演劇部と友達③

 翌日、昼休みに例の如く外でお昼を食べようと校舎の外に向かっていたら、階段でバッタリ烏丸さんと鉢合わせた。


 千羽さんがいない場で会うのは初めてだ。


「うっす」


 なんて声をかければいいかわからなかった俺の今できる最大限の挨拶を送る。


 下手に話しかけて睨まれても怖いし、それでご飯が食べれなくなったら大変だ、ここは平和に済まそう。


 少しでも機嫌を悪くさせたと思えばすぐに謝罪をする、それできっと平和になんとかなるはずだ。


「アンタ1人?」


 待ち構えていた圧力とは違う、至って温厚な雰囲気で俺に尋ねてきた。


「まあ、そんな感じ」


 おそらくいつもの場所に脳筋丸はいると思うが、別に一緒にお昼を食べる約束をしたわけではないから1人と言えば1人だ。


「そう、じゃあちょっと付き合ってよ」


「え?」


 人生で初めて付き合ってくれと言われました、わたくし。

 え?烏丸さんちょっと気が強いけど可愛いからなぁ、心愛にも自慢できるな。


 そんな事を考えていると上を指しながら「屋上」とだけ言ってくる。


 そして、スタスタと階段を登っていく。

 よく分からないが俺も烏丸さんの後ろについていく。


 目の前で烏丸さんの足が露わになり、つい見惚れてしまう。


 それにしても折れそうなほどに細い。


 太い足は大根足って言うけど、細い足のことは何て言うのだろうか。


 足に見惚れているとすぐに屋上まで辿り着いた。


 この高校では安全面から屋上は施錠されている。


 確かに誰かが飛び降り自殺とかしてからじゃ遅いもんな。


「ちょっとこれ持ってて」


 俺にピンクのナフキンに包まれたお弁当箱を渡してくる。


 烏丸さんは椅子を持ってき、扉横の上にある小窓を開け、小さいスペースをよじ登っていく。


 パンツが見えそう、見ちゃダメだ!見ちゃダメだ!見ちゃダメだ!く、くろだ!!!


 小窓をくぐった状態で俺に「お弁当貸して」と言ってくる。


 渡すとばっと姿が見えなくなり、スタッとコンクリートに足が着地する音がする。


「アンタも来なよ」


 壁越しに烏丸さんの声が聞こえる。

 行かなかったら後でめんどくさそうだしな〜と俺も何とか椅子からよじ登り小窓から身体を半身出す。


 下を見ると烏丸さんが両手を広げ、お弁当持つよ感を出している。

 そっと彼女にお弁当を託し、俺も窓から飛び降りる。


 思った以上に着地した瞬間に足が痛い。

 それだけ地上から見るより、実際に小窓を登ってみると高さがあると言うことだろう。


「意外と度胸あるんだね」


「割と高いところとか好きなんだよ」


「ふーん」


 そう言って預けていたお弁当を返してくる。


 初めて屋上に来たが、周りに誰も人がおらず、この高校周辺を一望できるのは解放感もあって気持ち良かった。


 この前千羽さんと行った公民館もここから見える。


 耳をごわっとさせるように強い風が吹く。下で食べる時よりも風の勢いを感じるだけに、気をつけてお弁当を食べなければ何が飛んでいってしまうか分からない。


「いいでしょ、ここ」


 烏丸さんが床に座り込みお弁当を広げながらいう。


「すごくいい。人が多いところとか苦手だし。鍵も閉まってるのによく1人でこの場所来たね」


「やっぱり高校生の昼休みといえば屋上かなと思ってさ、鍵閉まってたけどいろいろ試してみたら小窓開いてることが分かってそこからは毎日来るようになった」


 勝手に小窓よじ登ろうとするんだもん、やっぱり烏丸さんは気が強い。

 初めて俺と話した時のことがフラッシュバックする。


 でもどうしても気になって聞かねばならないことがある。


「烏丸さんって友達いないの?」


「うん」


 怒るわけでもキツイ口調になるわけでもなく、至って普通の表情でコクンと頷いてきた。


 今までが今までだっただけにその素直さがとても可愛く見えた。


「仲間じゃん」


「それはなんかやだ」


「何でだよ。同じ演劇部で友達がいない者同士」


「心ちゃんは?」


「千羽さんは同じクラスだけど、女子として強そうなグループでご飯食べてるし、教室ではあんまり話さないよ」


「でも友達何でしょ?」


「友達って言っていいのかな……。どこからが友達かなんて分からないし」


 千羽さんと出会った日の会話も『友達とは』だった。


 烏丸さんと初めてちゃんと2人で話した最初の日にも俺が『友達とは』の話をしてしまっている。


 俺はこの件を成立させてからじゃないと前に進めないのかもしれない。

 誰だよ、俺にそんなデバフかけたやつ。


「それは難しいね。友達って言葉を都合よく使う人間もいるし、本当にその人のことが好きで友達って言う人もいる。相手の中では区別出来てても、コッチからはなかなかその区別ができないからね」


「俺たちが今ここでご飯食べてる理由が垣間見えた気がする」


 口にご飯を含んでいる烏丸さんが笑い始める。

 初めて烏丸さんの笑顔が見れた。

 全然笑わせようとしていないのに、超真面目な話だったのに。


「その通りすぎて笑っちゃったじゃん」


 意外と俺と烏丸さんは考え方が似ているのかもしれない。軸として理屈で物事を考えてしまうタイプなのだ。


 そんな烏丸さんでも演技に興味を持ち、その道で生きていこうとしているのならば、俺も烏丸さんほどとは言えなくても演技と向き合っていけるのかもしれない。


「やっぱり仲間だね」


「だから嫌だって」


「何でだよ」


 烏丸さんの笑顔から俺の表情も優しくなり、気がつけば笑いながら会話していた。


「アンタが私と同じレベルで映画の話ができるようになったら仲間になってあげる」


「友達とかじゃなくて仲間なんだ」


「うん」


 思ったよりも悪い人じゃないのかもしれない。

 ただ、最初の印象で勘違いされがちなだけで。


 いや、冷静になると仲間って烏丸さんの手下感ない?俺僕にされかけてる?

 やっぱり悪い人かもしれない。


 烏丸さんがモグモグとお弁当を食べ進めていく。


 バランスよく野菜とお肉系が詰められたお弁当は、女の子にしてはかなり大きめなサイズに見える。


 脳筋丸ほどとは言わないが、俺でも食べれるか分からない量をしている。


 それなのに、制服が少し大きく見えるくらい細いスタイルを維持していることが不思議だ。胃下垂ってやつだろうか。


「烏丸さんて運動とかしてるの?」


「まあ走ったりはしてるけど、なんで?」


「いっぱい食べてるのに細いから」


 すると、お弁当を一旦ナフキンの上に置き、制服のシャツを捲り上げ烏丸さんのお腹がこんにちはする。


 反射的に首を反対方向に背ける。


 な、なにこの子⁈ これがラッキーすけべってやつ⁈


「脱ごうとしてるわけじゃないから。見て大丈夫だよ。ほら、筋トレしてるの」


 そう言って烏丸さんの方を見ると綺麗に割れた腹筋がそこにはあった。


 おへその少し上あたりには英語で何か書かれたブラらしき物も少しだけ見える。


 童貞には刺激が強い。

 まあでも見て良いって言われたから見ただけだしね、うん。


 ところで目がお腹から離れないんだけどどうしたらいい?


「すごい見てくるじゃん、やっぱり変態とは仲間になれないな」


「ほらあれだよ、あれ。芸術ってやつ?美術館でマジマジと作品眺めるじゃん?それと一緒だよ。チラ見で済ませたら逆に失礼かなって。ホントそれ以上でも以下でない」


 ジーーと怪訝な顔でこちらを見てくる。


 負けじと俺も見つめ返す。


「よく喋るね」


 烏丸さんから圧を感じる。

 俺は押し黙り、何事もなかったようにお弁当を食べる。


 すると、諦めたようにはぁと息を吐き烏丸さんもお弁当をまた食べ始める。


 なんとか上手く誤魔化せたようだ。咄嗟に出た言い訳として満点近い。


 美術館なんて行ったことないよ。最近インスタ女子の巣窟みたいになってて怖いし。


 白飯に乗せられた梅干しを口に入れ、酸っぱさから顔のパーツが中央に寄る。


 そんな顔を見ているのは空を自由に飛ぶ鳥さんだけ、周りを気にせず食べれるっていいな。


 そうして昼休みになり30分ほどが経った。来た時は静かだった屋上に少しずつ外からいろいろな話し声が聞こえ始める。


 ボンっボンっとボールをつく音もあり、誰かがバスケを始めたんだなと分かる。


「今誰かがバスケしてるじゃん?でも俺たちは屋上に座り込んでいてバスケをしてる姿は見えてない、でも誰かがバスケをしてるのは分かる。友達も同じようなことなのかな」


 まるで俺が声が届いていないかのように烏丸さんはお弁当を食べ進め、屋上では静かな時間が流れる。


 無視ですか……。


 無言の時間が続き、お弁当を食べ終えた烏丸さんがカチャカチャとお箸を片付け、お弁当を包む。


「深いね」


 知らない間に俺と烏丸さんの間には5分程の時差があったらしい。


「戻ろっか」と烏丸さんが立ち上がり、入ってきた時と同じ小窓によじ登る。


 この時、(あ、おパンツタイムだ)と思ったことは誰にも言えない。


 烏丸さんと階段を下り教室へ帰ろうとしていると、同じように教室へ帰ろうと階段を登ってくる脳筋丸と鉢合わせた。


 脳筋丸は口をあわあわさせその場に固まっている。


 流石に一言声をかけといた方がいいか。


「ごめんな」


「ちょっとこっちへ来い!」

 脳筋丸に引っ張られ教室と正反対の方に連れて行かれる。


 抵抗する気力も湧かないほど力強く、捕食される間近の小動物の気持ちってこんな感じなんだな。


「また後で」と烏丸さんは言い残し、自分の教室へ帰っていった。


「おい、どうゆうことだ」


 俺を廊下の隅の方まで連れ行き、脳筋丸はとても焦った形相で俺に尋ねてくる。


「なにがだよ」


「あの可愛い子は誰だ?」


「あー烏丸さん?」


「烏丸さんって言うのかぁ……」


 脳筋丸はパッと霧が晴れたかのように、それはそれはにこやかな表情になっていた。


 俺の肩をがっしりと掴んでくる。

 掴まれて分かるがコイツ手がすごく大きい。

 手はでかいし胸筋が六法くらい分厚いし、もうシンプル怖い。


「俺にあの子を紹介してくれ」


 脳筋丸と烏丸さんもペアは想像できないな。

 烏丸さん脳筋丸みたいなデリカシーのない人間嫌いそうだし。


 じゃあ、どんな女の子なら脳筋丸と一緒にいるイメージができるかと聞かれればそれはそれで答えに困る。

 うん、脳筋丸くん、詰んでるね。


「結構クセ強いし、今アタックしても大玉砕喰らうよ?」


「そのために筋トレしてるんだろ?」


 知らん。筋肉があれば何でも受け止めれると思っているのか?


 恋なんて筋肉貫通して心臓まで平気で届いちゃうんだから。


 そうは思っても脳筋丸は目を輝かせ、こちらをジーっと見つめてくる。


 実際に話した方がすんなり諦めてくれるか……。


「分かった分かった。烏丸さんは映画が好きだ、映画の話だとよく話す。だからいっぱい話題の映画を見ろ、話はそれからだ」


「映画か、、分かった!ありがとうな駿河!」


「そろそろ戻らないと遅刻になるぞ」


「そうだな!」


 そう言って俺を気にせず1人脳筋丸は走って教室へ向かった。


(はぁ……)

 自然とため息が漏れてしまう。

 急ぐか、と呟きながら競歩選手になったつもりで俺も急いで教室へ戻った。

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