#19 “執拗”のリブラ

 次の日も、あちらこちらで研究会の勧誘が行われていた。研究会設立の道が断たれた以上、俺たちはどこかに入らなければならない。かといって研究会について詳しく調べられるほど身動きが取れる状況でもなく、押し寄せる勧誘を捌くのに精いっぱいだった。


 まさに手詰まりだと言えよう。

 本当は頼みたくなかったが、今日の昼食はルナさんに頭を下げて用意してもらった。一刻も早く、頼らなくていい状況を作りたいものだが……。


「思ったのだけど、リブラ先輩の研究会に入るっていうのはどう?」

「……いいかもしれませんね。どこに行っても、私たちがやることは変わらないわけですし。これも何かの縁だと思って――」

「――いいや、それはやめといた方がいいと思うぞ」


 リブラ先輩の研究会へ行く道中、俺はきっぱりと二人の意見に反対した。

 もちろん、二人が言いたいことも分かる。研究会に入ったところで何も学べない……とは決して思わないが、無理に今すぐ研究会に所属する必要性もあまりない。先輩と交流する機会は他にもあるし、俺たちはまだ自分の持つ魔法を持て余している状況なのだ。

 ならば、縁があり、学識に富んだリブラ先輩の研究会に入ってしまう方がいいんじゃないか――と。そんな風に考えるのは妥当だろう。“執拗”の二つ名を持つだけのことはあり、リブラ先輩は研究者としては確かな実力を持っているのだから。


「あっ……よく考えたら、リブラ先輩は新入生を募集していないかもしれないですよね。頼まれたのはあくまで研究のお手伝いですし」

「そういえば、そうね。だからやめといた方がいいの?」

「あー、まぁそれもあるかもしれないな」


 と一旦受け入れつつ、別の理由を口にする。


「それ以上に大きいのは、あの人の研究対象だよ。言ってただろ?【淫紋契約】を研究してる、って」

「……だからこそ、フリードくんとも気が合うのかな、と私は思うんですけど」

「え?」


 思ってもいなかったことを言われ、俺は聞き返した。

 だが、マリアの中でも判然としていない言葉だったようだ。彼女は迷ったように「ええっと」と言って続ける。


「上手くは言えないんですけど……フリードくんもリブラ先輩も、【淫紋契約】を普通の人とは違う視点で見てるじゃないですか。そういう意味では似てるのかな、と思って」

「なるほど……?」


 そうとも言えるのかもしれない。方向性は違えど、俺もリブラ先輩も異端だ。

 しかし、本質的に俺とリブラ先輩は異なっている。リブラ先輩は攻略ヒロインでこそなかったが、【淫紋契約】を研究するキャラクターとして『ハセアカ』に存在していたのだ。リブラ先輩の抱える『異端』は、抜きゲーの枠組みの内にある。


「……ま、話してみないと分かんないこともあるだろうしな」


 俺はひとまずそう言って、この話題を終わらせた。俺はまだリブラ先輩をキャラクターとしてしか知らない。その状態で判断すべきではないと思ったからだ。

 そんなことを言っている間に研究室に着いた。

 学園の地下に位置するその研究室は、明らかに異質な空間となっている。


「ぐふふ。来てくれたんだね、後輩諸君! 昨日のことは忘れたふりをして、ここに来てくれないかと思っていたよ。ぐふ、ぐふふ。おっと涎が……」


 俺たちを出迎えたリブラ先輩は、この異質な研究室にものすごく似合っていた。

 髪はぼさぼさで、制服も着崩れている。よれよれの白衣を羽織っているが、左肩からずり落ちており、昨日会ったときよりもだらしない恰好だった。

 流石にその姿には二人も引いたらしい。見たことないくらい苦笑を浮かべている。


「先輩、その人たちは?」

「知らないのかい? キミと同じ一年生のゴリラ勇者一行だよ」

「ゴリラじゃないって言いましたよね!?」


 反射的にツッコミを入れる俺。

 一歩遅れて、違和感を覚えた。『ハセアカ』のリブラ・アインシュタインは主人公フリード以外と親しくしている様子がなかったからだ。


 声がしたほうを向くと、そこには一人の少女がいる。

 濡羽色の長髪、血色の眼、そして整った目鼻立ち。そのどれもが作り物めいていて、天が作った人形のようだった。

 俺は彼女を――知らない。

 こんなキャラ、『ハセアカ』にいなかった。


「……先約があるなら言ってくださいよ」

「入会希望の一年生をみすみす見逃すほど、ボクも余裕がある立場じゃないんだよ」

「別に、他の研究会に行ったりしないですよ。私は先輩の研究に興味があるので」

「あ、あの。そちらの方は……?」


 話に割り込んで質問してくれたのはマリアだった。

 リブラ先輩は白衣の袖で涎を拭ってから答える。


「彼女はボクの研究会――〈【淫紋契約】研究会〉の入会希望者だよ」

「……一年Bクラス、リリス・リンカネーション」


 リリスと名乗る少女は、「どうも」とだけ不愛想に告げ、自己紹介を終えた。

 いまいち何を考えているのか分からない。まぁ、自己紹介程度で分かるほうがおかしいんだけど。

 だが、どうしても警戒してしまう。

 〈【淫紋契約】研究会〉に所属するモブキャラなんていなかったから。


「姫はサンフラワー・コン・ドミネリアよ! 隣のAクラスに所属してるわ」

「マリア・ヴィクトールと言います。私もAクラスです」

「フリードリヒ・アレクサンダーだ。クラスは、二人と同じAクラス」


 ひとまず二人に続いて自己紹介を済ませる。

 リリスはこちらを見てすぅっと目を細めると、小さく「なるほど」と呟いた。その口の端が微かに笑ってるように見えたのは気のせいだろうか?


 ……やっぱり、こいつには何かがある。

 腹の底に警戒心が沈殿していくのを感じつつも、今はアクションを起こしようがないので、探るだけにとどめておく。


「それで、リブラ先輩? 俺たちは何を手伝えばいいんですか?」

「ああ、そうだね。早速だが本題に入るとしようか」


 今日はあくまで、リブラ先輩に呼ばれてやってきたのだ。リリスのことは今後調べればいい。少なくとも、今の俺たちに害を為すわけじゃなさそうだからな。


「昨日も言ったとおり、ボクの研究対象は【淫紋契約】でね。特に二つの方向から【淫紋契約】について解き明かそうとしている」

「その二つというのは?」

「第一に、【淫紋契約】における個人の相性の問題だ。契約を結ぶ相手との相性によって獲得する魔法が異なることは分かっているが、それはあくまで教会が言っていることでしかない。実際に『どう変わるのか』はブラックボックスだ。結果、強い魔法を持つ者同士が契約すればいい――という安直な発想に陥っている。実に愚かだと思うだろう?」

「は、はあ……?」


 めちゃくちゃ早口でやばい。が、サニーはリブラ先輩の話を理解できているらしかった。俺たちの中では一番【淫紋契約】でより強い魔法を得ようと思っていたわけだし、知識もそれなりには持っているのかもしれない。


「第二に、契約後の性行為によるマナや魔法の成長度合いだ。マナ切れ後に性行為をすることでマナ総量が大きく上昇することは知っているだろう? それに、魔法も強力になる。だが誰も『どんな性行為をすればいいか』は考えようとしない。全く以て不合理だ。性行為の方法によって成長度合いが大きく変わるとすれば、力を手にするための効率を格段によくすることができるのに!」

「…………」


 ヒートアップが凄まじい。リブラ先輩の隣で話を聞いていたリリスも、興味深そうに頷いていた。


「そういうわけで、ボクがお願いしたいことはただ一つ」


 自分を落ち着かせるようにごしごしと口元を拭うと、リブラ先輩はさも当然のように言った。


「キミたちの性行為を見せてくれ」

「「えっ?」」

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