第56話 一方、町の北側では③
リドミナの魅了の魔法によって意のままに操られてしまっている太古の魔物は魔力の塊による光線をフィンフィンを防衛している人達に向かって放った。
黒色の光線は人々の視界を覆い、防御する暇さえも与えなかったがリドミナ自身は人に直撃させる意図はなかった。この攻撃は脅迫だった。
「うッ、うわああああああああああああああああ!」「きゃああああああああああああッ!」「ぐあああああああああああッ!」
光線は防衛している人の前の地面を横一文字を描くように放れていた。とはいえ、その威力は人々を後方へと吹き飛ばすには十分だった。負傷者は多数続出し、ラファエルのような歴戦の猛者は武器を地面に刺したり、魔法で背中を支える壁を作ったりして、なんとかその場で耐えていた。
ラファエルは自分の体を支えるために地面に刺した大剣を抜く。
「ルティア姫、無事かい?」
「ええなんとか風の魔法で踏ん張ったわ」
ルティアも吹き飛ばされることはなかった。彼女が周囲を確認すると倒れているものが多かった。動けないほどの重傷者はいないが光線の威力を目の当たりにして明らかに戦意喪失していた。
ちなみにフェリックスも後方へと吹き飛ばされたが先程、大砲を操作していた商会の者達によって背中を受け止められて無事で済んでいた。
「おいリドミナ!」
斧を持った屈強な戦士は宙にいるリドミナに話しかけた。
「なに?」
「こそこそと魔物を使ってないで俺と戦え!」
「理由は?」
「俺は紅傭兵団にいた男だ。だが二年前、南方の戦場でお前達に壊滅させられた! 仲間達の仇とらせてもらう!」
リドミナは溜息交じりに地面に降り立った。
「やる気になったか!」
「……我が虜となれ、
リドミナは血気盛んな戦士にウィンクをし、魅了させる魔法をかけた。
「…………」
「私の言うこと何でも聞いて」
「ハイ! 聞きます!」
戦士は斧を捨てて右手を上げた。
「正座」
「ハイ!」
あっさりと魔法をかけられた戦士にルティアは白い目を向けていたが、
「まぁ……魔法に耐性のない武力一辺倒の戦士だと、そうなるわね」
戦士を見て諦観していた。
なお、リドミナの周りには今にも飛びかかろうとしている者達がいたが皆、魅了の魔法以上に彼女の鎌を恐れていた。
「こないの? ほら」
リドミナは口角を上げて、鎌を宙で八の字に振り回した。
「ひ、ひぃ!」うわっ!」
リドミナの周りにいた者は後退していた。
「降参しない? 私からすれば太古の魔物を手に入れるという目的は叶った。あと傭兵団は色々とお金がかかる、この町の全財産欲しいから全員退去してほしい」
「なっ⁉」
彼女の要求に一同は唖然としたが、抗議することはできなかった。これだけ人がいればリドミナは倒せるだろう、しかし太古の魔物がいるので下手に手出しできない。それにリドミナを倒せたとして、制御不可能になってしまった太古の魔物こそが一番危険ではないか? という考えを巡らせる者もいた。
しかし、勇敢にも斬りかかろうとする男がいた。
「はっ!」
「お前は確か……」
男――ラファエルの大剣をリドミナは大鎌に赤い魔力を纏わせて弾いた。二人は得物を持って睨み合う。
「その容貌、フエンジャーナー王国の騎士団長ラファエルか」
「その通りだ」
「いくらお前でも太古の魔物には敵わない」
「やるまえからなにいってんのさ!」
ラファエルは喋り終えると共に駆け出した。袈裟斬り、逆袈裟斬り、真一文字にリドミナに斬りかかる。対するリドミナは両手にもった大鎌でラファエルの攻撃を受け止めながら引き離す。二人の速すぎる得物の動きを周囲の者は捉えきれていなかった。
二人が真っ向から斬り合おうとすると、
「っ!?」
リドミナが目を見開きながら身を翻して首を横に逸らす。
「……このっ」
彼女は苛立ちながら首を擦る。彼女の首の表皮は横に切れており、血を滴らせていた。
リドミナの視線の先にはルティアがおり、彼女が風による魔法でリドミナの首を跳ね飛ばそうとしていた。
「小娘が」
「意外と焦ってるわね。もしかして殺されるとこだった?」
ルティアがリドミナを煽ると、リドミナは挑発に簡単に乗り彼女の所へと向かおうとしたが、
「姫には近づけさせないからな!」
ラファエルが即座にリドミナに追いついて並走していた。
「私がどうやって太古の魔物を連れてきたと思う?」
「?」
リドミナの質問に戸惑いながらも、ラファエルはリドミナが振るってきた大鎌を受け止めた。
「あの死霊王と同じ、異空間魔法を使えるのよ」
「なんだと!?」
「じゃあ姫さんの首は貰うわ。空間よ、既知なる場所へと繋げよ」
リドミナが呪文を唱えると、彼女の背後には黒い楕円上の空間が展開される。リドミナは背中を空間に預けると消えていった。
「っ!?」
ルティアは突如、目の前に現れた黒い空間に対して目を見開いた。そして次の瞬間、リドミナが飛び出し大鎌を振るおうとしてきた。
もちろんルティアはリドミナの鎌に触れるだけで絶命させられてしまう魔法を知っていた。
ルティアは自分の視界に迫りくる大鎌はスローモーションに映っていた。
彼女は力強く目を閉じて俯き、
(ごめんエリー……お父様、お母様……私ここまでかも)
死を覚悟していた。ルティアは気丈で冷静沈着な性格ではあるが、この瞬間ばかりは目尻に涙を溜めていた。その涙は死の恐れではなく両親と妹と会えなくなることを惜しんでいた。
――シュン
大鎌が宙を切る音がした。
しかし、目を閉じたルティアには意識があった。
ゆっくりと目を開けると、
「貴方は……!」
昨日知り合った精霊族の少年――カシューがいた。
「大丈夫? ルティアさん?」
「う、うん」
カシューは背中越しにルティアに話しかけると、ルティアはこくりと頷いた。
そしてカシューはリドミナと向かい合っており、リドミナが持っていた大鎌は刃先が丸ごとなくなっていた。
「お前どこから現れた……! それより大鎌の刃先がない……!」
リドミナは驚愕しながらも異質な少年を警戒していた。
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