#16 魔法にもグーパン!
「次は私ですね」
今度はマリアの番になった。ひとしきり魔法を試したサニーは、とりあえず俺の隣で一休みする。まだマナ切れには程遠いようだが、初めて有属性魔法を使ったからか、結構疲れたらしい。
肩を貸そうと思ってサニーに触れ、その体温が思いのほか上がっていることに気付く。
「結構体にも熱が溜まってるみたいだな」
「ひゃうっ!? きゅ、急に冷たい手で触られるとびっくりするじゃない! ……でもひんやりしてて気持ちいいからやめないでよねっ」
「おお、安心するツンデレ具合だな」
「……なんだかすごく姫が馬鹿にされている気がするわ」
肩を竦めて、気のせいだと伝える。めちゃくちゃかっこいい姿を見せられると、可愛すぎるツンデレ台詞にほっとするのは事実だけどな。馬鹿にはしていない。
不服そうにむくれながらも、サニーは体の状態を教えてくれる。
魔法を使っている間は若干
それにしたって、途轍もない火力だった。
『ハセアカ』でもこんな感じだっただろうか、と疑問に思う。RPG部分は流してプレイしていたので、あまり覚えていなかった。
「マリアの魔法もすごいかもな」
「そうだと嬉しいです。魔法のためにフリードくんと契約したわけではないですが……魔法が強力なほうが、私の気持ちを証明してくれる気がするので」
「っ……どんな魔法でもマリアの気持ちはもう伝わってるって」
「だとしても、です! 私は愛の戦士なんです! 決して、バイオレンスな研究会にふさわしくはないんです……!」
「あ~。それ、まだ気にしてたのか……」
「当たり前じゃないですか!」
マリアが声を荒げる。決闘のときと同じくらい真剣だった。
まぁ、気持ちは分からなくもない。いくら【ショット】を使うのが上手いと言えど、〈ヘッドショット研究会〉は複雑な気分になるだろう。まして〈拷問同盟〉と〈暗殺連合〉にも誘われたとなれば、なおさらだ。
俺もここに来る途中、〈喧嘩拳究界〉に誘われたしなぁ……。
「見ててくださいね、フリードくん! 私の愛の力!」
「お、おう。頑張れ」
ストレートにそういうことを言われるとまだ照れるんだからな……?
むず痒い気持ちになりつつ、マリアを応援する。
「では――いきます」
マリアが構えるのは、この前と同じ杖だ。
静謐な空気が場を満たす。
すぅ、と深呼吸。その瞬間、マリアが触れられない棺桶の中にいるんだと錯覚した。
しんしんと、マリアは唱える。
「【ホワイトスピア】」
あ、ヤバい。
そう思ったのは俺だけじゃなかったのだろう。どこかぼーっとしていたはずのサニーも俺から離れ、【フレイム】を発動している。
マリアが生み出したのは、三本の氷槍だった。
鋭く、そして、冷たい氷の塊。
【ショット】とは比べ物にならない存在感だ。こんなものを食らえば、俺でも大怪我は避けられない気がする。
「っ、ごめんなさい! 上手くコントロールができなくて……っ!」
とマリアが叫ぶ。
魔法を制御しきれなくなることは、決して珍しいことではない。だからこそ、こうして順番に試していたのだ。
だが、まさかマリアがここまで強い魔法を使うとは。
制御不能で過剰に強くなっているとは思うが、それにしても――。
「俺を狙え!」
考えてる場合じゃない。
俺は全力で叫んだ。変な方向に飛ばした場合、他の奴に大怪我をさせてしまうだろう。そんな事故は避けたい。
「フリード! 二本はお願い! 一本なら姫の炎で斬って見せるわ!」
「頼むっ! 怪我はすんなよ!」
サニーは剣に纏わせる青炎の勢いを強くする。これだけの熱なら、あの氷槍を切るぐらいのことはできるだろう。
問題は俺だが――仕方がない。俺まで魔法を暴走させるわけにはいかないので、俺にとれる選択肢は一つだけだ。
「どうか……ご無事でっ」
祈るようなマリアの言葉と共に、三本の氷槍が発射される。
しかし、どれも微妙にズレていた。そりゃそうだ。ちゃんと狙えるなら、そもそも制御不能になったりはしない。
サニーが地を蹴った。氷槍が明後日の方向に飛んでいく前に切ろうとしているのだ。
「おらぁぁっ!」
全身全霊でぶん殴る。
くそっ、マジで痛ぇ……! 氷の破片が拳に食い込む。この世界に来て、初めて感じる痛みがフレンドリーファイアだとは思わなかった。
「はぁぁぁぁ!」
俺の叫びと共に、一本目の氷槍が砕け散った。推進力を失くした氷の塊からは意識を外し、すぐにもう一本の氷槍を追いかける。
その先に、一人の少女の姿が見えた。
接近してくる氷槍の存在には気付いているのだろう。しかし、腰を抜かしてしまっているのか、尻餅をついたまま動こうとしない。
「傷つけさせて堪るかっ!」
この魔法がマリアの愛ならば、それで誰かを傷つけるようなことがあってはいけない。
魔族を倒すための魔法だとしても、それでも――。
「こんっ、のぉ……ッ!!」
ギリギリで追いついた俺は、全力で体を捻って氷槍をぶん殴った。
ぴき、とヒビが入る。
歯を食いしばって拳に力を込め直すと、マリアの魔法は綺麗に砕けてくれた。
「っ、はぁ、はぁ……すみません。俺の連れの魔法が迷惑かけちゃって」
息を切らしながら、俺は後ろの生徒に声をかけた。訓練場にはこういう不慮の事故がつきものとはいえ、あのレベルの魔法はよろしくない。マリアのためにも大事にされないように愛想よくしなければ。
そんなことを考えながら振り向くと――その少女は涎を垂らして不気味に笑っていた。
「ぐ、ぐへへ。……もしかしてキミって、噂のゴリラ勇者?」
「人違いです」
あ、ヤバい人に遭っちゃったな。
俺は自分の立場も忘れて、そんな失礼なことを思った。
◇
SIDE:サンフラワー
「フリード! 二本はお願い! 一本なら姫の炎で斬って見せるわ!」
「頼むっ! 怪我はすんなよ!」
大事な友達、マリアの魔法が暴走した。
氷でできた三本の槍が姫たちに向かって発射される。姫はさっき初めて使ったばかりの魔法【フレイム】を唱え、持っていた剣に青い炎を纏わせた。
正直、足が竦む。
マリアは正真正銘の天才だ。シンプルかつ強力な無属性魔法【ショット】を使いこなし、正確無比に的を射貫く様から付いた二つ名は――“魔弾”。二つ名がない姫よりも、マリアのほうが実力は上だ。
「どうか……ご無事でっ」
だけど、そんなことは関係ない。
この魔法がマリアの愛の結晶なら、それに誰かを傷つけさせたくないから。
発射された三本のうち、一本の槍が大きく右に逸れる。フリードにあれを任せるのは難しいはずだ。姫は全力で走って、マリアの魔法と相対する。
「はぁぁぁっ!」
この炎で不幸な未来を燃やし斬る。
全身のマナを火力に変え、青い炎を冷たい氷にぶつけて――。
「やっ、た……」
溶けた氷塊が地面に転がっていくのを見た瞬間、ふっと体から力が抜けた。
フリードと契約してマナ総量が増えたはずなのに、もう空っぽになっちゃったらしい。姫の魔法もじゃじゃ馬だ。
「サニー!? ごめんなさい、私のせいで……」
「マリアのせいじゃないわ」
駆け寄ってくるマリアにふるふるとかぶりを振る。
それから、大事なことを言い忘れてるって気が付いて、口を開いた。
「素敵な魔法ね。まぁ、姫の魔法も負けてはないけど!」
「……はい。私もそう思います」
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