#11 淫紋契約

 【淫紋契約】した生徒の多くは寮の部屋で契約相手とエロいことをする。そのため全員に一人部屋が用意されており、喘ぎ声が漏れないように壁も分厚くなっている。


「地元で作ってるお茶があるんだ。今淹れるから、適当なところで休んで待っててくれ」


 二人にそう言い、俺は備え付けの台所で手早くお茶を入れる。

 フリードの地元の村はお茶が名産だった。色んな種類の茶葉を作っており、『ハセアカ』の帰郷イベントでは媚茶という発情作用のある茶葉が入手できた。


「悪いな。王都に来たばっかりで買い物にも行けてないんだ。お茶しかないけど、我慢してくれ」

「とんでもないです! フリードくんにお茶を淹れてもらえただけで充分幸せですから」

「そうね。別に豪華なお茶会をするつもりはないもの」

「ならよかった」


 幸せっていうのは言いすぎな気もするけど、わざわざ触れるのはやめておく。

 お茶に口をつけて、ほっと一息。ぽかぽかと体の芯から熱くなっていくのを感じた。これは何のお茶だっただろう? 砂糖を入れずとも仄かに甘くて結構おいしい。


「どうだ、美味いだろ?」

「はい、とても! なんだか、お腹の奥がぽかぽかしてきましたが……」

「きっと発汗作用だな。汗を掻くことは疲労回復にも繋がる。今日は二人とも疲れただろ?」

「へ、へぇー。じゃあこのムズムズするのも発汗……?」

「だろうな。うちの地元の茶葉はすごいんだ」


 まるでサウナルームにいるような気分になってくる。じんわりと肌に汗が滲んでいく。想像よりも体がぽかぽかしてきたので、俺は制服のブレザーを脱いだ。


「わ、私も……」「姫も脱ぐわ」


 と二人も俺に追従してブレザーを脱ぐ。白いワイシャツは既に汗でところどころ透けていた。彼女たちの肌が生地に張り付き、大変えっちな姿になっている。

 ……発汗作用、強すぎでは? 効果が現れるのも早すぎだ。『速攻で効く』がうたい文句の頭痛薬でもここまでじゃねぇぞ。


「何が言いたいのかって言うと、俺はこんなお茶を育ててるしがない村出身のどこにでもいる平民なんだ。誰かに好きになってもらえるような要素はない。きっと二人は学園の入って色々あったから混乱してるだけなんだ」

「むぅ。そんなことないって、言ってるじゃないですかぁ……!」

「そうよ! 姫がせっかく勇気を出して告白したのに、どうしてそんなことを言うの?」

「ッ!? お、お二人さん? ちょっと近くありません?」

「近くないです」「近くないわよ!」


 マリアが右から、サニーが左から俺に寄りかかってくる。近いどころか密着状態だった。声の調子もいつもより甘ったるく聞こえる。

 二人の肌は薄桃色に染まっていた。上目遣いで彼女たちが言う。


「私は…っ、フリードくんのことが、ん、好きなんですっ」

「姫も、んん、フリードがいいの! 混乱なんて、ん、してないわ!」

「…………二人ともさっきからどうしたんだ?」


 ちょいちょい嬌声みたいなのが混じってる気がする。

 俺が訊くと、二人は頬を赤らめた。もじもじと焦れったそうに身じろいだかと思えば、ぎゅっと俺の体に抱き着いてくる。


「お、おい!? 落ち着けって! 二人とも目が据わってるぞ」

「しょ、しょうがないじゃないですかぁ!」

「さっきからお腹の奥がきゅんきゅんしちゃってるのよっ! それもこれもフリードのせい! 姫たちがはしたないわけじゃ……ないんだからっ!」

「えっちになるお茶を飲ませたのはフリードくんですよ……?」

「は?」


 えっちになるお茶?

 頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。しかし、やがて俺の優秀(?)な頭脳が答えを導き出した。


 ――『ハセアカ』の帰郷イベントでは媚茶という発情作用のある茶葉が入手できた。


 俺が淹れたお茶こそが媚茶だったと考えれば合点がいく。つーか、それ以外にこの状況を説明できるものがない。

 そういえばこの茶葉を渡してきた奴がこんなことを言ってたような……。


『魔法騎士になるためには夜の営みも頑張らなくちゃならん。だが、うちの村は若いもんがおらんからなぁ。フリードはそういう経験もないだろ? そこでこのお茶だ! こいつを使えば、どんなにご立派なお貴族様でもそういう気分になっちまうってもんよ』


 マジで村から出る若者に何を渡してんだよ!?

 ……っ、くそ。俺の体にも効果が現れ始めたみたいだ。くらくらするし、頭が回らない。エロいことへの欲望が体の奥で暴れているのを感じる。


「フリードくん」「フリードぉ」


 俺をサンドして、マリアとサニーが囁く。


「「おねがい」」


 ――どくんどくんっ。

 心臓が跳ねる。血が沸騰しそうだった。熱い血が下腹部に集まり、そこを硬くしていく。呼吸が飢えた獣みたいに荒くなっているのを自覚した。


「本当に俺でいいのか? 契約は取り消せないんだぞ?」

「いいん、です。消えない繋がりが欲しいから」


 マリアが甘く契る。


「ずっと続くんだぞ。魔法を使う限り、永遠に」

「それがいいの。これからフリードについていける魔法騎士になってみせるんだからっ」


 サニーが勝ち気に誓う。


 二人は本気だった。

 媚茶の効果で発情しているのも事実だろう。けど、それだけじゃない。心から俺を好きになってくれているんだ。

 もしかしたらクソ神の仕業なのかもしれない。

 或いは、主人公に都合がいい抜きゲー補正なのかもしれない。

 そうじゃなきゃ、俺に惚れる理由がないから。


 ――だから、どうした?

 クソ神や抜きゲーを理由に、彼女たちの気持ちからいつまでも逃げ続けるのは正しいと言えるのか?

 違うだろ。

 それは抜きゲー世界の理に甘んじることと本質的に同義だ。


「分かった。【淫紋契約】しよう」

「フリードくん!」「フリード!」

「……ありがとうな、二人とも」


 俺は抜きゲー世界を認めない。

 だが、抜きゲーを理由に好意から逃げることも許さない。

 この相反する考えを矛盾させないために取れる手段は一つだけ。俺が、ヒロインに惚れられても納得できるかっこいい主人公になればいいのだ。


 だから、俺はもう躊躇わない。

 俺は二人と手を握った。

 すると、ある言葉が頭に浮かんでくる。


「「「繋がりこそが我ら人の子の力なり。ゆえに我らは、更なる絆を紡ごう。ここに決して消えることのない絆を表明する――【淫紋契約】」」」


 示し合わせてはいないのに、俺たちの声は自然と重なった。

 ――どくん。

 心音と共に、俺たちは体の深奥で繋がったことを自覚した。


「んっ」「ぁん……」


 と二人が甘やかな声を漏らす。

 マリアはお腹を、サニーはお尻を、恥ずかしそうな顔で触っている。


「どうしたんだ? 体に異変でもあったか?」

「それは、その……」

「……フリードの馬鹿。見せてあげるわよっ」

「……それが早いですね」

「え?」


 何が何だか分からないうちに二人が服やスカートをめくる。薄桃色に火照った肌が露わになり、ごくんと生唾を飲み下す。

 だが次の瞬間、俺はそれよりも官能的な光景に目を奪われた。


 二人の体には妖しい紋様が浮かび上がっている。

 彼女たちが触っていたのは、それぞれその紋様が浮かびがった場所だった。


「――これが……淫紋」


 こくりと彼女たちが頷く。

 そういえば、そうだった。【淫紋契約】を結べば、少女の体には淫紋が刻まれる。この淫紋は普段は見えないが、マナが不足したりエッチな気分になったりしていると妖しく光る。


「フリードくん、私たちのこと――」

「――たくさん愛して?」

「……っ」


 淫紋に誘われるように、ぷつん、と俺の理性は弾けかける。

 ギリギリ理性を保った俺は、あることを思い出し、体に溜まっている神様っぽいパワーを操作した。

 あのクソ神は天界(?)から俺の様子を覗いていることだろう。普段は我慢できるが、彼女たちの淫らな姿を見られるのは許せない。だから上手くできるかは分からないが、このパワーで見えないようにこの部屋を包み込む。


 ……これで多分大丈夫だろう。

 ざまぁみろ、変態クソ神め。


 そんな風に嘯いていられるのも、もう限界だ。

 ――絶対に優しくしろよ?

 俺は己の自制心にきつく言いつけながら、マリアとサニーをベッドに運んだ。

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