初めてと始めて②
そうして千羽さんを連れてきたのはカフェ、お昼ご飯も食べれるタイプのカフェだ。
カフェの名前は読めないし、何語かも分からない。
ただ何となくオシャレそう。それだけでお店を決めた。
デート必勝法その4、まずはお茶から始める。そう書いてあった。
見え見えの下心を出してはダメらしい。
高校生だからあり得ないが、いきなりバーに誘ったりすると女性は井上尚弥の右ストレートでもなかなか打ち破れないほどガードを固めるという。
だからカフェが下心を薄めつつ、あなたと話したいです、あなたを知りたいですと主張できる最適な場所らしい。
「普段駿河君ってカフェに来たりするの?」
「いいや、初めてと言っても過言じゃないくらい。今思いの外メニューがカタカナでびっくりしてる」
「まあ、カフェ自体がカタカナだしね」
言われて初めて確かにと思う。
「どれがオススメだと思う?」
「そのセリフ、エスコートした側が聞くことあるんだね」
メニューを見ながら千羽さんが言う。
名前から食べ物が想像できないのに俺は何を頼めばいいだろうか……。
唯一読めるものがあるぞ、[ミートソース]ミートはお肉でソースはソースのはず、ミートボールの進化版みたいなことだろう。
千羽さんは日替わりランチプレートを頼み、俺はミートソースを注文した。
かしこまりました、と店員さんが一礼しその場を去っていく。
次に失礼しますと店員さんがきた時には、一つのお皿にご飯とサラダとチキン南蛮の乗ったものと、赤いパスタが運ばれてきた。
当然のように俺の前へ赤いパスタが置かれる。
ミートソースってなに?ハンバーグ的な物じゃないの……。
内心大焦りだがそれを顔に出すわけにも行かず、平然とした顔でパスタをフォークでクルクルと巻き口へ運ぶ。
トマトだ!トマトパスタだ!どこがミートのソースなんだ?この少し散りばめられたやつがミンチだ!これでミートソースと名乗っているのか、まあ四捨五入すれば呼べなくはない。
食べながら思わず、んーーーと声が出てしまう。
「めっちゃ美味しそうに食べるじゃん」
千羽さんがにこやかに言う。
「トマトなんだね」
「え?」
「いや何でもない、美味しいね、パスタ」
「美味しそうにご飯食べる人好きだよ」
千羽さんが俺の目を見ながら言ってくる。
「お、美味しいね……」
これは告白なのか、何だ、もう訳がわからない。
そういえば今人生で初めて好きって言われたな。
でも冷静になれ、ご飯を美味しいそうに食べる人が好きなだけで、それが俺とは一言も言っていない。
危ねぇ、引っかけかよ騙されて、「お、俺も日替わりプレート食べる人好きだよ」とか言っちゃうどころだった。
さらに一口クルクルと巻いたパスタを口に運ぶ。
「ソース飛ばしちゃダメだよ」
「もう立派な2足歩行の大人なんですけど」
「その割には口元に赤いの付いてるよ」
慌てて紙ナプキンを取り、口周りを拭く。
「嘘だよ」
立て続けに「う、そ」と口パクでいい、千羽さんはサラダを口へ運んでいる。
俺は何も言い返すことができず、またクルクルとパスタ巻き、ゆっくりソースがつかないように食べる。
女の子と2人で長時間いることはもちろん初めてだ。
それでも会話が続くのはきっと千羽さんのコミュニケーション能力が高いからだろう。
決して俺が饒舌になったわけでもトーク力が開花したわけでもない。
きっと彼女なりに気を遣いながら、俺に合わせてくれているのだ。
それはデート経験がないから、むしろないからこそ余計に感じるものだった。
楽しくさせるつもりが、楽しくさせられてばかりじゃないか、そんな事を考えながらもどうしようもできない自分が不甲斐ない。
俺はまた、ミートパスタを口へ運ぶ。
妙にトマトが甘く感じた。
「そろそろ時間だし行こっか」
ここからは元より考えていたエスコート大作戦だ。
「そうだね」
「お手洗い行っとかなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「いや、次いつ行けるかわからないし、行っといた方がいいって」
トイレに行ってくれないと困る。
そう、俺は千羽さんをトイレに行かせてその間にお会計を済ませたいのだ。
これがデート必勝法その5だ。
うーんと言いながら口をちょっと尖らせた後、わかったと行ってトイレに行ってくれた。
よし、と思いテーブルの伝票片手にレジへ行くも店員さんがいない。
どこに行ったんだ!こんな時に!!カフェで「すみません!」と声を張るのは雰囲気的に厳しい気がする。
焦りからくる俺の足踏みが止まらない。
千羽さんが帰ってきてしまうではないか。
あたふたしてると、「お待たせしました〜」と店員さんが小走りでやってくる。
まだ助かるまだ助かる、マダガスカル!そぉーれぇーと心のゴージャスが踊り始める。
「えーと、お会計が2200円……」
「PayPayで」
少し食い気味に言いながらスマホの画面を見せる。
実は現金で払わないところもポイントだ。
最近は財布をカバンから出すだけで気持ちが冷めるという意味の全く分からない現象が流行っているらしい。
そんな流行真正面から戦っていきたいが、万が一にでも千羽さんに嫌われるわけにはいかないので、ここは安全策をとってのPayPayなのだ。
「あーPayPayね、どうやってやるんだったかしら……ちょっと待っててね」
そう言って、キッチンの方へ田中さーんと言いながら消えていった。
そんなバハマ!そぉーれぇーとまたしても心のゴージャスが踊り始める。
キッチンから店員さんが戻ろうとする瞬間とほぼ同時にトイレのドアが開き、千羽さんの顔が見える。
正面には頑張ってバーコードを読み取ろうとする店員さん、右を見ればどんどん千羽さんが近づいてくる。
そして、「おまたせ」という千羽さんの声と同時にPayPay🎵が鳴り響いた。
「おかえり……」
カフェを出て、千羽さんが「なんで先にお会計しちゃうかな、もーう、後で返すね」といい、「いや、大丈夫だから」と俺が拒否する。
ダメ!いらない!ダメ!いらない!というラリーを繰り返し、気がつけば公民館まで俺たちは歩いていた。
中に入ると小学生からお年寄りまで老若男女がこの劇を見にきていた。
パンフレットに書かれた台本にはタイトル「桃太郎が家に帰った」と書かれている。
斬新なタイトルだが、桃太郎という誰でも知っている作品を題材にしているあたりから、お客さんの年齢の幅広さを考慮してるんだなと読み取れる。
この日のためだけにこの作品を練習したのだろうか。
小さい子たちが前の方でお母さん達に見守られながら座って劇が始まるのを今か今かと待ち侘びている。
とても暖かい雰囲気に包まれていて、居心地が良い。
「もうすぐ始まるね」
千羽さんが俺の耳元で囁く。
耳元に少し千羽さんの息を感じた。
顔が近い、顔が近い、顔が近い、と流れ星が通ったわけでもないのに心の中で3回唱えてしまった。
今から行われる演劇はこれから俺が恐らく入るだろう部活だ。
そう思うと出演するわけでもないのに力が入る。
袖から制服姿の部長が壇上に登場してきた。
「本日は我々の演劇、桃太郎が家に帰ったを見に来てくださりありがとうございます。いっぱい笑って楽しんで帰ってもらえると僕たちも嬉しいです。それでは、開幕です」
そう言って一礼しま舞台袖へ消えていった。
セミの効果音が鳴りながらおじいさんとおばあさんが会話を始める。
ゆっくりとした動作、口調で「おじいさんや、私は川に洗濯に行きますね。おじいさんも今日こそは芝刈りに行ってくださいよ。先月から腰が痛いやら足が痛いやら言って全然芝刈りにも行かず、競馬が始まった時だけ立ち上がって狂喜乱舞するんだから」と出だしから年配の方に向けられた面白いやり取りが行われ、普通の桃太郎と同じ展開ながら、一癖二癖加えた物語が進行していった。
さらに桃太郎役の部長が登場し雰囲気がガッと変わる。
おじいさんに俺の代わりに鬼退治へ行ってくれと頼んだり、仲間になるのを嫌がる猿、キジ、犬に吉備団子を無理やり手で口に押し込んだりと、そのやり取りを見ているこちら側としてはもはやプロレスだった。
しかし、その馬鹿馬鹿しさが公民館を笑いの渦にしていた。
結局、桃太郎が猿、キジ、犬を無理やり仲間にしたにも関わらずホームシックになり、全てを3匹に丸投げして帰り、仕方がなく3匹だけで鬼退治を目指すことになっていた。
タイトルの意味がここで明かされ、主人公と思われた桃太郎がフェードアウトしていく。
なぜこの3匹は律儀に鬼退治を目指すのだろうとか考え始めると俺もおかしくて笑ってしまう。
この劇では誰が見ても一瞬で分かる桃太郎と猿キジ犬の衣装を着て演じているほど、すごく衣装のクオリティが高い。
だからこそ桃太郎の劇にリアリティがあり、爆笑を掻っ攫っているのだろう。
家に帰った桃太郎役の部長が「行きたくない!行きたくない!おばあちゃぁぁぁん」と地面に寝転がり駄々をコネまくるシーンでは子供やお年寄りもみんな手を叩いて笑っていた。
横を見ると千羽さんもクスクス笑っていて、遅れるように俺もつられて笑った。
この前話した部長とはまるで思えないほどに壇上では荒ぶっている。
あの冷静でクールな感じの部長は何処へ。
これが演劇か。
もはや別人格ともいえるキャラクターに俺はなれるのか?
この劇では桃太郎、そして猿と犬がボケでキジがツッコミ役らしい。
犬猿の仲という言葉があるのに、猿と犬が仲良くボケてキジを困らせているのが個人的にツボだった。
鬼と戦うシーンではコメディ色がなくなりシリアスな雰囲気が醸し出される。
最終的に鬼と戦い3匹が太刀打ちできない、と思われた瞬間に桃太郎が登場し鬼を葬り去った。
「遅れて済まないみんな」
カッコつけていう桃太郎。
「助かったぜ」
「ありがとうな」
「さすが桃太郎だわ」
と3匹が桃太郎とハイタッチし、「でも来るのおせええよ!!!!」と3匹から桃太郎がタコ殴りに遭い、物語はハッピーに終わった。
パチパチパチと拍手が部屋に響き、エンディングに曲が流れ登場人物が2人ずつくらいで登場し一礼する。
俺もいい劇だったな〜〜と思いながら拍手する。
結局部長が美味しいところ全部持っていっている、すごいなあの人。
子供達も「桃太郎が面白かった!」と元気そうに純粋な笑顔でお母さんに話していた。
それだけでもこの劇が大成功に終わったことが伺える。
劇も終わり片付けをしている部員の人たちへ挨拶に行こうと千羽さんが言い出した。
帰る気満々でスタンバイしていたが、挨拶しに行くことがまるで当然だったかのように「そうだね」といい、演劇の元へ向かった。
「お疲れ様でした〜」
千羽さんが腰を低くし、部長に声をかける。
「あーこの前入部希望って言ってくれた子達か!本当に来てくれたんだね、ありがとう!」
「すごく面白かったです!見入っちゃいました」という千羽さんに合わせて俺も「めっちゃ良かったです」と乗っかる。
「いやー照れるなぁ」
部長が他の部員と目を合わせながら嬉しそうにしている。
他の部員の人も部長を茶化すように笑いながら嬉しそうにし、
「よ、名脚本家」という声も飛んでいる。
部長がこの脚本を書いていたのか。
脚本を書き切り、主役を堂々と演じてみせた部長が決して態度が大きいわけでもなく、優しく話してくれるあたり、みんなから好かれるのも分かる気がする。
彼らを見ながらいい雰囲気だな〜と数秒間見惚れてしまった。
今まで俺は部活をしたことがなければ、帰り際に見かける体育会系の練習を見て、しんどそうだなとしか思って来なかった。
だからこそ、和やかな雰囲気のこの部活が少し輝いて見えた。
千羽さんにはどう映ったのだろう。
そういえば、なぜ演劇部に入りたいのか、演劇をしていたことがあるのかとか、俺は何も知らない。
千羽さんに目を向けると「ん?」という表情で見返してくる。
まだ知り合ってまもない俺が過去やプライベートを詮索するのは如何なものかと考えてしまう。
もっと親密になってから聞くべきだ、きっと。
「何もないよ」
そう言って2人公民館を後にした。
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