出会いと新学期③

 翌日、昨日と同じくらいの時間に校門をくぐる。


 横を歩く昨日と同じ女子高生2人組が「〇〇君とクラス離れたけど、付き合えるようにって願い込めてミサンガにしてきた」と足元を指しながら友達に話している。


 何でこの女子は昨日に続きやたら祈りたがるのだろうか。


 そもそも切れたら叶うがウリのミサンガも意味がわからない。

 切れる?アレ、無理だろ、つみたてNISAくらい長い目が必要だぞ。


 またしても悪態を心の中で吐き、ふぅと軽く息をつきながら教室へ向かう。


 もう千羽さん来てるかな……。

 昨日より肩に力が入っていることが自分でも分かる。


「おはよ」


 先に千羽さんが声をかけてくれた。スッと肩が軽くなり、春の暖かさを身体が感じ始める。


「おはよ」


 そう言って椅子をザザッと引き着席する。そして、「あっ」とまるで何かを思い出したのように振り返り、

「そういえば、演劇部入ろかなって思ってる」


 昨日のことを千羽さんに伝える。


 この流れは昨日から考え用意していた。

 真剣に言うのは恥ずかしいし、タイミング難しいし、といろいろ考え、自分なりの自然を演出したつもりだ。


「ほんと⁈やったぁ!」


 両手を掲げながら喜んでくれる千羽さんが可愛すぎる。


 可愛いと思ったことがバレないように必死で表情を殺す。


 ニヤけないように顔を保つことに全力を尽くしていると続きざまに千羽さんが話す。

「じゃあ、今日放課後演劇部に行ってみない?」


「き、きょう⁈」


 声が裏返るほどに想定しておらず、心の準備ができていない。


 コミュ力の低い俺からすれば既にあるコミュニティに足を踏み入れると言うことは大変勇気がいることなのだ。


「うん、別にもう見学とか行っていいらしいからさ、行こうよ」


「お、おけ」


 彼女の勢いに飲まれ、考えるよりも先に肯定する言葉が漏れる。


 朝礼のチャイムがなり、話は一旦ここで切れた。


 まだ授業といっても緩やかな雰囲気で、簡単な中学の復習で進められる。


 あー放課後こえ〜。行って早々に好きな女優さんとか好きな演劇とか映画聞かれたらどうしよ〜。ジブリくらいしか見てないよ俺。目の前ででっかいため息つかれたらもう立ち直れなくなっちゃうよ〜


 そんなことをずっと考えていた。

 考えすぎて数学の授業に国語の教科書を出していた。


 休憩時間には最後の抵抗と言わんばかりにスマホで日本アカデミー賞を検索し、旬そうな女優さんだけ抑えておく、えーと新人俳優賞が生見愛瑠さんっと……。


 チクタクと時計の針は進み、本日最後のチャイムが鳴る。


 放課後だ。今までなら、帰れる!やっほい!って感じだったが今日はそうもいかない。


 後ろを振り返り千羽さんと目が合う。


 コクっと俺の方を見て頷き、立ち上がりながら「よし、行くかあ」と声を上げた。


 対照的に俺は重そうに腰を上げる。


「緊張してるね〜、すごく嫌そうな顔してる」


「上級生なんて緊張するに決まってんだろ……、あっちは上級でこっちは下級だぞ、見るからに向こうのほうが強そうじゃないか……」


「なんかこの人戦おうとしてるんですけど〜」


 ケタケタ笑いながら、千羽さんが俺の机を軽くポンポンと叩く。


「ほら!いくよ」


「はい……」


 言われるがまま、千羽さんの後ろをついていく。


 どこの教室に行けばいいのか俺は知らなかったが、千羽さんは知ってるようだった。


 1年生の教室とは別の階の1番奥にLet's show timeと書かれた部屋が目に入る。

 絶対これじゃん。


 正解!と言わんばかりに千羽さんが「着いた」と言う。


 間髪も入れずにトントンとノックする。


「失礼します、入部希望なんですけど〜」


 早い、着いてからがめっちゃ早い。


「お、マジか!めっちゃ嬉しい、ようこそ」と誰にでも優しそうで数々の女を沼らせてきただろうなって感じの男の人が出てきた。


「見学だけでも出来たらいいなと思ってきました」


「なるほど……あ、後ろの子は?」


「同じく入部希望のものです」

 目に力を入れ、本気だぞってことを訴える。

 できる男は目で語るってもんだ、知らんけど。


「そっか、そっか、さっそく2人も来てくれたのか嬉しいな」

 頭をポリポリ掻きながらにこやかに話す。


「あ、俺は部長の新山です。よろしく。見学に来てもらったところ悪いんだけどさ、今週末演劇の発表があってその大道具とか小道具作りをしないとダメで、あんまり見学して楽しいもの無いんだよねぇ、、そこでもし良かったらその劇観にこない?誰でも入れるしそんなに遠くも無いから」


 そう言って部長はその劇のパンフレットを千羽さんと俺に渡す。


「そうなんですね、忙しい時にお邪魔してすみません。絶対観に行きます!」


「おーありがとう、ダサいところは見せられなくなっちゃったな〜」


 部長も嬉しかったのか、題材は〜と話し始めた。

 千羽さんもへぇ〜とか言いながら部長と会話をしている。


 一方その頃俺は。どうやってこの会話に混ざればいいのか分からず、タイミングに合わせてふふっと鼻で軽く笑うだけだった。


 タイミングを間違えばただ鼻詰まりの不審者だ。


「演劇たのしみにしてます、失礼しました〜」と千羽さんがいいガラガラと教室のドアを閉める。


 俺は合わせるようにとりあえずお辞儀する。


 ずっと千羽さんの後ろに隠れ、発した言葉も一言、なのに事が完結してしまった。まるで一蘭に来た気分だ。


「何時にどこ集合にする?」


 千羽さんが俺に向かっていう。


「へぇ?」


 とんでもなく腑抜けた声が出る。

 自分でも何だよその声はと思う。


「だって駿河君も観に行くでしょ?だから一緒に行こうよって」


「あー、なるほど、あーーーー」


 俺は今初めてデートの約束をしそうになっているのか、と認識した途端、言葉が出なかった。


「まあ、まだ何日かあるし、ゆっくり決めればいいか。とりあえず、LINEだけ交換しとこ」


 はいっとスマホを取り出し、LINEのQRコードを差し出してくる。


 ら、ライン⁈普段メッセージが来なければ、親しか友達もいないから追加の方法も分からない。


 あたふたしてると、友達追加のとこ押して、QRのとこ押してと手順を説明してくれ、なんとか追加する事ができた。


「ありがとう」


 そう伝えると、グッドポーズでこっちを向いてきた。


 お礼としてQRコード出せなかったかわりに求愛行動出そうかと思ったがキモすぎるのでやめた。


 家に帰りしばらくするとピコンっと俺のスマホから珍しい音が鳴る。


(おっす!)


 千羽さんからのLINEだった。アイコンは友達であろう女の子とのプリクラが設定されていた。


 LINEを開くたびにこの顔面を拝む事ができるのか……。

 とんでもねぇなLINE……。ありがとう。


 一旦スマホに向かって手を合わせお辞儀をしておく。


(千羽さんですか?)


 一応人違いの可能性もゼロでない。念の為に確認をする必要がある。


(アイコン見たら分かるでしょ!)


(ほら、プリクラって顔変わったりするからさ、念の為に)


(ちょっと!失礼だぞ君!笑。まあ否定はできないけど)


 そもそも論、千羽さん以外俺のLINEを知る人はいない。


 ただ、最近知らない株のグループラインに放り込まれ、よく分からない銘柄を勧められたりしたから念のため確認しておきたかっただけだ。

 知らないグループに入れられた時、焦った俺は咄嗟に「すみません、用事を思い出しました」とメッセージを送り退会した。

 用事を思い出したからなんなんだ。


 ピコン。さらに通知がなる。


(演劇の日せっかくの休みだし、公民館行く前にどこか行かない?)


 演劇部が週末に行う演劇は学校近くの公民館で小さい子やお年寄りに向けて行われるらしい。


 だから、勝手に学校集合かなと思っていた。


 しかし、演劇前に遊ぶと言うことは正真正銘デートである。


 LINEは対面での会話と違い、ゆっくり考えて言葉を返す事ことができるのはありがたい。


 対面だったらまた変な声出して驚いてしまうところだった。


(どこか行きたいとこあるの?)


(んーーー、駿河君が考えて笑)


 俺に考えろだと?デート経験ゼロの俺が?無理に決まってるだろそんなもの。


(無理です)


(すぐに無理って言わないの!笑 お願い!)

 可愛い犬がお願いのポーズをしたスタンプも一緒に送られてくる。


 最近女子に流行ってるものなんて知らない。

 偏見でいいならとりあえずマカロン食べさせておけばいいと思ってるが、どうだろう。


 軽くマカロンを調べてみたところ、かなり小さいハンバーガーにビックマックくらいの値段がついていた。


 たっか!ラノベ買えるじゃん……。まさかこんなものが流行るわけないだろう、マカロンは無しだ。


[初めてのデート 必勝法]これで調べてみた。

 すると、『童貞でも楽しくさせれる最高デート』という記事を発見した。


 まさに俺ぴったりじゃないか、これ通りにプラン立てればデートを成功させることも難しいことではないはず……。


(わかった。俺がエスコートしてみせよう)


 突然人が変わったかのように自身ありげなLINEを送る。


(ありがとう!!じゃあまた集合時間決まったら教えて!何時でも大丈夫だから)


 あ、俺が時間も決めるのか。そうかそうか、どうしようか。

 とりあえず(おけ)とだけ送信する。


 デートだぁぁぁ!!!!!

 千羽さんとデートだぁぁぁぁ!!!!


 部屋には俺1人、心と一緒に体も踊っちまえということで恋ダンスを満面の笑みで踊る。


 胸の中にあるもの🎵いつか見えなくなるもの🎵


「何してるんですか」


 心愛が今にも泣き出しそうな顔でこっちを見ている。


「いつから見ていたんだ?」

 とてもとてもとても優しく問いかける。


「よーし!って言いながら音楽流し始めるとこから……」


「最初の最初じゃねぇかー!!」


 ぐすんと鼻を啜るように心愛が鳴き始める。


「いろんな意味でこの兄怖いです。あとキモい」


 悲しくはなかった。

 冷静に客観的に見ればキモいよなって思えたからだ。


 ただ……恥ずかしいいい!陰気な兄が恋ダンスて……、恥ずかしいいい。

 俺のキャラじゃないいいい。


「お兄ちゃんな、週末デートするんだ」


 バタン!


 無言でドアが強く閉まる。


 なんで?

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