を開いたのは上座に座る男だった。
「その心配はいらん。ファルムンドも少女の詳細はしらないのだからな。ここに連れてきたら少女ごと殺せばいい。その後に教会の天使にでも頼んで少女だけ復活させる」
「ま、それが妥当だな。それとなく剣を奪って、もしくは食事に毒を盛るでもいい」
「大義のための犠牲。少女には泣いてもらおう」
男たちは一応のしおらしさを見せた。
しばらく仮初めの沈黙が続くと、もういいか、という具合で席を立つ動作を見せた。
「では、これにて解さ——」
「ちょっと待て。今回の報酬は誰が出すんだ?」
上座の男が号令をかけかけたところで、一人の男が突っかかった。
それに呼応するように全員が同じような反応を見せる。
右にいる者を見て、左にいる者を見て、場の空気を敏感に感じ取った。
そして再び、会議室はざわつき始める。
「等分でいいだろ?」
「いいや、この前の件の取り分を俺はまだ受け取っていない。今回俺は出さないぞ」
「何?そんなの不公平だ」
「国民の税金から賄えばいいだろ」
「そうだ。国庫から捻出すればいい」
「そんなことよりも、少女襲撃の費用を出したのは私だ。今回の件のリターン、今後少女を有効活用することによって生まれる利益は私が一番多くもらえるのだろうな?」
「失敗した分際で何を言ってるんだ!」
「それを言うなら私だって——」
会議室は再び罵詈雑言の嵐に包まれ、先ほどまでの論理的な話し合いは己の金勘定に飲まれてしまった。
私利私欲、これを満たすためだけの一方的要求のぶつけ合いは、日が昇るまで続いた。
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