#03 エロ展開にグーパンを!

 いつの間にか隣に『ハセアカ』のヒロインの一人、マリアがいた。僕と同じく爆風をもろに受けたのだろう。防御の姿勢を取りながら、地面に膝をついている。

 亜麻色の髪がひらひらと靡く。癖を詰め込んだような目元の泣きぼくろは大変エロく、なんだかいけないものを見ている気分になった。


「っ、そこの方! あなただけでも逃げてください! 私はなんとしてもあの魔族を足止めします!」

「えっ」

「ククク、判断が早いですねぇ。ですが、ワタクシがあなたたちを逃がすとでも?」


 ぱちんと指を鳴らすアルファ。その瞬間、辺り一帯を鼠色のベールが覆った。試しにベールに触れてみるが、ばちばちっ、と弾き返されてしまう。


「まさか結界魔法!?」

「ご明察! ええ、そうですとも! 結界魔法【グレイベール】! 発動者が解除するまで、この結界の外には出ることができません。あなた方はもうワタクシの掌の上なのです!」


 アルファが「ククク」と笑う。笑い方がワンパターンだな、お前は。

 ……とツッコんでいる場合でもないだろう。実のところ、アルファは『ハセアカ』の最初のボスなのだ。この場で退けた後も何度か戦うことになる。そのため、潜在的な能力はそれなりに高い。


 そして――そもそも俺たちはまだ魔法を使えない。

 いや、厳密には使えるのだ。しかし、低位の無属性魔法に限られる。魔獣ならまだしも、人と同じく魔法を行使する魔族の前ではほとんど意味を成さない。


「【ショット】」とマリアが無属性魔法を発動しようとする。だが、アルファの嘲笑交じりの一振りによって魔法は発動前に霧散してしまう。


 未契験、とアルファは言った。処女や童貞だと罵られたわけではない。未契験者とは、【淫紋契約】を行っていない者を指す。

 この世界では、【淫紋契約】を行うことでようやく有属性魔法を使えるようになる。十五歳になる前に【淫紋契約】を行うことは法律で固く禁じられているため、学園に入学する生徒のほとんどが未契験者だ。


「っ、魔族になど屈しません! 私は未契験ですが、一人じゃない! そこの方! あなたも未契験者――ですよね?」

「えっ? ああ、まあ……」

「でしたら、私と契約を結んでください。私たちが助かるためにはそれしかありません」


 マリアの判断は早かった。抜きゲーの世界だからこんなところで迷わないのだ――と断じるのは簡単だろう。だが、俺はマリアの横顔に屈託の色を見つける。

 彼女の言うとおり、アルファに勝つためには【淫紋契約】をするしかない。

 だがそれは、【淫紋契約】には次のようなルールがある。


――・――・――・――・――・――

・この契約によって有属性魔法が使えるようになる

・一度結ばれた契約は原則破棄できない

・魔法属性や能力は個人の適性のほか、契約相手の能力や両者の相性の影響を受ける

・マナは契約相手との性行為によって回復されるが、契約相手以外とは性行為を行うことができなくなる

・契約は原則一人としか結ぶことが出来ない(主人公は例外)

――・――・――・――・――・――


 ここで【淫紋契約】を結べば、マリアは俺とセックスをしなければいけなくなる。今出会ったばかりの俺と、だ。


 『ハセアカ』をプレイしているときは違和感を抱かなかった。エロければそれでよかったからだ。さっさと濡れ場に突入しろとさえ思っていたはずだ。

 マリアのことも、金髪Cカップのややロリ気味清楚系ヒロインとしか見ていなかった。


 抜きゲーはそれでいい。ヌきやすいようにストーリーがチューニングされた一種の性鋭芸術ポルノグラフティなのだから!


 だが、この世界は現実になった。

 芸術だからと距離を置いてはいられない。


「――断るッ!」

「っ!?」


 俺はクソ神に届くほどの声で叫んだ。


「っ、私が相手だから……ですか?」

「そうとも言えるし、違うとも言える。ここにいるのが君以外の学園生だったとしても、俺は絶対に【淫紋契約】を結ばない」

「どうしてですか!? ……もう契約されてる、とか?」


 マリアが小声で尋ねてきた。俺があえて魔法を使えないフリをすることでアルファを騙そうとしているとでも勘違いしたのだろう。

 誤解がないよう、ちゃんと首を横に振っておく。


「いいや、俺は未契験だ!」

「じゃあどうしてっ? 契約する以外にこの場を切り抜ける方法はないんですよっ!?」

「そういうことは好きな人とするべきだからだ」


 この世界にも恋愛という概念はある。しかし、それは戦いと無関係な平民に許されたこと。


「そんなのっ、恋愛小説の世界みたいな夢物語じゃないですか! 貴族には戦う義務があります! だからっ、力を手に入れるために……【淫紋契約】するべきなんです!」


 マリアの覚悟は痛いほど伝わってきた。

 そういえば『ハセアカ』でも話が進んだ後、マリアが自身の葛藤を吐露する場面があった気がする。


 価値観は環境によって違う。抜きゲー世界においてマリアの価値観は決して間違っていないし、むしろ称えられるべきものだろう。よその世界から来た俺が自分の価値観を押し付けるほうがよっぽど間違っている。


 だけど、それでも――っ!!


「夢物語を語れない奴に、力を持つ資格なんてあるのかよ」

「……え?」

「どうでもいい戯言じゃなくて、夢物語みたいだって思うんだろ? そっちのほうが今よりもいいって思ってるんじゃねぇか。だったら自分を騙すなよ」

「それ、は……っ」

「夢物語、上等! 争いのない平和な世界だって所詮は夢物語だ! そもそも勇者ってのは、夢物語を実現するための存在だろッ!?」


 俺は全身全霊で吠えた。

 綺麗ごとなのは重々承知。抜きゲー世界で何を熱くなってるんだって話だ。

 マリアがどう感じるのかは分からない。鬱陶しい奴だと思われていたっていい。俺は俺の言いたいことを言った。ほんの少しでも何かがマリアの胸に残ればと思うけど、俺が好きにできるのは自分のことだけだ。


「ククク、暑苦しいご高説痛み入ります。しかし、力が伴わなければそんなものは無意味なのですよ」

「うるせぇな。分かってるよ、そんなもん」


 マリアに背を向け、アルファと相対する。

 アルファはこちらに手をかざし、「【ボム】」と短く唱えながら指を鳴らした。その瞬間、虚空にいくつかの光球が現れる。

 そういえば、アルファは爆発魔法を使うんだったな。さっき爆発と一緒に現れたのも、【ボムテレポート】とかいう高位魔法だったはずだ。


「ま、どうでもいいかッ!」


 俺はアルファが次に動作へ移行するまえに力強く大地を蹴った。

 最短距離でアルファに突撃。慌ててアルファが光球を俺にぶつけてくるが、気にせず突破する。アルファの目前に辿り着く。羽で飛ばれないように腕を鷲掴みにし、走ってきた勢いをそのまま、アルファの顔面に拳を放つ。


「なんなんだ、その馬鹿ぢか――ぶごっ!?」


 めちゃくちゃいい手応えだった。

 拳が顔面にめりこんでるかもしれない。相手の様子を窺おうと思い、自分の手元を見遣って――俺は自分の目を疑った。

 何故って、アルファの上半身が抉り取られたように消滅していたからだ。


「あれ……?」


 魔族ってグーパンで死ぬような生き物だっけ?

 掴んでいた右腕と下半身だけが残った魔族の死体を前に、少年が首を傾げる。そんなシュールな光景が成立していた。


「す、すごいです! 未契験なのに魔族を倒すなんて……!」


 少し離れたところで感激したようにマリアが言っている。おかげで俺は、ようやく状況を理解することができた。

 俺はアルファを倒したらしい。

 この後どうしたらいいか分からない。とりあえず笑顔を浮かべ、マリアに答えた。


「何もすごくはない。俺はただ、自分の魂を曲げたくなかっただけだ」


 ちょっと抜きゲー主人公のテンションが混ざりすぎかもしれない。

 俺は心配になった。

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