演劇部と友達⑤
その日も演劇部の練習を終え、家でゴロゴロとYouTubeをサーフィンする。
演劇部に入ってから高校演劇などを調べるようになり、俺のおすすめ欄もいろいろな演劇や知らない人が映画のレビューを語っている動画でいっぱいになっていた。
そんな中、細いおすすめの穴を潜って出てきた動画をタップし、これに決めた!と、ただただ無気力に加藤純⚪︎のゲーム配信を眺める。
俺もこれくらいみんなの前で感情的に振る舞えたらな〜とか、トーク力高いな〜とか考えていると、スマホの震えと共に画面の上部から千羽さんのLINEが降りてくる。
「来週末ひとみんと3人で映画行こうと思ってるんだけどどう?良かったらグループ作るね」
そう言えば、この前映画に行こうという話が進んでいた。
当然ながら断る理由はない。
「了解。楽しみにしてる」
すると数分して、LINEに[演劇三銃士]と名付けられた見たことのない表示が現れた。
「なにこの名前」と烏丸さんが1番に食いかかる。
「かっこいいでしょ」と自信ありげ風に千羽さんが返信をする。
俺は結構好きなネーミングセンスだ。
この名前に負けないレベルに俺も追いつけるよう練習しなければいけない。
この2人が会話している時の俺は置物同然である。
LINEに既読がつくのは助かるが会話に混ざりにくい時に限っては非常に気まづいシステムだ。
既読ついているのに返信しないの変だし、既読つけないのも暇人のくせに何してんだってなるし。
「イオンに土曜の11時集合でどう?」
「大丈夫」と烏丸さんが言う。
「俺も大丈夫」とようやく会話に混ざり、気まづさがいくらかマシになる。
「よし、じゃあお昼ご飯食べてから映画ってことでよろしく」
了解!とハムスターが親指を立てたスタンプが通知音と共に流れてくる。
俺はLINEに初期されているスタンプでOKと返す。
「そのスタンプ使ってる人初めて見た」と千羽さんが言ってくる。
この一文はビックリ的な言葉なのか笑える的な意味なのか、LINEからは見えてこない。
「私も」と烏丸さんも続いてくる。
返す言葉もなければ返せるスタンプも初期設定のやつしか持ち合わせていない。
八方塞がりだ。時には諦めも重要かもしれない、そう思ってスマホを閉じベッドに潜り込んだ。
1週間と少しして約束の映画の日当日を迎えた。
前回の反省を兼ね、集合時間の15分前に着くように逆算して家を出る。
ちょうどイオンに着いたタイミングで「着いたよ」と千羽さんからのLINEが鳴った。
15分前に着くようにしたのが正解だったなと軽く胸を撫で下ろす。
「俺も今着いた」と返信し、そこから無事千羽さんと合流することができた。
予定時間から5分過ぎ烏丸さんも合流する。
映画を見ていたら家を出る時間を忘れていたらしい。
どんだけ映画好きなんだこの人。
この自由な感じが烏丸さんらしいと言えば烏丸さんらしい。
合流して早々フードコートへ向かい、各々が食べたいものを注文しにいく。
千羽さんはビビンバ、烏丸さんは長崎ちゃんぽん、俺はたこ焼きを注文した。
偶然にもほぼ全員が同じタイミングで呼び出しのブザーを持って1度席に戻ってきた。
「誰が1番最初に呼ばれるか勝負しようよ」
千羽さんがいつも通り突拍子のないことを言い始める。
まーた何か言い始めたよと言いたそうな呆れ顔で烏丸さんは千羽さんを見ている。
「勝ったら何かくれたりするんですか」
何でも1つ言うことを聞いてもらえる、とか想像するだけでご飯三杯は食べれちゃいそうな展開を期待して聞いてみる。
「最後に呼ばれた人が1番最初に呼ばれた人の言うことを一つ聞くってことで」
時には期待してみるものだな。
千羽さんはイタズラ小僧じみた笑顔を浮かべ、烏丸さんはうな垂れている。
すると、ブルルルルっといち早く1人のブザーがなる。
それはブザーにリンガーハットと書かれた烏丸さんの長崎ちゃんぽんだった。
「じゃあ、お先」といい、受け取りに向かう。
その数十秒後もう一つのブサーが鳴る。
銀だこと書かれた俺のブザーだった。
「あ、ごめん、それじゃあ」そう言って俺も受け取りに向かう。
呼ばれたのが2番目で言うことを聞く側でも聞いてもらう側でもないことがなく、それがとても悔しかった。
空気読めよ、銀だこ。やっぱり期待なんてしない方が良かったかもしれない。
俺がたこ焼きを受け取り席に戻ると長崎ちゃんぽんを持った烏丸さんと机にブザーが残ったままの千羽さんが大人しく座っていた。
千羽さんは肘をつき頭を支えながら「なんで……」と小さく呟いている。
「こうゆうのって大体言い出した人が負けるよね。映画でも変にイキ出した奴から死んでくし」
「うぅ……」と言いながら悔しそうにしている。ちいかわか?
俺と烏丸さんは先にお昼ご飯を食べ始め、そこから5分ほどして千羽さんのブザーが鳴る。
受け取りに向かう千羽さんの後ろ姿は元気がなかった。
「バカだな〜」と烏丸さんが言い放ち、ジュルジュルゥと麺を啜る。
しかし、3人全員が完食する頃には千羽さんが1番元気になっていた。
「あーーお腹いっぱい!美味しかった、ごちそうさまです!」
両手を合わせて一礼している。
先ほどまで賭けに負け落ち込んでいた人とは思えない。
千羽さんは自分であの賭けを提案して、一体誰に何をお願いしようとしていたのだろう、あまり想像がつかない。
俺だったら……まあね……まずツイスターゲームでもうひと勝負しようって言うね、それでまた勝ったら似たようなゲームで勝負する。
その連続でいずれラッキースケベが訪れること間違いなし。
そんなことを言っていると映画が始まるまで30分を切った。
チケットは合流して最初に買ったため心配ない。
ポップコーン買ったり、飲み物買ったりしてるとちょうど開場するくらいの時間になる。
エスカレーターを上がり、映画館に到着すると(あ、映画館だ)と反射的に思わせる甘い匂いが漂っていた。
「この匂い嗅ぐとお腹いっぱいでもポップコーン食べたくなるよね」
体型からは想像できないセリフを烏丸さんが言う。
「買わない選択肢はないね」
同調する千羽さんは既に財布をカバンから取り出している。
そんな会話を2人が俺の前でしているのを見ていると彼女らは気づいていないかもしれないが、あちこちから視線を感じる。
俺はただ変質者のように眺めている。
千羽さんが俺の服の袖を引っ張り、自分の横に連れてくる。
メニューを指さしながら「1つはキャラメルにしようと思うんだけど、もう1つ駿河くんが決めていいよ」
今日イチ千羽さんと近い距離感になり、柑橘系の匂いがふわっと香る。
すんごいいい匂いだ。
俺は臭くないだろうか、キャラメルの匂いでなんとかかき消しててくれ。
「し、塩かな」
閉まった喉から一言搾り出す。
「駿河くんは塩系男子なのか」
「塩系男子ってなに?最近よく聞く塩顔みたいなやつ?」
「ううん、ただ塩が好きな男の子。駿河くんは塩顔って感じではないね」
「そのままじゃん。あの塩顔男子ってどんな顔を言うの?」
「さっぱりした顔って感じだね。一重の男の子は大体塩顔系かな〜」
なるほど、二重の俺は塩顔ではないと言うことか。
じゃあ一重の女の子は塩女というのだろうか、突然尼さん感出たな。
無事キャラメルと塩が半分ずつ入ったポップコーンと各々ドリンクを買うことができ、スクリーン10番に3人で向かう。
顔面ビデオカメラ人間が走ったり飛んだりしている中、横で2人はムシャムシャとポップコーンを食べている。
何分かに1度ポップコーンが俺の手元まで回ってき、またしばらくするとポップコーンを回収される。
俺の手元にない時はキャラメルを2人が食べ、俺の手元にある時ようやく塩味が減っていく。
単純計算2倍のスピードでキャラメルは減り、ポップコーンが左右不安定になってくる。
映画館の広告は長い。アジカンのイントロくらい長い。
流石にそろそろかというタイミングからもう一山越えないといけない。
ようやくブーーと鳴り照明が一気に暗くなる。
今から始まるBLUE GIANTは一人の少年が世界一のジャズプレイヤーになるために奔走する物語の東京編だ。
普段アニソンばかりしか聞かない俺でも、映画館の大音量大迫力でジャズが聴けるというのはワクワクする。
物語が終盤に近づくにつれ佳境を迎え、涙が溢れそうになる。
バレないようにこっそりと2人の方を見る。
2人とも目から溢れ出た涙が頬を伝っていた。
一瞬でも映画から気が離れたことに反省する。
映画が終わりスクリーンを後にすると、両手を上にあげながら「あーいっぱい泣いた〜〜」と千羽さんが伸びながら言う。
「私もいっぱい泣いた、久しぶりにいい映画見た気がする」と評論家のように烏丸も言う。
周りを少し見渡すとハンカチを手に持っている女性や鼻を啜っている男の人が何人かいた。
「俺も映画館で泣きかけたの初めてかもしれない」
「泣けよ、そこは」
ちょ、烏丸さん怖いって。
まあ、本当は泣いてたんですけどね、男で泣くやつって女々しいとか思われそうで良くないかなって思ったんですよ!
「今から感想会しないとだね〜〜」
「フードコートで31でも食べよーよ」
この2人食べてばっかじゃん、ホントなんでこんなに細いんだよ。
エスカレーターを降りまた、フードコートに帰ってくる。
今度は競うわけでもなく3人仲良く31を買いに行った。
31も俺は人生初だ。何を食べればいいかわからない。
また名前から味が想像しにくい。
ただ、バニラとかチョコみたいな定番系はどこでも食べれそうだし避けたい。
「えー心は何にしよっかなー。ポッピングシャワーください!」
「私は〜ベリーベリーストロベリーで」
お風呂みたいなアイスと英語下手な日本人みたいなアイスを二人が頼んだ。
「え、えーと、俺は俺は……店員のおすすめください!」
必殺全丸投げである。
これにはIKKOさんも「背負い投げぇ〜」と言わざるを得ない。
「かしこまりました!」
店員さんは嫌な素振り一つ見せず、俺にアイスクリームを選んでくれた。
選ばれたのはラブポーション31というアイスだ。
ラブポーション?
「これは店員さんからの告白という認識で合ってる?」
席に戻り、二人に尋ねる。
「全然違うね!」
「アンタ遊ばれてるんだよ。見るからに地味そうな男にハートいっぱいの女の子感強いアイスを食べさせるっていう嫌がらせ的な」
そんな、二人して激しめの否定しなくても……。
確かに、俺にハートの形をしたチョコなんて似合わないもんな。人委ねるというのはこうゆう未来も受け入れなければいけないのか。
勉強になったな。
「でもそれ美味しいよ。心も一瞬それにしようと思ったもん」
「千羽さんのやつはどんなの?」
「パチパチするやつ」
小学生の感想文か。
アイスを口に入れ少しすると千羽さん口からパチパチと音が聞こえ始めた。
「千羽さんが変なこと言ってると思ってたら、本当にパチパチするんだね」
「そだよ!」
幸せそうにパチパチ言わせている。
見ている分にはシュールで面白い。
俺も初めての31アイスを口へ運ぶ。
これは!美味しい……。
絶妙に甘酸っぱくて食べやすい!この味にはハマってしまいそうだが、一人で31に来て「ラブポーション31ください」っていうのは少しハードルが高い。
うわ、ハートのチョコもうま!
甘党なのか、烏丸さんの食べるスピードが速い。
アイスが口へ流れるように吸い込まれていく。
俺が半分に差し掛かった頃には「ご馳走様」と一人食べ終えていた。
「さあ、映画語るか」
どうやら、早く映画の感想を語りたかったらしい。
「心めっちゃ泣いちゃったよ〜、もう顔面ボロボロ」
「私もかなり早い段階からウルっと来てたよ。だってさ、全員すごい努力してて、いっぱいマメとか作ってて。その努力が音に出て、見てる人もに伝わっていく、報われていくんだよ?あと演出すごかったよね。音をいっぱいの色を使いながらカメラワークも動かして立体感と迫力を表現してるのがもう……圧倒された」
映画を語る時の烏丸さんの活き活き具合は見ているこっちまで楽しく思えてくる。
「俺は才能があってもそれだけじゃダメなんだと思うと、才能がない人間はもっと努力しないとダメだよなって自分に対して考えちゃったな」
俺をBLUE GIANTで例えるならドラムの玉田だ。
才能ある人間に影響されて初心者なのに仲間入りして頑張っていくなんて、ほぼ一緒。
映画の中の彼は成長を見せ、その成長に涙するお客さんが居たほどだ。
俺も努力して俺の演技で見てる人泣かせられる存在になりたい、そう思った。
「二人ともすごい考えながら見てるんだねぇ〜、心は世界観に入り込んじゃってひたすら頑張れ〜って応援しちゃってたよ」
「全員映画の見方が違いって面白いね。みんな私みたいな見方してるんだと思ってた」
「多分、ひとみんの見方は少数派だよ?」
アイスをパチパチ言わせながら千羽さんが言っている。
その姿があまりにもシュールでじわじわと面白く見えてくる。
自然体でも面白いとか敵わないって。
「千羽さんみたいな人が1番多そうな気はする」
烏丸さんのような映画の見方は大前提に色々な知識が無いと成り立たなそうだ。
映画の見方的に千羽さんは自分が感じた感情とかをそのまま表現した演技をしそうで、烏丸さんは気持ちや行動を分析してそこから導かれる演技をしそうだ、、、俺は一体どうなんだろう。
俺らのLINEのグループ名を思い出した。『演劇三銃士』
改めていい名前だな。
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