#17 出会いは突然に

「ぐ、ぐへへ。……もしかしてキミって、噂のゴリラ勇者?」

「人違いです」


 その女子生徒は、口から涎を垂らしていた。それほど興奮してるんだろう。目が爛々と輝き、餌を前に『待て』されている動物のように見える。

 髪は長くてぼさぼさ。体の発育は大変素晴らしい。身長はそこそこだし、太腿や胸はムチムチだ。にもかかわらず、制服の上の白衣はロリ科学者キャラが着ているかのようにぶかぶかだった。ドスケベなキャラに『科学者』のシンボルを付与したようなチグハグさを感じる。


 俺はこの人のことを知っている。

 言わずもがな『ハセアカ』の登場人物だからだ。

 だから自分の立場をさておいて、『ヤバい人に遭っちゃった』と思ったんだけど。


「いーや、ボクには分かるんだよ。そういうスキルだからね。ぐふふ。噂のゴリラ勇者なんだろう? フリードリヒ・アレクサンダーくん」

「ゴリラ勇者じゃないっつーの! ……名前はあってますけど」


 誰だよ、そんな不名誉な異名を広めた奴は!

 “魔弾”とか“炎姫”みたいな二つ名は欲しいと思うが、せめてもうちょっとかっこいいやつがいい。別に俺、パワーがあるわけじゃないしな?

 それにしても……スキル、か。俺の頭の中で、『ハセアカ』の記憶と目の前の少女が重なる。その辺りはゲームと同じらしい。


「フリードくん! 大丈夫ですか!?」

「……フリード、大丈夫?」


 俺がどうしたものかと考えていると、マリアがサニーに肩を貸しながらこちらへ歩いてくる。マナ切れを起こしたんだろう。サニーの声には力がない。

 二人に手を挙げて見せ、無事であることを伝える。


「とりあえず大丈夫だ。……怪我してないですよね?」

「ぐふ、も、もちろん! むしろキミに出会えたんだ! ボクからすれば、むしろ幸運が降ってきた気分だ」

「…………怪我がないならよかったです」


 前のめりな台詞は断固スルーのスタンスでいきたい。

 何せ彼女は今の俺にとって、ある意味で天敵だと言えるのだから。


「ええっと、そちらは?」

「マリアの魔法が当たりそうになっちゃってな。俺がギリギリで壊したから何とかなったけど……」

「そうなんですかっ? ご、ご迷惑をおかけして申し訳ありません! ……名前をお伺いしてもいいでしょうか?」

「謝る必要はないさ。魔法暴走は、契約したての子にはよくあることだからね」


 その女性は、立ち上がりながらぱたぱたと白衣についた砂を払う。

 そしてやはり「ぐへへ」と笑いながら続けて言った。


「三年Bクラス、リブラ・アインシュタイン。“執拗”のリブラとはボクのことだよ」


 と、彼女は不名誉にも聞こえる二つ名を口にした。

 マリアとサニーが揃って怪訝な顔をする。その理由は、“執拗”の二文字が異名というよりも汚名だと知っているからだろう。


「おやおや、そんな難しい顔をしてどうしたんだい? もしかしてボクのことを知らないのかな?」

「ま、まさか。リブラ先輩のことは存じ上げています。でも、その二つ名は……」

「“執拗”かい? ボクは結構この二つ名が気に入っているんだよ? 研究者にとって執拗であることは誉れ高いことだからね」

「そう、なんですか……?」


 ああ、とリブラ先輩が大きく頷く。

 リブラ先輩の考えは、マリアやサニーには理解しきれないことだろう。それは二人が悪いのではなく、リブラ先輩が独特な考え方を持ち合わせているからだ。

 ……などと言うと俺だけはリブラ先輩を理解しているように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。俺が知っているリブラ先輩はあくまで『ハセアカ』のキャラクターとしての一面だけだからだ。


 その一面だけで判断するべきじゃない。目の前にいるのは一人の人間だ。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 リブラ先輩とだけは距離を置きたい、って思いがある。


 “執拗”リブラ・アインシュタイン。

 アインシュタイン家は名だたる学者を輩出している名家だが、その中でも彼女は飛びぬけた奇才だと言われている。……同時に変人だ、とも。その理由は彼女が扱う研究領域にある。

 彼女は――【淫紋契約】を研究対象にしているのだ。

 そのため、『ハセアカ』ではヒロインではなく、主人公フリードのサポートキャラとして存在していた。アイテムショップの店員みたいなものだと思ってもらえば分かりやすいだろうか。


 俺が彼女――リブラ先輩と関わりたくなかったのは、絶対に相容れない存在だと思うからだ。


 他の奴らはまだ話が通じるかもしれない、と思っている。マリアも本心から好きでもない奴と【淫紋契約】したかったわけではなさそうだから、他の奴もきっと同じはずだ。

 しかし、リブラ先輩は違う。本気で【淫紋契約】を研究している。思想の根底が違う相手まで変えられると考えるのはいくら何でも傲慢だろう――と思うからこそ、リブラ先輩は俺にとって異星人みたいな存在なのだ。


「あ、あの! 私のせいで危険な目に遭わせてしまったことは間違いないと思うので……何か、お詫びはできないでしょうか?」


 とマリアが口を開いた。

 ……そうなるよな、と俺は歯噛みする。

 マリアが言っていることはもっともだろう。怪我をしなかったとはいえ、リブラ先輩が危ない目に遭う寸前だったことは事実。こちらには償う義務がある。

 でも、リブラ先輩の前でそれを言うのは――悪手だ。


「そういうことなら! 明日、ボクの研究室に来てくれたまえよ。キミたち三人で!」

「研究室、ですか……」

「正しくは僕の研究会の活動場所、なのだけれどね。ああ、安心してくれ! キミたちを研究会に誘う意図はないさ。ただボクの研究を手伝ってほしいだけなんだよ」

「……研究を」


 マリアが俺とサニーのほうを見た。マリア自身はリブラ先輩の提案を受けるつもりなんだろう。

 サニーがこくりと頷き返す。後は俺が引き受けるかどうかになってしまった。


「安心したまえよ、後輩クン。キミやキミの契約者たちに害を及ぼすことはない。ただ【勇者の卵】のキミが結んでいる【淫紋契約】に興味があるだけなのだよ」


 だからこそ何を手伝わされるのかが怖いんだが……。

 けれど、ここで断ればマリアの中にモヤモヤが蓄積されてしまう。そのせいで魔法を嫌いになってしまうのは避けたい。魔法のための【淫紋契約】は正しくないと思うが、魔法そのものを否定したいわけじゃないのだ。


「分かりましたよ。じゃあ、明日一回限りでお手伝いさせてもらいます。それでこの件はお互い、水に流すってことでどうですか」

「ぐふふ。それで問題ないよ。っと、いけない、涎が……」


 垂れかけた涎を袖で拭うと、リブラ先輩は俺たちに研究室の場所を伝え、その場を去っていった。

 小さく溜息を吐いてから二人のほうを向くと、マリアとサニーが辛そうにしている。

 どうしたのか――と考えかけて、俺は二人が状態異常になっていることに気が付いた。


――・――・――・――・――・――

マリア・ヴィクトール 15歳

状態異常:マナ暴走(発情:Lv2)

――・――・――・――・――・――


――・――・――・――・――・――

サンフラワー・コン・ドミネリア 15歳

状態異常:マナ切れ(発情:Lv1)

――・――・――・――・――・――


「……部屋、行くか」

「え、えぇ……」

「ごめんなさい、フリードくん」


 色々と考えたいことはあるけれど、まずはそこからだった。

 こういうところはつくづく抜きゲーなんだよなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る