#09 これが抜きゲーのご都合主義か
「それが本当なら、努力が足りてないんじゃねぇの? 温室育ちのボンボンが」
こんなもの、本心からは程遠い。
サニーやマリアが、そしてこの学園に入学してきた生徒たちが、強くなるために努力してきたことは分かる。彼ら彼女らはエロいことがしたくて【淫紋契約】を結ぶわけじゃない。普通の努力では決して魔族に届かないから――奇跡に縋ってでも力を得ようとしている。
それでも俺は、何も知らない平民のふりをする。
善意よりも悪意のほうが人の心に届くのだと、身を以て知っているから。
戦い抜いたその世界で、隣にいる人を彼ら彼女らが愛おしく思うためなら――俺は憎まれてもよかった。
「そんなっ、ことは……」
「そんなことはない? じゃあどうしてお前は俺に負けてるんだよ。戦うための努力をしてきたわけじゃない、この俺に」
「それは……あなたが――」
「【勇者の卵】だから、か? 本当にそれを理由にしていいんだな?」
「――っ。違う!」
本当に気高い子だと思った。
もしも『【勇者の卵】だから強い』と認めれば、その時点で彼女は色んなものを放棄したことになる。
でもサニーは手放さなかった。
だからこそ、続く言葉を届けられる。
「ならお前の努力不足じゃねぇか。いや、足りないのは覚悟かもな。――どうせ【淫紋契約】すれば強くなれる、って。心のどこかでそう思ってたから、その程度しか強くなれてないんじゃねぇの?」
「違う! 姫は…姫は……ッ!」
「お前らは結局、与えてもらわなきゃ何にもできねぇんだよ! 境遇も、戦う理由も、戦うための力も――与えられなきゃ、手に入れられない。それがお前らだ」
サニーだけじゃない。見学しているクラスメイトたちにも聞こえるように告げる。
見学席のほうから怒声が上がっていた。うん、流石にやりすぎだよな。我ながらめっちゃ悪役だよなって思う。
「違うなら、【淫紋契約】なんか結ばずにもっと強くなってみせろよ。未契験者が魔族に勝てないなんて常識は――とっくに俺がぶっ壊したんだから」
「……っ」
俺が言い放つと、サニーはこちらを睨みながら立ち上がろうとする。
しかし、脚に力が入らないらしく、悔しそうに膝をついた。
「やめっ! サンフラワー・コン・ドミネリアは戦闘不能と見做す。以降、彼女への攻撃は失格とする」
「っ、先生、待ってください! 姫はまだ――」
「――意地の張らなきゃいけないのは今じゃなくて、修練のときだろ。立ち止まらなければ、お前はもっと強くなれるんだから」
「…………そう、ね。負けを……認めるわ」
サニーが唇を噛む。
これでサニーも分かってくれただろう。力が欲しいからと安易に【淫紋契約】に頼るべきじゃないのだ、と。他のクラスメイトたちにも伝わればいいんだが……俺の言葉だけではきっと足りないだろう。サニーから伝播してくれたらいいと思う。
「ミネルヴァ先生。これで決闘は終わ――」
「【ショット】」
「――なっ!?」
決闘も終わりだと油断しかけていたとき、背後からマリアの声が聞こえた。
ハッとして振り向く。が、反応が遅かった。マリアが放った光球をもろに食らってしまう。
……痛みは、ない。【無限精力】の子スキル、スタミナ∞のおかげだ。
「まだ立ち上がれるのか、マリア」
「当たり前、です! まだフリードくんに私の気持ちを示せていませんから」
杖を構えるマリア。だが、俺の与えたダメージがないわけじゃないようだ。今にも杖を落としてしまいそうなほどに手が震えていた。
「……どうしてそこまで俺と【淫紋契約】したいんだよ? もう分かったはずだろ? 俺の根っこは、育ちの悪い平民だ」
「そんなの、嘘ですよ。フリードくんの根っこにあるのは皆を包み込むような優しさです」
「は、はあ? どうしてそうなる?」
抜きゲー特有の主人公に都合がいい解釈ムーブか?
俺が怪訝に返すと、マリアは痛みなんて感じていないようにふんありと笑った。
「さっきまでの酷い言葉は全部、私たちのために言ってくれていたんですよね? 私たちが好きでもない人と【淫紋契約】するのを止めるために――未契験のままでも強くなれるって伝えようとしていた。違いますか?」
「えっ、い、いやそれは――」
「ふふっ。急に顔が赤くなりましたね。フリードくんの可愛い一面、発見です」
「なっ、か、可愛くはないが!?」
どうして俺の企みを看破してるんだよ!
って、そうか。マリアにはアルファの前で伝えているんだ。好きでもない相手とは【淫紋契約】するべきじゃない、と。
それをベースに考えれば、さっきまでの俺の言動の意図が読めても納得……なのか? それにしたってマリアは鋭すぎでは?
「好きな人が考えてることですから。少し見ていれば分かります」
「心の中を読まないでね!? てか、決闘中に余計なことを考えすぎだろ……」
「余計なことではありません! フリードくんのことをもっと好きになれました」
「っ!?」
ひたすら一途な瞳が俺を真っ直ぐに映す。
そんな目を見ていたら、勘違いしそうになる。クソ神の洗脳とか抜きで俺を好きになってくれてるんじゃないか、と。
――いやいやいや、ありえないだろ?
俺のどこに惚れる要素がある?
どう考えてもヤバい奴だろ。魔族を殴るし、王女を殴るし、暴言も吐き散らすし。それを好意的に受け取ってくれてるマリアは、主人公に都合のいいヒロインムーブだ。そうに決まってる!
「もう立ってるのも辛いだろ? さっさと終わらせてやるよ」
「こんなの、辛いうちに入りません!」
◇
SIDE:マリア
「違うなら、【淫紋契約】なんか結ばずにもっと強くなってみせろよ。未契験者が魔族に勝てないなんて常識は――とっくに俺がぶっ壊したんだから」
クラスの人たちが飛ばす罵声を浴びながら、それでも彼は言い放った。
相手はこの国の第一王女。学内の出来事が不敬罪に問われることはないけれど、それにしたってドミネリア王女殿下にあそこまで言える生徒はいないだろう。
ううん、もしかしたら国内の誰も言えないかもしれない。国王陛下を筆頭に王族の方々はドミネリア王女殿下を溺愛していると聞くし、その愛情に応えるだけの努力を彼女自身がしているから。
なんて不器用な人なんだろう、って私は思った。
彼が悪役を演じているのは、私たちのためだ。私たち貴族は小さい頃から国や平民のために戦うために生きるのだと教えられる。
そして、強くなることができる【淫紋契約】を厭わない。
たとえ『好きでもない人と【淫紋契約】しなくていい』と言われても、素直に飲み込むことはできないはずだ。
だからこそ、彼は優しさではなく悪意を剥き出しにしたんだと思う。
嫌われてでも私たちに思いを伝えようとした。
「もう立ってるのも辛いだろ? さっさと終わらせてやるよ」
「こんなの、辛いうちに入りません!」
そんな彼だから、私は自分の恋が正しいと信じることができる。
もう体の中のマナは空っぽだった。さっきの【ショット】にめいっぱいのマナをこめたのに、フリードくんには大して効かなかったらしい。
でも、負けられない。
まだフリードくんに、私の気持ちが届いていないから。
「はぁっ、【ショッ――ッ!!」
届け、と。
そう願いながら放ったはずの【ショット】は形になってくれなかった。今度こそ体から力が抜けて、私は立っていられなくなる。
うそ、でしょ? 私は…まだ……。
そうして倒れそうになった私を――
「ったく、マナ切れするまで無理するとか馬鹿か!」
――フリードくんが支えてくれた。
彼が慌てた顔で覗き込んでくるので、私は思わず笑ってしまう。
「馬鹿になっちゃうくらい好きなんです」
「…………そうかよ」
ぷいっとフリードくんが顔を逸らす。もしかして、照れてくれてるんだろうか。だとしたら……限界まで頑張った甲斐があったかもしれない。
「勝者、フリードリヒ・アレクサンダー」
薄れゆく意識の中でミネルヴァ先生の声が僅かに聞こえた。
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