私と感情で恋しない?

副流煙

 新学期と出会い①

 今日から俺、駿河スルガ サトシは高校生だ。


 ヒラリヒラリと桜が舞う中、校門をくぐり新しい生活に足を踏み入れる。


 新入生と上級生はパッとみるだけで判断がつくものだ。それほどまでに新入生は自信無さげな雰囲気を纏っている。


 多分俺もその1人だ。


 春の暖かさがようやく顔を出し始めたというのに身体は少し震えている。


 近くを歩いていた上級生であろう女子2人組が、「〇〇君と違うクラスになったらどうしよ〜」「今のうちからお祈りしときな〜」という女子っぽさ溢れるやり取りを繰り広げている。


 今お祈りしようが何をしようが既にクラスは決まっている、祈っても何も変わらない、バカめ。


 心の中で悪態をつきながらふぅ、と少し深めの呼吸をして校舎へ向かう。

 今はこの校舎に全身が違和感を感じているが1ヶ月もすれば、何の変哲もない普通の校舎と化すのだろう。


 張り出された自分のクラス表を見るに俺は3組らしい。何組だろうが友達がいるわけでもないし別にいい。

 ただ、3という数字は実に良い、お尻に見えて実に良い。そうだろ?男子諸君。

 いや、これは上から見たおっぱいか?実に難しい。どこかの学会で研究してほしいな。


 教室へ入るや否や、黒板に貼られている座席表を見て自分の席に座る。


 しばらくしてキーンコーンカーンコーンと高校生活最初のチャイムが鳴る。


 担任であろう若い女教師が入ってきて、「おはよう、よろしくね〜」と軽く挨拶し、「とりあえず全員自己紹介しちゃおうか」と名簿順1番の人から当て始めた。


 何かあるたびあ行の人から当てられる日本のシステムは可哀想だなといつも思う。


 その点は駿河はちょうどいい、真ん中よりちょっと前くらいの絶妙なポジションにいる。


 各々が自己紹介を進め、俺の番がやってきた。

 満を持して俺は席を立つ。


「初めまして、駿河 論です。中学生時代、裏で女の子に駿河という名前から湾と呼ばれていたことを知りました。非常に悲しかったです。皆さんは絶対に辞めてください。以上、名前だけでも覚えて帰ってください。湾 論でした」


 昨日から一生懸命4時間くらい考え抜いた自己紹介文だった。

 最終的に6個くらい候補出来たからね?


 誰も聞いてないの?というほどに教室は静まり返り、冷酷なテンションで担任は「それじゃあ次」と後ろの生徒を当てる。


 滑るだけならまだしも、ボケた自己紹介を全員から無視されると言うのは精神的にキツく、気がつけば両手で顔を隠すようにしていた。


 もうお嫁にいけない……。


 また俺は高校でも上手くいかないのか。


 最近の漫才はつかみが大事という記事を見て、高校生活も一緒だろ、自己紹介からみんなのハートを掴んでいくぜと息巻いていた3月が悲しく思えてくる。


 愛想でもいいから笑ってくれよ畜生、咲いてる桜全部散らすぞ。


千羽センバ ココロです。湾くんじゃなくて駿河君の自己紹介を聞いてたらすごく共感できて……私も最近裏で男子に言われてたことがあって、それが心って名前から寺田心くんが連想されて、ブックオフってあだ名つけられてました。悲しかったです。以上、ブックオフだけでも覚えて帰ってください、1年間よろしくお願いします」


 クラス中に笑いが巻き起こり、拍手が湧いた。


 何だこいつは……。俺のボケを踏み台にして爆笑を掻っ攫っていく彼女にモヤッとした感情が沸き起こる。


 踏み台にされたことで俺が滑ったということを改めてクラス全員に認識させているあたり性格が悪い。


 恐る恐る振り返ると、二重でサラッとした髪を靡かせる王道美人が立っていた。


 彼女は座るや否や振り返った俺の方に顔を寄せてきて「ごめんね、駿河君の自己紹介が面白くてパクっちゃった」と微笑んだ。


「別に全然いいよ」

 スカした感じで、気にしていない感じで前を向く。だが、先ほど滑った人間とは思えないほどニヤつきが止まらない。


 やはり俺のボケは伝わる人間には伝わるのだ。

 えへへへ、面白かったって、えへへへ。


 そこから先の自己紹介は何一つ覚えていない。


 休み時間になり、とりあえず家から持ってきたお弁当を机に開く。

 誰かに一緒に食べようと誘われることを期待してイヤホンもせず、話しかけやすい雰囲気を作る。

 出来る男ってのは事前準備が良いもんだ。知らんけど。


 一応学食も設備されているが、上級生が使うことが多く一年生は使いにくいという噂を聞き、もちろんぼっち飯の俺は学食に行くという選択肢を考えることなく辞めた。


 しかしクラスを見渡すと教室で食べてない人もチラホラ見える。初日ということもあって好奇心から学食を使う人もいるのだろう。


 そんなことを思っていると千羽さんが俺に声をかけてきた。

「駿河君って真面目そうなのにボケたりするんだね」


「メガネかけてるだけでそんな真面目じゃないよ。あと、あれはボケというより実話を浄化したくて言った」


 あれは中学卒業間近、ただ普通に校舎を歩いていたら、「湾が服着て歩いてる」と笑いながらギャルに言われたのだ。毎日ちゃんと服も着てたのにだ。


 いっそのことフル○ンになって「こっちは琵琶湖だぜぇ〜」と言ってやればよかった。


 だからなんとか笑いに変えて自分のプライドを守ろうとしたのがあの自己紹介だった。しかし、あえなく散ったのだ。


 桜のようにヒラヒラした綺麗な散り方ではない。

 腹に巻いていたダイナマイトが大爆破したような散り方だ。


「かわいいとこあるね」

 彼女はクスクス笑いながら言った。


 俺可愛いらしい。もう一度言う、俺可愛いらしい。今から完璧で究極なアイドル目指そうかな。


「千羽さんのは実話?」


「100%フィクションだよ」


「なんだ、てっきり仲間かと思ったのに、敵かよ」


「別に敵じゃないよ!!」


「いやいや、あんな作り話で笑いにできる陽キャはド陰キャの俺からしたら敵なんです。怖いんです」


「作り話だけど、駿河くんが私の前に自己紹介してくれたからだよ」


「まあ、それはまあ……」


「駿河くんは滑ってたけどね」


「くっ……ぐうの音も出ないとはこうゆうことなのか」


「くっの音なら出てたのにね」


「やっぱり、そんな揚げ足取る人とは仲良くなれないです」


「なんでよ、仲良くしようよ〜」

 口を尖らせながら拗ねた感じで言ってくる。


 仲良くしたい気持ちは山々である。女の子と話す機会が少ない上に美人ときたら拒否する理由なんて何一つない。


 しかも、面白いしこんな俺にもフランクに話しかけてくれる。ちょっと天使にも見えてきた。


「千羽さん友達多そうだし、モテそうだし、後からデニムにやたら穴の空いた男が出てきて、お前みたいな奴が話すなとか言われて殴られて財布取られてみたいなことになりたくないんだよ」


「そんなことないよ〜めんどくさい男だねぇ」

 呆れた感じで千羽さんがスマホを手に取って触り始める。


 高校生活が始まって初日から美人とお友達になれそうな雰囲気を俺は自分の手で不意にしてしまった。


 正直思っていた展開と違う……。だって、仲良くしようって言われて食い気味にうん!とか言ったらキモこいつって思われるじゃん!


 まあいいさ、人間は同じレベルの人間で惹かれるようにできている。


 陰キャなら陰キャ、陽キャなら陽キャで惹かれる、どうせそうゆうものなのだ。


 自分にそう言い聞かせて、イヤホンを耳に装着し自分の世界に入る。


 俺と千羽さんが磁石だったら今頃くっついて離れないのに。

 そんなことを考えていると、イヤホンから「違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い」と鈴木雅之が歌い始めた。




 まだ休み時間もぼちぼち残っていたので、校舎を歩き回ってみることにした。


 他のクラスをチラッと覗いてみるもまだ初日なこともあって、どのクラスも絶妙に人と人の間に距離感がある異様な雰囲気に包まれている。


 その中でもやはり俺みたいに地味な奴は1人席に座り、朝から整髪料で髪を整えたイケてる感じの奴らは小集団を形成している。


 そして最終的に残った余り物が行き場を失い徒党を組む。

 結果、類は友を呼ぶ状態になるのだろう。


 それが悪いこととは言わないが、スクールカースト底辺の俺みたいなやつはどこかイケイケの奴らに憧れを持っている。


 誰とヤッたとか、最高だったとかそんな話が耳に入れば腑が煮え帰るほどに悔しく思うだろう。

 それでも俺らは悲しく自家発電を続けるのだ。


 新学期は今までの自分から変わるチャンスだ。同志諸君よ、共に頑張ろう。

 そう、勝手にエールを送りながら歩いた。


 教室を覗きながら歩き回ってわかったことがある。

 1人でご飯を食べている奴はみんなメガネをかけている。もしかしたら眼鏡って魔除けみたいな効果があるのかもしれない。


 だから、俺になかなか友達が出来なかったのか。

 よくよく考えたら眼鏡は目と視界にガラスの板を挟むだけで視覚を良くしてくれるのだから[友達が出来にくい]くらいのデバフを加えててもおかしくない。


 メガネに向かって「犯人はお前だ!」と大声で叫びたい。


 少しして見覚えのある男を1人見つけた。


 あれは……と思った瞬間、向こうも俺の存在に気づきすごいスピードでこっちへ向かってくる。


「おーー確か駿河だったよな!同じ学校だったのか、全然中学一緒のやついなくてよー」


 勢いよく話しかけてきた彼の名は中山ナカヤマ 五郎丸ゴロウマル


 彼は高校生とは思えない筋肉をしており、その筋肉とアホさ加減から脳筋丸と呼ばれていた。


「お、おう久しぶり、相変わらず元気だなお前は」


「もちろん、新たな出会いに俺のトニーとマイケルも大喜びさ」


 両手を広げながら左胸と右胸を交互に動かし始める。

 なぜ、筋トレ好きは一定のラインを超えると名前を付け始めるのだろう、理解が及ばない。


 ピチピチになった制服が可哀想に見えてくる。


 俺にはアハハハと不気味な愛想笑いを返すことしか俺できない。


 筋肉をつけているとかっこいいと言う女子も多いが、きっと脳筋丸を見て「かっこいい!好き!」となる女子は少ないだろう。


 何事にも当てはまるが、やりすぎは良くない。

 ただ、全くしないのも良くない。

 ソースはガリガリの俺。


 何とも言えない間が俺たちの会話に生まれる。

 きっとみんなも同じように探り探りちょっとした気まずさを交えながら会話をしてるのだろう。


 と思いきや脳筋丸はそんなことも大して気にせず話を続けてくる。


「どうだ、新しい友達は見つかったか!」


 1人でプラプラとこの辺を歩いているあたりから友達が出来ていないことは一目瞭然だろうと思ったが、悪気のない笑顔で脳筋丸は聞いてくる。


「まあ、ボチボチってとこかな」

 今できる最大の見栄張りである。

 出来たとも出来てないともどっちにも取れるができてそうな雰囲気が出せる魔法の言葉、ボチボチだ。


「そうか、そうか、俺は全然でな!まあ同じ中学同士仲良くしてくれよ!」


「そうだな」


「駿河は何組なんだ?」


「俺は3組」


「3組か良いな、お尻に見えて。俺は1組だ」

 コイツと発想が一緒なのか。俺も実は脳が筋肉できてしまっているのかもしれない。

 そりゃあ自己紹介が滑るわけだ。


「自己紹介とかもしたか?」


「おう!もちろんだ!トニーとマイケルを動かしながら春休みに練習した腹話術で自己紹介してやったぜ」


 聞かなくとも教室がどんな雰囲気になったのか想像できる。


 1組の人たち……可哀想な時間を過ごしたんだな、おつかれ。コイツは悪気があってやったわけじゃないんだ、許してやってくれ。ただのアホなんだ……。


 どうやら同じ中学出身は脳筋丸だけっぽい。


 俺はわざわざ少し家から遠い高校に通っているが、別に偏差値が良いとかそうゆうわけではなく、ただ中学で一緒だった奴らと離れたかっただけだ。


 何をするにも中学の時地味だったのになんか高校生になって頑張ってんだけど、みたいな目線を避けたくて逃げるようにこの高校へ来た。


「脳筋丸はなんでこの高校に来たんだ?」


「家からこの高校が走ってくるのにちょうどいい距離だったんだ」


 はい?驚きのあまり言葉が出なかった。片道20キロはあるぞ。一体どこまで筋肉に満たされたらその思考に至るんだ。

 そろそろおでこあたりから肉という漢字が浮かび上がってくるんじゃないか?


 同時に同じ中学出身がコイツで良かったなとも思う。

 俺は中学の時からコイツのことは嫌いじゃない、普通に素直で良い奴だと思っているバカだけど。


 クラスは違えど、また脳筋丸とは話すことがあるだろう。


「また来るわ」と俺はその場を後にした。

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