演劇部と友達④
今日から本格的に演劇部員としての部活動がスタートする。
自己紹介で好スタートをきった俺からすればこの前よりは部活にいきやすい。
まだ1年生で初日なこともあり期待されることはないだろう。
だから「気楽に肩の力を抜け」「リラックスしていこう」と自己暗示をかけ、放課後の教室を後にする。
演劇部の練習ってどんなことをするんだろう、と考えていると後ろから足音と共に「ちょっと待って」と声がする。千羽さんだ。
「何で先行っちゃうの?一緒に行こうよ」
なんて可愛いんだろうか。
俺と一緒にいて変な勘違いとかされたら千羽さんに今より距離を置かれるかもしれないと思ったから先に部室へ行こうと思ったが、そんなことを気にするような人じゃないらしい。
「ごめん、悪気はなかった」
「そっか」
スタスタと俺の横を千羽さんが歩いている。
よく周りを見ながら歩くとすれ違う男がみな目で千羽さんを追っているのが分かる。
たまに「全然釣り合ってねぇ〜」という声までも聞こえる。
分かってるよそんなこと、うるせえ。
「全然俺クラスで友達できないんだけど、どうしたらいいと思う?」
「確かに駿河くんが教室で心以外と話してるとこ見たことないな。でも春香ってわかる?髪長くて背高い子、春香が駿河くんと話して見たいって言ってたけどな」
「マジ?」
「うん。駿河くんって変な人でしょ?って言ってきたから、結構真面目だし良い人だよって言ったら話してみたいって」
なんだろう、素直に喜べない。
好意的な話してみたいと言うより、ゲテモノにちょっとだけ触れてみようかな〜みたいな感覚に近そうだ。
「新しい自己紹介考えとく」
「絶対に辞めといた方がいいよ?」
俺の自己紹介を面白いと言っていた人とは思えないセリフだ。
絶対とまで言われるとは……。
駿河 論のアイウエオスイッチで自己紹介しようと思ったけどダメなのか。
「そういえば、今日烏丸さんと一緒にお昼ご飯食べたんだけどさ、思ったよりも良い人かもしれない」
「え、いつのまに2人そんな仲良くなったの!ズルい!」
「偶然バッタリ会って……」
「心も誘ってくれたらいいのに」
「千羽さんいつもクラスの子たちとご飯食べてるじゃん」
「それはそうだけど〜」
どうも納得がいかないらしく両腕を組み、うーんと唸っている。
部室に着くと先に烏丸さんが来ていた。
「ねえーひとみーん。何で一緒にお昼誘ってくれなかったの!!」
と言いながら抱きついている。
いつから2人そんな仲良くなったの?はこっちのセリフである、ひとみん呼びしてるし。
「えぇ、偶然というかただの気まぐれだよ」
ちょっと背中を反り、困った様子で烏丸さんが答える。
美人がわちゃわちゃしてる姿を見るのは目の保養になるな〜と思いふけているとコッチに来いと言わんばかりに烏丸さんが目力で訴えてくる。
「偶然お昼食べに移動してたら出会っててだけで……」
2人の元に駆け寄りながら言う。
「じゃあ、明日は3人でお昼食べよ!」
「分かった、分かったから!くっつきすぎ」
まだ2人はわちゃわちゃしている。
俺はうんともすんとも言わずただただ静観し、気がつけばもう3人でご飯を食べる予定で2人が話になっていた。
部員が皆集まり、さっそく今日から練習が始まる。
1年生はちゃんとした練習が今日からなのもあって簡単なゲームをするらしい。
それが「はぁって言うゲーム」だ。
正確に言えば、それをこの部活なりにアレンジしてちょっと形を変えているらしい。
例えば、「ちょっと待って」というセリフがあり、これに合わせた状況の選択肢も4つある。
恋人に振られた時、カバンを引ったくりにあった時、バスが目の前で発車しそうな時、大勢から同時に話しかけられた時のような感じだ。
それをみんなで当てると言うゲームである。
まずはこのお題を部長が満を持してチャレンジする。
「ちょっとまってーーー」部長が大きめの声量で言い放った。
手を伸ばし、何かを引き止めようとしていることは伺える。
これはひったくりかバスか、とても絶妙で難しい。
違いとしては怒りがあるか焦りがあるかだ。
部長のニュアンス的には……、俺はバスの方を選んだ。
部員の中でもひったくり4:バス6くらいで予想が割れる。
「うっそぉう」と部長ははみ噛みながら悔しそうにしている。
正解はバスが目の前で発車しそうな時で、俺は正解した。
おいおい、部長でこの正解率かよ。
お題が難しかったのはある……がにしても思いのほか人それぞれ受け取り方が違うのか。
部長の演技に対して「まじかよー」「分かりにくいってー」と答えを外した人たちがヤジを飛ばしている。
いつかは俺まで回ってくると思うと怖い、ジェットコースターの頂点に向かってゆっくり登っていくあの感覚だ。
「次行きたいです!」
そう言って千羽さんが手を挙げ勝手に立候補する。
そしてお題を引き、与えられたワードが「ブックオフなのに本ねぇじゃん」だった。
ふっ、俺の吹き出した笑い声だけが残る。
クラスでの自己紹介の伏線を回収するかのようなお題につい笑ってしまった。
1人だけ笑ってしまい、少しだけ周りから目線を感じた気はするが何事もなかったかのように前を向く。
状況は、①本が一冊もなかった時、②思っていた時より本の数が少なかった時、③欲しい本が無かった時、④寺田心、だった。
コホンっと軽く喉を整え、「ブックオフなのに本ねぇーじゃ〜ん」千羽さんの口から飛び出たその一言は、寺田心よりも寺田心だった。
人を嘲笑う人生3周目くらいのガキ感を見事に演出していた。
今の表情は普段の千羽さんを見ていると想像がつかず、これが演技かとばかりに圧倒される。
満場一致で④がえらばれ、当然の如く正解も④だった。
先輩たちも「おー」と言いながら拍手し、千羽さんも嬉しそうに戻ってくる。
みんなはまだ千羽さんが5歳から演技に携わっていたことを知らないし、そりゃ驚くよなと思う。
知っている俺でも実際目の当たりにして上手さにびっくりしている。
「次、行かせてください」
千羽さんに対抗するように烏丸さんが手を挙げる。
立ち上がりみんなの前に立つ彼女の目は見るからに戦いモードとなっていた。
殺意みたいなものを感じるし、その辺の動物なら逃げ出しちゃう。
何なら初めて話した時を思い出して、俺が今にも逃げ出しそう。
烏丸さんに与えられたお題は「やめて」だ。
状況は①痴漢された時②好きな人からちょっかいをかけられた時③競馬の予想が大外れしそうな時④いじめられてる時だった。
これは結構分かりやすいんじゃないだろうか。
どれも感情のタイプが分かれている。
すると……「やめて……」彼女の口から出たのは今までに見たことのない甘々の乙女姿だった。
ゴックン…と無意識に唾を飲んでしまう。
何もしていないがまるでコッチが悪いことをしてしまったかのような幻覚に囚われる。
またしても満場一致で②が選べれ、全員が正解する格好となった。
気が強い烏丸さんが見せる弱々しさのギャップに魅せられ、またしてもみんなから拍手が湧いた。
女優志望なだけあって、それに納得できる演技力を感じさせられた。
千羽さんと烏丸さん、この2人は1年生と思えない演技力があることをこの数分間で全員に知らしめた。
1年生2人が挙手してチャレンジしたため、全く手を挙げていないが流れで次の番が俺になっていた。
これ、俺が同じタイミングで入部することもあって俺にも期待されるんじゃないか?全くの素人で初めて演じるということをするのに。
皆の前に立ち、お題を引き上げる。
簡単であってくれ……、そう願って引き当てたお題は「好き」
状況は①好きな人へ告白する時②この食べ物好き?と聞かれた時③恋をした瞬間④お世辞でいう時だ。
頭の中が真っ白になる。
とてもシンプルなお題ではあるが、人生で一度も言ったことが好きないのに部員全員の前で言わなければならない。
恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしいし難しい。
なぜ俺はこの部活に来てしまったんだ。
そんなことを考えていると「一緒に演劇部入らない?」千羽さんのに誘われた日のことがフラッシュバックする。
そして、「好き……」ぼそっと俯きながらそれだけ呟く。
みんなの方を見ることはできない。
どんな顔をすればいいかわからないからだ。
こればかりは部員のみんなが「うーん」と考え込んでいる。
このお題は似ている状況の選択肢が多いため難しいはず。
俺の初演技は恐ろしく下手だったように思えるし、演技できていたのかすら分からないが、お題が難しかったことにより、その下手さ加減が目立っていない。
ある意味運がいいと言える。
パッと前を向くと千羽さんだけが不敵な笑みを浮かべている。
1人を除き、みな③を選んだ。
そして唯一①を選んだのは千羽さんだ。
困ったことに俺の下手さ加減が目立つ結果が生まれた。
答えは①だったからだ。
でもどこかショックだとか悲しいみたいな気持ちは感じない。
1人でも俺の思う「好き」という表現をわかってくれる人がいたからかもしれない……、特にその1人が千羽さんだったから。
「あぁ」という魂の抜けたような声が上級生の間から漏れる。
しかし、その声を誰が気に留めるというわけでもなく、次の人へバトンが渡っていく。
千羽さんや烏丸さん上級生の演技を見ると自分の現状がよく分かる、それほどに俺は下手すぎる。
初めての部活動を終え、帰りの電車に揺られる。
朝電車に乗った時とはまた違うベクトルのどんよりした雰囲気が車内に蔓延している。
俺もその雰囲気を醸し出している1人であることは間違いない。
それほどに心身ともに疲れを感じている。
今日の部活を通して俺には感情を知る経験が必要なのだと改めて分からせられた。
「好き」というお題が出た時も恋愛の好きがどんなものか分からず、ただ恥ずかしさで下を向きながら呟いただけである。
千羽さんが浮かべていたあの不敵な笑みは「私には今のがどんな演技か伝わったよ」的な意味だったのだろうか。
実際に分かってくれたのは千羽さんだけだ。
千羽さんに部活に入ろうと言われた時のことが頭にチラついていたこともあって、複雑な感情が蠢く。
人を好きになるということは、その女の子を彼女にしたいことに直結する。
だが、平凡な俺みたいな男と付き合いたいと思ってくれるような女の子はいるのだろうか。
いないよな〜と脊髄反射で思ってしまう。
否!その思考が良くないんだ。
千羽さんや烏丸さんを見てみろ、2人とも自信を身に纏っているから一目置かれるような存在になれるんじゃないか。
俺に足りていないのはまず自信だ。
自分自身を信じることができる自信、それが必要なのだ。
プス〜という音とともに目の前のドアが開かれ、柱に書かれた文字でここが最寄りの駅であることを知り慌てて飛び降りる。
降りてすぐにプス〜と扉が閉まり電車が次の駅へ向かって発進する。
危ねぇ〜。
電車がホームからいなくなったことにより、ホームの壁に貼ってあるポスターが顔を出す。
そこには「永久脱毛で垢抜け!今日からあなたもモテ肌へ」と書いてある。
「垢抜けか……」
ポスターを目にしながら口にする。
俺の第一ステップはこれかもしれない。
家に帰りご飯お風呂諸々を済ませ、ベッドに寝転びスマホでGoogleを開く。
もちろん検索する内容は垢抜けである。
コンタクトに変える、眉毛を整える、オシャレな美容室にいく、と様々なことが書かれていた。
今の俺ができる1番簡単なことはメガネからコンタクトに変えることだろう。
ただ、コンタクトにすると予算がメガネより掛かってしまうので親に相談しなければならない。
眉毛を整えるのも今は眉毛サロンというものがあって自分でやり方に困れば解決してくれるらしい。
美容室も1000円カットではなく、オシャレそうな何語か分からない店名を選ぶ必要がある。
どうやら垢抜けるには相当お金がかかるらしい。
バイトもしていない高校生には少し厳しいものがある。
これはなんとか親を説得して少しでも垢抜ける兆しを見つけたい。
説得できるとすればコンタクトな気がする。
ベッドから起き上がりリビングでくつろいでいる親の元へ向かい、母親に声が通じる距離まで近づき開口一番コンタクトに変えたい旨を伝える。
予想に反して母から帰ってきたのは「いいよ」の一言だった。
あまりにもあっさりしすぎて「ほんとに?」と聞き返してしまう。
「あんたももう高校生だしね〜」と皆まで言わずとも理解してくれている様子だ。
驚いた状態のまま「ありがとう」とだけ一言残し自室へ戻った。
演劇部は水、土日を基本的には休みにしていて、週に4日ほど活動している。
体育会系に比べれば少ないが文化系にしては多い方だ。
なので早速次の水曜日に眼科へ行くことを決めた。
これが彼女らから学んだ行動力だ。
今すぐにでもコンタクトに変えることを千羽さんに伝えたい。
どんな反応をしてくれるか知りたい。
でもだからこそ、実際にコンタクト姿になった俺で驚かせたい気持ちがある。
駿河 論、もうすぐ16歳、我慢を覚えた。
そして迎えた水曜日、終礼を終えた俺は急いで教室を飛び出し、眼科へ向かう。
運動をほとんどしない俺が倒れないギリギリのレベルで走り、校舎を駆け抜ける。
走りながら、走って眼科に向かう人って見たことないなとか考える。
眼科に着いてから検査やら取り外しの練習やらで思いの外時間がかかったが無事にコンタクトを貰うことに成功した。
翌日朝になりコンタクトレンズで登校するために、いつもより30分早く起床し、準備万端で家を出る。
電車の吊り革を掴む俺の姿が反射した窓ガラスに写る。
どこかいつもより背筋が伸びているような気がした。
これが垢抜けってことなのかもしれない。
千羽さんを驚かせたくていつもより一本早い電車に乗り、千羽さんより先に教室で待てるようにした。
自分の席に座ろうとこちらへ向かってきた時に俺を見て、どんな反応をするのか楽しみで仕方ない。
席に座りスマホを触りながらも、いつ千羽さんが来るか気になり、前を何度もチラチラ見る。
来たか!違う……、来たか!違う……を繰り返し、9回ほど頭を上下させた時、千羽さんが教室へ入ってきた。
スタスタと歩く千羽さんと俺の距離が近づく。
パッと目が合い、恥ずかしさもあって自然に頬が緩む。
千羽さんはニコニコではなくニタニタした感じで俺の前まで駆け寄ってくる。
「どうしたの!コンタクト?」
「コンタクトに変えてみた」
誰も見ないであろうYouTubeのタイトルみたいだなと思う。
「一気にイメージ変わるね」
寝る前とかに自分のメガネしていない姿は自分で何度も見ているため、他の人からイメージが変わったように見えるのか疑問に感じる部分はあった。
しかし、一気にイメージは変わってくれたらしい。
「垢抜けしたいなって思って」
「おーー、駿河くん恋でもした?」
ニタニタした表情を変えることなく聞いてくる。
「好きがなにか分からないから、イコール無いってことだね」
「まーたつまらないこと言って。駿河くん何にも分からないじゃん」
何も分からないじゃんという一言が重く胸に突き刺さる。
友達が何かも分からない、好きが何かも分からない。
それなのに演劇部に入部したという事実。
それらが一斉に押し寄せ、心が大雨の中を1人ゆっくり歩いている感覚に陥る。
「でもね」と千羽さんが一瞬言葉を溜める。
「私は駿河くんのこと友達だと思っているよ」
先ほどまでの大雨は何だと言わんばかりに心に快晴が広がり視界が鮮明になる。
「じゃあ千羽さんがAirPodsに続いて2人目の友達だ」
「なんかその並びだと嬉しくないな〜」
コンタクトになった姿で驚かせたかったのに、いつの間にか千羽さんの目を見ることは出来なくなり、コンタクト姿を見せつけることはできなくなっている。
千羽さんの一言に心拍数が跳ね上がり、俺が驚かされる格好にもなってしまった。こんなはずではなかったのに……。
放課後、部室で烏丸さんとも対面する。
「ええぇ!!」と言いながら烏丸さんは笑い、意味もわからずお尻に軽くタイキックをくらった。
「いいじゃん」そう一言呟かれ、また心拍数が跳ね上がる。
俺のコンタクト姿良いのか……。
えへ、うへへへ……ジュルっとヨダレが垂れかける前に正気に戻り一命を取り留めた。
見た目じゃなくてキモさに磨きをかけてどうする。
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