第31話 フィンフィンの町に向かった③

  僕は恐る恐る、森の中でしゃがんでリスを見ている女の子に話しかける。


「急に声をかけてしまい申し訳ありません。こんな時間に一人で森に入っていくところを見て心配になって追いかけてきました」


「……ってことは兵士に言われて探しにきたわけじゃないってことですか」


 女の子は前髪に指を通しながら応えてくれた。


 兵士? 貴族なら兵士ぐらい雇っているかもしれないが。


 ただ、彼女の雰囲気から気品の良さを感じる。王族かもしれない。


「はい、僕が勝手に君を探してました」


「ならよかったわ……勝手に抜け出したので怒られてしまうところでした」


 彼女は俯いてホッと一息ついたあと、顔を上げる。


「でも貴方も私と歳が変わらないのでこんなところに来たら危ないですよ」


「ということはお互い様ですね」


「そうなりますね、ふふ」


 彼女は静かに笑う。


「それに僕はその自分でも言うのもなんですが結構、強いです」


「あら、奇遇ですね。わたくしも自分の強さに自信があります。宿屋から抜け出せたのだって魔法を使いましたわ」


 彼女はそう言って、目を瞑ってから、口を開く。


「我を見えざる者にせよ」


 呪文を唱えたあと、彼女の姿は透明になる。


「おお」


 僕は感嘆した。


「隠蔽魔法とは珍しいですね」


「知っているのですか!?」


 彼女は再び姿を現して、目を丸くした。


「はい」


 なんたって転生すると同時に一般的な魔法から希少な魔法についての知識が頭に流れてきたのだから。


「貴方はどんな魔法を使うのですか」


「魔法……」


 魔法はほとんど使ったことがない。この前、リルに付き添ってもらってレリアから貰った呪文書で魔法を唱える練習をしたのだが上手くいかない。


「魔法というか特殊な力でして……ひらたく言えば色んなことができます」


「特殊な力?」


「例えば、君と同じこともできます」


 僕は【元素操作】で体を透明化させた。


「詠唱もなしにわたくしと同じことを!?」


 女の子は驚きで目を見張る。


 原理としては空気中の水分を集めて体の周りをシャボン玉で覆い光の屈折率を調節することで透明になったわけだ。


「こんな風に色んなことができるんです」


「貴方なにもの……」


 女の子は僕の方をじっと見ていたがハッとして顔を横に振る。


「申し訳ありません。わたくしから先に名前を名乗ります」


 女の子はカーテシ―をして自己紹介をする。


「わたくしの名前はエリアナ・エスメラルダ・フエンジャーナと言います」


「フエンジャーナ…ランド自治領の隣国にフエンジャーナ王国がありますが……もしかして王族の方ですか?」


「そうです。お忍びでフィンフィン大市場へと向かっている最中です」


「僕はカシューと言います。姓はない、しがない村人です」


「しがなくなんかないですよ。だって素晴らしい力をお持ちじゃないですよ」


 エリアナさんは肩に力を入れていた。


「ところで一人で何をしていたんですか?」


「その……わたくし外に出たことがなくて」


 エリアナさんは両指同士をつんつんと当てていた。


「奇遇ですね。僕もなんです、ずっと村の中にいまして」


「ほんと!? なんだが嬉しいです」


 エリアナさんは破顔したあと、口を真一文字に結ぶ。


 何かを喋ろうとしている気がする。


 どうしたんだろう?


「あ、あの、良かったら……お友達になりませんか……?」


 エリアナさんは両手を胸の前で握って、顔を赤らめていた。


 外に出るのが始めてなうえに彼女は王族だ。きっと同年代の友達が欲しかったに違いない。


「もちろんです。僕のことは気軽にカシューと呼んでください」


「じゃあ、わたくしのことも呼び捨てでお願いします」


「えっと、それはちょっと……」


 さすがに王族を呼び捨てにするのはまずい。


 僕は神様を呼び捨てにしているけど。


「だめ……?」


 エリアナさんは目をうるうると滲ませていた。


「ええっと……まあ、今みたいに二人っきりの状態ならばいいですよ」


「えへへっ、嬉しい」


 エリアナは、はにかんでいた。


 こうして僕は王族と知り合いになり、初めて人間の友達ができたわけだ。

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