#07 全員迷走してると気付いてほしい

「あなたは【勇者の卵】なのよね?」

「……まあ、そうだな」

「だったら姫と――【淫紋契約】してちょうだい」

「は?」「えっ!?」


 サニーは唐突にとんでもない爆弾を落とした。

 いやいやいや、ちょっと待て。この時点のサニーはフリードとマリアのライバルキャラだったはずだ。【勇者の卵】の力を試すと言って、何度か勝負を仕掛けてくるのである。


「お、俺がドミネリア王女殿下と契約? そんなのありえないだろ。よく考えろって」

「ありえなくないわ。姫は民を守る、最強の魔法騎士になるの。いきなり魔族を倒したあなたなら相手として申し分ないわ」

「い、いや……だって平民だぞ?」

「『仲間として扱って』って言ったのはあなたじゃない!」

「それはそう!!!」


 俺ってば余計なことしか言わねぇなぁ!

 同時に、『ハセアカ』と乖離した展開にも合点がいく。アルファを即退治したことで、試すまでもなく【勇者の卵】の力を認めてくれたのだろう。あのグーパンと【勇者の卵】の能力には何の因果関係もないのだが。


「ま、待ってください!」

「……? あなたはヴィクトール伯爵家のマリアじゃない。待つって何を?」

「ふ、フリードくんとの【淫紋契約】のことです! ……私のほうが先に契約をお願いしていました! じゅ、順番を守ってください!」

「そうだったのね……そういうことなら、しょうがないわね。まずはマリアが――」

「勝手に話を進めんなよ!?」


 危うく流されるところだった。

 マリアはクソ神のチートによって恋愛感情を作られただけだし、サニーに至っては力のために契約しようとしている。どちらと【淫紋契約】するのも矜持的にNOだ。


「あのな、ドミネリア王女殿下。あんたが強くなりたいのは分かる。でも【淫紋契約】は一生涯付き纏うことなんだ。好きでもない奴を契約相手に選ぶなんて間違ってる」

「大事なのは姫の将来より、民の現在いまよ。あなたと契約すれば、姫は強くなれる。守れる人が増えるの! 契約しない理由がないわ!」

「わ、私はフリードくんのことを心からお慕いしています! 一生後悔しません! だから私と契約してください!」


 マリアが混ざってきたことで一気に話が拗れたなぁ!?

 教室でいきなりプロポーズしないでほしい。女子が「きゃー」って黄色い歓声上げてて、めちゃくちゃ恥ずかしいから。


 というか、この状況がなかなかまずい。

 二人の美少女に迫られている。しかも、片方はこの国の王女だ。目立たないはずがない。


 ――このままじゃ、流される。


 俺は抜きゲーの引力を感じた。

 油断するとエロ展開に引っ張られてしまう。キャラクター程度では逆らうことのできない、大いなる意思のようなものが確かに存在している。


「僭越ながら、姫様。少しよろしいでしょうか?」


 俺たち三人の緊張状態を破ったのは、サニーの隣に現れたメイド服の女性だった。


「って、いつの間に!?」

「驚きすぎよ。ルナは姫のメイドだもの、これくらいできて当然だわ」

「メイドはそんな隠密職じゃねぇよ……」


 と言いつつ、突如登場した女性と挨拶を交わす。


「私は姫様のメイドを務めております、ルナと申します。フリードリヒ様、何卒よろしくお願いいたします」

「どうも……フリードリヒ・アレクサンダーです」


 ルナ・ナリアがフルネーム。学園の三年生なのになぜかメイド服を着て通学しており、それが当然のように許されるメイドキャラだ。彼女とのHシーンはメイドプレイである。


「それでルナ、どうかしたのかしら?」

「フリードリヒ様は、先ほどご自身で仰っていたように平民出身です。流石に今日出会ったばかりの姫様と【淫紋契約】を結ぶのは心理的ハードルが高いのではないかと思います」

「そ、そうなんですよ! 同じ立場だと思ってても、やっぱり身分差を飲み込めなくて!」


 何故かルナさんが援護射撃をしてくれたので乗っかっておく。

 実際、王女や伯爵令嬢は平民からすれば天の上の存在だ。気が引けてしまうのは当然だろう。俺の場合はそういうわけじゃないけども。


「そこで私から提案です――お三方で決闘をしてみてはいかがでしょう?」

「は?」

「一度剣を交えれば、志を共にする仲間だと実感することができるはずです。そうすれば身分差など気にならないのではないでしょうか?」


 そういう問題ではないんだよなぁ……!

 俺がツッコむ間もなく、今度はマリアが前のめりに言う。


「で、でしたら! 決闘の結果で先に契約してもらうのがどちらか決めませんか? 先に出会ったというだけで……私はまだ、何も覚悟を見せられていないので!」

「そうですね、それもいいかと思います。【勇者の卵】の能力は未知数な部分も多い。契約の順番によって効果が変わる可能性もありますから」


 おっと、いつの間にか二人と契約することは確定事項みたいになってません?


「二人の提案、私もいいと思うわ。じゃあ、明日の戦闘実技の授業で決闘を行いましょう! ルナ、先生に話を通しておいてくれる?」

「かしこまりました。仔細、私にお任せください」

「えっ、あの。俺の意見は――」

「また明日会いましょう、フリードリヒ・アレクサンダー! それからマリアも!」


 ――俺の意見は聞いてもらえないらしい。

 こちらが異を唱える前にサニーとルナは教室を出て行ってしまった。

 残されたマリアは、決意に満ちた目で言う。


「今日は情けないところしか見せられませんでしたが……明日は負けません。たとえドミネリア王女殿下が相手でも……フリードくんへの気持ちが本気だってこと、結果で証明してみせます!」

「だから、そんな必要は――」

「今日はここで失礼します。明日の決闘のためにできることをしておきたいので」


 綺麗な姿勢で一礼し、マリアも教室を去っていく。

 まずい。際限なく流されてしまっている。このままでは本当に二人と【淫紋契約】することになってしまうかもしれない。


「いったい、どうしてこんなことに……」


 それもこれもクソ神のせいか? いや、そうやって責任転嫁するのはよくない。サニーに迫られているのは間違いなく【1/3の純粋な神気】のせいだが、あのスキルがなければアルファに勝てなかった可能性も高いのだ。


 教室を出れば、廊下にも【淫紋契約】の相手を探す生徒の姿があった。

 契約を結んだ生徒たちは寮の部屋でエロいことをする。


 ――結局俺は、何一つ変えることができないんだろうか?


 刹那、曇っていた思考に一筋の光が差し込んだ。

 俺は全てを変えたい。心から望む者にだけ【淫紋契約】をしてほしい。その対象はマリアやサニーといったヒロインだけにとどまらない。『ハセアカ』でモブだった生徒も、俺にとってはこれから共に青春を謳歌していく仲間なのだから。


 なのに、諦めかけていた。

 数が多いから何もできない――と。


 その考え方こそが間違いだった!

 最初から全てを変えることをゴールに据えれば、一つの方法が浮かび上がってくる。


「明日、世界を変えてやろうじゃねぇか!」


 エロ展開はこの拳で打ち砕く!

 最高にシンプルな話だった。

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