第57話 フィンフィンの町を守った
僕は体を『粒子化』させて太古の魔物から街を守ってるであろう人々のところへと向かった。
さきほど、轟音と共に町全体が大きく揺れたのを感じた。もしかしたら太古の魔物の攻撃が始まったのかもしれない。
僕はなるべく急いで最前線へと移動すると、そこには巨大と言う言葉の枠には収まらないほど大きな魔物がいた。こんな生物がいたのか、顔は鹿寄りだが体全体がずんぐりむっくりしている。一日の食事量は? 排泄物の量は? 睡眠時間の長さは? 気になることが山ほどあったが目の前の光景でそれはすぐに掻き消された。
黒ローブを着た女性が暗黒の空間から現れたルティアさんに斬りかかろうとしたのだ。南海傭兵団の一人に違いない。
僕は粒子化させた体を利用して黒ローブの女性の体をすり抜けてルティアさんの前へと移動する。そして粒子化を解くのと同時に僕は大鎌の刃を『元素分解』でこの世から消した。
「貴方は……!」
背後から驚きの声をあげるルティアさん
「大丈夫? ルティアさん?」
「う、うん」
「お前どこから現れた……! それより大鎌の刃先がない……!」
黒ローブは柄のみになった大鎌を引いて、体一つ分、後ろに飛び退いた。
「危ないところでしたね」
「あっ、うん、そうね」
いつになく弱気な声でルティアさんは右腕で両目を拭いていた。泣いていたのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。それより、ありがとうございます」
ルティアさんはペコリと頭を下げたあと、再び口を開く。
「目の前の女性は南海傭兵団の団長リドミナよ。彼女が魅了の魔法で太古の魔物を操っているわ」
「なるほど」
「魔力を感じなかったが……お前は並々ならぬ力を持っているようだ。私の目は誤魔化せない、お前の内に眠る膨大な魔力量が分かる。私より魔力が多い」
僕は体の外に魔力を放出してないのにリドミナは僕の魔力量を見破ったらしい。それだけで相当、強者だと分かる。恐らく魔法の撃ち合いならば勝てない。というか、まだ攻撃魔法を覚えてないので撃ち合い以前の問題だ。
僕がリドミナの出方を逡巡していると彼女が話しを切り出す。
「だがお前がいかに魔力が多くとも太古の魔物の前では無力。あの皮膚には魔法ではダメージを与えられない」
リドミナは強気な態度をとるが、
「そうですか」
「…………え、それだけ?」
僕の態度を見て目を見張っていた。
「危険よ、貴方がいくら強くても一人で敵うはずないわ」
ルティアさんは僕が太古の魔物と立ち向かうのを静止してきた。
「大丈夫ですよ。ほら」
僕は太古の魔物に向けて小さい手のひらを向ける。
「ふふははは……愚かだ」
リドミナは僕に向かって冷笑していた。また町を防衛している人達も冷ややかな視線を送りながら、ひそひそ話をしていた。
「あの子供何しようとしてるんだ」
「いきなり現れたときは驚いたが何を馬鹿なことをやってるんだ」
「おい下がったほうがいいぞ! 死にたいのか!」
中には僕に大声で注意する者もいた。
「カシュー、何か勝算があるのかい?」
「はい」
僕は近づいてきたラファエルさんに返事をしながら、
「『元素分解』」
太古の魔物をポンッと消した。
その場にいる者達は太古の魔物がいるところに視線が釘付けだった。
「え」
「え」
「え」
「え」
皆、ろくに声が出てなかった。リドミナも「え」と言っていた。太古の魔物の影も形もない。最初っからそこにいなかったようだった。
「は?」
さきほどまで涙ぐんでいたルティアさんも間の抜けた声を出していた。
そして皆の視線は僕に集まる。
「僕の力で消しました、この世から。一種の魔法です」
「は……ははは……何言ってる?」
リドミナは声を震わせながら後退っていた。そのあと彼女は宙を飛んで一人で叫ぶ。
「どこかに飛ばしたんだ。どこだ!」
「おいリドミナ!」
慌てるリドミナにラファエルが話しかけた。
「太古の魔物も膨大な魔力を有していることは俺にも感じとれた。俺より魔力感知が優れるあんたが見失うってことはもういないんじゃない?」
ラファエルは両手を広げて答えた。
「……嘘だ」
リドミナはふらふらと下りてきて、地面に両手をついた。相当ショックを受けているようだ。
「すげぇ……」
「え、助かったってこと!?」
フィンフィンの町を防衛していた人達はぞろぞろと僕の周りに集まっていた。
「名前なんて言うんだ坊主!」
「カシューです、しがない村人です」
「カシューありがとう!」
人々は僕の肩を叩きながら称えてきたり、握手を求めてきた。
「嘘だ……くっ!」
その間にリドミナは背を見せて宙を飛んで逃げようとしていた。
しかし、僕は【元素操作】でリドミナの体ごと地面に叩きつけようとした。
「体が勝手に! これもお前の仕業か!」
リドミナは怒りを醸し出しながら地面に落下していくが、
「く……空間よ、既知なる場所へと繋げよ!」
彼女は落下していく方向に黒い空間を形成させてその中に消えていく。
「やっぱりあれは異次元ゲート……皆さん、すみません逃げられました」
僕は周りの人に頭を下げた。リドミナが黒い空間を展開してどこかへ逃げたことはすぐに分かってしまった。あれは死霊王が使う魔法と一緒だ。既知の場所へと一瞬で移動する魔法だ。
「いやいや! とんでもない! 俺達はカシューさん……いや、カシュー様のおかげで助かったんです! 友人も家族も!」
「そうですよ! 俺達がこの町から故郷に帰れるのも、今回の大市場で稼いだ金銭を守れたのもカシュー様のおかげですよ」
様付けされた。なんか僕に対する森の民達みたいなノリになってきた。
「カシュー」
ルティアが人を割って僕の方に歩いてきた。
「これは勲章ものよ。ランド自治領、そして私の国フエンジャーナー王国から呼び出されるわ、もしかしたら爵位も渡されるかもね……貴方はフィンフィンの町の英雄よ」
彼女は誇らしげに僕を見ていた。
褒めてもらうのは嬉しいが爵位は困る。森で悠々自適に暮らせなくなる気がする。
とりあえず、今はとにかく獣人や動物にモフりたい気分だ。戦いでカロリーを消費し過ぎた。それでは、栄養補給すればいいかもしれないが僕の場合は違う。ふっわふっわの毛並みに触ることさえできたら栄養を補給することができる。
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