第二話:お葬式

 なんだか、まわりが騒がしい。みんなを呼ばなきゃと思って、それから私はどうしていたんだろう。そうか、倒れてしまったのか。


 ゆっくり目を開けると、アイコとおじさんとおばさんが私の顔を覗きこんでいた。悪魔の姿は無かったけど、なんとなくわかる。私の影に潜んでいるんだ。契約したからか、ぼんやりとだけど悪魔のことがわかるようになったらしい。視界がかすむ。ゆっくり起き上がろう。


「大丈夫!?」

「ん……」


 大丈夫かと聞かれたら、大丈夫じゃない。お父さんが死んで、お父さんを殺した男を私が殺した。大好きなお父さんが死んだことと、人を殺したということが同時に私の心に重くのしかかるのを感じる。


 だけど、あれは本当に人だったのだろうか。その疑問は残るが、いずれにせよ私が殺したことに変わりはないのだ。


 起き上がってあたりを見渡すと、大人たちが集まって何かを話している。よくよく耳を澄まして聞いてみると、お父さんの遺体の扱いについての話だった。そういえば、お父さんは昔、自分が死んだら燃やしてくれと言っていたっけな。


 私はのろのろとした足取りで、大人たちの中心人物の前まで歩く。この村の長、村長だ。普段はお互いに家に引きこもっているせいか、顔を見たのは数えるほどしかないと思う。村長は私を見ると、少しだけ目を逸らした。


「ノエル、大丈夫なのか?」

「大丈夫……とは言いにくいかもです」

「そうか……まあ、無理もない。皆、ショックを受けておるよ」


 村一番の働き者で、村一番の剣士。そして、村長よりもこの村の運営に深く携わっていたお父さんが死んだのだ。みんな、暗い顔になるのも当然だ。遺体の扱いについても、慕っていたからこそ決めかねているんだろう。


 だけど、言わなきゃいけない。私を守ろうとして死んだお父さんの願いを、せめて一つは叶えてあげたい。私はわがままばかりで、お父さんに何も返せていなかったと思うから。


「お父さん……父の遺体は燃やします」

「燃やす?」


 村長が顔をしかめる。当然だろう。倭大陸には、遺体を燃やすなんて文化はない。ただ遺体を埋めて、大地に還元するというのが一般的だ。白教においては、特に。


「生前、父が言っていたんです。俺が死んだら燃やしてくれと」

「なるほどな……それは尊重せねばならんな」

「はい。えっと……」

「ん? どうかしたか?」


 私が燃やします、と言おうとしたけれど、瞬時に言葉にできなかった。言葉が詰まってしまう。喉に何かがつっかえているような気持ち悪さを覚える。私は頬を叩いて、目を瞑って口を開いた。


「私が、燃やします」

「だけどそんな……辛かろう」

「辛いです。だけど、そうしたいんです。そうすべきだと、思うんです」


 お父さんが死んだのは、私の責任でもある。それに、私はお父さんの唯一の肉親だ。だったら、私がやるべきなんだ。わかっているのに、拳を強く握ってしまう。その手は、どうしようもなく震えていた。


「……わかった。お願いしよう」

「村長! それはあまりに――」

「黙れ。ノエル本人がそう言うておるのだ。それに、そのほうがアルバートも浮かばれるだろうて」


 口を挟もうとした大人を村長がピシャリ、と止める。それから村長は私に向き直り、道を空けた。そこには、棺に入れられたお父さんの遺体があった。首と胴体は離ればなれになってしまっているが、紛れもなくお父さんだ。こうして棺に入れられている姿を見ると、嫌でも実感する。お父さんは、死んだのだ。


 頭では、ずっとわかっていた。父の首が飛んだあの瞬間から、わかっているつもりだった。だけど結局、私は何もわかっていなかったのかもしれない。お父さんが最後に私の方を見たのは、きっと、負けを悟ったんだろう。そう、あのときのお父さんは笑顔だった。最後に私の顔を見て、笑ったんだ。最後に私の顔が見たかったのかもしれない。最後に、私に何かを伝えたかったのかもしれない。


 私はどうして、そんなことがわからなかったんだろう。違う、私は何も知らないんだ。お父さんのことを、実はよく知らないんだよ。だってそうでしょう。


 お父さんは仕事が忙しくて、家を空けるのが常だった。いないことが当たり前で、いることが特別だった。だけど一緒にいられる時間のほとんどを私たちは、剣の稽古に費やしてしまったんだ。


 私は自分に対するハッキリとした憤りを感じた。それが炎となり、手からお父さんの体に向かって放たれる。パチパチ、とお父さんの体が焼ける音がする。人間が焼けるにおいというのは、ひどいものだ。


 燃えていくお父さんの体が、どうしようもなく私に訴えかけてくる。もう、この世のどこにも、お父さんはいないんだと。


 どうしてもっと、一緒に過ごそうと思えなかったのかな。どうしてもっと、一緒に遊んだり出掛けたりできなかったのかな。もっと、お父さんのことが知りたかった。もっと、愛してるって言えばよかった。


 ああ、言葉が心の中に溢れてくる。こんなにも泣きそうなほど悲しいのに、苦しいのに、どういうわけか涙は出てこない。私が、もっとお父さんのことを知ろうとしなかったからだ。


「どうして……」


 お父さんの体が全て灰になった頃、私はまた、意識を手放してしまった。

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