#05 なんで告白されてんの?

「助かったよ、マリア。あのままだといつ解放されるか分からなかった」

「お力になれてよかったです。私はただ、当然のことをしただけですが……」

「その『当然』が誰かを助けるんだよ。特別なことをせずとも、誰もが当然助け合える世界なんだからな」

「ふふっ、フリードくんは素敵なことを仰るんですね」


 マリアに笑われ、なんだかこそばゆい気持ちになる。我ながらふわふわとしたことを言ってんな~と思った。


「ところで、先ほど平民出身だと仰っていましたが……もしかしてフリードくんが【勇者の卵】に選ばれたと噂の一年生なのでしょうか?」

「まぁ、そうだな。いきなり選ばれたから、自分でもまだ実感できてないんだけど」

「そうなんですか?」

「ああ。何せちょっと前までは王都から離れた村で畑を耕してたからな。魔獣が現れても追い払うか逃げるかの選択肢しかなかったんだよ」


 意外と自分語りが止まらない。フリードとしての記憶がぺらぺらと口から零れる。

 【勇者の卵】に選ばれたフリードは、地元を離れて王都の学園に通うことを躊躇した。村には自分以外に若者がいなかったからだ。

 しかし、平和な世界にするために、はるばる王都にやってきたのである。


「……私たちが不甲斐ないせい、なんですね」

「えっ?」

「本当は貴族が皆さんを守らないといけないんです。なのにフリードくんのような平民出身の方にも戦わせてしまっています。そう思うと……不甲斐ないです」


 隣でマリアが俯く。この展開にも見覚えがあった。だが、『ハセアカ』と違い、今の俺はマリアと契約関係にない。だからゲーム通りの答えを言うわけにはいかなかった。


「それは違うな。俺の村は貴族の人に何度も救われた。同じように助けてもらった人たちはたくさんいるはずだ。まだ平和ではないけど、俺たちは明日に希望を持つことができてる。不甲斐ないなんてこと、あるはずがない」

「っ、そう、ですね……ごめんなさい。私の視野が狭くて――」

「謝らなくていい。マリアの気持ちも分かるし、きっと間違ってない。戦ってくれてる貴族の人たちは、不甲斐ないって思ってるはずなんだ。守れることが当たり前になってるから」


 まだばつが悪そうにしているマリア。

 俺はふっと微笑みかけ、続けて言った。


「そんな貴族の人たちをかっこいいと思うけど、だからこそ思う。誰が貴族の人たちのために戦ってくれるんだろう――ってな」

「…………」

「【勇者の卵】に選ばれたからには、俺はみんなのために戦おうと思ってる。平民はもちろんだけど、戦わなくちゃいけない貴族の人たちのためにも戦いたい。さっきのアレも、その一環みたいなものなんだ」


 ……我ながらちょっと何を言ってるか分からないな。

 数多の創作物を摂取してきたことによる『それっぽい台詞』の知識と抜きゲー主人公の蛮勇に近い勇気が合わさり、ぺらぺらとキザなことを口走ってしまう。流石に痛すぎる。

 せりあがる羞恥心を誤魔化すようにぽりぽりと頬を掻いていると、


「やっぱり――です」


 とマリアが小さく呟いた。


「ごめん、今なんて言った?」

「私、やっぱりフリードくんと【淫紋契約】がしたいです!」

「は?」


 どうしてそうなるっ!?

 素で声が出た。マリアはぐっと俺に詰め寄り、曇りなき眼で言う。


「大丈夫です! 【勇者の卵】に選ばれた方は、複数人と【淫紋契約】ができるはずなので」

「何がどう大丈夫なんだ!?」

「私は…その……あまり魅力がないと思いますので。私に一生縛られてしまうのはお嫌かもしれません。ですが、他の方とも【淫紋契約】していただけます! だから、私ともどうか――」

「いやいやいや、そういう話じゃないだろっ? っていうか、マリアに魅力がないなんてことはない!

「~~っ、ほ、本当ですか……!?」

「お、おう。けど、まずは一旦落ち着いてくれ!」


 ちょっとでも気を抜けば押し切られそうな気がする。俺は慌ててマリアから距離を置き、彼女を落ち着かせる。

 いや、本当にどうしてこうなった?


「俺は言ったよな? 無理に【淫紋契約】をする必要はない、って」

「無理にしてるわけじゃありません! 私はフリードくんと【淫紋契約】したいんです!」

「お、俺と……?」


 え、告白されてる? だいぶ早くない? 『ハセアカ』でももう少し話が進んでから告白されたぞ?

 ……いや、流石に告白されるわけがないな。この展開の伏線ヒントはこれまでの会話にある。


「【勇者の卵】だからって、好きでもない相手を契約相手に選んじゃダメだ。ちゃんと好きな人と契約してくれ」

「だ・か・ら! 私はフリードくんが好きなんです! 【勇者の卵】だからとか、どうしてそんな哀しい受け取り方をするんですか……?」

「えっ――」


 あれぇ??????

 俺を好きになる伏線とかどこにあった? 意味が分からない。確かに『ハセアカ』は抜きゲーなので基本的にヒロインがチョロいが……。

『勘違いだ』と言って落ち着かせようとする。でも、その前にマリアの瞳が潤んでいることに気が付いた。マリアは本気なのだ。


 まさか――これもクソ神の仕業だというのか?


 脳にエロゲーとエロ本しか詰まっていなさそうなクソ神のことだ。俺とキャラクターとの親愛度を上げるくらいのこと、平気でやりかねない。

 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 あのクソ神は何にも分かっちゃいない!


「――少し考えさせてくれ」


 怒りをぐっと堪え、俺は努めて冷静に答える。

 マリアの瞳が不安そうに揺れるのを見て、「違う」と付け加えた。


「マリアとの契約が嫌なわけじゃない。ただ、俺も色々なことがあって混乱してるんだ。とりあえず今は教室に行かないか?」

「っ、そ、それもそうですね! ごめんなさい、早まりすぎました!」

「……ううん、こっちこそごめんな」


 ひとまず分かってくれたようだ。俺はほっと胸を撫で下ろし、教室に向かって歩き出す。

 あんの、クソ神め……!

 人の好意まで操作しようとする身勝手なやり口に、俺は心底憤りを覚えた。



 ◇



◇神様Tips◇

 転生神リリス・リンカネーションの権能は転生させる人間に対してしか発動されない。前世で非モテ拗らせクソ童貞だったフリードが『自分が惚れられるわけない』と思ってるだけなので、完全な冤罪だぞ!

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