#10 色々とおかしい

 SIDE:フリードリヒ


 決闘を終えた俺が一番に思ったのは『色々とおかしい』ということだった。

 マリアとサニーの決闘で俺が狙ったことは三つある。


――・――・――・――・――・――

1)サニーに圧勝することで【淫紋契約】なしで強くなる道を諭す

2)クラスの奴らにも【淫紋契約】なしで強くなれることを伝える

3)徹底的な悪役ムーブでマリアに嫌われる

――・――・――・――・――・――


 まさに一石三鳥のジーニアスな作戦だったはずなのだ。

 にもかかわらず、色々と想定外なことばかりが起きている。一番分かりやすいのはマリアだ。彼女は俺の悪役ムーブを肯定し尽くした。


『馬鹿になっちゃうくらい好きなんです』

『…………そうかよ』


 気絶する直前、マリアは奇麗な笑顔と共に想いを告げてきた。あんな無垢で真っ直ぐな告白を洗脳やチートと断じていいのだろうか。それは間違ってるんじゃないかと俺の良心が主張するのだ。


『なあフリード! さっきのお前の言葉、すげぇ感動したよ!』

『私も私も! きつい口調だったけど、すごくハッとさせられた』


 次におかしいのはクラスメイトたちだ。

 授業が終わり、彼ら彼女らが感激したような目で話しかけてくれたときには本当に嬉しくなった。俺の言葉がちゃんと届いたんだ、と。

 だかしかし――


『誰かに声をかけてもらう。そんな待ちの姿勢じゃダメだよな! 俺、今から三年生の教室に行って未契験の先輩を探そうと思う!』

『私は二年生のほうに行くわ! 噂だと、男子剣術サークルの先輩の中には未契験の人がいるらしいから!』

『よりよい契約相手を手に入れるために俺たちも頑張るぜ!』


 ――と、どいつもこいつも明後日の方向に話を解釈しやがった。

 もしかして、俺の話を聞いてる奴はどこにもいなかったのか? かなり心からバウトしてたんですけど!?


「やっぱり抜きゲー世界は狂ってる……」


 そう言わざるを得ない。

 なんだかクラクラしてきた。放課後になり、俺はとぼとぼと教室を出る。寮まで帰る気力もなかったので、校庭のベンチに腰掛けた。


 見上げた空は夕焼け色。

 ああ、綺麗だな……。ノスタルジックなオレンジが目に染みる。このままずっと、黄昏れているのもいいかもしれない。


「あっ、見つけました!」

「こんなところにいたのね、フリード!」


 聞こえたのは二人分の声。

 ゆっくりとそちらを見遣れば、マリアとサニーが立っている。二人とも決闘の後は医務室に運ばれたので、教室を出るときに顔を合わせることがなかった。


 ――うん、どちらも怪我はなさそうだな。

 マリアとサニーを見つめ、そう胸を撫で下ろす。この学園の医務室ではかなり質の高い治療魔法を受けられる。だからそこまで心配していたわけじゃないが、やりすぎてしまったかなとは思っていた。


「な、なによ! 姫たちを嘗め回すように見ないでくれるかしら!」

「いや、怪我がないかと思っただけだ。不快に感じさせたなら悪かったな」

「全然不快なんかじゃないんだから! フリードにじろじろ見られると恥ずかしくてドキドキしちゃうだけよ! 心配してくれたと思ったら嬉しさまでこみ上げてきておかしくなっちゃうわ!」

「は、はあ……?」

「分かりますよ、サニー! フリードくんに見られているとドキドキしすぎて変になっちゃいますよね!」

「そうなの! さっきから胸がきゅんきゅんしてて……」

「私もです! やっぱり私たち、同じ気持ちなんですね!」

「えぇ、そうねマリア!」

「お、おう?」


 よく分からんが、マリアとサニーが仲良くなったっぽい。その証拠に、マリアがサニーのを愛称で呼んでいる。


「二人は友達になったんだな」

「はい、そうなんです! 医務室で休みながら少し話をして……」

「マリアが姫に教えてくれたのよ。この気持ちの名前を」

「へぇ、マリアが。身分の違いを気にせず教え合えるってのはいいことだな」


 仲良きことは美しきかな。色々と想定外なことばかりが起きたが、二人が友達になれたことはよかったと思う。

 今日のところはそれでいいのかもな。

 すぐに変えられるほど、世界の形はヤワじゃない。だからめげずに努力し続けるのだ。


「……フリードくん、もしかしなくても何も分かってないですよね?」

「そうだな。俺はまだ何も分かってなかった。だから傲慢になってたんだろうな」

「ああ、やっぱり何も分かってない……!」

「いや、分かってるって」


 一歩ずつ着実に進んでいく。

 それが大切なのだと分かった。

 ……はずなのだが、マリアもサニーもやれやれと頭を抱えている。え、どうしたの?


「あのね、フリード! 姫たちがどうしてあなたのところに来たのか分かる?」

「ん? それはもちろん、二人が友達になったって教えてくれるためだろ?」

「それも確かに伝えたかったわ! フリードがいなければマリアとこんな関係にはなれなかったかもしれないもの!」

「おお、そうかそうか。それはよかった」

「って、違うわ! でも、姫たちの一番の目的はそうじゃない!」


 サニーは勢いよく俺を指さした。

 夕日が彼女の後ろでメラメラと燃えるように光っている。

 その眩しさに思わず目を奪われた。


「姫たちはフリードと契約するために来たのよ!」

「は?」

「サニーと話し合ったんです! 後に倒れたのは私ですが、それはフリードくんに倒された順番でしかありません。だから二人一緒に契約してもらおう、って」

「は??」

「とはいえ、姫のほうが先に倒れたのは事実だわ。まったく同時には契約できないだろうから、先にマリアと結んでちょうだい」

「は???」

「でも、できればえっちなことは……三人がいいです。フリードくんが嫌じゃなければ、ですけど……」

「は????」


 脳が理解を拒んでいた。

 え、意味が分からないんだが。マリアはともかく、どうしてサニーまで【淫紋契約】を望んでるんだよ?


「ちょっと待て。決闘の最中に言ったこと、聞いてなかったのか?」

「もちろん聞いていたわよ! 姫はもっと強くなるわ。魔法を使わなくてもフリードを倒せるくらいに!」

「じゃあ【淫紋契約】する必要はないだろ。昨日の話はこれで終わ――」

「――ち、違うのっ! そうじゃなくて……姫は……」


 サニーと視線がぶつかる。

 彼女の目は熱っぽく潤んでいた。

 どくん。心音が体の奥で鳴る。


「姫は、フリードが好きだから契約したいのっ! ……強くなるためじゃない。フリードに愛してほしいのよっ」

「なっ」

「こ、光栄に思いなさいよね! 姫に選ばれれば、いずれフリードも王家に入ることができるんだから!」

「ちょっと待てって。どうして――」

「っ、フリードが王家に入りたくなければ、姫が平民になるわ! お母様はきっと賛成してくださるもの。お父様とお兄様たちには反対されるかもしれないけれど……姫がお願いすれば、きっと応援してくれるはずよ!」

「だから、ちょっと待て! 色々と先に進みすぎだ!」

「そうですよ。私たちは学生なんですから、将来どうなるかなんて分からないじゃないですか。フリードくんのことです、きっとこれから出世するはずです」

「そういう話でもないからな!?」


 話がぶっ飛びすぎだ。

 自分を落ち着かせるために、すぅーっと深呼吸をした。充分に酸素を吸い込めば、ノロマになっていた頭も回転してくれるはず。さあ、俺の優秀な脳よ。どうしてこうなったのかを分析したまえ!


 回答――原因不明。

 どうしてこうなった!?


 マリアは、まぁ分からなくはない。目の前でアルファを倒したわけだしな。吊り橋効果的な勘違いが発生しうる可能性も一ミリくらいはあるかもしれない。

 だが、サニーは違うだろ。決闘ではかなり痛くしてしまったし、口汚く罵った。どこにも惚れられる理由がない。


「…………とりあえず寮で話すか」


 二人に迫られている光景はあまり周囲に見られたくない。俺が不埒な男みたいに映りかねないからだ。

 その点、寮の部屋ならば誰に見られる心配もない。一応地元から持ってきたお茶もあるし、それを飲んで落ち着いてもらおう。


「これが噂に聞くお持ち帰りですね!」

「姫、ドキドキしてきたわ」


 ……微妙に勘違いされてる気がするが、俺は聞こえないふりをして歩いた。

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