練習と恋①
俺が演劇部に入部して2週間が経とうとしていた。
先輩の名前も全員覚えたし、一言二言くらいは全員と話したと思う。
基本的にはみんないい人だ。
一人とんでもない変人がいるが、いい人はいい人だ。
ちょうどその変人、綾小路先輩が話しかけてきた。
「駿河くんよ、君は無人島に一つだけ何か持って行けるなら何を持っていく?という質問がこの世で1番無駄な質問だとは思わないかい?」
「はぁ……」
この先輩は脈絡というものを毎回持ち合わせていない。
あと、あんまり意味も分からない。
「宝くじがあったら何買う?みたいなことですか?」
「全然違う。宝くじは買えば当たる可能性があるでは無いか。しかし、何か一個だけは持っていけるという謎の制限を加えた上で無人島に行くことなんてのはあり得ない。だから無駄だと言っているのだよ」
「なるほど……」
「にもかかわらず、その話題をしたがる連中が多すぎる」
だからなんだっていうんだ。
俺がこの場をどう上手く逃げようかと試行錯誤していると、部長が全員に向かって声をかけ始めた。
「全員集まったところで、今日から6月22日に体育館で発表する演劇の役柄決めと練習をしていきたいと思います」
頭の中を?が横切る。
「今年も例年通り6月の発表会は新入生がメインでやってもらいます」
頭をさらにいっぱいの?がグルグルと巡る。
「題材はロミオとジュリエットで行こう思います。尺的にも分かりやすさ的にもちょうどいいので」
どうやら、6月に一年生がロミオとジュリエットを演じて新人の顔見せをする、みたいな事らしい。
ロミオとジュリエットは俺でもなんとなくは知っている超有名作だ。
そして、ロミオとジュリエットの壮絶な恋愛劇ということも知っている。
「配役なんだけど、男の子は今年駿河くんだけだからロミオは駿河くんってことでいい?ジュリエットは雰囲気的に千羽さんが向いてるかなって考えてるんだけど」
俺がロミオ?そんなイケメンが演じでナンボみたいな主役をこの俺が?きついきつい。
演じる側もそれを見る人も強烈な衝撃を受けてしまうだろう。
しかし、ジュリエット役が千羽さんでその千羽さんとの恋愛劇となると……したい。
ロミオとジュリエットにキスシーンはないのだろうかという淡い期待をしてしまう。
高校の演劇でそんな生々しいシーン演じることはないだろうが。
ましてや全校生徒が見る劇でキスシーンなんてしてみろ、次の日からいろんな人から変な目で見られること間違いなしだ。
うん、最高じゃないか、俺の初めてが大勢いる舞台の上ってのも悪くない、見せつけてやる。
気がつけばなぜかこの場で1人、口付けをする気満々になっていた。
「まあ、ロミオとジュリエットするならそうなるよね」と案外にも烏丸さんが大人しく納得していた。
なんで私じゃないの!くらいのことは言い出すかと思っていた。
烏丸さんの中で俺は軽蔑していても千羽さんはリスペクトしているのだろう。
千羽さんは「ジュリエットか〜めちゃかわじゃん」と目をキラキラ輝かせていた。
千羽さんのジュリエット姿は見たいし、千羽さんの相手役になるロミオを他の男にされると思うと悔しいが、いざ自分がロミオ役をすると思うとそれはそれで自信が無いof the無い。
「そうゆうことで2年生と3年生は1年生をカバーしていくように」
そう言って台本が全員に渡されていく。
一通り台本に目を通してみるも、やっぱりキスシーンは無い。
だが、結構ガッツリの恋愛劇だ。
それにロミオと書かれたセリフのシーンがとんでもなく多い、当たり前と言えば当たり前だが。
この量のセリフを覚えながらさらに動きもつけなければならない。
身体は熱いが制服に少し冷たさを感じるほど、全身から変な汗が湧き出てくる。
その日の部活は上級生の配役決めとスケジュールの進行を予定して終わった。
帰り道本屋に寄りロミオとジュリエットの翻訳された本を手に取る。
シェイクスピア著、かっこいい武器みたいな名前をしている。
シェイクスピアにしろロミオにしろ名前の主人公感が強い。
俺サトシだぞ、ポケモンでしか見たことがない。
レジまで手に取ったロミオとジュリエットを持っていき、帰路に着く。
もちろん台本はあるが、台本はあくまで演じるために必要最低限の部分が切り抜かれて作られている。
だから、物語の全体像を把握するためにも原作の購入は必須だと思ったのだ。
これから朝の読書時間はしばらくこれを読もう。
ロミオはまずジュリエットに恋をし、二人の関係が発展を迎えたのちに、ロミオはジュリエットの従姉妹であるティボルトを殺し追放される。
ジュリエットは仮死を装い、そのジュリエットをロミオが迎えに行き、二人逃避行するという作戦を立てるが、その作戦がロミオに伝わらず、ジュリエットが亡くなったと勘違いしたロミオが荒ぶり、自殺し、それを見たジュリエットがロミオの短剣で自らも命を絶つという物語だ。
物語としては起承転結がハッキリしていて分かりやすい。
分かりやすいのはロミオの感情の変化が大きく上下するからだろう。
恋して荒ぶれて死ぬ、そんなスチールドラゴン2000ばりの高低差ある感情変化を俺が演じなければならない。
よし、一旦妹に自慢してこよう。そうして妹の部屋に乗り込んだ。
「やあやあ妹よ」
もうノックもしていない、何となくノックをするのがめんどくさかった。
どうせ寝てるだろうしノックの意味を今まで成していたことの方が少ないからってのもある。
「ん?」
心愛はベッドに寝転び足をバタバタさせながらスマホで何かを見ていた。
今日は起きていたのか。
「何見てんの」
「推してるVtuberの生配信ですわ〜」
「面白い?」
「面白いですわ〜」
「何なのその口調は」
「口調が移ったのですわ」
誰の配信を見ているのかこんなにも分かりやすいことってあるんだな。
ちなみに俺もよく見ますわ〜
「まあ、そんなことはさておきだ、お兄ちゃんな今度劇の主役をすることになったんだ。ロミオだぞロミオ」
「お兄様がロミオをしなければならないほど少子高齢化は深刻な問題になってたんですね……」
さっきまで足をバタつかせていたとは思えないほどに深刻そうな雰囲気を漂わせ、もう寝転ぶことすらやめ正座になっている。
確かに少子高齢化は進んでいるし、他に男子がいなくて俺がロミオになったけども、他の可能性を考えてくれてもいいじゃんか……。
お兄様すごい!さすが!みたいなのをさ、まあ心愛の言ってること間違ってないんだけどね。
「確かに男子が俺だけで俺がロミオになったけども、ロミオをするという事実は間違いない!どうだ!」
自分で言っていて少し悲しくなったが、そんなことに負ける俺ではない。
「はぁ……、ジュリエット役は女の人ですか?」
「もちろん」
「よくその女性受けてくれましたね」
とことん失礼なやつだ。
人から拒否されるほど人間と深く関わっていないお兄ちゃんの学校姿を見せてやりたい。
千羽さん実は嫌に思ってたりしないだろうか。
どうせならイケメンの部長と恋愛劇したかったとか普通なら思うよな〜。
俺が逆の立場なら思うもん。
「相手は俺の、お友達の、美人な、女性だ」
お友達と美人のところに目一杯アクセント付けて言う。
ついこの前千羽さんに友達だと思ってるって言われたからね。
もう堂々と友達と言えてしまう。あーなんて良い響きなんだろう。
「心愛とどっちが可愛い?」
俺の両手を握り、不気味な笑顔で尋ねてくる。
もちろん千羽さんの方がオシャレとか美意識に気を使っているだろうし、目の前の心愛と比較すれば千羽さんの方が可愛いだろう。
千羽さんはお風呂上がって髪はしっかり乾かすだろうし、化粧水とかつけてるだろうけど、それに比べて心愛はお風呂上がり何もしないしすぐスマホを触り始める。
心愛のそんなを見てる分、余計千羽さんの方が可愛く見えてしまう。
しかし、それは心愛が寝てばかりで髪ボサボサのだる着状態だからというのもある。
しっかりと髪をセットしマトモな服を着せれば千羽さんと並べるほどに可愛いはずだ。目がクリっとしていて、顔も小さくバランスが整っている。
なぜ俺と似ていない、実は親が違うじゃないかと思ったこともあるが、友達が全然出来ないあたりからちゃんと兄妹だなって思えるようになった。
心愛には伝えていないが心愛がまだ学校に通っていた頃、話したこともない同級生から「君、心愛ちゃんのお兄ちゃんなんでしょ?ちょっと紹介してよ」と言われたことが片手で数えきれないほどある。
俺の妹に変な虫を寄せ付けるわけにはいかないと必死に抵抗していたのが懐かしい。
「あいつ、俺の女だから渡せねぇ」と言い、キモいだのヤバいだの言われてどこかへ行かれる、これが定番の流れにもなっていた。
「もちろん心愛の方が可愛いし、愛してるよ」
ここは心愛の方が可愛いと言っておいた方が丸く収まる。
千羽さんと答えてしまえば、その後のめんどくささは想像するのも嫌なくらいだ。
「そこまで言われるとホントきもいからやめて」
握られていた手はパッと捨てられ、真顔で言ってくる。
本気で愛してると言ったわけではないが、そこまで距離を取られると傷つく。
これが悲しいという感情なのか、ロミオ演じる時にも使えるな。
この感情を忘れないようにしないと。
脳内でさっき心愛に言われたシーンを思い浮かべる。
「そこまで言われるとキモいから……」ダメだ鮮明度が足りない。
「心愛、もう一度俺を罵ってくれ」
「キモ、無理です」
「いいぞ、その調子だ!もっとだ!もっとくれ!」
「無理無理無理」
「心愛ならできる!やればできる子だ!」
俺なりの松岡修造パッションを全面に出す。
きっと今の俺にテニスラケットを持たせればヨネックスあたりからスポンサーが来る。
小さい声で何かが呟かれながら心愛の頬をつたうように涙が溢れる。
俺がごめんと言いかけると同時に心愛は何も言わずベッドに潜り込んだ。
グスン……と鼻を啜る音だけが聞こえる。
さすがにやりすぎた。
ただでさえキモいと心愛界隈で有名なのに、そのキモさをキモさで掛け合わせた見るに耐えないモンスターを自分で作り出してしまった。
泣き出して当然だ。
「心愛ごめんな、お兄ちゃんが調子に乗りました」
誠心誠意に心を込めて一言だけ声をかける。
「出ていって」
抵抗するわけにもいかず、静かに部屋を出る。
申し訳ないことをしたと思うし、どうすれば許してくれるだろう。
後でコンビニにアイスでも買いに行くか。
とりあえず今はそっとしておこう、そして二度と調子に乗ってキモさに磨きをかけないでおこう。そう胸に誓った。
自室に戻り、買ってきたロミオとジュリエットを読み進める。
おい原作にはキスシーンあるじゃねぇか……なんで演劇台本にないんだよ、チクショウ。
ロミオとジュリエットを読む前のイメージは純情な恋愛劇だったが、よくよくしっかり読むと純情だけどメンヘラチックな部分があり、ロミオがカッコ良くも見えるしダサくも見える。
ロミオが現代を生きていたらどのような男になっただろう。
社会人なら1時間LINEの返信がないだけで会社に電話をかけ、それでつながらなければ相手の両親に電話をかける、それくらいのことをしそうな人間にまで見えた。
メンヘラ=恋人に依存しているという話を聞いたことがある。
ロミオがジュリエットに抱いている感情は恋なのか愛なのか、それとも依存なのだろうか。
そこの解釈がこの劇を演じる上で1番大事かもしれない。
依存の意味を辞書で調べると「他のものによりかかり、それによって成り立つこと」とある。
人という字は人と人とが支え合ってどうのこうのと昔のドラマでいっていたが、まさに人という漢字がその意味を成してしまっている。
親に頼ること、友達に頼ること、それらは1つの依存といっても過言ではないのだ。
俺は今まで何かに依存をしたつもりはないし、分からないと思っていたけど無意識のうちに依存することを経験していたのかもしれない。
友達はいたことがないから依存してないとして……。
いいや、千羽さんはもう友達だ。
演劇部の部室に初めて行った時には千羽さんの後ろに隠れ全てを委ね、俺は相槌するだけ。
立派な依存じゃないか。
ならばいつも千羽さんと接するようにすることがロミオを演じることに繋がるのではないだろうか。
スマホを取り出し、ここまでの自分の解釈がいかがなものか千羽さんにLINEした。
流石に千羽さんと接することがロミオを演じるに繋がると思ったことは言えない。
30分して返信がくる。
「明日の放課後何か予定ある?」
明日は水曜日で部活もなく、部活がなければ俺に予定なんてあるはずもない。
「ないよ」
「じゃあ明日ロミジュリの話しよ」
「了解。ありがとう」
LINEではなく学校でゆっくりと話そうということなのだろう。
俺の相談に対して時間をとってくれる、その事実だけで嬉しいものがある。
しかし、改まってロミジュリの話をしようと言われると緊張するものだ。
明日のことを思ってもう一度ロミオとジュリエットの本を手に取り読み返す。
耳に入る本を捲る音がリズムよく、気がついた時には朝を迎えていた。
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