#14 馬鹿と天才は紙一重
「……はぁ。凄かったな」
「ここまでだとは思ってなかったわ」
「です、ね……はぁ、はぁ、はぁ」
研究会の勧誘から抜け出した俺たちはその足で購買部に向かった。しかし、購買部の混み具合も凄まじく、昼食を確保するためにかなりの努力を要した。
なんとか脱出して
近接特化の戦闘をするだけのことはあってか、サニーは息一つ乱れていない。一方のマリアはぜぇぜぇと息を切らしている。
二人の肌に滲む汗が妙にエロく――って、そんなことを考えてる場合か!
「どこの研究会に入るか決めないと、ずっとこのまま勧誘され続けることになりそうだな」
今日は勧誘期間の初日だ。だから、明日以降はもう少し沈静化してくれる可能性はある。だが先輩たちは不特定多数の一年生ではなく、俺たちを狙っていた。明日以降も続くと考えべきだろう。
「フリードは気になる研究会とかあったの?」
サニーが俺に尋ねる。まだ息の荒いマリアも同じことを訊こうとしていたようだ。
気になる研究会、なぁ……。
この際、いったんマリアやサニーのことは忘れよう。二人には二人の人生があるわけだし、別々の研究会に入ってもいいのだ。
二人のことを抜きで考えると、俺が興味を持った研究会は――。
「特にないな。今のところ、魔法も独学で学んでいきたいって思ってるし」
二人と違い、俺は魔法に関する知識を持ち合わせていない。『ハセアカ』でも大した言及はされていなかったので、暇な時間にこつこつと本を読んで勉強している。
ぶっちゃけ、これが結構楽しい。誰かに教えてもらうこともいずれは必要だと思うが、今は自分一人で勉強したいフェーズだった。
では研究会の内容ではなく、『ハセアカ』的な側面――つまり所属している生徒で考えるとどうだろうか?
自問してみるが、答えは変わらない。プレイ中に印象深かったキャラクターはいるけれど、あくまでそれは『ハセアカ』のヒロインとして知っているだけ。その一面を以て『お近づきになりたい』などと思うのは違う気がする。
「二人はどうだ? 別に俺と同じところにする必要はないんだぞ」
「それは分かっているけれど……興味の湧く研究会がないのは姫も同じよ。今はそれよりもフリードの傍にいたい。きっとその方が学べることも多い気がするの!
「わ、私も……同じ気持ちです!」
言ってから、「というか!」とマリアは少し怒った調子で続けた。
「どうして私には〈ヘッドショット研究会〉みたいな、ちょっと変な研究会の誘いばっかり来るんですか!? さっき〈拷問同盟〉と〈暗殺連合〉にも誘われましたよ!? 皆さん、私を何だと思ってるんですか!」
「あ、あぁ……」
なんとも悲痛な叫びだった。
それについてはドンマイと言うほかない。恨むなら【ショット】で巧みに戦っていた過去の自分を恨んでほしい。
「ま、まぁ、気を取り直して! とりあえず飯でも食うか」
「そ、そうね! お腹が空いていたら午後の授業に障るもの!」
「……そうですね」
思いのほかマジで凹んでいるらしい。俺とサニーはマリアを必死に慰めながら、購買部で仕入れた昼食を広げた。
とはいえ、購買部での戦利品もあまり芳しくはない。出遅れてしまったこともあり、一人一つずつパンを買うのがやっとだった。
「早くなんとかしないと、満足に飯も食えないよなぁ……」
自分のパンをすぐ完食した俺は、物足りなさを感じて呟く。
何が厄介って、朝と夜は購買部が開いていないことだ。学外に出ることも許可されてはいるが、王女であるサニーを連れて行くわけにはいかない。朝食と夕食は食堂に行くことを避けられない。
昼ほど勧誘活動が盛んだとは思いたくないが……落ち着いて食える環境でもないだろう。
サニーのメイドであるルナさんに頼めば、軽食くらいは用意してくれるかもしれない。しかし、あの人にも学園生活がある。あまり頼りたくないというのが本音だ。
「フリードくん。半分食べますか?」
「ひ、姫も。少し分けてあげるわ!」
「気持ちはありがたいけど、二人もちゃんと食べてくれ」
いくら物足りないと言っても、二人にパンを献上させるほどクズではない。つーか、むしろ二人こそちゃんと食べてほしい。裕福なはずなのに、どっちも細すぎる。まぁ筋肉がちゃんとあるのは抱けば分かるんだけど――って、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
こういうときは、考え方から変える必要がある。
俺たちは研究会に誘われて困っている。つまり、研究会に誘われずに済む平穏な生活を求めているってことだ。
……ん、そうなのか?
違う、とすぐに答えが出る。俺が求めているのは平穏な生活じゃない。
『エロゲー転生とか言ってるくせにエロがなくてもいいだろうが! 絶っっ対にセックスしないまま生涯を終えてやる!』
セックスはしてしまった。
だが、クソ神への反抗心は消えていない。そして、この学園にはまだまだ好きでもない相手と【淫紋契約】をする奴が溢れている。
クソ神をぶん殴る前に、まずは手の届く範囲から変えていく。
それが俺の望みのだった。
「――そうか。大事なのは攻めの姿勢なんだ!」
「攻めの姿勢?」「責めの姿勢?」
「ん……?」
どっちかが微妙にニュアンスの違うことを言わなかったか?
追及すると話が逸れそうだったので、ここは聞かなかったことにして話を続ける。
「俺一人が騒いだところで限界がある。だからこそ、理に反旗を翻す仲間が必要なんだ!」
「ええっと、フリードくん? どういうことでしょう?」
「よくぞ聞いてくれた! 説明してやろう!」
俺はえっへんと胸を張った。
ピンチはチャンス、逆境こそ革命の兆し!
この状況を打破する天才的なアイディアを二人に披露すべく、高笑い交じりに口を開く。
「俺は好きでもない奴と【淫紋契約】を結ばせようとする風潮が許せない! そんなのは、平和になった世界の幸せを踏みにじる行為だからだ」
「「…………」」
「でも、俺が主張したところでその風潮は変わらない。――しかし、成果を出している研究会の公式見解なら、話も変わってくるだろ?」
「「…………」」
「どこに入るわけでもなく、自分で作った研究会に入ればしつこい勧誘にも合わずに済む! この状況を打破するのにも持ってこいってわけだ」
「「…………」」
「つまりだな? 俺は――好きでもない奴と【淫紋契約】を結ぶ行為を否定する研究会を設立する!」
我ながら完璧かつ革命的なアイディアだ。この世界に転生してからというもの、色々と予想外なことばかりが起きていた。そのせいで『俺って馬鹿なのでは?』と思いかけていたが、そんなことはなかったらしい。俺は紙一重の天才側だった。
あまりの名案に声も出ないのだろう。二人は何も言わず、互いに顔を見合っていた。
やがて「ねぇ」「あの」と二人が揃って口を開く。
「どうした? ああ、もちろん研究会には二人も誘うぞ。無理にとは言わないけどな」
「い、いえ、その……フリードくんの考えはとてもいいと思います。みんなの考えを変えようとするところも大好きです」
「お、おう?」
「でも……」
何故か煮え切らない反応をするマリア。
言いにくそうなマリアの言葉を引き取って続けたのはサニーだった。
「あのね、フリード。――研究会は二年生からじゃないと作れないのよ」
「……………………」
俺史上、最大級の絶句だった。立志編のつもりだったのに、律詩ですらなかった。
一応事実確認をする意味でマリアを見ると、こく、と控えめに頷き返される。
おっふ、マジか~。
「…………し、知ってたし」
この後、二人にめっちゃ可愛いって言われた。
すげぇ悔しかった。
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