ロミオとジュリエット

ロミオとジュリエット本番当日を迎えた。


いつもの朝よりも目覚めよくシャキッと1発で目が覚め、ベッドから起き上がる。


とうとう今日か……。


演劇は今日の6限目に全校生徒が体育館に集められて行われる。


まだ、今から学校に行き5限まで普通に授業を受けなければならず、今から緊張しているようじゃ心臓が何個あっても足りない。


学校に向かうまでの電車の時間、校門くぐり教室に向かう時間、その全てで今日

は俺が世界の主人公だ、というどこから生まれた分からない自信が覆っていた。


今なら何でもできる気がしている。


そして迎えた昼休み。


怖い怖い怖い、どうしよう今から全校生徒の前に立つの?怖すぎ。

セリフ飛んだらどうしよう、最初のセリフなんだっけ。

はあぁ〜ドキドキしてきた〜!


この緊張を一人で対処する術を俺は知らない。


バッと後ろを振り返る。


「ねえ心、緊張が止まらないんだけど、どうすればいい?」


「ね、緊張する。私もどうしたらいいかわかんない」


「心でも緊張するのか……」


「するに決まってるよ!でも緊張するってことは自分に期待してるってことらしいよ」


自分に期待か……。


確かに今日一日、ロミオとジュリエットを乗り切ることで今までの自分から変われるんじゃないと期待してる部分はある。それがこの緊張なのか。


「この緊張はどうしようもないって事だよね」


「うん、仲良くしてあげて」

切っても切り離せないものと思ったら少し気が楽になった。


昼ご飯を食べる気にも中々なれず、半分食べたところでお弁当をそっと閉じてしまう。


お母さんごめん、今日だけ許してくれ。


お弁当をカバンにしまう代わりに劇の台本をカバンから取り出す。


今の俺にできることは本番をイメージして少しでもロミオとジュリエットを体に染み込ませることだ。




昨日の放課後。


リハーサルをすると言うことで1日だけ体育館を使わせてもらえた。


自分たちが舞台上のどこに立っているか分かりやすくするために床にテープを貼ったり、小道具大道具を舞台袖に移動させたりと準備は万端だ。


そして、最後の通し練習が始まった。


全部員に実際役柄があったり、場面転換時に大道具などを移動させるため袖にスタンバイしている。


ロミオとジュリエットで使われる衣装は8割方みんなのお姉さんこと高見沢先輩が作っており、その衣装を身に包み俺は本番前最後の練習を迎えた。


舞台から見る体育館はいつもより広く見える。

こんなに体育館って広かったんだな。

入学式の時と体育の授業くらいでしか使ってこなかったが同じ場所とは思えないほどだ。


俺の目の前には人一人いないが、本番当日はここに400人弱の生徒が集まる。

どうなることやら。


本番10分前。

5限が終わり、急いで体育館に演劇部員全員が集まる。


全員ができる限りの猛スピードで来たからか、ほぼ同タイミングで全員集まることができた。


「さすがにみんな早いね」

俺の横に立つ心がボソッと呟く。


「そうだね」

心に関わらず部全体の雰囲気がいつもより固く、ピリつきが見られる。


その中で瞳だけは普段と変わらない感じで自信ありげに立ち、気がつけば俺は瞳に話しかけていた。


「緊張してないの?」


「全然してない。やる事は全部やってきたでしょ」


アニメの主人公かよ。

頭ではそう思っても自然と緊張しちゃうもんじゃんと思うが、俺の常識が通じる人ではない。本当にかっこいい人だ。


「よし、みんな集まったな。一年生は初めての舞台、緊張すると思うけどみんなで頑張ろう!楽しみながらいこう!」


部長の鼓舞に「よっしゃ!!」「おーー!」という声が飛ぶ。


俺の背中にポンッと優しく手がかざされる。

「論、大丈夫だよ」


心が俺の顔を覗き込むように笑顔で一言声をかけてくれる。


キーンコーンカーンコーンと6限の始まりが合図された。


劇が始まる前に客席の方を見て心の準備をしたいのに幕がかかっていて覗くことができない。


始まって早々人の多さに動転しないだろうか。


ブーーという音が鳴る。


舞台の真ん中に公爵役の部長が立ち、そこにスポットライトが当たる。

「どうしてこのようなことになってしまったんだ……。あの時もし……いや、どうしようもなかったのか……」


部長がそう演技すると一気に場面は変わり、瞳と綾小路先輩が舞台に現れる。


ここは両家の部下が喧嘩となり、それをモンタギュー家のベンヴォーリオが仲裁に入ろうとするもキャピュレット家のティボルトと二人が喧嘩になり、それを公爵の部長が止める場面だ。


「お前ら剣を収めろ!おい、ティボルトお前も止めてくれ」

瞳がいつもより図太い声で綾小路先輩に向かって言う。


瞳は今回男役でロミオの親友の立ち位置であるベンヴォーリオだ。


髪が比較的短めであるため違和感は薄めだが、女の子が男の役をこなしていることは見ている人にも伝わっていると思われる。


「剣をかざしながら仲裁に手を貸せ?馬鹿なことを言うな、腰抜けめ」


綾小路先輩が演じるティボルトは喧嘩っ早い性格のキャラクターだ。


綾小路先輩のちょっとホラーチックな気味の悪い雰囲気が気の強いティボルトにマッチしたお手本のような悪キャラで、その場の空気を飲み込んでいる。


カンカンと剣の音が鳴るSEと共に二人の叫ぶような声が響く。


公爵が間に入りことが収まり、ベンヴォーリオがフラグを立てるかのように一言いう。


「ロミオがこの場にいなくて良かったよ」


そう、俺が演じるロミオは仲間思いで喧嘩も強いのだ。現実の俺とは正反対。


そしてようやく俺が初登場する。


森の中で恋した相手ロザラインと上手くいかないことを悩み、そこにベンヴォーリオも現れるシーンだ。


俺は舞台の上に袖から登場し、セリフは言うわけでもなく舞台上を悩むように手を顎に当てながらウロウロと歩く。


チラッと前を見ると今まで自分が目にしたことのない視線が集まっていた。


これは見てはダメだと瞬時に感じ、客席を見ないようにしながらウロウロと歩く。

いきなりセリフから始まらなくて良かった。


少しずつ気持ちが落ち着いてきたところで、ベンヴォーリオ(瞳)が声をかけてくる。


「こんなところにいたのかロミオ、悩みでもあるような顔をしてどうしたんだ」


ここで初めてみんなに俺がロミオであり、この物語の主人公であることが知らされる。


「俺の恋が上手くいかないんだ……」


「相手は?」


「ロザライン」


「ロザライン⁈もっといい女がいるだろロミオ。……よし、俺が一緒にもっといい女を教えてやるぜ」


そう言って肩を抱き抱えながら俺と瞳はまた袖へ消えていく。


はぁ〜緊張した〜。

まだセリフ数が無いとはいえ最初の最初は緊張する。声の出し方を忘れそうになったほどに。


だが、何とか最初の場面を乗り切れた。勝負はここからだ。


パリス役の副部長が登場する。


演劇部の人数的に少し原作にアレンジを加え、ここではパリスが一人でジュリエットに求婚を求める旨、そしてキャピュレット家から仮面武道会に顔を出して他の女の子と見比べてから決めて欲しいと言われたことを一人で表現するシーンだ。


部長が出てきた時と同じように舞台の中央でスポットライトを浴びながら演じている。


少し変態感を漂わせた演技が副部長は上手い。きっと素がそうなのだろう。


実力のある先輩方が物語の展開を分かりやすく見ている人に伝えながら演じてくれるため、俺たち一年生はとてもやりやすい。


部長がはけた後、キャピュレット家の召使いが登場する。

二年生の男の先輩、高木先輩だ。


「この紙に書かれた名前の人物を探してこいだって?俺は字が読めないってのにどうしろってんだ……」


召使いが紙をピラピラさせながら頭を抱える。


その先にいるのが、ロミオ(俺)とベンヴォーリオ(瞳)だ。


「こんにちは旦那ら、字を読むことはできますかい?」


そう言って召使いが俺に向かって話しかけてくる。


「ああできるよ」


そこには仮面武道会のことが書かれており、そこでロミオとベンヴォーリオは会のことを知る。


そして、この場にはロザラインも含め、たくさんの女性がいるから一緒に行こうという話になっていく。


「一方その頃」と高見沢先輩のナレーションと共にジュリエット役の心が初登場する。


ナレーションを済ませたと思えば心と一緒に高見沢先輩も乳母役として登場する。


「パリス様がジュリエットと結婚したいと言ってくださっているの」


そう言いながら二人歩いてくる。


チャラさのある普段の高見沢先輩とは思えないような上品さである。

歩くたびに揺れる先輩の長い髪がより上品さに磨きをかけている。


「結婚、、そんなこと考えたこともありません」


「とても立派な方よ、武道会にも来られるからぜひご覧になってください」


「見て好きになれるなら好きになるわ」


そこから舞台は仮面舞台会場になる。


キャピュレット家と対立しているモンタギュー家の二人で舞道会に乗り込むのは危険すぎるとし、親友であり公爵の甥でもあるマキューシオも一緒に行くことになった。


三人で会場に入りそこからは別行動を始め、それを表すようにスポットライトが当たっている人だけ動き始める。


最初にライトを浴びるのはベンヴォーリオ。


「可愛い子いるかな〜」とキョロキョロしながら物色する。


すると、ティボルトを発見してしまい、こっそりと近づいて聞き耳を立てると驚いたことにロミオが紛れ込んでいるという話をしていた。

瞳が「ヤバいヤバいヤバい!ロミオを探さなくちゃ!」と慌てる演技をする。


縁起によっては笑いが起きてもおかしく無いような場面だが、瞳の演技から溢れる雰囲気には本当にベンヴォーリオが慌てていることが伝わり、この場には瞳の声しか耳に入らなかった。


バッと暗転し、次に明転した時にはロミオとジュリエットの二人だけになっている。


そこで初めて出会った二人は互いが誰かもわかっていないまま会話を進めていく。


ここではジュリエットとの会話がメインのシーンなため、俺の頭の中を覚えたセリフが駆け巡る。


そして、この場面最大の見せ場がやってくる

そこでは俺が膝をつき、ジュリエットの手を取る。


「この二人に巡礼を許してくれますか?」


ジュリエットの手の甲に口付けをしようとゆっくり近づけていく。


何度もこのシーンは練習したが大勢に見られている中手の甲に俺の唇が近づいていると思うと心拍数が格段に跳ね上がる。


「ジュリエット〜」

もうすぐキスをするというタイミングで邪魔が入る。


「乳母ですわ」

モンテギューの人間とバレて問題になるわけにもいかず、俺はこの場を逃げるように去り、そこでベンヴォーリオと会う。


「ロミオヤバいぞ、ティボルトにお前がここにいることが知られちまった。面倒になる前に帰るぞ」


「ベンヴォーリオ、あの女性は誰だ」

ジュリエットの方を見ながら尋ねる。


「あれはキャピュレット家のお嬢様、ジュリエットだな」


「キャピュレット家か……」


そこから俺とジュリエットが舞台で間隔を空け立つ。


俺にだけスポットライトがあたり、今日ジュリエットと出会って思った心の中の事を口に出していく。


このシーンだけは嫌でも客席を見ながら演技をしなければいけない。


だが動きをつけると言ったことはなく、抑揚をつけながらセリフを繋いでいく。


俺がセリフを言い終わると、今度はジュリエットにだけライトがあたり一人語りが始まる。


「おい、ロミオのやつ一体どこ行ったんだよ…………ってあれは?」

袖から出てきたマキューシオが草むらに隠れる。


そこには2階から顔を出すジュリエットとそれを隠れながら見つめるロミオの姿がある。


ロミオとジュリエットといえばのシーンだ。

このシーンの出来が劇全体の出来に直結すると言っても過言ではない。


「ロミオはどうしてロミオなの」


神に向かって問うように、黄色くそれでいてしたたかな言葉が放たれる。


今日の心はいつもに増して綺麗に見えるな、ジュリエットそのものだよ。

そんなことを思った。


このセリフに今の俺はどう返答すれば良いかを知っている、以前心に冗談で聞かれた時とは訳が違う。


そのはずだった。


心の演技に見惚れるがあまり自分のセリフが分からなくなってしまった。


あれ、何だっけ。。。


頭が真っ白になりどうすればいいか分からなくなる。

なのに頭はなんとかしようとフルスピードで回り続ける。


「あーあなたがモンタギュー家の人間でなければ良かったのに、いっそモンタギューの名を……」


俺が隠れたまま出てこない状態と表情を察して心がアドリブをかける。


心も緊張しているはずなのに、アドリブで間を繋ぎながら俺にヒントまでくれるんだ。ありがとう。


「貴方がお望みなら名前を捨てよう」


「ロミオ!」


ロミオが現れたことを嬉しがるジュリエットの姿が、俺からすると無事セリフを思い出してくれて嬉しいと思う心の姿にも見えた。


「ロミオ、貴方は私のことを本当に愛していますか?」


「もちろんだとも」


「なら誓ってください」


このやり取り中、俺は心から目を離すことはない。それは心も同様だ。


1番緊張しそうなシーンなのに今が1番安心して、それでいて楽しく演技をできている気がした。


心と出会ったあの日から心と一緒に居て楽しくなかったことなんてない。


一緒に駅まで帰った時も、公民館に演劇を見に行った時も、映画を見に行った時にも、公園に行ってそこから服を見て回った時も、笑顔で俺に温かい言葉をかけてくれる心がいた。


今の俺と心はあくまでロミオとジュリエットだ。



そのはずなのに、なぜか



客席から「ふぅ〜〜」と黄色い煽るような声が届く。


思春期真っ盛りの時期に目の前で男女が抱きしめればそうなるのは当然だろう。


しかし、これは台本上にないことである。


心はもちろんのこと、俺の目線の先の袖に隠れた先輩たちも口を開け驚いた様子でいる。


「こんなシーンあったっけ」

俺の耳元で小さく心が囁く。


「身体が勝手に動いちゃって……、どうしようここから」


「もう……ホント論っぽいね」


ジュリエットがゆっくりと俺の身体を剥がし言う。


「私にとっての神様はロミオあなた。だから貴方に誓うわ。一生ロミオのことを愛しています」


そう言ってジュリエットが俺を抱き寄せてくる。


これももちろん台本になかった事だ。


俺がしてしまったアドリブを劇全体に馴染ませるよう心がアドリブを重ねる。


俺もそっと心の腰あたりに手を回す。


5、6回呼吸音が聞こえる状態が続き、何かを察したかのように照明が暗転していく。


「はけよ」


心からの一言で慌てて下手へ捌ける。


もちろん袖に捌けると「どうゆうこと」と瞳を筆頭に尋ねられ、「身体勝手に動いて……」と曖昧な返事を返す。


「やっぱ今はいいや、後で聞く」


瞳に言われすぐさま舞台の方に気を向け、次の自分の出番を待つ。


俺としても自分でしたことがあまりよく分かっていないし、劇はまだ折り返し地点にたどり着いたくらいだ。


この後のシーンを今はなんとか乗り切らなければならない。


すると、ティボルトとマキューシオが喧嘩をするシーンが始まった。

綾小路先輩の「この腰抜け野郎め」というセリフを合図に俺は袖から現れ、仲裁に入る。


ここからの俺の消費カロリーの高いこと高いこと。

マキューシオが刺され、それに俺が怒号する。


日頃から感情の変化なく平和に過ごしていきたいと思っている俺に、感情をむき出しにする演技は俺が最も苦手にしているものだ。


それでもひたすら大声を出す練習をさせられ、そこに先輩指導で抑揚をつけられ暗記するかの如く俺の怒りの演技が完成した。


練習どおり怒りに震えた俺はティボルトという名の綾小路先輩を刺す。


先輩が俺からしか見えない位置でグッドポーズをする。

怒りの演技中に危うくホッコリしてしまうところだった。


先輩のグッドサインをそっと胸にしまい演技を続ける。


俺の演技はみんなにどう届いているだろうか。


このシーンが終われば意外と俺の出番は減り、ジュリエットが今度は頑張るシーンへと繋がっていく。


俺は追放となり追い出され、それでもロミオと一緒にいたいとジュリエットが奮闘するからだ。


「嫌よ!私は結婚しない」


そう言ってパリスと結婚させようとする親を鋭い声で引き離し、ロミオと結ばれる毒薬作戦を実行する。


袖から心の演技を見ていてやはり感心してしまう。


どこか仲のいい人が頑張っているとミスらないでとかドキドキしながら心配しつつ見てしまうものの、心の演技にはそれを思わせない安定感があった。


「堂々としてて流石だね」

瞳が俺の横に立ち、そう一言話しかけてくる。


「うん、かっこいい」


「ところで何で抱きついたの?」


「け、結局今聞くのかよ」


「そんな長い話にもならないでしょ」


「ふとそうしたくなって、気がついたらしてた」


「うわー危なー、舞台じゃなかったら性犯罪者だよ?」


「違うって、違わないけど違う。劇に入り込みすぎたり、今日に至るまでの事とかちょっと思い返しちゃって…………感謝のハグ的な?」


「それを舞台中にするってのが無茶苦茶だけど、論らしいと言えば論らしいか」


ロミオとジュリエットに入り込みすぎて起きたことなのか、それとも心を抱きしめたくなったのか。


「私が論に私のことを好きにさせるって言ったけど心とハグしたってことは好きにさせれなかったんだな〜〜ってちょっとショックだった」


「好きとかってさせるとかじゃなくて好きになってしまうモノなんじゃない?」

このセリフを自分で吐いた瞬間に気づいてしまった。


俺は心の事が好きなのだと。


だから、ハグしてしまったのだと。


「正論だけど、なんかムカつく」


「なんでだよ」


「そろそろまた出番だね」

物語が終盤に差し掛かり、舞台上から熱気が感じ取れる。


暗転し、舞台へ移動する。

ここまで頑張ってきた練習の成果を悔いなく発揮しよう。


その思いを胸に俺は立ち、先ほどまで話していた瞳がジュリエットがの亡くなった知らせを急いで伝えに来る。


演技中の瞳は声を低く発声し、それでいて耳に通る声なためもはや別人と言える。


辿り着いたジュリエットのお墓で鉢合わせたパリスと戦う。


俺の全ての体力を使う気持ちで奇声を発しながらブンブンと大振りで剣を振い、最終的に大事なものを失ったロミオは毒薬を飲み自殺する。


本当に毒薬を飲むわけにもいかず、ポケットに忍ばせていた錠剤っぽいラムネを口に入れ飲み込む。


俺が倒れた数十秒後にジュリエットが起き上がり、ことの次第を知る事となる。


俺が奇声を発し暴れたシーンとは対照的に、このシーンでは全員の動きが止まり、ジュリエットにスポットライトが向けられた。


ただただ無言でロミオに触れ、何を言うわけでもなくそっと俺の腰にかかる短剣を手に取り自殺する。


倒れている俺からは心の演技もみんなの反応も見えないが、ジュリエットの最期を見守る冷たく哀しげな視線を背中に感じた。


布の擦れる音と同時に幕が閉まっていき、拍手が巻き起こる。


人生で初めての演劇が終了した。


終了とともに幕の裏側からザワザワと声が聞こえ始め、一斉に教室に戻ろうとしている事が伺える。


ポンポンと俺の肩が叩かれ「おつかれ」と心が手のひらを見せながら言ってくる。

これはハイタッチということだろうか。


軽く手を近づけると「イェイ」とタッチされる。


「初の舞台はどうだった?」


「緊張したけど始まってしまえば楽しかった」


俺はこの約三ヶ月、初めて部活に所属しみんなと練習をし、その過程を知っている。


だから、その頑張りを今日という一日に表現できている事がとても幸せに感じた。


「なら良かったよ。論も演技の世界に足を突っ込んだね〜」


「誰が突っ込ませたんだか」


「心に感謝してもらわないと」


「ありがとう」


「本当に感謝されたら照れるんですけど!」


そう言って、心が自分の目を手で隠す。


「二人共おつかれ」


瞳も一言労いにくる。


「ひとみーん、おつかれ。最高の演技だったよ」


「心に言われると自信になるな、ありがとう。心もすごい良かったよ」


「えへへへ、ありがと〜」

心が甘えるように瞳の腰元に巻き付く。


「俺は?」


「まあ、初めてにしては良かったんじゃない?」


「そうだよ?論はよくやった!」

二人のその言葉に俺自身も安心する。


この二人が言うのだから俺の演技は初心者なりに良かったのだろう。


少しずつ体育館全体の音量が下がっていき、幕が開かれる。


さっきまでほぼパンパンに人が入っていたのに、今は誰もいなくなり目の前に映る光景が夢のように思えてくる。


「よーし、みんなおつかれ!最高のロミオとジュリエットだった。今日の打ち上げは放課後のお楽しみとして、とりあえず道具全部片付けてホームルームに急いで戻ろう」


部長がパンパンと手を叩き、片付けを指示する。


言われたとおり大道具小道具を1箇所に集め、俺たちは自分たちのクラスへ戻った。


クラスへ戻るとクラスメイトが暖かく拍手で迎えてくれ、「おつかれ」「良かったよー」と心の友達がそんな声をかけている。


普段俺と話したことのない人たちも俺に声をかけてくれた。


「駿河くんって演劇部だったんだね。ロミオ役で出てきてびっくりしたよ」


「そうそう、こう見えて実は演劇部だったんだよ」


気がつけばそんな当たり障りのない会話もできるようになっていた。


こうやって予期せぬ所で話題ができ、友達となるキッカケになっていくのか。


無事に終礼を終え、また体育館へ戻りまとめた荷物の撤収作業に取り掛かった。


みんなで作ったこの大道具を達ももう使うことが無いんだなと思うと寂しい気持ちが湧いてくる。


だからと言ってどこに置いておけるスペースも無い。悲しいものだ。


みんな本番を終え疲れが出たのか黙々と撤収作業をしている。


実際に俺も今はあまり話す気にはなれない。


撤収作業が終わり、みんな部室に一度集合する。


俺が部室に入った時にはもうみんないつものように床に腰掛け、和気あいあいと話し込んでいる。

俺も心と瞳の横に素早く座る。


ふぅと一息つく暇もなく、部室のドアが開きビニール袋にお菓子をパンパンに詰めた部長が入ってきた。


「打ち上げだああああ!」


ロミオとジュリエットでも見なかったほどの大声を響かせ、反響の後静寂が走る。


「え?」


苦笑いで出た部長のその一言にみんな一斉に笑い始める。


「バカなんじゃないの?」


高見沢先輩がそう言いながらお菓子の袋を取りにいき、他の先輩達も空気を読むように座る位置をかえた。


「一年生の三人が一番頑張ったから好きなお菓子持って行っていいよ」


嬉しそうに誰よりも早く心がお菓子を取りに行き、その後ろを俺と瞳がついて行くような形で取りに行く。


俺は大好き大好きでたまらない、ポテチののり塩をゲットすることに成功した。

これ開発した人天才だよね?


横を見ると心がシャカシャカとポイフルを振っていた。


「みんな今日はおつかれ!疲れたと思うので程々に楽しんで帰りましょう!と言うことで今日の感想を一年生にはお願いしたいと思います。烏丸さんからどうぞ」


瞳の方に目をやると突然言われたにも関わらず動揺する素振りの一つも見せない。


「皆さんお疲れ様でした。私自身男性役というのは初めてで中々掴めないところもありましたが、先輩方に助けられギリギリ満足のいく演技ができました。ありがとうございました」


「俺も正直いきなり一年生に違う性別の役柄をさせるのは酷かな?って思ったんだだけど任せてみたら想像以上に上手くて、烏丸さんに任せて良かったなと思ってます」


部長が拍手しながら総括し、俺も労いの拍手を送る。


「千羽さんも一言どうぞ」


「えー私はとにかく今日が楽しかったですし、みんなと一緒にロミオとジュリエットをやり遂げる事ができて嬉しかったです。今回は一年生だからジュリエットという素晴らしい役柄を貰えたと思うんですけど、次は実力で納得してもらって主人公級の役をしたいと思います」


何人かの先輩から「うおぉ……」と声が漏れる。


さっき終わったばっかりなのにもう次の事を感がているのだと思えば、先輩達でも驚くだろう。


「千羽さんも入部して早々にジュリエットっていう大役を任せて、一言で言えば今日の舞台で一番輝いているように俺は見えた。それくらいにジュリエットジュリエットしてたし、その中でも千羽さんの天性の良さが出ていてすごく良かったと思います」


確かにそうだなと思いながら拍手を送る。


「主役の駿河くんもどうぞ」


主役と改まって言われると照れるものがある。


「あ、はい、えーと。初めての演劇が主人公で僕自身何が何やらずっと分からないような状態でしたが、先輩方がリードしてくれたり、同じ一年の二人が色々教えてくれたりしたおかげで無事にロミオを演じきる事ができました。ありがとうございました」


軽く頭を下げ、思った事を正直に伝える。


「駿河くんは本当によく頑張ったと思う。最初本読みした時はどうなるかと思ったけど毎日練習してたし、日に日に良くなって行くのが分かる努力家だったし、これからも頑張ってください」


そう言って俺にもみんなから拍手が送られた。


「そうだ、ところでなんだけどさ」

部長が俺の目を見ながらニヤついている。


「あのハグは何?」


他の先輩達も気になったらしく「そうだそうだ」と言いながら目を光らせコッチを見てくる。


さっきまで元気だった心はちょっと下を向き恥ずかしそうにしている。


「あれは……愛ですかね?」


全員が驚いたように自然と口を開け、「えっ」と言葉が溢れ、さっきまで下を向いていたはずの心までコッチを見ている。


「思ってたより凄いこと言うね」


賑やかにしていたさっきとは程遠く、静まり返ったこの部屋で部長が言う。


「二人は付き合ってんの?」

高見沢先輩が濁す事なくどストレートに聞いてくる。


「付き合ってないです」


「じゃあ今のが告白ってことか!」


「告白もしてないです」


何を言ってるんだコイツ、という眼差しを端々から感じる。


「その……愛っていろいろな形があるじゃないですか、家族と友達とか。だから告白とそうゆうんじゃなく……」


俺の話は伝わっているだろうか、こうゆう時に自分の話が上手くないことに腹が立つ。

そんなすぐにポンポン告白するような男ではない。

ましてやこんなに人がいるところで。


「じゃあ何愛なの?」


下から覗き込むように俺の表情を確認しながら俺に詰め寄ってくる。


「それは……分かりません」


そう俺が言った瞬間、高見沢先輩は俺に問い詰めることを辞めた。

だからと言って興醒めしたとかではなく目つきから暖かさを感じる。


「今はそれでいっか」

何がそれでいいのだろう。


俺には分からないが、他の部員 おそこから俺に何も聞いてくることはなく納得の様子だった。


お菓子を食べながら、俺たちに青春という名の時が流れる。


今まであまり話したことのない先輩も劇をやり通した事がまず凄いと褒めてくれた。


楽しい時間は寄り道をする事なく終わるを告げにやってくる。毎回だ。


最後は部長の一本締めでお開きとなった。




揺れる電車のリズムに抵抗する事なくただ外を眺める。


電車に乗った時は気にも止めていなかったがつり革を持ち立っている俺の前で話をしているのは同じ高校の女の子2人だ。


「今日久しぶりにゆるい一日だったね」


「ね〜〜、毎日これでいいわ」


「毎日ロミオとジュリエット」


「それはしんどい」

鼻で片方の女がしんどいと嘲笑う。

確かに間違ったことは言っていないがどこか腹が立つ。


「ジュリエットの子と男装?してた子めっちゃ演技上手かったね」


「肝心のロミオじゃないんだ」


「ロミオはあんまり覚えてない」


「確かにそれはそうだけど」


その言葉が演じるものとしての駿河論を壊してしまった。

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