#08 オタクって自己犠牲な悪役ムーブが好きだよね
次の日、俺たち一年Aクラスは戦闘実技のために第三魔法訓練場に集まっていた。
ちなみに、こうした実技系の授業でも生徒は制服を着用することになっている。特別な繊維で作られているため、下手な武装をするよりも安全なのだ。
そのほか、生徒はそれぞれ自身が使いやすい武器を持ち込むことが許可されている。マリアは杖、サニーは片手剣を持ってきていた。そこは『ハセアカ』と同じだな。
俺はと言えば、特に何も持ち込んでいない。俺も
「例年、最初の授業では希望者に手本として決闘をしてもらっている。今年は予め申し出があった。決闘に参加するのはサンフラワー・コン・ドミネリア、マリア・ヴィクトール、フリードリヒ・アレクサンダーの三名だ」
実技訓練を担当するのは、昨日俺を取り調べた先生だ。名を、ミネルヴァ・エリクトールという。ミネルヴァ先生に呼ばれ、俺たち三人は前に出た。
「サンフラワーとマリアは入学試験でも優れた成績だった。フリードリヒは知ってのとおり【勇者の卵】であり、学園に現れた魔族を撃退した生徒だ。三人の決闘から得られるものも多いだろう。よく見て学ぶように」
そんな風にハードルを上げられても困る。俺は戦闘経験がほぼゼロなうえ、無属性魔法を使ったこともないんだぞ?
……でも、今日はこれでいい。この決闘はなるべく多くの生徒の目に焼き付けたいからだ。
「負けないわよ、二人とも!」
「私だって……殿下が相手でも手加減しませんから!」
サニーもマリアもやる気に満ちている。
そんな二人に向けて、俺は一つの提案をした。
「三人で乱戦ってなると本当の実力が分からないし、見学もしづらいと思う。だからまずは二人とも、俺を狙ってくれないか?」
「えっ」「はぁ?」
二人が訝しげな視線を向けてくる。
別にこの提案は通らなくてもいい。そのときのための立ち回りも考えてはいる。だが通せた方が楽なのも事実だった。
「それって……二対一で戦えってこと? 姫とマリアを馬鹿にしてるの?」
「違う違う、むしろ逆だ! 俺は戦闘経験がほとんどない。二人が戦い始めたら、そもそも俺は入っていけないような気がするんだ。でも、二人のうちの勝った方とだけ戦うのもフェアじゃないだろ」
「なるほど……私は承知しました。殿下がよろしければ、まずは協力してフリードくんを倒させていただきます」
「……姫もそれでいいわ。二対一だなんて不本意だけれど、あなたの言うことも理解はできたから」
「助かる。流石に初っ端から漁夫の利を狙った卑怯な平民だとは思われたくなくてな」
よし、説得完了。これで恙なく計画を実施できる。
俺たちは所定の位置につく。ミネルヴァ先生は俺たち三人の様子を目視で確認した後、ばさっと手を挙げた。
「それでは――決闘開始ッ!」
ミネルヴァ先生の合図で決闘が始まった。
開始と同時にサニーが地面を蹴り、こちらに突撃してくる。その口元は移動時間の間隙を縫うように魔法を唱えていた。
「【クイック】」
未契験者が使う中ではかなり上位の魔法だった。
サニーの体を青い光が包み込む。【クイック】によって行動速度が上がった――と思ったときにはもう、サニーの間合いに入ってしまっていた。
「たぁぁぁぁっ!」
「っ、当たるかよっっ」
素早く襲い来る斬撃をバックステップで躱す。
だが、サニーは剣を止めない。続けて襲い来る攻撃も歯を食いしばりながら回避した。
――努力したんだろうな
そう、強く感じる。
この鋭利な連撃を繰り出すために、サニーはたくさんの努力を重ねたはずだ。肌に伝わってくる刃の冷たさと熱さには、途方もない時間が詰まっている。
「【ショット】【ショット】【ショット】」
「ッ!?」
詠唱が聞こえ、咄嗟に地を蹴った。
魔法を発動したのは――マリア。無属性の攻撃魔法。シンプルだが、勢いよくこちらに飛んでくる光球は、近接戦闘に気を撮られていた俺には脅威だった。だからこそ、三連続で発動したのだろう。しかも微妙に狙う位置をズラして。
緻密に計算された判断だ。これを可能にするのは天性の才能ではない。嫌になるほどの勉強や修練の産物なのだと思う。
「よし、当たりましたっ」
「チッ」
二発は躱せたが、最後の一発が脚に当たってしまう。
衝撃で体勢を崩す、その一瞬。それをサニーは見逃さない。マリアに誤射されることなど考えてもいなかったかのように、サニーは迷いなく一歩踏み込んでいた。
「やぁぁっ!!」「【ショット】っ」
迫りくる刃と魔法の弾丸。
どちらを避けてももう一方を食らうだろう。見事にハメられた。即席のはずだが、サニーとマリアのコンビネーションは凄まじい。『ハセアカ』での二人を思い出すほどだった。
ストーリー序盤で【淫紋契約】をする二人は、『ハセアカ』におけるメインヒロインと呼んで相違ない。
近接特化のサニーと、魔法特化のマリア。
【淫紋契約】をして有属性魔法を得れば、さぞかし強い二人になるだろう。
「だけどなっ――」
未来は、いつかの
強くなって、大切なものを守って、その後は?
「――その程度じゃ俺には届かない」
俺は拳を突き出した。
狙うは一か所。サニーの鳩尾だ。
「なっ、正気!?」
「肉を切らせて腹を殴る、ってなァ!」
サニーの剣が肩口を切り裂く。が、構うものか。肉を切らせても骨を断たせてもいい。俺はただ、ぶん殴るだけだ。
「っ、あああっ」
サニーの体が吹き飛ぶ。
しかし、まだ終わりじゃない。俺は強引に体の向きを変え、こちらに向かってきている光球を殴り返す。
「えっ、うそ……魔法を!?」
弾いた光球がマリアへ向かう。俺は勢いそのままに光球を追い抜き、マリアの懐に入る。
魔法の跳弾程度では大したダメージにはならないだろう。だから、突飛な行動に気を取られた一瞬の隙を狙った。
まずは杖を構えている両腕、次に脚も痛めつけ、無力化する。こちらに追いついた光球を再び弾き、今度はサニーのほうへ飛ばした。ちょうど起き上がろうとしていたサニーにも運よく命中し、彼女は再び膝から崩れた。
「っと、こんなところか。分かったか? これが俺とお前らの差だ」
二人に、そして見学しているクラスメイトたちに聞こえるような声で叫ぶ。
聞こえるだけじゃ足りない。
こいつらの魂に響かせなきゃダメなんだ。――もっと叫べ。
「言っとくが、俺はまだ誰とも契約していない。それどころか、今の戦闘では魔法も使わなかった! 平民は魔法の使い方なんか知らないからな!」
「「……っ」」
「それに比べて二人はなんだ? 貴族は平民を守るために戦うんだよな? ってことは、学園に入学する前から強くなるために努力してきたんじゃないのか?」
「っ、当たり前、でしょ! 姫は強くなるために…っ、民を守れる最強の魔法騎士になるためにッ! 今日まで生きてきたんだから!」
俺の悪辣な声に呼応するように、サニーが立ち上がり、剣を構えた。
まだ決して勝利を諦めていない眼で――やはり突撃してくる。
だが俺は。
「仮にそれが本当なら――」
サニーが動き出すよりも早く、彼女に接近して。
咄嗟に彼女が放った剣撃を真正面から殴り壊した。
「っっっ!?」
――ぽきん
サニーの持っていた片手剣が折れる。
パンチの衝撃をもろに食らい、サニーの体は地面を二度ほどバウンドした。
地面に這いつくばったサニーを見下ろしながら、俺はなるべく悪役っぽくなるように意識しながら言い放つ。
「それが本当なら、努力が足りてないんじゃねぇの? 温室育ちのボンボンが」
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