第36話 商館に招待された②

 フィンフィン大市場だいいちばの開催から八時間。午後六時になり、あたりは夕闇に染められていた。


 きっと地平線の向こうでは日が沈みかけているだろう。


 そして、今をもってフィンフィン大市場だいいちばの一日目が終了したわけだ。


 売り上げは銅貨三〇〇〇枚(六万円)、銀貨八〇〇枚(一六〇万円)だ。銀貨の売上のほとんどは細工職人であるレタンさんの売上だ。


「レタンさんのおかげで今年も大儲けできました! ありがとうございます!」


「ははは……自分にできることをしたまでですよ」


 ゴッズさんはレタンさんに賞賛を送った。レタンさんは後頭部を掻いて照れくさそうにしていた。


「あの、皆さんにお話ししたいことがあるのですが」


 僕はコパー商会に洗剤の技術を提供するために交渉しにいくという話をした。


 反対する者がいればコパー商会に行くのを止めようと思ったのだが。


「その洗剤はカシュー様が作ったものだから俺らに止める権利はないわい」


「カシュー様の意思を妨げるわけないっすよ。それに村に莫大なお金が入るなら儲けもんっす!」


 オーガスタさん、ゴッズさんは僕を止めることはなかった。考えてみれば精霊の化身という設定の僕の行動を妨げるわけなかった。


「ところでオリエントさんは?」


 姿が見えないので皆に彼の居場所を尋ねてみた。


「なんでも面白そうな塗料を販売していた商人がいたから話を聞いてくるらしいすよ」


「へぇ」


 異世界人が開発した塗料はどんな成分で出来ていてどんな性能を持っているのか興味がある。ただ、今はやらなければならないことがある。


 それから、僕は洗剤の原材料と製造方法が書いてある羊皮紙を革鞄に入れて、鞄を肩にかけ、コパー商会がある建物へと向かった。フェリーさん曰く、商会の建物は街の中央にあって三階建てらしいが。


「非常に目立つ建物だ」


 僕は建物を見上げる。


 今、僕の目の前には噴水があり、その奥に建物の正面玄関が見えた。建物は煉瓦で出来たコの字型の建物だ。商会というより貴族の家だ。


 この世界の地理的な知識はあるが、近隣諸国の大商人、大貴族、王族の名前については知らなすぎる。フエンジャーナ王国の存在は知っていてもついこの間まで王様や王女であるエリアナの名前を知らなかった。


 思った以上にコパー商会というのは有名なのかもしれない。いや、有名どころかこのランド自治領で最も幅を利かせている商会かもしれない。


 そして、歩を進めてコパー商会の正面玄関前に立つ。玄関は両開きで開いており、多くの人々が出入りしている。また玄関の両隣には武装した兵士がいた。


 出入り自体は自由のようだ。


 玄関をくぐると、床には赤いカーペットを敷いており、正面にあるマホガニー製のカウンター越しに受付嬢らしき人がいた。また、部屋を見渡すとパーテーションで仕切られている部屋が幾つもあり、そこから商談している声が聞こえた。


「ご用件はなんでしょうか?」


 受付嬢に近づくと声をかけられた。


 僕はフェリーさんから貰った名刺を差し出す。


「フェリー・コパー様と交渉する予定のカシューと言います」


「分かりました。少々、お待ちください」


 受付嬢は立ち上がると、背後にある管に顔を近づけた。あれは伝声管でんせいかんといって物理的に他の部屋にいるものと連絡するための管だ。


「お嬢様、カシューと名乗る男の子がやってきました」


 そのあと、受付嬢にお嬢様はすぐにやってくると思いますので少々お待ちくださいと言われた。


 一〇秒後。


「カシューさん来てくれてありがとうございます」


 本当にフェリーさんがすぐにやってきた。


「速いですね」


「それだけ貴方様の製品に惹かれたわけです……あら?」


 フェリーさんは辺りを見渡していた。


「どうかしましたか?」


「大人の方の付き添いはいないのですか? 製品開発に携わった人がいるのなら助かるのですが」


「あ、僕です。僕が全部やりました」


「ええっ!」


 フェリーさんは口を片手で押さえて、たじろいでいた。


「それが本当なら面白いわ貴方」


「ありがとうございます」


 何が面白いかは分からないがとりあえずお礼を言った。


「部屋に案内しますので着いてきてくれます?」


「ええ」


 僕はフェリーさんに付いて行く。カウンターの横手にある通路に入り、二階、そして三階へと上がった。


 フェリーさんは金の取っ手が付いた両開きの扉の前に立つ。なぜか扉の周りには兵士が七人もいた。それも白い甲冑を着ており、僕達が現れても微動だにしない様子を見せていた。熟練の兵士に違いない。


 フェリーさんはドアをノックする。


「入ります」


「あ、フェリー様の声ですね」


「自分の部屋でしょうに」


 扉の向こうから女性の声が二人聞こえた。


 扉に入ると、


「あっ! カシュー様!」


 何故かフエンジャーナ王国の第二王女であるエリアナがいた。扉越しで最初に声を出したのはきっと彼女だ。ここにいる理由は分からないが扉の前に熟練の兵士がいた理由が分かった。王族である彼女がここにいるから必要以上に警備を固められていたわけだ。


「なにその子」


 そしてもう一人知らない女性がいた。フェリーさんと同い年ぐらいだろうか?

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