第30話 フィンフィンの町に向かった②

 本日泊まる宿屋は、なんと四階建てだ。


 この宿場町はフォーカスの町といい、人口は約一五〇〇人だ。小規模でもなく大規模でもない町だが、フィンフィン大市場だいいちばが開催される時期になると多くの人々がこの町に立ち寄り、宿泊するので宿屋は豪勢な作りになっていた。


 一階は受付と酒場があり、二階から四階には泊まるための部屋がある。


 ゴッズさんは馬車の見張り、僕、オリエントさん、オーガスタさん、レタンさんは受付を済ませて自室へと行く。


「え? 僕だけ一人部屋ですか?」


 僕達は階段を上りながら話していた。


 僕は一人部屋に泊るのだが他の者達は相部屋らしい。


「カシュー様と同じ部屋で寝るなんて恐れ多いわい」


「「うんうん」」


 オーガスタさんの言葉にオリエントさんとレタンさんは同調していた。


 この好意を無下にするわけにはいかないので素直に一人で寝よう。


 僕は三階にある部屋へと向かった。


 ちなみに他の者達は二階だ。オーガスタさん曰く『カシュー様と同じ階で寝るなんて恐れ多いわい』と言っていた。そこまで気を遣わなくてもいいと思う。


 僕の部屋はベッド、テーブル、イス、チェスト、クローゼットが備え付けられていた。


「にしても、久々に人間見たね」


 背伸びをしながら部屋奥にあるカーテンが閉められている窓へと向かう。


 噂通り、ランド自治領は獣人が多く、そして人間もいた。


 久々にモフモフ要素のない生命体を見た僕は思った。


 触りがいがないと。


 これだけ聞くと変質者みたいだが、決して僕は変質者じゃない。モフモフを愛しているだけだ。これは純粋な思いだ。決して邪な気持ちはない、決して僕は皆の尻尾と耳を触っているときに下卑た笑みなど浮かべてない。真剣な顔で米粒を一つ一つ丁寧に撫でるように触っている。言ってしまえば僕は職人だ。その証拠にフェンリルのシウは僕に触られて気持ちよくなっていた。獣を触る職人として皆に触られる喜びを与えている。


「…………なんかおかしなこと考えてる気がした」


 僕は訳も分からず盛り上がった頭を冷やすために窓を開けることにした。


 カーテンを開けると宿屋の裏にある森が見えた。


 この宿場町は森を切り開いて作ったので宿屋の裏には森が続いている。


 さすがにレガリアの森と比べて小規模ではあるが。


「ん?」


 もう夜だというのに森に入っていく人間の女の子がいた。


 僕は窓を開けて周囲の様子を確認することにした。


「周囲に大人の姿はない」


 歳は僕とそう変わらないように見えた女の子が一人で森に行くなんて危険すぎる。


 僕は窓を閉め、部屋から出て女の子の後を追うことにした。


「『粒子化』」


 【元素操作】のスキルで僕は体を粒子化させて目では認識できない程度に体を分散させて移動する。


 三階から一階へと下り、誰にも気づかれることなく騒がしい酒場を通り抜けて難無く外へと出る。


 真っ暗闇の中、森へと向かった。


 あ、まずい。


 僕は粒子化を解いた。


「ふぅ」


 両膝に手をついて呼吸を整える。


 長時間、体を粒子化できない。脳細胞すらも粒子化させて分散している状態が数分続くと、まともに思考ができなくなってしまい二度と粒子化の状態から戻ることができなくなる。平たくいえば、僕という存在が土に還ってしまう。


 数分の間は電気信号でなんとか思考することができているわけだ。


 さっきは意識が遠のきそうになってまずかった。


 とにかく歩いて女の子を探すとしよう。粒子化で猛スピードで移動できたので、そう遠くは行ってないはずだ。


 この森の木々は大して密集してない。さらに月明かりが視界を照らしてくれる。


「!」


 僕は地面と足が擦れる音を聞く。先ほど、見かけた女の子が近くにいるのかもしれない。


 音が聞こえた方向に進んで、ようやく人影を見つける。僕から見て女の子は横を向いてしゃがんでいた。


 女の子はゴールドイエロー色の髪を黒いリボンでツインテールにしており、黒色のドレスを着ていた。二匹のリスがどんぐりを齧っているのをみているようだ。


 僕は彼女を脅かさないように遠くから話しかけることにした。


「あの……」


「えっ、誰⁉」


 女の子は咄嗟に立ち上がる。正面から見える彼女は色白で瞳も髪の毛と同じく黄色系の色だった。

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