第二話:異世界人と魔族(ルミ視点)①
私とラインハートは、父に連れられ福岡の博多に来ていた。目的は、近頃街を騒がせている薬物騒動などの調査だ。父の話によれば、十中八九黒教とかち合うだろうということだった。
だが、これはあくまでも表向きだ。
先日の資料室での一件以来、私は父のことが気になって仕方がなかった。ラインハートに「見過ぎだ」と注意されてしまうほどに。私は、確かめなければならない。証明しなければならない。父の潔白を。
ラインハートの方は、何を考えているのか、正直私にはわからない。因縁があると言っていたが、その内容も聞いていない。この男には何か、追求してはいけない秘密があるのではないかと、勘ぐってしまいたくなる。
博多の宿に部屋を取り、父が福岡市長に挨拶に行くと言って出て行った。私が同行を申し出ると、「武装した付き人がいてはできん話もあるさ」と、断った。
父を見送った後、ラインハートの部屋に向かう。ノックをせずに入ると、彼は荷物を整理しながら「おう」と短く応えた。
「到着した途端に単独行動とは、怪しくないか?」
「いや、違う行政区に騎士を引き連れてきたんだ。挨拶に出向くのは当然だろう」
ベッドに腰をかける。ラインハートは、荷物をがさごそと漁りながら、振り返ることなくしゃべり続ける。
「それなら俺たちを連れて行くのが筋ってもんだろ」
「それは武装した人間がいると無礼だからと」
「それなら、武器を置いて来させればいい」
「それは、まあ……そうだが」
「おっと、あったあった」
振り返ったラインハートの手には、見慣れない黒い鉄の塊があった。オーパーツだろうか。黒い塊には、赤く光る石かなにかが埋め込まれているようだっった。網のように細い鉄の線が、交差する部分もある。
私がまじまじと見ていると、ラインハートがニヤリと笑った。
「これは受信機兼盗聴器だ」
「じゅしんき? とうちょうき?」
「発信器というのをロイにつけた。これは地図を手動で入力して、発信器との距離からだいたいの位置を知らせてくれるもんでな」
だめだ、さっぱりわからない。
「さっぱりわからん」
「この液晶の中に表示されてる地図の、この赤い点。これがロイの居場所ってことだ」
言われて見てみると、たしかに博多の地図らしかった。そこに、動く赤い点がある。おお、地図の点が動いている。なんだこれは。
格子状になっている部分からは、わずかに音も聞こえてきた。液晶というところに表示されてる地図と、ラインハートの顔を思わず交互に見てしまう。
なんだか、オーパーツに詳しいな。資料を読み漁っていたにしても、そもそもなぜオーパーツの資料を集めていたんだろう。
「どうした?」
「あ、いや、ずいぶん詳しいなと思ってな」
「そりゃあ当たり前ってもんよ。俺がいた世界から持ち込んだもんだからな」
「は……?」
ラインハートは、笑顔を崩さなかった。あまりにも当然のことのように、告げる。だからか、私の脳は一瞬処理が遅れたようだ。うまく、情報を飲み込めない。
「お前が、異世界人?」
ようやく出てきたまともな言葉は、確認だった。
「ああそうだぜ。言ってなかったか?」
「初耳だ」
「ははは、そりゃすまん」
ラインハートが笑っている。いや、笑いごとではないのだが。
「悪魔も魔物も魔族もなく、代わりに進んだ科学のある世界が、俺の元いた世界だ」
「……ずいぶん違うんだな」
「まあ、、伝承としてはあるがな」
「つまり、おとぎ話のような扱いだということか」
ラインハートは、「そういうこと」とまた笑う。なぜ笑えるんだ。その言葉を口に出すかどうか、一瞬迷ってしまう。異世界人というのは大変なめにあうことが多いと、この間言っていたじゃないか。
「最初は驚いたぜ。こっちにゃ国の概念もないし、日本列島は倭大陸とか呼ばれてるしよ」
「国? 列島?」
「ああ、俺のいた世界じゃ、この倭大陸は日本という島国だ。世界にはいろいろな大陸があってよ、島もあった。そこに、国という行政の単位があったんだぜ」
「何もかも、知らないことばかりだ……」
国というのは、倭大陸で言うところの行政区のようなものだろうか。それとも、より巨大な社会の塊なんだろうか。なんだか、想像もできんな。スケールが大きすぎる。私たちにとっては、この大きいとは言えない倭大陸こそが世界だ。
ほかにも大陸と呼べるものはあるが、全てが失われし大地と化している。
「ま、俺の場合は自然と流れ着いたんじゃなく、連れてこられたんだがな」
「連れられた?」
ラインハートから、笑顔が消えていた。どこか遠くを見つめて、ラインハートがゆっくりと語り始める。
「黒いローブの連中に、無理矢理連れて来られたんだ」
「黒いローブ……それって」
「当時は何してたっけか。ああ、たしかあれだ、学校の友達とかくれんぼの最中だったか。かくれんぼ、知ってっか?」
「ああ」
かくれんぼは、私も知っている。倭大陸でも、子供たちの遊びとして定着しているからな。だいたい、五歳から八歳くらいの幼少期の遊びとして。つまりラインハートは、そのくらいの小さな頃に異世界に連れてこられたことになるのか。ラインハートのどこを見ているかわからない瞳を見つめながら、私は目眩がするような思いだった。
「なぜ黙っていたんだ?」
「言う理由がなかったからな。異世界人は扱いが悪いしよ」
「まあ、たしかに、迫害はあるな」
「ま、俺を連れてきた連中が黒教と呼ばれてるなんてのは、後から知ったことだ。俺が騎士団に入ったのも、黒教を調べるためってことだな」
そのラインハートの口ぶりは、どこか他人事のように思えた。どうしてだ? どうしてそんな態度でいられる。
「どうしてそんな、他人事のようなんだ?」
「ん?」
私が指摘すると、ラインハートは一瞬だけ目を見開いた。
「自分のことだろう? 本当はもっと思うところも、言いたいこともあるんじゃないのか?」
「いや、まいったな、はは……」
ラインハートが頬をかく。
「他人事みてえなんだよ。俺にとっちゃ、意識しねえと忘れそうなことなんだ」
どうして、そんなことが忘れられるんだろう。幼少期に連れられたとして、十数年だろう。それは、物事を意識しなくなるには十分な年月だ。だが、こんな大事なことは普通は忘れない。
「こっちの方が長すぎるんだよな」
「長すぎる?」
「お前はこっちにいるのが十数年かそこらだと、そう思ってんだろ?」
「ああ」
「だが、そうじゃない」
「じゃあ何年――」
「そいつは今話すことじゃねえな。後で教えてやるよ」
ラインハートが受信機兼盗聴器を見せてくる。表示されている地図の赤い点が、動きを止めた。この位置は、福岡の市庁舎ではない。市長に挨拶に行ったんじゃないのか?
「つうわけで、そろそろ行くぞ」
「後で絶対聞かせろよ」
「ああ、約束する」
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