彼女と彼女②

 帰りの電車でスマホが振動する。


「今日は付き合ってくれてありがと。どんどんカッコよくなっちゃたら、いろんな女の子にモテちゃうね」


 千羽さんからのLINEに心臓も一緒に振動する。

 スマホとBluetoothで繋がっているのかこの心臓は。


 家に着いた頃には陽が落ちようとしていた。

 家に入りリビングへ行くと、心愛がソファーに寝転がってカタカタスマホを叩いて遊んでいる。


 ジーと心愛を見つめていると視線を感じたのか目が合い、目線が俺の下から上まで移動する。


「お兄様、ですよね?」


「もちろん、心愛が大好きなお兄ちゃんだ」


「彼女出来たの?」


「んなわけ」


「それなら良かったですけど、突然お兄様がぽくない服を着ていたら怖いですよ、妹としては」


 俺っぽくないというのはそれ程に垢抜けてカッコよくなっていると言う意味なのか、それとも単純に似合っていないのか。


「お兄ちゃんモテモテになっちゃうかもな」


 フッと鼻で笑われる。


「お兄様の問題点は中身ですよ。外の箱がどれだけオシャレに包装されてても中身が腐っていたら誰も食べないでしょ?それと同じです、残念」


 そう言ってまたスマホをカタカタと触り始める。


 イチイチ例えが勘に触るんだよな〜。


「まあお兄ちゃんロミオだし今女の子2人と2人きりの空間で、いろんなこと教えて貰ってるから」


「その女性の方に言っておいてください、ウチにお金はありませんと」


「取らねーよ」


 ただでさえ美容室行ったり服を買ったりでお金を使っているのに千羽さんと烏丸さんにまでレッスン代払えていたらそれの方が怖いだろ、闇バイトしてるんじゃ……とか。


 でも、いつもお世話になっている2人に何かは返さなければならないなとは思う。

 きっとまだこれから先もっとお世話になるだろうし尚更だ。


 どうやって恩を返そうか。


 鶴の恩返しならぬ駿河の恩返しだな、ちょっと語感が似ていて気持ちいい。


「お兄ちゃん近いうちに彼女出来ちゃうかもな〜」


 まだ彼女のかの字も雰囲気はないが、とりあえず俺は妹に嫉妬させたい。


 親がいない時は俺が心愛の面倒を見てきた。

 だから、お兄ちゃんが好きで好きで仕方がないはず。


「でもお兄様は誰とも付き合うことができません。だって……」


 スマホをソファーに投げ捨て俺の元まで近寄ってくる。


「お兄様は心愛のことが好きで好きで仕方がないんだから」


 こいつ……。瞬間ウルっときたがその涙をグッと堪える。


 しっかり兄妹なんだから!!どうしてここまで思考が似てしまっているんだ。

 お互いがお互いのことを好きだと思っている。


 俺が心愛の面倒を見てきただけに心愛は私のことが好きだから面倒を見てくれていると思っているのだろう。

 確かに可愛い妹だが、めんどくさいし、お風呂入らないし、家から出ないし、大体寝てるしでものすごく手がかかるんだから。


「いいや、お兄ちゃん心愛が妹じゃなかったら関わってないよ」


「なんでそんなこと言うの!」


 いきなり両手でみぞおちをモグラ叩きのように叩きつけてくる。


「心愛だって、こんなお兄ちゃんは嫌どんなお兄ちゃん?って聞かれたら駿河論って答えるもん!」


「そんな大喜利みたいなものに名出しで答えるな」


「うるさい!心愛のこと好きっていって!愛してるって言って!プリンセスって言って!」


「分かった分かった。好きだぞ、愛してるぞ、プリンセスだぞ〜」


 プリンセスだぞってなんだ。

 どこの要素をプリンセスと思って欲しいのかもよく分からない。


 そんなことを聞く暇もなくウワーーと泣き出し階段を駆け上っていってしまった。


 これは俺が悪いのか分からないが、とりあえず後でコンビニに行ってアイスでも買って機嫌を直そう。本当に手のかかる妹だ。




 それからまた時間は約1週間過ぎ、今日は金曜日を迎えていた。


 金曜日なだけあって体力はギリギリだが明日が休みというモチベーションだけで体を動かしている。


 社会人の人たちは金曜日のことを華金と言ったりもするらしい。

 校舎を歩き他の生徒を見ても金曜日は水曜日や木曜日より元気そうに映る。


 そして、今俺はいつもの屋上で烏丸さんと昼休みを過ごしている。


 ここのところ雨が続いていたが、今日は気持ち良いほどに空が青く嬉しげにカラスも飛んでいた。


 烏丸さんに私のことを好きにさせると言われてから、毎日校舎の屋上で一緒にお弁当を食べることになっていた。


 毎日屋上に来るようになって分かったことだが外でバスケをしている人達は同じメンバーで毎日バスケをしている。

 何度か屋上からこっそり覗いたこともあって顔まで覚えてしまった。


 彼らがバスケを始めると大体昼休みの終わりまで後20分くらいであることも理解している。


 俺たちが無言でお弁当を頬張っていると、時折彼らの声が聞こえてくる。


「マジで〇〇の乳デカくね?このボールくらいあるんじゃね?」「あるわけねーだろ!」そんな馬鹿話をしていた。

 実に思春期の男子トークって感じだ、俺もそうゆう会話をして見たい。


「そんなおっぱい大きい人いるのかな、私も揉んでみたい」

 コッチを見ながら烏丸さんは真剣に言っている。


 女子でも女子のを揉みたいと思うのだから男子の俺だって本音を言えば揉みたいし、顔を埋めたいまであるが返答に困る。


「いないでしょ」


「さすが、詳しいね。男の子はみんな巨乳が好きだからな〜」


 烏丸さんは自分の胸を見ながら両手で鷲掴みし始め、制服の上から胸の形が顕になりバレないように横で烏丸さんの胸に目をやる。


「そんなことないよ。俺は小さいのというか、こじんまりした胸の方がアットホームで良いと思うだけどなぁ〜」


「何いってんの?」


 自分でも何を言っているか分からない。

 ただ、女子が思っているほど男は巨乳好きではないことを貧乳好き代表として述べさせていただきたい。


 確かに服を着た状態であれば、体の曲線がボンキュボンとなり、凹凸差でスタイルが良く見える。


 しかし、いざ動画でそうゆう人が服を脱いだ時、何か期待していた分違うんだよな〜感があるでしょ?これ以上語り始めると日が暮れそうなので今回はここまでにしておこう。


「物足りないんだよな……」


 自分で触りながら漏れるように烏丸さんが言い、何事もなかったかのようにお弁当をまた食べ進める。


 烏丸さんの曲線を見てしまった俺はお弁当が喉を通る気がしなかったためにとりあえず水を飲んで喉の滑りを良くした。


 確かに烏丸さんのはお世辞にも大きいとは言えない。

 しかし、細身でスタイルが良くバランスは良いのではないかと思います。

 以上おっぱい博士でした。


 屋上に来て劇のことをすると言うよりは、ただ烏丸さんとの映画トークみたいなのがメインになっていた。


「これオススメだから見てよ」「分かった」そうして見てきた映画を語ったり、突然哲学的な話を始めたり。


 烏丸さんのオススメ映画を教えてもらって思うことがある。


 それは多分、烏丸さんはハッピーエンドが好きということだ。

 試しにオススメしない映画も何本か教えてもらいそれにも目を通したが、全て人生が無茶苦茶になり終わったり、主人公が亡くなったりする終わり方をしていた。


 その意味ではロミジュリはバッドエンドな終わり方を迎える。

 だから、実は烏丸さんは今回の劇に乗り気じゃないのかもしれない。


「今回のロミオとジュリエットで烏丸さんはジュリエットさせてください!直談判するかなって勝手に思ってたんだけど、ジュリエットしたいとか思わなかったの?」


 聞いてから少し失礼なことを聞いてしまったかもと思う。


「そんな感じに見える?」


「いや、女優なりたいって言ってたからやっぱり主役したいのかなって」


「人間ってさ、自分の目を通してしか見れないじゃん?相手の気持ちを考えてみてもそれはあくまで自分から見た相手なわけで。一人称が自分な時点でその物語の自分は主人公なはずなんだよ。劇では主役と脇役っていう風に分けられてるでしょ?でも実際にその劇の登場人物は自分のことを脇役とは思ってないわけ、自分の視点しか持たないから。だから私はどんな役柄でも主役だと思って演じるし優劣とかないと思うの」


 要するに今回烏丸さんが演じる役柄も脇役ではあるが、烏丸さんにとっては主役と大差はないと言うことだろう。

 憑依型というべきだろうか。

 烏丸さんはそこまで演じる役柄に入り込むことができるのだ。

 考え方から学ぶべきものがある……。


「なるほど」


「セリフ多い方が劇に貢献してるなって感じれたりするし、劇でいうところの主人公になりたくない訳ではないけど、ワガママ言ってまでなるものは無いってしっかり分かってるつもりだし、私は私に合うって判断された役を精一杯演じるだけだよ」


 やっぱりこの人はかっこいい、俺の懸念なんて関係ないのだ。


 まっすぐで自分の考えや信念をしっかり持っている。

 本当に同い年なのか疑問になるほどに。


 片膝を立てながら缶ジュースを飲む烏丸さんにうっかり目線が釘付けになる。


 見ようとしているわけではなく自然と唇や缶の飲み口に目がいく。


「ん?」


「なんでもない」


 釘付けになっていたことを隠すように水を喉に流し込む。


 さっきから水飲んでばっかだな俺……、教室に戻る前にトイレに寄って行かねばならない。


「アンタ変態だもんね」

 何かを諦めたように言ってくる。


「男はみんな変態だよ」


「周りまで巻き込むなバカタレ」


 男はみんなは変態だよ?吸い込まれるように胸ばっか見てるんだから。

 まあこれは俺の話だけど。


「逆に女の子は男の……股見たりしないの?」


「見ないよ、エロマンガの読みすぎ?」


「じゃあ、どこ見るの?」


「別のどこって気にしたことないな〜」


 これが本当ならなんて浪漫がないんだ。俺は何を磨けばモテる。


「ん!」と烏丸さんが何かを思い出したかのように俺の方を見て言う。


「明日デートしようよ」

 ブッッ、飲んでいた水が口から出る。


「きたな!」


 烏丸さんが俺から人1人分の距離を置く。


「あ、あまりに突然のことすぎて、ごめん」


 飲み物を吐き出すというマンガのような行為を自分がするとは思っていなかった。


 自分でも汚えなぁ〜と思う。

 太陽の熱ではやく無かったことにしていただきたい。


 突然のデートという単語が胸に突き刺さる。

 デートか……デート。

 千羽さんとは2人で出かけたことはあったがデートという単語を出してはいない。


 それだけにデートという言葉が強く認識される。


「2人で遊びに行こうよ」


 さらに2人でという単語が胸を抉る。


 全身から緊急事態宣言を発令し、心拍数と共に全身を血が巡らせる。


 LINEで誘われたならその言葉を一旦噛み締め、その後返事をすることができるのに、目の前で言われてしまったら俺にその猶予はない。


 一体俺は今どんな表情なのだろう。


「うん、行きたい」


 俺はとにかく素直に自分の感情を伝えることにした。


 考えている余裕が無かったのもあるが、これ以外の言葉が見つかる気もしなかったからだ。


「おけ、細かい予定はまたLINEする。そろそろ昼休み終わるし戻ろっか」


 屋上でお昼を食べて教室を戻る時は俺が先に小窓を潜るようにしている。


 でないと毎日烏丸さんのパンツをチェックしてしまうからだ。

 チェック柄のパンツを穿いていたら、ダブルチェックだねウフフくらいのことを思ってしまう。


 そんなことは避けなければ、と思っていたのに今日は烏丸さんからデートに誘われた嬉しさと動揺で呆然としてしまい、気がつけば烏丸さんが先に小窓を乗り越えようとした。


 ふと烏丸さんのパンツと目が合う。

 紺色、紺色、俺はキツネだよ〜コンコンコン🎵


 よし、なんとか正気を保てたようだ。

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