新学期と出会い②

 中学から高校になったと言えど、学校自体の構造は変わらない。


 トイレと入り口が近い1番便利な場所に職員室があり、副教科にあたる音楽室や美術室は3階の一番端にポツンと置かれている。


 学校生活というのは集団の中でうまく生きていく能力だったり、課題をこなす能力だったり、社会に出た時困らない免疫を作る場だとは思うが、何も立場の強弱をここまで顕著に表さなくてもいいだろうと思う。

 こんな社会の縮図みたくないよ。


 せっかくだし少し怖いが上級生の教室がある階も覗いてみることにした。


 俺らのような新入生はまだ中学生感がどこか抜けていないが、上級生にもなると一気に高校生感が増す。


 THE JKみたいな女の人もグッと増えた。


 そして新入生と上級生の1番の違いはスカートの短さだ。


 少ししゃがみ込んで覗けば見えそうな長さをしている。


 スカートの短い女の人はそれに比例して顔も可愛い気がするが、これは何の法則と呼べばいい?これから習う?

 習うまでは生足魅惑のマーメイド理論と呼ぼう。


 昼休みも終わり、学校初日はやらなければならないことが意外と多く、あっという間に終礼のチャイムが鳴る。


 当然クラスに俺はまだ溶け込めておらず、千羽さんとの会話を除けば隣の席の男子からハサミを貸して欲しいと話しかけられたくらいだ。


 あの男子の名前なんだっかな……梅田じゃないし、宝塚でもないし、そうだ天王寺くんだ。阪急の子、までは覚えてただけに惜しい。


 新しい友達が出来なかったので1人虚しく靴箱へ向かう。靴箱を開け、靴を取り出したところで背中側から「あっ」と声がする。


「1人?」


「もちろん」


 声をかけてきたのは千羽さんだった。


「じゃあ、一緒に帰ろうよ」


 すぐに答えることができず、少し間が開く。


 女の子と2人で帰る?

 どうやって歩けば良いか分からないほどにテンパりそうだ。


「いいよ」


 ただ、このチャンスを断るわけにもいかない。


 さっきは新しい出会いを自分の手で棒に振りかけたが、今度は仲良くなってみせる。


 2人で帰ると意識するや否や、身体に力が入る始める。俺は震えながら靴を履いた。


「産まれたての子鹿のモノマネでもしてる?」


「す、するわけないだろ」


 側から見て震えがわかるほど震えてるのか俺は、と思うと自分が恥ずかしくなる。


 よし、今日から子鹿として生きていこう。


 そんな決意を決め校舎を出て歩きながら、何を話せば良いかわからない俺は咄嗟に

「友達ってどこからが友達?」


「何それ⁈」


「例えばあなた達友達?って聞かれた時にどこから、うんって言えるのだろうって」


 自分で聞きながらキモい質問をしているなと思う。


「そうゆうのはさ、理屈じゃなくて……うん、なんだろうな……」

 バシン!と肩を叩かれた。


「な、なんでえぇ⁈」


「難しく考えるな、友達っぽいなと思えば友達なんだよ」


 めちゃくちゃなことを言うなあ。


 家族だったら血が繋がっているし、夫婦だったら婚約届を出している。

 カップルだって告白と了承を経てカップルという形になっている。


 基本的に人間同士の関係は明確な形があって成り立っているはずなのだ。

 しかし、友達においてはそう言った手順を省略している。


 だから俺にはどこからが友達か分からない。


 そんなことを言っているから俺には友達と言える友達がいないのだろう。


 俺はあらゆる事を理屈っぽく考えてしまう。

 以前母親に「理屈っぽい子は嫌われるよ?」と言われたが、本当に嫌われていた。

 母親の言うこともたまには芯を食っている。


「相手の思ってることとか、感情とか目に見えないものが怖いんだよ」


 中学生の時、友達だと思っていた子に「お前のこと友達と思ってねえから」とカミングアウトされたことや、比較的よく学校で話していた女の子に冗談で「好きだよ」と伝えたら、「マジでキモい」と怒られ、凍え死にかけた冬の帰り道を思い出した。


「その気持ちは分かる」


 俺の目を見ながら彼女は続け様に言う。


「駿河くんの言うことはとても分かるけど、見えないものは見えないし分からないんだよ」


 どこか寂しげな表現を浮かべる彼女に恐る恐る聞く。


「じゃあ、どうやって千羽さんは仲良くなるの?」


「えーー、そうだな……自分の感情を素直に受け入れてあげることかな。まあ心はちょっと感情的な部分が強すぎるんだけどね」


 自分の感情を受け入れる、また難しいことを……。


 勝手に千羽さんは順風満帆で人間関係に悩みがないような女性だと思っていた。


 だが、彼女の口ぶりと表情から全てが上手くいっているわけではないのだと感じ取れてしまった。


 そこからしばらく気まずい無言の時間が流れる。


 この雰囲気を打破するのが男ってもんだろ俺!そう心の中で気合を入れ、バッと千羽さんに振り向き言う。


「ブックオフさんはさ……」


「めちゃくちゃ感情的になってやろうかあ⁈」


 笑いながら優しい口調でつっこんでくれた。つられるように俺の口角も上がり、肩が上下する。


「俺さ、めっちゃ理屈っぽいからなかなか友達出来なくて、でも千羽さん見てたらちょっと勉強になった気がする」


 思った事を正直に口に出したのは家族以外で初めてかもしれない。


「ホント?適当に褒めてるだけなんじゃないの〜〜」


「そんな器用なことができたら今頃両手に友達抱えてマックにでも行ってるよ」


「調子だけは良いんだから」


 しっかり会話が出来ている。

 やはり高校生の俺は一味違う、成長したのだ。


 そんな成長した俺の目と千羽さん目が合う。


「駿河くん感情が分からないって言ってたじゃん?もしもっと分かるようになりたいとか思うならさ、一緒に演劇部入らない?」


 風が吹き千羽さんの髪がフワッと宙を舞う。


「演劇部?」


「そう、演劇を学ぶことは感情表現を学ぶのと同じような意味があると思うし。まあ心が入ろうと思ってるんだけど1人が心細いから誘ってるってのもある」


 部活か……一切考えていなかった。

 演劇というものに縁がなく生きてきただけにすごく遠い存在に感じる。


 体育会系はあり得ないとして、文化系の演劇部ならまだ入ってもいい気はする。


 しかし、演技をしたことがなければ、観たこともほとんどない。


 知っている女優も新垣結衣くらいしかいない。

 リビングで恋ダンスを踊ってたら親に見られてたことならある。

 そう言えば最近、永野芽郁も知った。可愛い。


「検討します」


 日本の1番偉い人が頻繁に使う言葉をここぞとばかりに使う。


「検討だけで終わらないでね」


「それは俺に向かって言ってる⁈それとも社会⁈」


「駿河くんに対して言ってるに決まってるでしょ?」


「言い方に含みがあるんだよ」


「ちゃんと考えておいてね!」


「分かった」


 そんなやり取りをしていたら「私こっちだからまた明日ね」と千羽さんが手を振り俺と違うホームへ帰っていく。


 楽しい時間は一瞬で過ぎるものだ。


 登校する時には長く感じた学校までの道のりも嘘のように短く感じる。


 ガタンゴトンと一人電車に揺られる。


 電車に乗った瞬間、一日まだ慣れていない学校にいたことや、女の子と話した疲れがドッと現れる。


 今日は一日よく頑張ったな〜。帰って何しよう。


 春アニメでも見ながらXを漁る、飽きたらラノベ読んで、YouTube見る。きっとそんな感じだろう。


 そんな生活で果たして俺は良いのだろうか、せっかく同中の奴らと離れて新生活を送れているというのに……。


 ウチの高校は部活所属率が95%ほどらしく、先生もなるべく積極的に部活動をしてほしいとのことだった。

 逆に残りの5%がどんな人か見てみたい。


 頭の中を千羽さんの誘いがよぎる。


「一緒に演劇部入らない?」


 可愛かったな、あの時の千羽さん……。


 誰かから何かに誘われるというのも人生でほぼ初めてと言っていい。


 つい先月最寄り駅を降りて家に帰ろうとしたら宗教の勧誘をされたことならある。

 全身真っ白の服を着たおばさんがニコニコ聖書を片手に近づいてきて、笑顔の怖さをこの時初めて知った。

 ビビりすぎて咄嗟に「すみません、対象外です」って言っちゃったもん。


 これから俺が演技とか上手くなれるかは分からない。


 ただ、今の俺に必要なのはもっと相手のことを考えられるようになる事だったり、コミュ力を身につける事だと思う。


 人の感情を理解できてコミュ力もつけばそれはもう両手にハナ、両手にビジョ、想像して汗でビジョビジョ、言うてる場合か!状態だ。


 演劇部に入れば千羽さんともっとお近づきになれるし、演劇が出来なくても教えてもらえる立場にいる。


 これは好条件なのではないか?


 グッと手に力が入る。


 いっちょ冒険してみるか、俺は演劇部に入部する事を決めた。




「ただいま」


 ガチャっとドアを開け家の中に入る。「おかえり」の声はなく、部屋に向かう自分の足音だけが響く。


 両親がいないのはいつものことだ。


 2階へ上がり自分の部屋に入ろうとすると、俺より奥の部屋のドアがガチャと開き始める。


「おかえりなさいませ、お兄様」


 そう言って、顔を半分だけ覗かせてきたのは妹の心愛だ。

 引きこもりで1年は外に出ておらず、髪は腰あたりまで伸び切っている。


 四捨五入すれば貞子だ。トイレから出てくれば、トイレの花子さん。

 それほどにホラー感を纏っている。


 夜中に真っ暗闇から出て、怖すぎたあまり大声を出し心愛を泣かせたこともある。


「ただいま、我が妹よ」


「学校初日はどうでした?まあよく無事で帰ってきましたよ、学校という名の人間の檻から。まあ無事に帰ってきてくれないと心愛が餓死しちゃうんで困るんですけどね。えへへへへ……」


 俺の妹が薄気味悪い笑顔を浮かべている。

 それでも可愛いなと思えるあたりしっかり俺はお兄ちゃんだなと実感する。


 ウチの親は共働きで父母共に帰りが遅い。

 だから、俺がご飯の準備をしたり、家事をこなしたりしている。


「新しい制服姿もかっこいいだろ?」


「バカは休み休み言えってお兄様は義務教育で習ってないのですか?」

 妹の一言一言が胸に刺さり少し痛みを覚える、だが癖にもなる。


「お兄ちゃんな、今日かわいい女の人と一緒に帰ってきたよ」


「夢見るのは寝てる時だけにしてくださいよ、それとも学校がしんどすぎて虚言癖になりましたぁ?」


 とても失礼な妹だ。


「部活にも誘われてな、演劇部に入るかもしれない」


「冷静になってくださいお兄様、あなたほど感情を理解できない人間がどうやって感情表現をするというのですか?」


「お前に言われたくはないけどな……」


「ええ、私も理屈っぽいですよ?そしてお兄様はその私と同じ血を引いています……もう分かりますよね?」


「今日ご飯抜きな」


「ごめんなさい」

 サッと頭を下げ、それだけは勘弁してくださいと言いながら姿勢が土下座に変わっていく。


「いい子だ、以後気をつけるように」


「ははぁぁ〜〜」

 まるで徳川の印籠を見せたかのように奉られた。


 誰に対してでも平気で失礼な事を言うのだから、学校で嫌われ、不登校になるのも納得がいく。


 本人曰く正義感が強いからで、正しいことをよりも空気を読んで集団生活をするということができないらしい。


 つい先日は「私は社会不適合者じゃない。空気を読み続けて生きる人こそが社会という不適合なものに順応する不適合者なのだ」と言っていた。


 間違ったことは言っていないような気がする。

 しかし、実際その考えでこの世の中を生きていくこともまた難しく生きにくいことは事実だ。


 俺が空気を読んだり、上手く社会を生き抜く術を身につけたら心愛に伝授してやろう。だってお兄ちゃんだもんね♡


「今日はお兄ちゃんがカレー作るけどそれで良いか?」


「大好きですお兄様」


 これだけ甘えるのが上手いのだからもっと学校生活も上手くいきそうなものなのに。


 家族だから見せれる姿ということなのだろうか。


 心愛が引きこもりになって、もしこれからも外に出ないと言うのであれば俺が責任を持って面倒を見ていこう。

 俺のこと大好きらしいし。


 中学生の途中から流行病で共働きをしなければいけない家庭状況になり、唯一自分にできることを考えたらご飯を作ることしかなかった。


 流石に毎日ご飯を準備するほどの余裕はないが、学校が早めに終わる時や休みの日はなるべく作るようにしている。


 今日は学校も初日という事で少し早めに帰らせてもらえた。


 トントントンという音を鳴らしながら人参や玉ねぎを切っていく。


 最近ではちょっと検索するだけですぐにレシピが出てくる、YouTubeで動画を見ながらそれを真似して作ることもできる便利な世の中だ。


 検索して1番人気そうなカレーのレシピを書かれた量と手順の通りにこなしていく。

 カレーは何てコスパがいいのだろう。


 一回作れば何日も食べるし、日に日にコクも増す。


 そりゃあ皆んな大好きなわけだ。


 水を入れてグツグツと煮込み、ルゥをいれまた煮込む。徐々にトロミが生まれ、嗅覚を刺激する匂いが部屋を舞う。


 2階で誰かがダンスを始めたような音がするが、相手にする俺ではない。


 しばらくすると我慢できなくなった2階の番人心愛が階段を駆け下りてきた。


「早く呼んでよ!」スプーンを握り、大人しく椅子に座っている。


 本当に可愛い妹だ、1発殴ってやりたい。

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