初めてと始めて①

 それから学校で席が上下なのもあり、千羽さんとちょこちょこ話すようになった。


 週末のことを聞かれることもあったが、教えられない!と一蹴していた。


「当日のお楽しみってことかぁ〜」


 そんなことを千羽さんは言っていたが実際は何も決まってなかっただけだ。

 教えれるものがなかった。


 果たして、どこに行くのが最適解なのだろう。


 デートの定番といえば映画だが、演劇を見る前に映画というのは似ているものが続いてしまい違う気もする。


 動物園や水族館は少し遠出をしなければいけないし、時間的にかなり朝早く集合にしなければ難しい。


 休日にまで早起きをさせてしまうのも女性に気を遣っていないと思われるかもしれない。


 そもそも動物とか、魚を見て何なんだという話もある。「うわぁ〜ゾウさんだぁ〜」とかいえば良いのだろうか。少し分からない。


 予定が決まらない割には、ただただデートに行くという余韻だけでニタニタ毎日を過ごしていた。


 放課後に本屋へ寄り、デートに勝つ方法的な本も購入した。途中誤ってデートアライブを買いかけたが、そんな間違いを犯す俺ではない。



 そして迎えたデート当日。


 何を着ていけばいいのか分からない。そもそも選択肢もほぼない。


 今まで自分で服を選んだこともなく母親に全てを委ねてしまっていた。


 自分で選ぶよりはマシだろうと急いで心愛の部屋に駆け込む。


 朝8時に心愛が起きているはずもなくベッドでお腹を出しながらスヤスヤ寝ている。


「ここあ起きてくれーーたのむーー」


 頬をペチペチとしながら必死に起こそうとするも返事がない。


 仕方なく両手を持ち無理やり起こし上げた。


「う、うえぇ」と言いながら心愛が目を覚ます。目はほとんど閉じたままだ。


「頼む。今から俺の服を選んでくれ」


「心愛まだ寝てます。無理です」


「起きてーー心愛ちゃーん」


 頬をペチペチする。ようやく機嫌が悪そうにベッドからゆっくりと降りてくる。


「くはっ……」

 心愛が振り向き様に強めのボディブローを俺のみぞおちにかましてくる。


 綺麗なまでにクリーンヒットし、いくら妹のパンチでも起き上がれない。


 目がほとんど開いていないくせに的確に俺のみぞおちを狙う技術をどこで身につけたんだ?こっそりYouTubeでBreaking Downでも見ているのだろうか。


 にしてもコイツ……相当怒ってやがる……。


「何そんなとこで寝てるんですか?私を起こしたくせに、はやく立ってくださいよ」


 歯を食いしばりながら悶える俺を見下したように心愛が言ってくる。

 俺は今こんなところで争っている場合じゃないんだ。


「すみません」

 これが大人なお兄の平謝りだ、覚えとけ。


 俺の部屋に入り、服をいくつか見て「はぁ」とため息をつかれる。


 厳しい言葉を吐かれるより何も言葉を発されずため息を吐かれる方が傷つくこと知った。


「じゃあ、これとこれで」


 ちょっとダボっとしたGAPと書かれた青のトレーナーに白いダボっとしたパンツを放り投げられた。


「心愛は寝る」


 ガタン!と勢いよく扉が閉まり心愛が部屋からいなくなる。


 着替えて鏡の前に立つもこれが良いのか悪いのか分からない、こうなれば心愛を信じよう。頼むぜ我が妹。


 演劇が15時からなのを計算にいれ、11時に学校の最寄り駅集合という連絡を入れた。


 デートに絶対にダメなことは遅刻をすることと本に書いてあったので、9時に駅につき千羽さんを待つ。


 千羽さんはどんな服装で来るのだろうか。ミニスカート系かな〜、ワンピースとかも清楚感増して良いな〜、でもかっこいい系の服装もギャップがあって最高だな〜。


 自分は大した服装をしていないのに千羽さんの服装には期待してしまう。


 普段制服を着て学校に行く意味は毎日服を選ばなくて良い事と、いざ私服姿が見れるという時に楽しさを倍増させてくれることだけだと思っていた。


 だから今から夢が一つ叶うと言っても過言ではない。

 中学の頃の無念を晴らす時が来たのだ。


 1人駅の柱に寄りかかるような形で千羽さんを待つ。


 2時間前に来るのは流石に早すぎたか?


 人身事故があろうとなにがあろうと間に合うように家を出たが少しやりすぎたように思える。


 いいや、早いに越したことはない。

 そう信じてXを見たり、ネットで初デートの仕方をしっかり学んでおく。


 そうして待つこと1時間半。


「来るの早いね」


 駅の柱にもたれかかる俺の耳元に死角から囁かれる。


「うおおう、んう」


 身体がビクッとなり2、3歩距離を取る。


 春らしい緑色のカーディガンに白ロングスカートを合わせた大人らしい服を着た千羽さんの姿がそこにはあった。


 周りに聞こえるんじゃないかってくらいの猛スピードで心臓が反復運動を行っている。


 驚かされたからなのか、千羽さんの顔が耳元まで迫っていたからなのかは分からない。


 これが待ちに待った私服姿、とてもかわいい。夢なら覚めないでほしいし、現実なら毎日が今日であってほしい。


「千羽さんか……びっくりするじゃん」


「ごめんごめん」


 まだ千羽さんは笑っている。


「千羽さん来るの早いね」


「心より先に来てた駿河くんが言う?」


 正論すぎて言い返すこともない。


 ここで1つ問題が生まれる。俺は11時を想定して計画を立ててたことだ、30分どうしよう……。


「俺の30分即興漫談でも聞く?」


「なんで?」

 そらそうだ、と頭を抱える。

 そもそもろくに会話できないのに30分も話せるわけがない。


「あー分かった分かった。とりあえずそこら辺歩こうよ」


「そうだね」


 千羽さんに言われるがまま俺は歩き始めた。何かを察してくれらしい。


 学校の近くというものは知ってるようで実はあまり知らないものだ。昔ながらの駄菓子屋があったり、謎の小さい神社があったりする。


 周りを見ながら歩く千羽さんも同様のことを思ったらしく、「へぇ〜こんなお店あったんだー」と言いながら目をやっている。


「近いものほど実は見えにくいって言ったりするもんね。メガネ頭にかけながらメガネ探したり」


「それ駿河くんめっちゃしてそう〜〜」


「正解。20ポイント差し上げます」


「そのポイント貯まったらどうなるの?」


「1日俺を奴隷にできる」


「体張りすぎじゃない⁈」


 言われてから体を張っていることなのかと思わされる。

 てっきり俺へのご褒美かと思っていたのに。

 これが価値観の違いってやつか。


「ねぇ、代わりにちょっとメガネ貸して」


 まあ、別に渋るものでもないしな、と千羽さんにメガネを手渡す。


「駿河くんメガネ取ったら結構かっこいいじゃん。あ、思ったより度が低い!クラクラしない!」


 メガネを付けながら言ってくる。


 メガネ一つでそんなにテンション上げれるって陽キャはすごいな。


 満足したのか「ありがと」とメガネを返してくる。


 歩きながらそんな雑談をしているとハッと大事なことを思い出した。


 デート必勝法その2、男性が道路側を歩く。俺はささっと千羽さんの道路側に立った。


 それからも千羽さんを道路側に立たすものかと右左に那須川天心並みのステップワークを繰り広げていた。


「今日いい天気で良かったね」


 俺から話題をふる。会話に困った時はとりあえず天気の話をしろと誰かが言っていた気がした。


「この晴れは私のおかげなんだよ?今日のために2、3日前からてるてる坊主作って備えておいたから」


「千羽さんってティッシュぶら下げておけば晴れると思うタイプなんだね」


「言い方悪いな君……。願掛けって大事なんだよ、願えばなんとかなる!気持ちが大切!」


 千羽さんはそう言いながら空に向かって指をさす。

 まあ確かに晴れてるけども……。


 千羽さん今日をそんなに楽しみにしてくれていたのか。

 余計楽しませなければいけないって責任感で緊張しちゃうな。


 なのに俺は一体どこに向かっているのでしょうか。

 とりあえず何も考えていないことを悟られないように歩を進める。


 何かこの辺りになかったか、と記憶を探る。


 確か……もう直ぐ先にゲーセンがあった。

 そうだ、ゲーセンだ、俺のスーパーテクを披露することもできるじゃないか。


「すぐそこにゲーセンあるから行かない?」


「おーいいね」


 ゲーセンに入った千羽さんは思ったてたよりテンションが高く、マリオカートで勝負だ!と言い出したり、バスケットゴールにボールを投げ込むやつを始めたりと元気フルスロットルだった。


 俺も負けじとうおーーと言いながらマリオカートをプレイしたり、ボールを投げ込む千羽さんを応援する。


 俺もバスケットボールを投げ込んでみるものの全然入ってくれない。


 バイーンという音を鳴らしながらゴールがボールを拒否する。

 まるで俺の人間関係みたいだ。


 しかし、投げ続けていれば一球くらいは入る。

 要するに俺も友達ができるということだよね?


 マリオカートは俺が勝ったが、バスケ勝負ではしっかり俺が負かされ、陰キャと陽キャらしい結果が生まれてしまった。


 休日なこともあってゲームセンターにも少しずつ人が増え始め、同じように男女のペアで遊んでいる人達を目にし始める。


 あの人達はカップルなのだろうか、それとも友達の関係なのだろうか。


 俺が他の人を見て分からないように俺と千羽さんの関係もみな分からないし、勝手にカップルと勘違いされることもあるのかもしれない。


 そう思うと勝手に俺は人生の勝ち組にいるような気になってしまう。俺は何もしていない、ただ千羽さんが素敵な女性なだけなのに。


 そして、俺のターン。

「ちょっと待ってて」と声をかけ、千羽さんをベンチに座らせる。


 スタタタタとクレーンゲームコーナーへ向かう。


 さっきチラッと見かけたものがある。


 俺のお目当てはこれ、超どでかいちいかわのぬいぐるみだ。

 2歳児と同じくらいの大きさがある。


 流石の俺でもちいかわが女子高生に流行ってることは知ってる。


 小さくて可愛いのが好きなら、猫ひろしや池乃めだかでもいいじゃないかと思ったが、どうもそうではないらしいことまで知っている。


 俺はUFOキャッチャーで景品を取るには自信があった。


 サクサクとお金を入れていき、プレイ時間わずか3分、4回目にしてちいかわをゲットする。どんなもんじゃい!


 ドラえもんに出てくるのび太が射的上手いのと一緒だね。

 俺にはクレーンゲームなのだよ。


 本当は千羽さんの横でアームの角度についてなどを語りながら取りたいところだったが、デートの必勝法その3、サプライズの心を忘れてはいけない、を見て今回は我慢した。


 女性はサプライズに弱いらしい。

 確かに、テレビで突然大勢が踊り始め最後に主役っぽい人がプロポーズするなんて場面を見たことがある。

 あの時もプロポーズされた女性は嬉しいと涙していたし、きっとサプライズは間違っていない。


 どでかいちいかわを抱きかかえ、千羽さんの元へかけよる。


「俺からのプレゼント」


 どうだ!という表情で渡す。


「ありがとう……」

 あれ、思ってたテンションと違う。


 予想では「え、駿河君すごい!こんな才能あったんだ!私のこともしっかりそのアームで捕まえてね」と言いながら俺の手を握る。

 そんな感じだと思っていたのに。


 すると千羽さんから告げられる。


「まだ今から演劇も観に行かないとダメなのにこれどうしよう……」


 血の気がそっと引く。


 俺はバカなのか、なぜゲーセン後のことを想像せず、この場だけで事を完結させてしまったんだ。


 大きいものを取る=すごいという安直な考えに至り、ただのエゴを押し付けた俺を殴り倒して欲しい。


「まあいっか、後で駅のロッカーにでも預ければいいし」


 呆然と立ち尽くす俺に向かって千羽さんが言う。


「ごめんなさい」


 俺はその場に跪き土下座を繰り出す。


 ゲーセンの床ってこんな匂いなんだなと初めて気づく。


「ちょ、ちょっとやめてやめて」


 慌てて千羽さんが止めに入る。


「本当に大丈夫だし、嬉しいし!」


「ありがとう」

 俺はゆっくり立ち上がり、彼女の優しさに感謝した。


 ちいさくて可愛いやつがデカくて邪魔になってたら元も子もない。


 仮にこのまま帰るだけだったとしても、この大きいちいかわを待たせたまま電車に乗っている千羽さんをイメージすると浮いている感がすごい。

 超注目の的である。


 俺が持ってたら駅員さんが2人がかりで近寄ってくる案件だ。


 もしかしたらここから先のプランも千羽さんを困らせてしまうんじゃないかと不安になる。


 しかし、千羽さんは嫌そうな素振り一つ見せず、ちいかわを撫でながら駅へ向かっている。ホントいい人だ。


 抱き抱えられたちいかわと目が合う。


 良かったなこんな美少女にお持ち帰りされて。


 ゲーセンから駅まで歩く間にクラスでの事をたくさん教えてくれた。


 同じクラスで同じ時間いるはずなのにこうも情報に格差が生まれるのかというほどに千羽さんは色々と知っていた。


 クラスの担任である葛城先生は今年24歳でとてもとても彼氏がほしいという事。


 今まで俺らの高校にいた体育の先生は生徒に手を出し解雇され、今年から新しい体育の先生が来ていること。


 そして、1組に高校生とは思えない筋肉をした男の子がいるということ……。


 先生と仲良くなり、そんな裏話まで聞いてるあたり女子のコミュニティは目を見張るものがある。


 そして最後のキン肉マンは……100%脳筋丸だ。

 半分怪談話みたいになってるじゃねえか。


 つい俺もそいつ知り合いだよと言えず、「へぇ、そんなやついるんだ」って言ってしまった。

 ごめんよ、トニーとマイケル。


 無事、駅前のロッカーにたどり着きぬいぐるみを預ける。


 千羽さんに抱っこされているちいかわが置いてくの?という顔でコッチを見ている。


 そんなこと気にもならないようにガチャっと千羽さんが鍵を閉め、よしと呟いた。

「お手数をおかけします」


「ううん、大丈夫大丈夫。ちょうど11時過ぎに当初の集合場所に戻ってこれたじゃん。ここからは駿河くんにおまかせしますよ?」


 千羽さんは小首を捻り小悪魔じみた笑顔を浮かべ俺を見る。


 ちくしょう、かわいいな、ってかなんでこんなに優しいの。

 優しいから美人の顔立ちになっていくのだろうか。


 そんな事を考えてる場合じゃないと喝を入れ、グッと手を握る。


 同時に自分の手汗の多さを知る。緊張は期待の表れ!


「千羽さん、カフェに行こう!」


 おそらく鋭い目つきで俺は言った。

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