演劇部と友達②
昼休みに教室へ戻ると隣の席の天王寺くんに話しかけられた。
「駿河くんって千羽さんと仲良いよね」
「そ、そう?」
「うん、仲良く見えるよ。俺とかまだ千羽さんと話したことないだけどさ、すごいかわいいし仲良くなりたいなとは思ってるんだよ。上手く俺と繋いでくれよ」
いつも教室で見る感じ、コイツは割とイケイケ系に分類される。
おちゃらけたりムードを作るタイプだ。
そんなやつと千羽さんを仲良くさせたら俺の立ち位置なんてすぐなくなるじゃないか。
だが、無理!と断る勇気は俺にない、だって怖いもん普通に。
「ちょっと何言ってるか分からない」
焦った俺はお得意の意味がわからないことをまた言った。
なに言ってるか分からないと意味も分からず言っているのだ。
もう俺も訳がわからない。
「は?なに?意味は分かるだろ」
「天王寺君が仲良くなりたいなら勝手になればいいし、俺を介する必要なんてないだろう。俺にメリットが無いじゃないか。それとも千羽さんレベルの美少女でかつ、俺のこと好きになってくれそうな面倒見の良い女の子を紹介してくれるというのなら話は百歩譲って分かる。でもそう言う訳じゃなさそうだ。だから意味が分からないって言ってるんだよ」
「なに突然ペラペラ話し始めてるんだよ、こえーなお前」
と鼻で笑い仲間のところへいった。
群れることしかできない奴めと心の中で悪態を吐く。
今日のところは引き分けにしとおいてやろう、はぁ怖かった……。
終礼のチャイムがなると同時に後ろから肩をトントンとされる。
この手の感じは……千羽さんだ!と振り返る。
そこにはやはり美女がいた。
手の感じで分かってしまう俺、最高にキモくて素晴らしいな。
まあ俺の後ろの席は千羽さんだけなんだけどね。
「今日行くよね?」
もちろん演劇部に入部届けを出しに行くよね?ということだろう。
これで適当にアメリカとか行けば千羽さんは笑ってくれるだろうか、そんなことを考えながらもカバンから入部届を取り出し、サッと千羽さんに手渡す。
「うん、この通り準備は完璧」
「覚悟ができたんだね」
「まあ後は部室までたどり着けるかだね、これが難しいからなぁ」
「一回一緒に行ったじゃん」
不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
「いや〜難しい、辿り着けるかなぁ〜」
俺の最後の抵抗を察したからかグッと千羽さんの目が細くなり、呆れた表情にフォルムチェンジしている。
「1発殴れば目が覚めるか……」
肩の高さまで拳をかかげてくる。
「暴力はどんな時でもダメってあの人が言ってた、ほら、ガーシー」
「ガンジーね、暴露して捕まってどうする」
よく分かったな感心していると、とても優しいグーパンチが頬に当たる。
プニっという音が聞こえた気がした、それほどに優しくパンチが飛んできた。
「どう覚醒した?」
千羽さんがニンヤリしながら問いかける。
「あ……うん」
俺の頬に突然千羽さんの手が触れたという事実に、思わず肯定してしまった。
「それなら良かった」
そうして放課後、俺はまた千羽さんと演劇部にやってきた。
何度見てもLet's show timeと書かれた張り紙にモヤっとしてしまう。
トントンとノックし部屋を覗くと部長の姿が見えた。
他の部員の姿はまだ見えない。
「失礼します。入部届を出しに来ました」
と例の如く千羽さんが先陣をきる。
「やったー、ありがとう。新学期早々3人も新入部員が増えるなんて嬉しいなぁ」
「3人?」
疑問に思ったことがそのまま口に出てしまった。
「君たちの他に今日もう1人1年生が入部届けを出しに来てくれたんだよ。多分もうすぐしたらここにも来るんじゃないかな?」
「あーそうなんですね」
千羽さんと俺だけじゃないのか、少し複雑な気持ちが残る。
俺だけ打ち解けられなかったらどうしよう。
千羽さんは1人で部活に入るのが嫌で俺に声をかけてきたのだから、他に仲良くできる人が出来て仕舞えば俺は用無し……。
「どうする今日からもう入部ってことで参加する?部員とかも紹介するし」
千羽さんが振り返りながら俺の表情を窺ってくる。
目で「参加するよね?」と訴えてきているのが分かり、俺はただコクっと頷き意思を伝える。
「はい!よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺も続くように挨拶をする。
まだ今週は参加しないだろうなと高を括っていただけに何も考えておらず、またしても千羽さん全便乗人間と化していた。
千羽さんと一緒にいると行動力の凄さを実感するし、その実行力があるからこそ友達が出来るんだと思う。
「部員が全員集まるまで楽に待っててくれたらいいよ」という部長の言葉もあり、部室の中をウロウロしつつ集まりを待つ。
部室に入った瞬間から、普段俺たちが勉強している教室より少し広めに作られていることが分かる。
この広さがあれば劇の練習をするために多少大きい動作をつけても困らなさそうだ。
校舎の隅の方に追いやられているばかりに、窮屈な環境を強いられているものかと思っていたが、環境としては充分に演劇部を考えられた仕様になっている。
そして、1番に目を引いたのは約10個ほどあるトロフィーと時代が感じられる集合写真だ。
色味のない写真をついマジマジと見つめてしまう。
ハッキリと何かは分からないが、劇で使った小道具と衣装を着ていることは理解できる。
写真が撮られたであろう場所も部室以外に、大きなステージらしき物もある。
「それはこの部活の創設した大先輩だね。そして、高校演劇の全国大会で優勝した写真でもある」
後ろから部長が優しい口調で教えてくれる。
「そんな実績ある部活なんですね」
「昔はね。ここ数10年は全然賞取れてないんだけど」
「じゃあ今年は獲りましょう」
「君いいねぇ!それくらいやる気のある新入生がいてくれてるとウチの未来も明るいよ」
今年は獲りましょうとは言いつつも俺は演劇してたわけでもないし、右も左も分からない。
それなのに俺はなんて無責任なことを言うんだ!と反省した時にはすでに遅い。
変なところで調子に乗ることだけは上手い。
調子乗りサーファーと呼んでくれていいぜ?
「絶対獲りましょう!」
少し離れたところから千羽さんも部長の目を見ながら続き、言葉により重みが増す。
そんな話をしているとガラガラガラと部室の戸が開く。
「失礼します」と軽く会釈しながら小柄な女の子が入ってくる。
「お、来てくれたね、この子がもう1人の新入部員、烏丸さん」
身長は150センチちょいくらいで黒髪ボブという見た目にも関わらず、どこか可愛いよりも綺麗という言葉が似合う女の子だ。
膝上にかかるスカートから見える足は折れそうに細い。
まるでアニメの世界から出てきたような人だ。
イケてる男が新入部員だったらもう俺の居場所はなく、実写版すみっこぐらしになる所だったが、女の子となれば唯一の男子ということで今と変わらない関係を築いていられるかもしれない。
もう1人の新入部員が可愛いというのも何気に嬉しい。
千羽さんのおこぼれでいいから仲良くなりたい。
「そしてこっちの2人も烏丸さんと同じ一年生で新入部員の千羽さんと駿河くん」
軽く頭を下げ会釈する。
そういえば俺部長に名乗ったっけ?入部届見て俺の名前を一瞬で覚えてくれたのだろうか、出来る男すぎる……。
「どうも、烏丸 瞳です。よろしく」
「千羽 心です、よろしくね」
「駿河 論です。よろしくお願いします」
「2人は何の映画が好き?」
烏丸さんが脈絡もなしに問いかけてくる。
「私は100万円と苦虫女とか好きかな」
「あの映画いいよね!ヒロインの蒼井優が自分は人との出会いによって人生を無茶苦茶にされたけど、ヒロインのいく先々で人にいい影響を与えて変えていったりする姿は最高に魅力的!あの人間関係を次々リセットしていく姿はちょっと古い映画だけど現代に通じる部分もあるし」
「君は?」
「俺はあんまり映画とか見てなくて……」
「は?」
あからさまに声のトーンが下がり、睨みつけるかのような鋭い目つきに、自然と俺の足が一歩後退する。
覇王色の覇気を使われたのか⁈と思わせるほどに足が震える。
「何でそんな感じで演劇部に入るの?もしかして、この女目的?確かにこの子可愛いけどそんな気持ちで部活に入らないで欲しい、今すぐ辞めてくれる?」
とんでもない勢いで俺に詰めてくる。
千羽さんも部長も驚きのあまりか固まった状態で首だけが俺と烏丸さんを行ったり来たりしている。
当の俺はというと半べそをかいている。
確かに千羽さん目的でないと言えば少し嘘にはなる、いや半分くらいは嘘になる。
けどそれだけで入部したわけではない。
脳内を「上を向いて歩こう」がリピート再生し、なんとか涙せず踏みとどまっている。
「この演劇部の、劇を見て、俺も……演劇をしてみたいと思ったからだよ……」
「あっそ、まあ私の足を引っ張らないなら何でもいいけど」
何と口の悪い女なのだろうか、せっかく可愛い見た目をしているのに。
さっきまでは鋭い目つきで見てきていたのに、もう俺の方なんて見りゃしない。
視線は俺以外のどこかへ送られている。
「まあまあ、一旦落ち着いてね、これから一緒にやっていく仲間なんだから仲良くしようよ〜」と部長が流石に状況を見兼ねて間に入る。
それでも烏丸さんはフンっと言わんばかりに俺から距離を取った。
すると、ガラガラガラと部室が開き、「チィーッス」と他の部員らしき人達がゾロゾロと部室に入ってくる。
「わ、見慣れない顔が3人もいる!!」
元気なお姉さん風の女性が言う。
とりあえず俺は訳もわからず、ひたすら小刻みに頭を下げ挨拶する。
前に公民館で見た時は衣装を着たり、みんな役になりきっていたのもあって初めてしっかりと顔を見る。
「一気にみんな集まったなー。よし、じゃあ円になって自己紹介を始めよう」
そうして、円状になって座りこみ自己紹介が行われた。
「じゃあ、やっぱりここは俺から、部長の新山です。永野芽郁さんみたいな女性がタイプです。よろしくお願いします。じゃあ次3年生から」
「おいおい変なパス出すなよー。はい、三年副部長の屋敷です。屋敷だけにアットホームな優しい雰囲気でみんなを受け入れます。僕は三上悠亜さんがタイプです」
上級生の男だけが「出たよ」と言いながら楽しげにしている。
俺は女性陣がいる中で笑って嫌われないのだろうか。
烏丸さんあたりから、キモっと思われてもおかしくない。
真顔でいよう、真顔。
続いて教室へ元気に入ってきたお姉さんが話し始めた。
「じゃあ次私か、3年唯一の役職なし、今日も元気な高見沢で〜す、いぇーい。好きなタイプは高橋一生、マジでエロいもん」
「おい〜1年生がいるところでエロいとか言うなよ〜〜」と部長が笑いながら言う。
実にタイプですね、はい。こうゆう先輩に犬のように弄ばれたい。
そう後輩はみんな思っているだろう。
なんとなくだけど、男共の鼻の下が少し伸びた気がするもん。
どうやら3年生は3人らしい。
2年生もどんどん自己紹介を進めていく。
2年生で今日1人来ていない人がいるらしく、本当は5人いるがこの場では4人のみらしい。
3年生は好きなタイプの異性でパスを回していたが2年生はなぜか最近ハマっている趣味でパスを回し始めた。
演劇部の人の趣味なら映画鑑賞とか劇団四季を見にいくとか、そうゆうものを想像していたが、実際は釣りの人とスタバ巡りの人と睡眠の人ともう1人は忘れた。
全員が全員千羽さんとか烏丸さんみたいな人じゃなさそうでちょっと気持ちが和らいだ。
2年生の自己紹介も終わり、誰が誰だったか分からなるくらい緊張したところで自分達に順番が回ってくる。
クラスでの自己紹介では失敗した俺、今度の今度こそは笑いを取って良いスタートダッシュを決めたい。
なぜ俺はここまで面白い自己紹介にこだわっているのだろう。
そんな思考が頭の中で右から左へ流れる。
「初めまして、駿河 論です。論理の論と書いてサトシです。最近まで朝倉未来をグラビアアイドルと勘違いしてました。よろしくお願いします」
昨日必死に考えた自己紹介だった。
結果……上級生全員が笑ってくれた。
「確かに可愛い女の子みたいな名前してるもんなぁ」と三上悠亜好きの3年生が言う。
あんたは分かってくれると思ったぜ……。
肩の荷がおり、スッと気持ちが楽になる。
ようやく演劇部の人と向き合える、そんな気がした。
しかし、目の前のボブ女だけが1ミリも笑わず敵対心丸出してこちらを見ている。
胸がキュッと締め付けられ、かなり心臓に悪い。
そんなに映画を見ないことが悪いことなのだろうか。
「千羽 心です。競馬と競艇とパチンコが好きです。嘘です。心だけに心にもないこと言ってみました、てへっ」
そう言って人差し指を頬に当てながら首を傾けてる。
男部員は滑稽なまでに顔を柔らかくさせ(もちろん俺も含める)、女子部員からもかわいい……と声が出ている。
他の人が同じことをすればぶりっ子と敬遠されそうなものの、その嫌らしさがないあたり千羽さんはすごい、生まれ持っての才能なのだろう。
それにしても自己紹介のレパートリー多くない?俺のは俺が自己紹介する前に三上悠亜が好きとかそうゆう流れがあったから上手くいっただけにすぎない。
それに比べて何番手でも印象に残る自己紹介を用意していたのはもはや恐ろしい。
「烏丸 瞳です。女優目指してます。よろしくお願いします」
端的で簡潔に自己紹介を終えた。
その真面目さと圧力から「お、おぉ……」という声がうっすら聞こえる。
コイツ女優目指してんのか。
それなら俺に高圧的な態度だったのも彼女の本気度からしたら少し理解できる部分はある。
にしても怖すぎたが。
見た目だけで言えば充分女優さんに向いているほど整っている。
女優を目指す烏丸さんと5歳から演技に携わっている千羽さんという新入部員は黄金世代といっても過言ではないほどにすごいのではないだろうか。
部長に今年は賞を獲りましょうと言ったが本当に獲れるかもしれない。
「今日は親睦会ってことにしようか、三年でお菓子と飲み物買いに行くぞ」
部長がそう言って3年生2人を連れて教室を出ていった。
その間に各々好きに会話している。
気がつけば千羽さんが烏丸さんの隣に座りなにか話している。
俺も横に座る2年の綾小路先輩と会話を弾ませている。
この人は釣りが趣味の先輩だ。
桃太郎の劇をしていた時は犬の役を演じていたらしい。
言われてみれば顔が一致するような気もする。
「俺一重だし塩顔なんだけどさ、可愛い女の子の犬になりたくて無理言って犬役にしてもらったんさ」と綾小路先輩が言い始めた時に、「あ、深く関わっちゃダメな人だ」と本能が告げてしまっていた。
それで犬役にしちゃうのもあの部長らしい。
3分くらいして千羽さんが手で「コッチに来て」とジェスチャーする。
マジか、と思いながらも千羽さんに呼ばれれば行くしかない。
いつもより重く感じる腰を持ち上げ、千羽さんの横に座る。
「よし、さっきは色々あったけど一年生同士仲良くしよ!ってなわけで2人握手」
「は?」
と目を見開きいかにも嫌そうに烏丸さんが答える。
そんな拒否されると結構傷つくんですよ?お姉さん。
「俺は演技経験もないけど、部活に対しては本気で向き合うつもり……なんで……」
そう言って頑張って俺から手を差し出す。
「わかった」
決してコッチを見ていないし、どこを見てるかわからないけど俺の手と握手する。
あれ?千羽さんに言われるがままに手を出してるけど、まともに女の子の手に触れるのって初めてじゃん。
一度意識してしまえばそこからは焦りが止まらない。
サッと手を引き、何事もなかったかのように平静を繕う。
しかし、手汗がじんわりと滲み出てくる。
今、手をズボンとかで拭いたら握手したのが嫌で拭いたみたいに思われかねないし、俺はこの手汗をどうしたらいいんだ!
自然乾燥で追いつく気配もないし……。
「ねえ、聞いてる?」
突然目の前に千羽さんの顔が現れる。
「な、な、なに?」
「さっき烏丸さんと今放映してる『BLUE GIANT』見に行きたいねって話してたんだけど、駿河くんも一緒に行かない?アニメだし、駿河くんも見やすいと思うんだけど」
「いいの?」
「いいから誘ってんじゃん、ね?」
烏丸さんの方を見ながら言う。
「うん」
「じゃあ、行く」
ちょうど見にきたいと思っていた映画だ。
「よし決定!後でLINEのグループ作っておくね」
「千羽さんとかもアニメ見たりするんだ」
「頻繁に見るわけじゃないけど音楽好きだし、予告見てすごい気になってたんだよね〜」
こうして今度3人で遊びに行く予定が決まった。
俺が女の子2人とデート……。
情報量が多すぎて頭がショートしそうだ。
俺が綾小路先輩と話している間に千羽さんが俺のフォローをしてくれていたのだろう。
でなければ、一緒に映画に行く話を烏丸さんが了承するわけもない。
なんて優しい人なんだ。
てっきり、俺は他の新入部員がいれば捨てられるとか考えていたけど、そんなことする千羽さんじゃないんだ、俺の馬鹿野郎め。
ガラガラガラと部室が開き、「ただいま」と部長たちが帰ってくる。
お菓子やジュースを飲みながら先輩たちに色々質問攻めに合う。
自分から話しかけることは特に年上相手だと余計苦手なだけにいっぱい話しかけられることは嬉しかったし、受け入れられてる感じもして楽しかった。
先輩に「好きな女優さんとかいる?」と聞かれたのでこの前調べておいた「アカデミー賞の新人俳優賞を取っていた生見愛瑠さんです」と言ったら「君面白いね!」と言われた。
一体何が面白かったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます