#02 抜きゲーの主人公に転生した

 頭痛がした。

 正直、『頭痛が痛い』と喚きたいレベルだった。なんだよこの悪夢。こんなものに魘されたという事実だけでも生き恥になるような気がした。


 鉛のように重たい頭を抱えながら起き上がる。

 眩暈を堪えながら部屋の鏡を見遣ると、そこには銀髪の少年がいた。どこかで見覚えがあるような……って、何を言ってるんだ? 見覚えはあるに決まってるだろ。鏡に映ってるのは俺、フリードリヒ・アレクサンダーなのだから。


 ……は?

 は???


 フリードリヒ・アレクサンダーって名前は聞いたことがあった。

 確か、抜きゲー『ハーレム・セックス・アカデミア~淫紋勇者と子づくりパラダイス~』、通称『ハセアカ』の主人公がそんな名前のはずだったはずだ。『フリード…フリードぉ……!』って何度もヒロインたちが喘いでいたので辛うじて覚えている。


 それが……俺?

 俺の中で自意識が噛み合わない。自分をフリードリヒだと思っている俺と、自分が日本のしがないDT高校生だと思っている俺がいる。


『お前を抜きゲーの世界に転生させてやろう』


 悪夢の中で響いていた声を思い出す。

 もしかしなくても、あれは夢じゃなかったのか……?

 いや、現実から目を背けるのはやめよう。本当は最初から分かっていた。俺は転生してしまったのだ。あのよく分からん神的な存在のせいで。


 俺はフリードリヒに憑依した。日本人としての記憶はあまりない。しかし、エロいことに関する記憶だけは残っていた。

 この世界『ハセアカ』のストーリーや設定はもちろん、その他のエロゲーやエロにまつわる知識、そして――俺が守れなかったものまで覚えている。

 覚えていたくなかった気もするし、覚えているからこそ俺らしくいられる気もした。


「ま、『自分は誰?』みたいなことでいつまでも悩んでるのも馬鹿馬鹿しいな。サクサクいこう、サクサクと」


 前向きな考えができているのは、抜きゲーの主人公と自我が混ざったからかもしれない。前世の俺ならいつまでも考察を続けていたはずだ。

 ポジティブシンキングに移行していると、


 ――こんこんこん


 と誰かが部屋の戸をノックした。


「お客さ~ん。そろそろ起きてくだせぇ」

「あっ、ごめんなさい! すぐに出ます!」


 声の主は、この宿屋のオーナー。今日の入学式には絶対に寝坊できないため、予め起こしてもらえるように頼んでいたのだ。

 ババっと部屋着を脱いで制服に袖を通す。青いブレザーの胸元には赤い花の刺繍が縫い付けてある。これが今日から俺が通う、オセッセ英知学園の校章だ。


「って、学園の名前もひどいな!?」


 流石は抜きゲー!

 あらゆるものを股間で考えてるとしか思えないネーミングセンスだぜ。


 こんな世界で生きていけるのだろうか……?


 俺は一抹の不安を抱えながら荷物をまとめ、宿屋を飛び出した。



 ◇



「さてと。歩きながら情報をおさらいしておくかな」


 初っ端で説明回をやらないといけないのがエロゲー転生の辛いところだ。けれど、ここは抜きゲー『ハセアカ』の世界。油断しているとすぐにエロい展開が襲ってくる以上、きちんと復習しておかないといけない。


 『ハーレム・セックス・アカデミア~淫紋勇者と子づくりパラダイス~』はエロ特化の成人向けゲームである。舞台は西洋ファンタジー風世界。剣も魔法も異種族も存在する世界だ。主人公であるフリード、通称フリードは魔王と倒す存在、勇者になるためにオセッセ英知学園に入学する。このゲームはフリードが勇者を目指して三年間の学園生活を送る物語だ。


 この世界で戦う力を持っているのは貴族だけなので、オセッセ英知学園に平民出身の生徒はいない。そんななか、フリードは宣託により【勇者の卵】として選ばれ、平民の身でありながら王都の学園に通うことになるのだ。


「……我ながら気持ち悪いな、この感覚」


 これまでの自分を体験として知っているのに、どこか他人事だとも感じている。

 まぁ、そこは割り切るしかない。

 ここから先はシナリオ通りにさせないつもりだしな。


『んなわけないだろ!? ただの洗脳なんだよ、クソ神ッ! お前のやってることはあいつらと同じだ! エロを求める気持ちをなんだと思ってるッ!?』


 クソ神に吐き捨てた台詞がリフレインした。


 ――この世界は、性に狂っている。

 当たり前だ。ヌくために作られた世界なのだから、あらゆるところにヌくための要素が散らばっている。王都の薬屋ではポーションと同じ値段で媚薬が売ってるし、スーパー媚薬とハイパー媚薬もストーリーが進むと買えるようになる。ゲットしようとするんじゃねぇ!


 俺もヌきたいときにヌくためにプレイしていたから、ぶっちゃけ深いストーリーは知らない。登場するヒロインは美麗なイラストとエッチなキャラボイスによって生み出されたオカズとしか見做していなかった。


 だがしかし――ッ!!

 俺はこの抜きゲー世界に転生してしまった。

 であるならば、狂った常識に従うわけにはいかない。


 いや、エロいことはしたいよ?

 めっちゃしたいよ??

 泣けるシナリオゲーもシコい抜きゲーも等しく愛してきた俺を舐めるなよ???


「でも、そういうのはちゃんと段階を踏まなきゃダメだ」


 常識とか、義務とか、そんなものでエロに殉じることは許さない。

 エロは魂の叫びであり、強いられたエロは悲鳴だ。それを強いる奴は、前世で俺やあの子をいじめてきた奴と変わらない。


 もう屈したくない。

 もう屈させたくない。


『エロゲー転生とか言ってるくせにエロがなくてもいいだろうが! 絶っっ対にセックスしないまま生涯を終えてやる!』


 今この瞬間、俺のこれからの目標を決めた。

 エロありきのこの世界でセックスをしないまま――俺はあのクソ神をぶっ倒す。


「よし、綺麗に説明回をまとめられたな」


 これなら説明回に退屈する諸兄にも納得してもらえるだろう。

 うんうん、と頷く俺。

 オセッセ英知学園の大きな校門をくぐった――その刹那。


「なっ!?」


 虚空が何の前触れもなく爆発した。

 途轍もない勢いの爆風が辺り一帯を襲う。俺の体は反射的に防御姿勢をとっていた。【勇者の卵】に選ばれただけのことはある。


 ……とか他人事みたいに考えてる場合じゃない。


 いい加減に意識を集中させる。

 幸いにも、周辺に生徒は少ない。何故なら、この展開はとあるヒロインと主人公の出会いのために存在するからだ。メタ以外の理由は知らん! 抜きゲーがそんなことを説明するとでも?(超失礼)


「くっくっく……ここが勇者候補が集う学園ですか。いいですねぇ……! 勇者候補を皆殺しにして魔王陛下にお褒めいただくワタクシの姿が目に浮かびます!」


 爆発したはずの虚空にそいつの姿が浮かび上がる。

 上半身裸の男だった。肌は薄紫色。背中からは一対の、蝙蝠のような羽が生えている。見るからに『魔族』って感じだ。


「おや、早速見つけました。……どうやら二人とも未のようだ。実に重畳! まずは貴方たちを殺すとしましょう!」


 フリードが最初に倒す魔族、アルファ。

 彼は俺――といつの間にか隣で膝をついているヒロイン、マリア・ヴィクトールを見て、嗤った。

 え、マジでいつからいたんだよ……?



――・――・――・――・――・――

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