第35話 商館に招待された①

 洗剤が入った瓶を一つ残らず売ったわけだが。


「あとは」


 僕は後ろを振り向き、商品の在庫が置いてある場所を見る。


 そこには一八リットルの洗剤が入った樽が五つ置いてある。目玉商品になると思い、多めに持ってきていた。


 樽から瓶に洗剤を移すための作業を始めようと思ったわけだが。


「――ちょっと、いいでしょうか?」


 背後から声をかけられた。


 澄み切ったような女の子の声だ。一体誰だろうか?


 背後を振り向くとアイボリーブラック色の長い髪が腰まで流れてる一五歳前後の少女がいた。前髪を三日月状の髪留めで掻きわけており、バランスの正しい上品な美貌をしていた。彼女はフリルが付いた赤いワンピースと一体化したブラウスを着ていた。エリアナ同様、彼女もまた富裕層に違いない。


「なんでしょうか」


「この洗剤売ってます?」


 彼女は指で瓶をつまんでいた。僕が開発した洗剤が入っていた瓶だ。


「今から樽に入っている分を瓶に移す作業をするので、少々お待ちくだ――」


「全部欲しいです」


 少女は毅然とした態度で僕の言葉を遮った。


 育ちが良さそうな雰囲気からして彼女は多くの金銭を持っているだろう。きっと洗剤が入った樽を全て購入することが可能かもしれない。ちなみに樽一つにつき銅貨五〇〇枚だ。


「あまりにも量が多いので購入する理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


「うーん」


 少女は腕を組んで悩んでいた。


 彼女は逡巡したあと口を開く。


「私、この町の商会で働いている者です」


 彼女は名刺を一つ僕に差し出しながら喋る。


「フェリー・コパーと申します。コパー商会の会長フェリックス・コパーの一人娘です」


「ご丁寧にありがとうございます。僕はカシューと言います。しがない村人です」


 僕は名刺を受け取り、ズボンのポケットに入れた。


「此度、貴方様の洗剤を購入しようと思った理由は効能を参考にしたいと思ったからです。うちの商会の者が買ってきて私に洗剤の有用さを教えてくれました」


「なるほど。つまりこの洗剤をパクりたいと」


「そうとも言います」


 彼女はキッパリと僕の言葉を肯定した。ハッキリと物申す人だ。


「それが無理ならば定期的に私達が貴方様の洗剤を仕入れて販売するルートを開拓しましょう」


 それだけは絶対にできないレガリアの森の民の存在は公にできない。


「申し訳ありません。今この洗剤を作れる施設がなくなってしまいまして、しばらくこの洗剤を製造することができないのです」


 僕は彼女の目を真っすぐ見て当たり障りのないことを言った。


「そうですか……」


 彼女は残念そうに呟いた。


「ただ、提案が一つあります。この洗剤と似たものを開発する技術を提供することができます」


「そうきますか」


 洗剤の原材料、製造方法を商会に教えてあげることで似たような洗剤を作ってあげれるようにするわけだが、技術を提供するということは相応の金銭を貰う必要がある。ただ、彼女は若いとはいえ商会の会長の娘らしいので分かってくれるはずだ。


「ではその先の細かい話は商会でしましょう。街の中央に金属製の柵で囲まれた三階建ての建物があります。今日中に来ていただいて受付にその名刺を渡してください」


「分かりました」


 とりあえず肯定的な返事をした。そのあと、少女は身を翻して去っていく。


 今から樽に入った洗剤を残して他のものを売ろう。それと羊皮紙に洗剤の原材料と製造方法を記しておこう。


 技術を提供する場合、金銭だけではなく僕の出自やレガリアの森の民のことを秘密にする必要もある。そういったことも交渉の条件にしよう。


 もし、この交渉が上手く行けば莫大なお金が手に入る可能性もある。これは僕の一存で決められることではないので商会に行くことを他の四人にも話して許可をもらうことにした。

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