第十一話:要らない覚悟(ノエル視点)③

 目が覚めると、宿屋のベッドの上だった。今度は、うつろだけじゃなくルミとアイコの顔もあった。よかった、ルミも目が覚めたんだ。私は全身が痛むのを感じながら、ゆっくりと起き上がる。


「ノエル……よかった」

「ルミもね」

「本当に、二人とも無事でよかったよ」

「無事、と言えるかわからんがな」


 ルミは右腕にギプスをつけていた。


「奴の攻撃を受けるとき、右に負荷が集中してしまってな。このざまだ」

「むしろよくそれで済んだよね」

「ははは、だな」


 ルミが笑う。


 あ、そうだ。ルミに言わなきゃいけないことがあるんだった。私はルミの目をじっと見つめて、口を開いた。


「ロイ市長って、ルミのお父さんだったんだね」


 私が言うと、ルミが一瞬目を逸らした。


「知っていたのか」

「ロイから聞かされた。目的もね」

「目的?」


 私は、ロイから聞いた話をルミに伝えた。ロイがルミに失敗作だ、馬鹿娘だと言っていたことは伏せて。ルミは全てを聞き終えると、目をとじて頷いていた。


「なるほど、そういうことだったのか」

「ノエル、それを聞いてすごい怒ってたよ」

「そうなのか?」

「そういうことは言わなくていいんだって」


 私が言うと、みんなが笑う。よかった、まだ笑える余裕があって。この話だけでも、ショックを受けるのに十分過ぎると思うのに、ルミは明るく振る舞おうとしてくれている。私のことを気遣っているんだろうか。半分くらいだろうな、それは。


 なんとなく、わかる気がする。こういうときは、明るく振る舞わないとやっていられないんだ。


「あ、そういえば、うつろ!」

「な、なんだ?」

「ノエルが戦ってる最中、何してたのさ」

「そういえば、声も聞こえなかったな」


 姿を見せなかったのは、私が影に潜ませたからだ。心の中で、遠回しに出てくるなとも釘を刺しておいた。だから、姿を見せなかったことは当然で、必然。だけど声くらい出しそうなもんなのに、声もなかった。どこかに行っていたんだろうか。


「ちょっと救世主に呼ばれてな」

「そうなの?」

「ああ、ノエルにこれを渡してくれと」


 うつろが、影から何かを取り出した。なんだろう、これは。ネックレス? 見たこともない青色の宝石がはめ込まれたネックレスだ。すごく綺麗。ずっと見ていると、吸い込まれそうなほどに。


「えっと、なにこれ」

「ネックレスだ」

「それは見たらわかる」

「つけてみろ」

「んんん?」


 疑問に思いつつ、言われた通りにネックレスを身につける。部屋の鏡の前に立ち、自分の姿を見た。うん、我ながらあまり似合っているとは言えないな。救世主さんなら、少しは似合いそうだ。私と似た顔をしているのに。背が高いからなあ……。


 しかし、つけたからといって特段なにもない。


「何にも起きないけど」

「じわじわときいてくるらしい」

「じわじわ?」

「私もよくは知らん。教えてくれなかった」


 まあ、嘘はついていないみたいだから、今はそれでいいか。うつろがなんか申し訳なさそうにしているし、ごめんと心の声が聞こえてくるし。なんだか以前よりも、うつろの心がよりハッキリとわかる気がする。


「今度会ったときにでも聞いてみる」

「ああ、そうしてくれ」


 あ、救世主さんと言えば、あの話をしなきゃいけないんだった。うつろに終わったら話すと言っちゃったしな。だけど、あの話をアイコがいるところでしてもいいんだろうか。アイコが攫われた話がある。だけどアイコもそれを覚えているようには、思えない。何かがおかしい。


 これは、また今度、ルミと私とうつろだけになったときにしよう。その代わりではないけど、今はもっと話すべきことがある。


「ロイは博多に行くってさ」

「博多に?」

「うん。私たちを待ち構えるつもりみたい」

「舐められているな」


 ルミが、拳を握る。


「何か企んでるかもね」

「企みの準備をしていそうだな」

「だけど、私たちはすぐに戦える状態じゃない」

「そうだな」

「だね」


 ルミは自身に巻かれたギプスを見て、「そうだな」と頷く。左手では、拳を握ったままだ。


「だけど向こうもそれは同じ。あれだけの怪我だから、治癒にも時間がかかると思う」

「つまり?」

「しばらく……少なくともルミの怪我が治るまでは、竹下に留まろう」

「……仕方が無い、か」


 ルミが苦虫をかみつぶしたような顔で、答えた。そう、私たちには休息が必要だ。本当は今叩くべきなんだろうけど、逆に今は敵も身構えているだろう。ロイの周りに黒教の教団員が固まっている可能性もある。罠を張っている可能性もある。


 そこに飛び込むより、万全な状態にしてから向かうべきだ。


 だけど、そうなると問題は……お金だ。


「明日、宿を追い出されちゃうけどね」

「まあ、仕事をするしかないな。今の状態でできることを」

「ふっふっふ……」


 アイコがなにやら笑っている。そうして、カバンから麻袋を取り出した。


「じゃーん!ここに銀貨が二十枚あります!」

「なんで!?」


 麻袋を開けて中を見てみる。本当に、銀貨が二十枚ぴったり入っている。え、何このお金は。


「昨晩仕事してたからねー。教会で逃げたとき、納品してきたのだよ」

「ええ……」

「図太いな、神経が」


 私は思わず笑ってしまった。アイコは本当に、昔から変わらないなあ。うつろが言うように、本当に神経が太い。私たちが戦ってる最中に、仕事のことを気にする? 普通しないよ。だけど、助かった。これでまだ、宿に泊まっていられる。


「助かったよ、アイコ」

「まあ、そうだな。正直明日は働きたくない」

「同感。疲れたよ私は」

「というわけで、稼ぎ頭はまた部屋で仕事してくるから!」


 アイコは麻袋を私に託して、自分の部屋に戻っていった。さっきまで命がけの戦いをしていたとは思えない空気に、体が弛緩していくのを感じる。さて、二人には話さないといけないな。


「二人とも、話がある」

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