彼女と彼女③

「明日カラオケ行かない?」


 何度見ても面白いソードアートオンラインを見ていたら、烏丸さんからLINEが届いた。


 俺も攻略組に入ってチヤホヤされたい!ソードスキル!とテンションが上がっていたところからのLINEで現実に戻される。


 LINEなんてつい最近までうんともすんとも言わなかっただけに鳴ると身体がビクッと反応する。

 LINEが来た!とワクワクLINEを開いた時、公式ラインからの通知だった時の悲しさに名前をつけたい。


 カラオケに人生で一度も行ったことがないだけに返信に少し困る。


 友達もいなけりゃ妹も引きこもりだからな、行く相手がいないんだよ、仕方がない仕方がない。


 そもそも歌も歌ったことがないし、何を歌えば良いのだろう。

 いや、音楽の授業や合唱コンクールなら歌ったことはあるか。

 時の旅人か?虹か?それともアニソン?アニソンなのか?


 しかしなぜかアニソン歌手は女性ばっかりだしキーが高く歌えるはずもない……。


 そう冷静になった俺の持つ選択肢はvaundyと星野源だけだ。

 この2人だけでカラオケは成り立つのか……。


 歌うのは俺だけでないし烏丸さんにいっぱい歌って貰えば大丈夫だろう。

 そんなに悩むならカラオケを断れば良いと思うかもしれないが、カラオケに興味はある。


 1人で行く勇気もないし、チャンスはチャンスなのだ。


「全然歌ったことないし、下手でも良ければ」


「じゃあ、14時にジャンカラの前に集合で」


「了解」


「遅れてきたら帰り走って帰ってもらうから」


「映画の時遅れてきたら人がそれ言う?」


 バツが悪かったのか既読がついた状態から返信は来そうになかった。


 そうしてあっという間に予定が決まってしまう。


 こんなにもデートの予定って毎回簡単に決まるんだな、なぜ俺は今まで誰ともデートしてこなかったのだろう。


 明日のことを考えて歌えそうな曲をリストアップする。

 踊り子は歌えそう、怪獣の花唄は無理、東京フラッシュは挑戦する価値あり、星野源は全般大丈夫そうっと。

 星野源は俺みたいなド陰キャの喉にも優しくしてくれるのか、そりゃあガッキーと結婚もするよ。ありがとうな源!


 服は先週千羽さんに選んでもらったコーディネートがある。


 集合時間もゆっくりめだから慌てずに髪の毛をセットすることもできる。

 もしかして今の俺最強か?


 ハハ、ハッハッハハーー!笑いが止まらないぜーーー。ガチャ、


「アクション仮面きた?」


「誰がアクション仮面じゃ」

 そう一言だけ心愛が言い放ち、開けられたドアが一瞬で閉まる。


 ベッドに入るも眠ることができず、時刻は3時を迎えてしまった。


 寝ないと明日デート明日はデートと焦れば焦るほど目がシャッキリとしてくる。


 だが、これ以上起きていると明日に支障をきたしてしまう……、無理にでも目を瞑って寝なければ……。

 羊が1匹、羊が2匹……、羊で数えても何も楽しくないし、これで寝れるとも思えない。

 寝れない時に羊を数えると良いと言ったのは一体誰なんだ!一度説教してやる。


 俺が寝巻きで1匹……、俺が制服で2匹……、俺が前周り受け身を取りながら3匹……。


 ん?ハッと目を覚まし時計を見ると昼の12時だった。

 家を出るまで後40分しかない。


 やばすぎる、これは本当にマズイ、1秒でも効率的に準備をしなければ烏丸さんを待たせてしまうことになる。


 遅刻してしまったら……、「私時間も守れないようなやつ無理だから」とか言われて、縁を切られかねない。


 俺の数少ないお友達なのに、また脳筋丸とお昼を食べる生活になってしまう。

 それを避けるためにも俺は急いで準備しなければならない。


 誰かに追われていなければ説明がつかないようなスピードで階段を駆け降り、洗面所へ向かう。


 こうゆう日に限ってスーパーサイヤ人ヘアになっている。

 一旦鏡に向かって「クリリンのことかーー!」と叫んでおく。

 遅刻しそうな奴とは思えないだろ?


 急いでお湯を沸かし、カップ麺を仕上げる。

 胃が駆け込み乗車はご遠慮くださいと言っているがフル無視でカップ麺を平らげる。


 髪をセットすることは間に合わなかったが、予定通りの時間に家を出ることは出来た。


 本当に危なかった。

 駅まで走ってバテバテだ。こうゆう時に文化系だと困る。


 ジャンカラは先週千羽さんと来たGUの近くにある。

 先週はありがとうなとGUに心の中で一礼し向かう。


 ジャンカラに着くと烏丸さんと思わしき小柄でボブの少女がチャラいお兄さん2人組に声を掛けられていた。


 そんなテンプレの展開を用意しやがってラブコメの神様め。


 しかし烏丸さんなら俺が助けなくても1人で何とか出来そうだ。


 少し遠くから眺めてみる………、1分経っても男達に引く気配がない。


 すると1人の男が烏丸さんの片手を掴んで連れて行こうとしている。

 俺でなくても嫌がっているのが分かるほどに鋭い目つきで男達を睨んでいるがそれでも男達は引くことをしない。


 恐ろしくメンタルが強いところだけは尊敬できるかもしれない。


 俺なら今頃おでこと地面がごっつんこしている。


 行けよ俺、ビビるな、今の俺に友達より失って怖いものはないだろ。


「おまたせ、マイハニー!この人達は誰だい?NHKの集金かい?こんなところまで来ないでよお兄さん。今からラブポーション31みたいな甘酸っぱい大切な時間を過ごすんだから。さあ行こう夢の世界へ」


 早口で頭に浮かんだことを片っ端から口にしていく。

 同じことをもう一回言えと言われれば無理だろう。


 烏丸さんの手を取り、ジャンカラの中に向かってグッグッと力強く足を踏み出していく。

 後ろは怖いから見ない。


「なんだよあいつキッッモォォ〜〜」と手を叩き笑われている声が少しずつ背中から遠くなっていく。


 俺からすればお前らの方がキモい。

 そんなキモい奴らにキモいと思われない方が俺は嫌だ。

 キモい奴らのキモいは−×−のようなも、要するにプラスだ。覚えとけ!と心の中で悪態をつく。


 彼らの雰囲気を感じなくなり、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには少し恥ずかしそうにちょこんとしている烏丸さんの姿だけだった。


 普段から小柄な烏丸さんが手のひらサイズに見えるほどちょこんとしている。これはレアだ……。


「かっこいいとこあんじゃん……、すごい手汗だけど」


「ご、ごめんんん」


 パッと手を離し、ズボンで手汗をささっと拭くもまだ手汗が止まる勢いを知らない。


「遠くで眺められてる時は後で殴ってやろうって思ってたけど、助けてくれてありがとう」


「バレてたんだ、助けられてた?あれ」


「うん、助けられてたし最高に面白かった」


 何を言ったんだろう俺は、もう覚えていない。


 無意識に烏丸さんの手を握ってもしまっていたし、一気に恥ずかしさが込み上がってきた。


 烏丸さんの手を取るたびに男女での骨格の違いというか柔らかさのようなものの違いを感じる。

 恋人同士が手を繋ぎ歩くのは、お互いに違った感触のものを求め合うからなのかもしれない。


「行こ」


 そう言って俺の服の裾をクイクイとフロントの方へ引っ張る。


 初めて入ったカラオケの部屋は壁中にハートが敷き詰められ、椅子からテーブルまで全てがハートで出来ていた。

 間違えてラブホに連れ込んでしまったのかと疑うほどにそれはもうハートでいっぱいだった。


「あーこれカップルだと思われてるねー」


「どこの部屋もこんな感じの装飾になってるとかではないんだ」


「ないない、この部屋だけなんじゃない?まあいっか」


 烏丸さんは靴を脱ぎ奥へ入っていく。


 初めてだから緊張しているのに、こんなハートまみれともなると余計緊張するじゃないか。

 どうして烏丸さんはそんなに平気でいられるんだ……。

 俺のことなんとも思ってないからか、なるほど。

 我は自問自答界隈のコナンなり。


 覚悟を決め、俺も靴を脱ぎ足を踏み入れる。


 後から俺が部屋に入ったこともあってどこに座れば良いか分からない、離れた距離に座るのも話しにくかったりして変な気もするし、近すぎたら部屋がハートなだけに下心を感じ取られそうだ。


 靴を抜いでから座るまでおよそ2秒の思考時間。


 俺は烏丸さんの横に、人1人分のスペースを開けて座った。


 これが正解なのか不正解なのか教えてくれる人はいない。

 帰って心愛に聞いて見ても「そもそもカラオケに行ったのが間違いです」とか言われるのがオチだ。


「採点機能入れていい?」

 早速機械を手に持って楽しそうに聞いてくる。


「とんでもない点数出しそうで怖いんだけど」


「大丈夫大丈夫。70点未満の点数とか見たことないし、カラオケの点数なんて気分上げるためにつけるようなものだから」


 ピッと音が鳴り、俺が許可する前に採点機能が転送された。

 じゃあ俺に聞く意味ないじゃん、唐揚げにレモンかけていい?って聞くような奴か。


 烏丸さんいわくカラオケの点数は70点未満にはならないと言っていたが、学校のテストもそれくらいの余裕を生徒に持たせて欲しいものだ。


「俺初めてカラオケ来たから、とりあえず烏丸さんにおまかせします」


 ここは一旦見に回ろう。

 流石にこの曲を入れる機械くらいは扱えそうだが、どんな感じで曲が流れ始めるのか、採点されるのかあまりにも未知数すぎる。

 何よりもまだ人前で歌うのが恥ずかしい。


「初めてなんだ。この年でそれは絶滅危惧種だね」


 ぽちぽちと機械の操作を進めるのを黙って見ながら、俺は入れてきたオレンジジュースを啜る。


 妙に口が乾燥してるは喉が乾いてるはでオレンジが身体中に染み渡るほど美味しい。

 1人だったら、プハーーやっぱこれだよなぁぁ!と大声で叫びたいほどに。


 突然前の画面の雰囲気が変わり爆音で音楽が流れ始める。

 いつの間にか烏丸さんが一曲目を入れたらしい。


 思っていたよりも音がデカく、少し身体がビクッとする。

 外に音が漏れたりしないのか疑問だが、それを確かめたくとも烏丸さんの歌唱中に部屋から出ることはできず答えを出すことは恐らくできない。


 そしてこの曲は俺でも知っている。

 adoの唱だ。ってか烏丸さんado歌えるのかよ、凄すぎないか。


 Nah-Nah-Nah-Nah-Nah,ready for my show

 Okay,たちまち独壇場 Listen Listen


 烏丸さんは歌い始め、本当にその場を独壇場と化し、俺の耳はリッスンリッスンになっていった。


 めちゃくちゃに歌が上手い。


 本当に俺はこの後に歌うのですか?誰か救いの加護を……。


「私の一曲目といえばこれなんだよね〜」


「歌うますぎない?」

 表示されている点数にも93点とある。


「マジ?歌うの好きで休み日とか部活ない時とかよく1人カラオケ来たりしてるからかな?」


 烏丸さんはカルピスをストローでチューと吸っている。

 唱にかなり喉を使ったのかカルピスが面白いほどに減っていく。


「俺も喉乾いてて飲み物無くなっちゃったから、一緒に飲み物取ってこようか?」


「いいよ、いいよ。曲入れといたら?それか一緒に取りに行く?」


 その2択なら一緒に飲み物を取りに行く方がいい。

 だってまだ今歌う勇気出ないだもん……


 部屋から出る時まず少しドアを開き周りを見る、そして誰もいないことを確認してから部屋を出た。


「何してんの」


「この部屋から出てくるところ誰かと鉢合わせたらきまづくない?」


「まあそれはちょっと分かるけど、ちょっと刑事ドラマみたいで良かった」


 そんなつもりは1ミリも無かったが、ウケてくれたなら良かった。


 また烏丸さんはカルピスを注いでいる。

 俺もさっきと変わらずオレンジジュースだ。

 不思議と人が飲んでいるものは美味しそうに見える、後で俺もカルピス飲も。


 そう思って烏丸さんのグラスに目をやると、グラスに刺さっているストローが少し赤くなっていた。


「烏丸さん、口から血出てる?」


「え、うそ」


「ストロー赤いから」


「それリップね」


 人差し指を唇に当て、これは血ではないですと教えてくる。

 リップ……口紅みたいなことか。


 高校生には無縁のものかと思っていたが、よく見ればいつもより血色がいい気もする。


 あまりしっかり見てしまうと変な気分になりそうだったから「あーなるほど」と言いながらそっと目を逸らせた。


 部屋に戻る時も周りに誰もいないことを確認してからささっと部屋に入る。


 俺は至って真面目だが、その真面目さがどうも面白いらしく、俺の後ろを笑いながらついてくる。


「論もなんか曲入れなよ」


「ふぬ⁈」

 なんか今サトシと呼ばれた気がする。


「今何て呼んだ?」


「論。そろそろ苗字のくん付け距離感じるから辞めようと思って」


「違和感、あるね」


「私も変な感じしてる」


 女の子から下の名前で呼ばれる日が来るなんて。


 恥ずかしさと嬉しさがミックスされ、感情をなんと表現すればいいか分からない。

 ってか烏丸さん俺の下の名前知っててくれたんだ……。


 これは俺も烏丸さんを瞳と呼んでいいのだろうか。

 烏丸さんは俺に許可取らず呼んできたわけだし、俺も下の名前で呼んだっていいはずだ。


 いや、でもいきなり瞳呼びするのはハードルが高いな、恥ずかしい。

 うわぁ……。


「ひ、ひとみ」


「なに?」


「俺も烏丸さんのこと下の名前で呼んでもいい?」


「もう今勝手に呼んでたじゃん」


 烏丸さんは基本的に嫌なこと無理なことはハッキリと言ってくる、逆に言えばそれ以外は大丈夫なのだ。


 これは烏丸さんと一緒にいる時間が増えて分かったこと、つまり瞳と呼んでもいいよという返事を俺は今もらった。


 その安堵からか自然と口角が上がってしまっている気がする。


 烏丸さんは初めて会った時圧が強かったし、難しい人ってイメージがあったけど、実はハッキリしていて分かりやすい人なのだ。俺にない才能でもある。


 嫌なことを嫌と言えずに過ごしてきた数を数えれば、両手で足りず靴下を脱ぎ足まで使う羽目になるくらいだ。


 小学生の時に国語の教科書で金子みすゞが出てきて、「みんな違ってみんないい」と言っていた。


 当時は素晴らしい詩だ!と思っていたが、友達もいない俺みたいな人間にいいと言える部分があるのだろうかなんて考えたりもした。

 だけど、烏丸さんや千羽さんを見てると2人は違ったタイプだけど、どっちがいいとかでなく、どっちもいい人なのだ。

 それを今になって理解できた気がする。


 ピッと音が鳴り、俺の選んだ一曲目の曲が送信される。


「へぇ〜Vaundy歌うんだ」


 俺と瞳の声しか無かった部屋に大音量で流れ始める。[そんなbitterな話]俺の初カラオケはこの曲から始まった。


 イントロの間に急いでオレンジジュースを啜る。

 また、変質者みたく飲み物取りに行かないとな。

 そう思った瞬間歌い出しがやってきた。


 初めてとは思えないほどリラックスした状態で一曲を歌い切った。

 やれば出来るじゃないか俺。今日の俺は全てが上手くいっている。


 ジャカジャカジャカジャカと期待させるような雰囲気で点数を表示してくる。

 69点だった。


 今日は全てが上手くいっている。

 そんなbitterな話ってか。

 思い返せば大寝坊してたわ。


 それから歌える曲を全て歌い、レパートリーも無くなり君が代を歌い、瞳にとても軽蔑した目で見られてカラオケはお開きになった。


「知ってる?カラオケで君が代は御法度なんだよ」


「初めてだったもんで……、知らなかったんです……、あんな怖い顔しなくても」


「勉強になったね、でも楽しませようとしてくれてるの嬉しかったよ」


「は、はい」


 瞳が少ししょげている俺の手を取り、耳元で「今日はありがとう」と囁く。


「じゃあまた学校で!」


 最後は元気にそう言い放ち、手を振りながら俺とは違う方向へ帰っていく。


 一瞬の出来事でまだ状況を正しく判断できていない。


 それはずるいよ〜、可愛すぎるよ〜、ただでさえ女の子への免疫がないのにそんなことされたら困っちゃうよ俺。


 しばらく余韻に浸りたくその場で立ち尽くしていると、心配した顔の警察が近づいてきた。


「君、大丈夫?」


「まだ何もしてないです」


「はい?」


 そんなこんなで俺も自分の家に向かって改札をくぐった。

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