第7話
「おはよう、皆」
ホームルームが終わってすぐ後の教室のドアを、僕たちふたりはくぐっていた。
先に顔を見せて挨拶をしたアリスに、クラスメイトたちがすぐに声をかけてくる。
「アリス、おはよう!」
「遅刻だぞー! 珍しいなぁ」
「東条さん、今日は遅かったけどどうしたの?」
皆が皆、アリスを見ている。
手招きする女子や立ち上がって近寄ってこようとする女子、アリスに見入ってぼうっとした顔をした男子までいた。僕の妹は、相も変わらず人気者だ。
「おはようございます……っと」
一方僕はというと、アリスの後ろからこっそりと教室に入った。
なるべく目立たないよう、妹の邪魔をしないよう心掛けてこそこそと。
だけど、別に配慮なんてする必要はなかったかもしれない。案の定というべきか、僕に注目している生徒なんてほぼいないのだ。
皆アリスしか見ておらず、アリスだけを欲している。ずっと見てきた光景だ。僕にとって、これは日常の一部であり、ごくごく普通のことでしかない。
それくらい僕と妹の間には、どうしようもなく高い壁と、見えない格差が存在している。
(……まぁ、当然だよね。兄妹とはいえ、色々と違いすぎるもの)
当然のことを当然として受け入れる。それが一番楽なのだと、僕は幼い頃から知っている。
だから問題ない。いつものことだと思いつつ、ほんの少しだけ傷付く僕だった。
環境が変わっても、変わらないものというのはどうしてもある。いずれ慣れるだろうけど、それまでの辛抱だ。それだけだ。
「おはよう、東条くん」
そんなことを考えながら自分の席に座ると、挨拶をしてくれる人がひとりいた。
隣の席の
「あ、おはよう。白峰さん」
「今日は遅刻したんだね。アリスさんと一緒に来たけど、兄妹揃って寝坊とか?」
「あはは、まぁそんなところっていいたいけど、ちょっと違うね。寝坊したのは僕で、アリスは僕が起きてくるまで待っていたから巻き込んじゃったんだよ」
白峰さんからの質問に、僕は少し声を張り上げて答える。
僕の視界にはアリスの姿が収まっており、今まさに妹も僕と同じことを聞かれていただろうことが分かったからだ。
その甲斐あってか、目論見通り彼らの視線は僕へと一気に集中する。
「なんだ、東条兄のせいかよー」
「アリスちゃん巻き添え食らってんじゃん。なにやってんだよお前」
「ほんとしっかりしろよ東条。兄貴のくせに妹に迷惑かけてんじゃねーよ」
当然、好意的な視線ではまるでなかった。むしろ敵意すら含んでいるような気すらする。
僕に出来ることといえば、薄笑いを浮かべることくらい。下手な態度を取れば彼らの対応がより悪化するだろうことは、これまでの経験から学んでいた。
「あはは。ごめん、今度からは気を付けるよ」
謝りながら、なんで僕が彼らに頭を下げなきゃならないんだろうと思う自分がいる。
だけど、これは仕方がないことだ。優秀で人気者のアリスの前で、皆いい恰好をしたいのだ。
アリスは優しいから、兄に説教なんて出来ないはず。だから自分が代わりにやってやろう。ついでに兄貴面して一緒に暮らしている僕のことが気に食わないから、これで溜飲も下がるし一石二鳥……彼らの考えは、こんなところだろう。
彼らなりの優しさのつもりなのかもしれないが、それが本人に伝わるかどうかなんて考えてはいないだろうな。別にいいさ。僕だって、僕の気持ちを誰かに分かってもらおうなんて思わない。
「ま、仕方ねーだろ、アリスちゃんと東条兄は血がつながってねーんだし」
だからまぁ、そんなことを言われても、僕の心は特に動くことはない。
つながっていようがいなかろうが、アリスが僕の妹であることに変わりはないのだから。
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