#13 新歓的なノリ

「本日より研究会加入期間となる」


 俺がマリアやサニーと【淫紋契約】をした翌日のことだ。我らがAクラスの担任は、どこか気怠げな様子で言った。


「知っている生徒も多いだろうが、改めて説明しておこう。研究会とは生徒が魔法を研究するために結成する学園公認の集団だ。上級生から魔法を教わるいい機会となる」


 研究会。そうか、もうそんな時期なのか――と俺は他人事のように思う。

 『ハセアカ』にも研究会のシステムはあった。要するに部活動みたいなものだ。放課後に生徒が集まり、一緒に魔法の修練に励む。たとえば〈爆発研究会〉であれば爆発魔法の研究を行うし、もっと広く〈近接戦闘研究会〉といって近接戦闘と魔法の併用を究めんとする研究会も存在する。

 ……まぁぶっちゃけると、上級生や下級生のヒロインと出会うための舞台装置でしかない。なので〈放課後お菓子研究会〉とか〈犬猫研究会〉みたいな魔法と一ミリも関係していない研究会も存在する……はずだ。あくまで『ハセアカ』での話だが。


「今月末には新人大会も行われる。ここで優秀な成績を収めた研究会には景品も用意されるため、なるべく出場するように。仮免許取得試験前に実力を試すという意味でも、一年生にとっては貴重な機会になるはずだ」


 新人大会とは、読んで字の如く、研究会の新人同士が決闘を行う大会だ。『ハセアカ』では、選んだ研究会に割り当てられた生徒と【淫紋契約】に至るエピソードだった。ちなみに、新人大会までは一つの研究会にしか属せないことになっている。

 逆に、新人大会までにどこの研究会にも属さないことは基本的に認められていない。

 そんなわけで、


「フリードくんはどこの研究会に所属するんですか? できたら、一緒の研究会に入りたいです!」

「ひ、姫も一緒の研究会に入ってあげてもいいんだから! 教えなさいよねっ!」


 食堂に向かう道中、マリアとサニーから揃って尋ねられた。

 だが、俺はその問いに即答できない。ついさっき担任が研究会の話をするまで、すっかりその存在を忘れていたのだ。


「んー、どうだろうな。さっき研究会について聞いたばっかりだから、まだ全然決められてないんだよ」


 こういうとき、主人公フリードの平民設定は便利だ。学園について無知でも怪訝な目で見られずに済む。何せ『ハセアカ』はストーリーを意識せずともエロを楽しめる抜きゲーだったので、ちゃんと頭を使わないとゲームの仕様を思い出せないのだ。


「ふふっ、そうなんですね。じゃあ色々と見て回った方がいいかもしれませんね」

「まぁ、そうなのかもなぁ……」


 と言いつつ、微妙に乗り気じゃない俺。

 結局、『ハセアカ』にとって研究会の選択は立てるフラグを選ぶことでしかなかったので、愛のない【淫紋契約】に断固としてNOを突きつけたい俺としては乗り気になれないのだ。


「あまり乗り気じゃなさそうですね」

「うっ……そんなに分かりやすかったか?」

「えぇ。サニーの本心と同じくらいには」

「ちょっとマリア!? 姫はそんなに分かりやすくないんだから!」

「俺だってそんなに分かりやすくないぞ!」

「フリードまで! 姫をなんだと思ってるの!?」

「素直可愛いツンデレ姫だろ?」

「~~っ!」


 噛みついてきたサニーに言い返すと、一気に顔が赤く染まった。小さな声で「つ、ツンデレじゃないわょ」と言っているのが実に可愛らしい。

 つい頬が緩むのを感じていると、今度はマリアが「フリードくん」と呼んでくる。


「わ、私のことはなんだと思っているんでしょうか……?」


 健気なトーンで訊かれると、浮気を問い詰められているように感じるのは俺の勝手な思い込みだろうか?

 マリアなら、


『愛人でも、都合がいい女でもいいんです。フリードくんに愛してもらえたらそれで』


 くらいのことは言いそうなんだよなぁ……。

 頬が引き攣るのを感じながら、俺は素直に答えた。


「健気可愛い新妻系彼女ってところかな」

「に、新妻なんてっ! ……気が早いですよぅ」

「だ、だよな。キモかったか……すま――」

「――嬉しいに決まってるので謝らないでください!」

「……ツンデレ呼ばわりされて喜んでた姫がチョロい女みたいになってない?」

「違うのか?」「違うんですか?」

「この不敬者! フリードとマリアじゃなかったら怒ってるんだからねっ!」


 ツンデレなのかも分からないサニー台詞に、俺とマリアは顔を見合わせて笑った。

 俺を好きな者同士、マリアとサニーは多少なりともギクシャクしているんじゃないかと不安になったりもしたが、そういうことは特になさそうだ。決闘が終わって俺のところに来るまでに二人がどんな話をしたのかは分からない。ただ、『抜きゲー世界だからハーレムにも寛容なんだ』なんて二人を侮るような考え方はしちゃいけないな、と思う。


 と、そんなことを考えている間に食堂が近づいてくる。

 しかし、どうも食堂のほうは普段よりざわざわと騒がしいようだった。

 ……もしかしなくても、食堂で研究会の勧誘をしてるんじゃないだろうな?

 だとすれば、鬱陶しいことこの上ない。食事だけ手に入れて、他の場所で食べるしかないか――という考えは、淡く砕け散る。

 何故なら、


「見つけた! 君って【勇者の卵】だよね? うちの〈雷撃研究会〉に入らない?」

「はっ、バカかよ! 勇者を目指すならやっぱり剣術だろ! 〈ソードブレイド研究会〉に入るに決まってるよな?」

「名前がダサいのよ! それよりも〈聖守護十字団〉に入りたいよね? 皆を守る守護魔法を一緒に研究しようよ!」


 ――と一気に囲まれてしまったからである。

 くそっ、前世クソ陰キャはこういうのが苦手なんだよ! 突然色んな奴に話しかけられると、処理しきれなくて『わわっ』とテンパる。それはもはや俺たち陰キャの習性なのだ。


 こんなときこそ王女のカリスマ性を借りるとき――って、サニーがいない!? つーか、マリアもいなくなってるんだが!?

 慌てて周囲を確認すると、二人も取り囲まれているようだった。


「王女殿下! ぜひとも私共〈魔法少女研究会〉に入っていただけませんか!」

「ドミネリア殿下にふさわしいのは拙者たち〈剣極会〉でござる! その剣技、共に磨きましょうぞ!」


 と言い寄られているのがサニーで、


「“魔弾”のマリアさん! あなたこそ〈ヘッドショット研究会〉の輝けるエースです! ぜひぜひ私たちと一緒に魔獣たちの頭を吹き飛ばしましょう!」

「何を言うか! “魔弾”のマリアの才能は我らが〈早撃ち研究会〉でこそ輝くもの! 速さこそ正義! 君もそうは思わないか!?」


 と癖の強い研究会に誘われているのがマリアだった。

 ……そういえば“魔弾”のマリア、って異名があったんだっけ。にしても〈ヘッドショット研究会〉はギリギリアウトだろ。平和な世界でまともに生きていけない性癖を拗らせるな。


 って、そーじゃなくて!

 このままでは身動きが取れない。サニーもマリアも押しに弱い性格ではないと思うが、しつこく勧誘されれば首を縦に振ってしまう可能性もある。


「こんなときは逃げる一択! 陰キャを舐めるなよッ!」


 説明しよう!

 陰キャにとって大半の人混みは自分と無関係の人でしかないため、ぬるぬると間をすり抜けることに慣れているのだ!

 俺は半ば強引に先輩たちを突破し、サニーとマリアの手を引く。

 向かう先は――購買部。

 あそこなら、別の意味で混雑しているだろうから、勧誘は行われていないはずだ!

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