第8話

「え? そうなの」


「お前知らなかったのかよ。同学年の兄妹で顔も全然違うんだから、そうに決まってんだろ」


 少し教室がざわつく。

 僕とアリスが実の兄妹ではない割と知られている話だと思っていたけど、まだ知らない生徒もいたようだ。


「いや、年子とかもあるし……うわ、マジかぁ。そりゃ道理で似てないはずだわ」


「お前天然かよ……アリスちゃんの方が誕生日一か月遅かったから兄貴ってなってるだけなんだとよ。同中のやつから聞いたぜ」


 小学校や中学でも似たようなことで話題になった。

 きっかけは大抵、誕生日のずれを知ったやつが騒ぎ出すことから始まる。容姿もそりゃ疑うにあたって大きな要因となるけども、決定打にはならない。

 だから誕生日がひと月ずれていることが分かるとなると、皆喜び勇んでこのことを指摘してくる。

 自分が名探偵になったかのような気分なのかもしれない。僕は犯人役だ。僕自身は犯罪行為なんてしてないのだが、彼らにとって僕がアリスの兄であるということが、なによりの罪であるらしい。


「血の繋がらない兄妹ってやつか」


「妹が美少女とかエロゲかよ」


「しかも二人暮らしだって聞いてるぜ」


「う、羨ましい……アリスちゃんが妹なんて……結婚できるってことじゃん……」


 そうして好き勝手なことを言いだすのだ。

 彼らは僕はなにもしてないのにアリスという美少女の妹がいる勝ち組だから、なにを言っても許されると思っている節がある。

 もしくは、この場の空気がそういう流れになっているんだから大丈夫だろうと。そんな甘えにも似た考えを無意識のうちにしているのかもしれない。


「ひとつ屋根の下で暮らしてるとか、そんなの俺なら絶対手を出して」


「そんなことはしてない」


 だけど、実際に許されるわけじゃない。

 そのラインを決めるのは彼らではないのだ。


「妹に手を出すなんて、そんなことをするはずないだろ。常識で物を考えて言ってくれよ。ハッキリ言って、あれこれ好き勝手言われるのは、気分良くないから」


 そうキッパリと言い切る。

 僕でもないかもしれないが、せき止めるくらいの権利は間違いなくあるはずだ。


「う……わ、悪い」


「なんだよ、そこまで怒ることないじゃん……」


「そうだよ、ただの冗談だったのにさ」


 その結果、白けた空気が生まれたとしても、僕は自分の発言に後悔していない。

 毎回茶化される人間の気持ちを、彼らは理解できないのだ。

 理解できない人たちに分かられることが、そんな悪いことか? 僕はそうは思わない。

 悪いことだと口にしなければ分からない人が、この世には存在している。


「ね、ねぇアリスちゃん。実際はどう? 東条兄に手を出されたりとか……」



 なかには往生際の悪いやつもいて、他人に助け舟を求めたりもする。

 最初に話題を口にした男子生徒が、空気を読まずにアリスへと話を投げる。だけど、それは悪手だ。


「そんなことは、私はされてません」


「え……」


「兄さんは優しい人です。私が嫌がることなんて、絶対しません。冗談だとしても、兄さんを悪く言うようなことを、私は話してほしくないです」


 彼は気付いていなかったんだろう。アリスがこの話になってから、ずっと眉をひそめていたことを。

 初めから口を出すつもりだったけど、タイミングが合わなかったところに自分から話題を振ったらこうなるのは自明の理だ。


「そ、そう、なんだ」


「次からは気を付けてください。私、兄さんのことを悪く言われるの、嫌なんです」


「う、うん。あはは、ごめんね」


 明らかにアリスに気おされた彼は、自分の意見を引っ込めざるを得なかった。

 ……これで決まったかな。彼よりアリスのほうが上に立ち、アリスの地位はより確かなものになった。それは間違いない。あとはこの話題をアリスが終わられてくれればそれでよかったのだが……。


「それに、さっき兄さんは遅刻のは自分が悪いと言っていましたが、あれは間違いです

 。電車に乗っていたら具合が悪くなったので一度電車から降りて休んでいたら遅刻してしまって……」


「え、そ、そうなんだ」


「はい。兄さんは悪くないのに、私をかばおうとしてくれたからあんな流れに……全部私のせいなんです」


「いや、そんなことないって! 変なことになっちゃってごめんね!」


「東条くん、いいとこあるじゃん。見直しちゃったかも!」


「ね! そうだよね!」


 今度はさっきまでと違う視線が、僕に集中した。

 いや、僕のことを見ているようで、彼らは僕を見ていない。その目には、どれも怯えがあった。


 アリスに嫌われたくない。

 彼女に悪く思われたくない。


 そんな感情が見て取れる。

 僕を通して、皆アリスを見ていた。昔からずっと繰り返されてきたことが、またここでも起こっている。

 そのことに辟易とするが、アリスの手前そうはいかない。

 アリスだけは機嫌がよさそうに僕を見る。やりましたよ、兄さん。私にもやれば出来るんですと、そう言いたげな目で僕を見る。


(後で褒めてあげないと、な)


 アリスは悪いことをしたなんて思ってないのだ。

 ただ僕のことを、アリスなりのやり方でかばった。これは昔とは明確に違う点だ。

 だから褒めてあげなくちゃいけない。だって、アリスはいいことをしたんだから。

 皆が僕自身を見ていないことに傷付くのは、僕の勝手だ。この場をいさめてくれたアリスに僕は感謝しないといけない。


「勝手だな、アリスちゃんも、皆も」


 ふと隣の席から聞こえてきた呟きに僕はわずかに顔をあげた。

 見ると、白峰さんは僕にもアリスにも顔を向けていなかった。ただどこかつまらなそうに、ただ遠くを見つめていた。

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