第五話:ノエルの心(ルミ視点)①
ノエルが枕に顔を埋めて、足をじたばたとさせている。よほど恥ずかしかったんだろう。出会ってすぐは、しっかりしている子だと思ったが、こういう面もあるらしい。年相応というより、実年齢より少し幼く見える。
食器をまとめて、静かに外に出る。女将に食器を返却し、一度部屋に戻った。アイコの部屋には、もう少ししたら呼びに行こう。ノエルが落ち着くまでは、そっとしといたほうが良いだろう。
部屋に戻ると、ノエルは眠っていた。
「……よほど疲れていたのだな」
急に走り出したときは元気だなと思ったが、街が見えた高揚感で疲れが一時的に誤魔化されていたんだろう。それに、ノエルは父親を亡くしたばかりだ。明るく振る舞っているように見えるが、心の中にはいろいろなものを溜め込んでいるだろうことは想像に難くない。
ノエルが壁を向いて眠っている。その顔は、子供のように穏やかだった。十八といえば成人だが、こうして見ると、やはり大きい子供のようだ。
いや、実際に子供なんだろう。村から出してもらえず、閉ざされた社会のなかで生きてきた。それでは、大人になりようがない。これから、ノエルは急激に成長するんだろう。
きっと、成長を迫られるはずだ。そのとき、この子が折れてしまわないかどうか……。
「死にたい、か」
ノエルが掠れた声で、涙ながらに語った気持ちを思い返して、私は思わずノエルの頭を撫でてしまっていた。私が撫でると、ノエルが微笑む。なんだ、かわいいな。妹ができたような気持ちになる。
「ノエル、お前は何を抱えているんだ」
父親を亡くしたことが直接の原因ではないように思う。昔からずっと、とノエルは言った。父親の死以前に、何か死にたくなるようなことがあったんだろう。一体どれほどのことがあれば、希死念慮を抱えるんだろうか。
私には、イマイチ想像がつかんな。
「いつか、お前の心が本当の意味で、開かれることを望むよ」
そして、私の心もいつか打ち明けるべきだろう。私が本当は何をしようとしているのか。私は、迷ってしまったから。父を一度殺したときも、市長が父だとノエルに話すかどうか考えたときも迷ってしまった。迷った末、話さないという選択をしてしまった。
今は、後悔している。
「さて、どうするか」
ノエルは寝てしまっている。起こすわけにもいかない。今は、寝かせておいたほうがいいだろう。とりあえず、アイコの部屋に行くか。
私はそっと部屋を出た。アイコの泊まっている部屋の扉をノックすると、少しの間を置いてアイコが顔を出した。
「あれ、ノエルは?」
「疲れて寝てしまったよ」
「あらら。あの子寝ると起きないんよね」
「今は寝かせておいてやろう」
言いながら、アイコの部屋に入る。早速、あたりに何かの部品が散らばっていた。作業をしていたんだろう。アイコの手には油汚れがあった。
「ん?」
アイコの隣を飛び回る白い塊が目に映る。なんだろう、これは。
「ああ、小精霊だよ」
「小精霊……精霊の使いだったか」
「そうそう。私と契約してる子」
「精霊術が使えるのか?」
「いや、術は使えないよ。ただこの子の視界を共有できるくらい」
それでも十分、便利そうだ。偵察任務とかがすごくやりやすそうだな。そう思いながら、床に腰をかける。小精霊がアイコの服の袖に入っていった。なるほど、普段は服のなかに隠れているのか。
「それで、作戦会議どうするよ?」
「明日のことだけでも決めてしまおう」
「そうね。すぐお金稼がないとだし」
「まあ、ギルドに行くのが鉄板だろうな」
「たしかに。情報も集まりそうだしね」
竹下にあるギルドは、福岡の市長が運営している。冒険者に仕事を斡旋し、地域住人の困りごとなどを解決させているのだ。騎士だけでは手が回らないところを人々に手伝ってもらっている。仕事が集まるところには金と人が集まり、金と人が集まるところには情報も集まる。
私にもノエルにも、今は仕事と情報の二つが必要だ。
「では、明日はギルドで仕事を見つけ、情報収集も行うとしよう」
「そうね、聞き込みとか」
「……あとこれはノエル次第だが」
「ん?」
「私は竹下の黒教の拠点に心当たりがある」
「そうなの!?」
黒教の拠点は、基本的にオーパーツの建物を利用する。それもギルドなどが手をつけていない宗教施設風の建物だ。教会のような建物だったり、神殿のような建物だったり。竹下通りを北上してすぐのところに、近年出現した教会風の建物がある。精霊の森に行く前に下見しておいた。恐らくは、あそこだろう。
「ノエルが行くと言えば行きたい」
「行くって言うと思うよ、あの子は」
「まあ、だろうな」
とりあえず、明日どうするかの話はまとまった。あとはノエルが起きた後、確認を取って実際に動き出すことになるだろう。まずは、なんと言っても仕事だ。明日にはある程度の金を得ておかなければ、明後日の朝に宿を追い出されてしまう。
それでも、黒教の拠点のほうを優先させたほうが良いという気持ちもあるが。
いずれにせよ、決めるべきことは決まった。
だが、アイコにはひとつ確認したいことがある。
「あと、これは個人的に聞きたいことなんだが」
「うん? なになに?」
「昔のノエルに何があったか知らないか?」
少しずるいような気がするが、聞かなければならないような気もして、聞いてしまった。ノエルがどうして、死にたいと思うようになったのか。私は知りたいし、知らなきゃいけないと強く思う。
アイコの目を見る。アイコはどこか虚空を見つめていた。しばらくそうした後、私に笑顔を向ける。
「心当たりないかな」
嘘だな。そう直感した。アイコの目は虚空を見つめてはいるが、たしかに何かを見据えているようでもある。その瞳の奥に、何か憎悪めいたものを私は感じた。もちろん、ただの直感だ。私の思い過ごしという線もある。それでも、何かがあるんだろうと私に感じさせるには十分だった。
それに、「何があったか知らないか」という言葉の返しとしては、不自然だ。普通は、何がとは何かを聞くだろう。そうするでなく、心当たりがないと答えた。
それは、心当たりがある者の反応だ。
「そうか、わかった」
しかし、言いたくないことも人には当然ある。私も、話していないことがあるからな。無理に聞くことは道理に反するか。
私はそれ以上追求することはせず、アイコの部屋を後にした。
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