初めてと始めて③
まだ春先ということもあって帰る頃には少し肌寒さを感じる。
それでもどこかポカポカしている部分もある。
劇を楽しんだ余韻だろうか。
「ねえねえ今日の劇見てどう思った」
帰り道を歩きながら千羽さんが聞いてくる。
「みんなに伝わる内容で伝わるように分かりやすい身振り手振りしてたのがすごいなって思った。あとシンプルに脚本が面白い、みんなに伝わる笑いって簡単に見えて結構難しいと思うし」
「え、めっちゃ自分が演じる側になった時のこと考えて見てくれてるじゃん。心は何もしてないけど、嬉しい」
「演じる側の事を考えれたのかな?あれだけ堂々と演技して、みんなに満足してもらえたら幸せだろうなとも思ったけど、同時に不安にもなった」
「あんな風に演じれるかなって?」
「そう」
俺が今日劇を見て彼らを見て、輝いて見えたのも事実だし、その中に入れたら楽しそうだなと思えたのも事実だ。
ただ、同じくらいに不安が湧き上がってくるのも感じている。
俺が下手すぎて演劇部を無茶苦茶にしてしまうんじゃないか、気まずくさせるんじゃないか。
その懸念が頭から離れない。
部長で始まり部長で終わっただけに、部長に注目が集まるがちだが、おじいさん役、おばあさん役、猿、キジ、犬を演じた人達みんながうまくなりきって演じていた。
それは素人目にも伝わるほどだ。
部全体としてレベルは高いんじゃないかと思う。
「んー、なんだろうね、駿河くんには駿河くんの素を生かした独自の演技があるとからさ。だから、今日の劇の人みたいになれなくても、駿河くんなりの形で演技できるようになれば大丈夫だと心は思う」
俺なり……か……。
めっちゃ難しいじゃんそれぇぇぇ。
理屈っぽい、感情が分からない、モテない、以上。
これで何の演技ができるんだぁぁぁ。三種の神器揃っちゃてるよ。
と言うことはもちろんできない。
だってまだ始まってもいないし分からない。
うん、そうだ。始めてから悩もう。千羽さんを信じよう。
全然ダメだったら千羽さんが悪かったという事で。
「むしろ駿河くんはいっぱい悩んだ方が感情的なれていいかもしれないよ?悩めば悩むほど自分の中からいろんな感情が出てくると思うしさ」
「結構スパルタだね……。スパルタは時代じゃない気がするんだけど」
「新時代はきーみしだいだ🎵」
「そんな新時代築いてたまるか」
まだ横で鼻唄を歌っている。俺の今の感情を表現するなら[喜]だろう。
自分の力が微量なのは分かっているが、こうして異性と会話が成立していることは喜ばしいことだと思う。
こうして色々な感情を学んでいくのか俺は。
学校の前を通り、いつもと同じ帰り道に辿り着く。
「そういえば千羽さんって中学の頃から劇とかやってたの?」
「うん、中学の頃もしてたし、もっと言えば5歳からしてたかな」
「ご、5歳⁈」
「そうそう、お母さんが演劇の教室に私をほぼ無理やり連れてって、そこからなんだかんだで演劇が好きになって……って感じかな」
「へ〜〜」
「子役してた時もあるよ」
千羽さんが笑いながら言う。
「プロじゃん」
「そこまで大した役じゃないよ、本当にちょい役。オーディション受けても全然受からなくて、たまにちょっとした役に使ってもらえたぐらい」
そんな演劇に本気で向き合っている人と一緒に演劇部に入って大丈夫なのだろうか。今俺が横を歩いていることすらも大丈夫なのだろうかと思える。
「サイン貰っといていい?」
「バカバカ」
軽く肩を叩かれる。
半分冗談だったが半分本当に欲しかっただけに貰えなくてちょっとショックだった。
公民館を出てから駅に着くまで一瞬のように時が過ぎる。
しっかりと預けていた特大ぬいぐるみも忘れずにロッカーから取り出した。
「こんな大きいぬいぐるみ持って帰らせてごめんなさい」
「ううん、ちいかわ好きだし全然大丈夫。今日はありがとうね、カフェとかも考えてくれて」
「それなんだけどさ、最後にアドバイス貰ってもいいでしょうか」
軽く頭を下げお願いする。
こんな師匠と弟子のやり取りをアニメで見た気がする。
「アドバイス⁈」
「恥ずかしいけど、異性と初めて2人で出かけたりしたから」
「駿河くんって基本的に真面目だよね。今日もいっぱい考えて予定立ててくれたの伝わったし」
うーんと言いながらぎゅーとぬいぐるみを抱きしめ考えてくれている。
か、かわいい。
「強いていうなら気を使いすぎなとこかな?半ば無理矢理トイレに行かせてたじゃん。あと、やたら道路側歩いてくれたり、不自然だったけど優しんだな〜って思った」
「あ〜〜」
バレていたんだねとばかりに何とも言えない声が残る。
「でも心のこと思ってしてくれたんだろうな〜とか思うと嬉しくもあったから……やっぱり分からないや!」
「楽しんでくれたなら俺的には良かった」
そう言って互いに手を振り合い「バイバイ、また学校でね」という会話を最後に別々のホームへ歩いて行った。
初めてのデートだっただけに疲労感が強い。中学の体育祭後よりも疲れたと心身ともに感じている。
高校初日、千羽さんと話した時、友達がどこからかって話をした。
もう俺と千羽さんは友達と言えるのだろうか。
2人で出掛けたら友達だ、というルールが共通概念として社会に存在して欲しい。
今、千羽さんは何を考えながら帰っているんだろう。
そんなことが頭をよぎった。
ガタンゴトン揺れる電車と合わせるように鼓動が反復する。
しかし、そのリズムがどこか冷静で心地良く感じた。
家に帰り、自身に満ち溢れた足取りで階段を駆け上り、そのままの勢いでノックもせず心愛の部屋のドアを開ける。
とにかく俺は今、今日女の子とデートをしてまあまあ上手くいったこの事実を誰かに伝えたいのだ。
心愛は堕落とプリントされたTシャツにパンツ一丁で気持ちよさそうに寝ていた。
知ったことじゃない。
「起きろ心愛〜事件だ事件〜」と言いながら肩を揺する。
「ふ、ふぇ?バカ兄」
薄めでこちらを見ながら小声で言ってくる。
「今お兄ちゃんのことバカって言った?今日俺がご飯作る担当なんだけどな」
「いいえ、言ってません。キムタクかと思いました」
「よろしい」
なんて俺は寛容な兄だろうか。
「可愛い妹の部屋にいきなり入ってきて何の用ですか?夜這いですか?心愛の可愛さからすれば気持ちは分かりますけど」
「おい心愛、まだ夕方だぞ……、そんなことより大切なお話をしに来たんだ」
「はぁ……」
「今めっちゃ可愛い子役とかやってた女の人とデートしてきたんだよ」
ちょっと盛ってはいるが間違ったことは言っていない。
ところでこんなにもすぐ千羽さんの過去のことを話して良かったのだろうか。
つい妹に見えを張りたくて言ってしまった。
まあ心愛にだけ、心愛にだけ。
「証拠は?」
「はい?」
「いや、だから証拠。本当にデートしたなら写真の1枚や2枚撮ってるでしょ?」
「……」
「え?」
ないの?と嘲笑う顔でコッチを見てくる。
「写真はないな……。でも本当に本当なんだ!心愛よ!」
「どこ行ったんですか?」
「ゲーセン行ったり、カフェ行ったり」
「なんてカフェですか?」
「名前は分からないというか、読み方が分からない。日本語じゃないカフェ」
「写真もなく自分がデートしたカフェの名前も分からないとお兄様は言うわけですね。なるほど、なるほど。心愛に何を信じろと?」
「本当なんだよ!信じてくれ心愛!デートをしてきたんだ!」
「はいはい。分かりました、分かりましたよ。心愛の下着姿を見にきただけなんですね」
全然違うがそれを否定できる材料を何も持っていない。
デートした写真もなければこの場にあるのはパンツ姿の心愛と俺。
明らかに心愛の方に分がある。
言い返すこともできずただグッと歯を食い縛る。
「この変態アニキ!出ていけ!心愛は寝る!」
そう言って俺の腰あたりに前蹴りを決め、颯爽と毛布を被りベッドに潜り込んだ。
ただもっと寝たいだけじゃん、ズボン履けよ。
今日一日寝てる心愛しか見てねーじゃねえか。
そんなことを言う気力も無く、トボトボ自室へ戻った。
演劇部に入ると決めてから始めたことがある。
それは毎日映画を一本観ることだ。
そのためにNetflixも親に頼み加入させてもらった。
一昨日は万引き家族、昨日は海街diary、そして今日はさがすを見た。
千羽さんが言うには同じジャンルのものより幅広く様々なジャンルを見た方が勉強になるし、見ていて飽きないからオススメらしい。
自分がこれから演技を始めていくと思うと見方も変わる。
試しに目の前で話している佐藤二郎さんが涙するシーンを真似してみる。
「んっ……はっ、はっ」ダメだ変態過呼吸男にしか見えない。
名の知れた俳優さん女優さんはみんな凄いんだな。
そらそうか……うん。と1人頷き納得しながら映画を見る。
さらに翌日、千羽さんが高校演劇とかも調べたら出てくるよとデートの時に言っていたのを思い出し、高校演劇を調べてみる。
1番家に出てきた作品をクリックする。
「アルプススタンドのはしの方」アルプススタンドって何だったっけ?という疑問を一瞬で払拭させる舞台がそこにはあった。
野球場のアレか、そうだそうだ。
見初めて数分が経っただろうか、とんでもなく面白い。
これを同じ世代が脚本から何から仕上げて劇として成立させているのかと思うと背筋に変な寒さが走った。
にも関わらず脇から汗がじわじわ滲み出ていることも感じる。
気がつくと劇を見終わっていた。
楽しい時間は一瞬で過ぎると言うがまさにそれだった。
この作品が2017年の高校演劇全国大会最優秀賞になったらしい。
自室で1人パチパチと画面に向かって拍手をしていた。
これはすごいよ……。未だに余韻が体から抜けない。
高校生の演劇でここまでのものが作れるんだ。
俺はどこか高校生が作るものだと思って少し甘く見ていた部分があったかも知れない。
でも、今はこの劇みたいな作品を作れるようになりたいと思っている。
あの時と同じ感覚だ。幼稚園時代に仮面ライダー見て、俺も仮面ライダーになる!そう思った幼き頃の俺と同じ感覚だ。
仮面ライダーにはどれだけ頑張ってもなれないが、劇で彼らみたいな良い作品を作ることは現実的に不可能でない。不可能ではないのだ。
沸々と身体の中で煮えたぎったやる気が血を介し全身をめぐる。
今すぐにでも学校に行きたい、そんなことを思ったのは人生で初めてだ。
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