第28話 街に行くことになった

 季節は夏が終わり初秋に入る。


 まだ暑さが残る時期ではあるが、皆の服装は長袖になっていた。


 部屋にこもって、僕が油汚れに強い洗剤を開発していると、ラッカー長老が部屋に入ってきた。


 僕は手を止めて彼と向き合う。


「どうしましたか」


「カシュー様に頼みたいことがあるのじゃ」


 こういうことは珍しくはない。例えば重病人や重症人がでたときは誰かが僕の部屋を訪ねてくる。


 でもラッカー長老の表情からして頼み事は差し迫ったものじゃないらしい。


「僕にできることであれば手伝いますよ」


「実は街に行って欲しいのじゃ!」


「ほう」


 僕は唸る。


 僕は森の中にある他の村には行ったことはあるが、森の外から出たことはない。


 ここで森周辺の地形をあらためて思い出してみる。


 レガリアの森は大陸の北方に位置する。森の北部は海に面しており、西、東、南それぞれに陸が続いている。ただし街道は南側にしかない。


 そしてその街道を進むとランド自治領に入る。ランド自治領とはファンファーレ王国が領有する土地だ。ファンファーレ王国は人間の国ではある。しかしランド自治領は人間と獣人が混成している場所である。ファンファーレ王国の一部ではあるが、ランド自治領はほぼ独立した国だ。


 そしてこの森の民が街に行くといったらランド自治領内の街に決まっている。


 レガリアの森の民は極秘の存在だ。世界は広いので存在を知っている人物はいるかもしれないが、基本的には知られていない。レガリアの森の存在を隠すために人間がいる街に行くとしても目立たないように他の種族もいる場所に行くようにしているわけだ。


「僕の力が必要な用事ということですね」


「フィンフィンの街で年に一回開かれる市場が開催されるんじゃ、そこに他の者達と共に行ってもらいたい」


「それなら知っています。フィンフィン大市場だいいちばという行事ですね」


「うむ、カシュー様が次々と開発したものも売り出すのじゃが、製品の説明をお願いしたいのじゃ」


「分かりました、それならお安い御用です」


 僕は頼みごとを引き受けた。


 フィンフィン大市場とは国内の商人だけではなく外部の商人、旅芸人、両替商など様々な者が集まり商売を行う行事だ。


「それと……もう一つお願いしたいことが」


 ラッカー長老は真剣な面持ちになる。


 きっと大事な願い事に違いない。


「……はい」


 僕は静かに頷く。


「色んな国の者が集うので大変賑わうだろう。だが、その反面、事件が起こりうる。窃盗、強盗、暴行も考えられる。あの市場は大きなお金が動く、犯罪者が来る可能性だって高いのじゃ」


「なるほど……分かりました。僕が皆を守ります」


「助かるのじゃ。ちなみにこのお願い事は内密にしてくれ、皆、カシュー様に迷惑をかけたくないと思ってるのでな」


「分かりました」


 全然、迷惑ではないが。でも、僕がそう思っても周りがそう思わないのでこの話は言わないようにしよう。


 そのとき、部屋のドアが開かれる。


「あたしも行きたいわ!」


 リルは意気揚々と付いて行きたいと宣言をしていた。


「だめじゃ」


「なんでよ! お爺ちゃん」


 リルはラッカー長老に詰め寄る。


「今の話を聞いておったじゃろう、万が一にでも危険な目に負うたらどうする?」


「カシューは危険な目に合ってもいいの?」


「言い訳なかろう……だがカシュー様はあの死霊王を倒してしまった。話を聞く限りいとも簡単に、この世にそんなことができるものが他に誰がいるだろう。わしはカシュー様の強さには全幅の信頼を寄せておる」


 ラッカー長老は僕の強さを絶対的だと思っているらしい。きっと他の者達もきっとそうだ。でも僕にだって弱点がある。僕に悟られず僕がスキルを使う暇さえないぐらい速い攻撃がきてしまえば防ぎようがない。


「……死霊王を倒せる人間なんて、いないわね」


「そうじゃろう。とはいえ世界は広いからのう、だが例え他にいたとしてほんの一握りじゃろうて」


 リルは肩を落として部屋を去ろうとするがフッと顔を上げる。


「あっ! カシューお土産お願いね!」


「分かりました」


 最終的にリルはニコニコ顔で去って行った。


 そして、ラッカー長老から僕以外に誰がフィンフィン大市場に行くかを聞いた。


 僕以外に四人いるらしい。


 ペンキ屋さんである犬族のオリエントさん。シャノの父親でお馴染みの人物だ。


 村一番の狩人であるエルフのオーガスタさん。


 エステルの父親であるエルフのレタンさん。レタンさんは農業をしつつ皮革製品や宝飾品を作れる細工職人でもある。彼は様々な見識を有していて、エステルの記憶力がいい部分は彼から受け継がれている気もする。


 そして、大工のゴッズさん。ゴッズさんは狼耳の獣人であり、狼族と呼ばれている種族だ。彼は二五歳でありながら、村一番の技量を持つ大工だ。なんでも物心付いたときから建築をしたらしい。


 丁度、今、僕は洗剤を開発しているのでこれの開発をフィンフィン大市場の開催に間に合わせて持っていくことにしよう。

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