第9話 スライム遊びが流行った

 僕が水のりの製法を村全体に伝えたあと、封筒を封にするのが簡単になったりと大人達の間で評判が良いらしい。


 また、子供たちが水のりとホウしゃと呼ばれる鉱物を混ぜて某動画サイトでよく見かけたスライム遊びをやっていた。


 外でエステルがドロドロした液体を手に付けながらシウを追いかけ回していた。


「シウ~」


「や、やめぬか! 汚れるわ!」


 シウとエステルは辺りをぐるぐる回る。


「子供ね。こんなのが楽しいなんてね」


 リルはエステルを子ども扱いしつつも、頬にはドロドロの液体が付いていた。


 しっかり楽しんだようだ。


「あれって感触が楽しいの? 僕やったことないから分からなくて」


「ふふん、そうね。伸ばしたり縮めたり癖になるわよ。心なしか音も気持ちいいわ」


 リルは腕を組んで楽し気だった。


「楽しめてなによりだ」


「そうそう……いや、別に楽しくはないわよ」


 最初に大人ぶったせいで引くに引けなくなっているようだ。


「ふと思ったけど、本物のスライム取って触ったらいいと思うんだ」


「勝手に動くじゃない、あの魔物。スライムは危害を加えない限り攻撃してこないけど、何かの弾みで攻撃されたら危ないわよ」


 それもそうだ。


「あの疑似スライムに色を付けたらもっと楽しくなると思う?」


「え? 色付けれるの⁉」


 リルは目を輝かせる。


 僕の声が聞こえたエステルも足を止めた。


「色付けたい!」


「分かった」


 単純に何かしらの塗料を混ぜれば疑似スライムに色は付く。


 森には顔料(色を付ける粉)や樹脂(のりの役割をする液体)が豊富にあり、すでに村の人々は様々な色の塗料を作っていた。


 だが、中には有害な顔料もあるので子供が素手で触るには忍びない。


 比較的、安全な塗料を選んで使ってもらおう。


「じゃあ、ペンキ取ってくるよ」


「「はーい」」


 リルとエステルは元気よく返事をする。


 僕は村で塗料を作っている人の所へと行く。


 ドアがない石造りの家。そこが村で塗料を作っている人の家だ。


 家に入ると女の子がいた。


「カシュ―様?」


「シャノさん」


 シルバーグレイ色のショートヘアでルビー色の瞳の犬の耳と尻尾を持った犬族と呼ばれる獣人がいた。シャノは薄緑色を基調としたワンピースを着ており、白色のタイツを履いていた。


「お父様の工房にようこそ」


 シャノさんは僕の腕を引っ張って奥へと連れて行く。


 奥には鉄製の容器に入った塗料をへらでかき混ぜている犬族の男性がいた。シャノのお父さんだ。名前はオリエントと言う。


「おおう! カシュ―様だ。どうしたこんなところに」


「ペンキが欲しくてきました」


「何に使うの?」


「この前、開発した水のりに色を付けるんだよ」


 僕はシャノの問いに簡潔に答えた。


「面白そうですね」


 それともう一つとても大事な用事がある。


「シャノさん」


「何ー?」


「触りたい」


「っ⁉」


 赤面するシャノさん。


 犬族のモフモフを堪能したことない気がする。きっとフェンリルのシウと似たような感触かもしれない。でも確かめるまでは分からない。


「ごほっごほっ」


 オリエントさんはむせていた。


「あーあれだ。カシュ―様のことだから触りたいのは尻尾と耳だろ。だがうーん……親の俺の前で娘を触りたいって言うのはどうかしてると――」


「いいよ、カシュ―様なら……」


 シャノさんはオリエントさんの言葉を遮って髪を撫でながら目線をこちらに向けていた。


「でも嫌だったらオリエントさんでもいいよ」


「もうっ」


 シャノさんは白けていた。


 気を遣ったのが間違いだったらしい。シャノさんは僕が思った以上に気を許してくれるかもしれない。


「お、俺!? まあ、いいけどよ。このペンキの材料だってカシュ―様が見つけたものが多いしな」


「では」


 僕はオリエントさんの背後に回って尻尾を両手でニギニギと触る。


「お、おおう! これは中々のお手前で」


「あわわ……」


 オリエントさんが気持ちよさそうにしていると、シャノさんは手で顔を隠し、指の隙間からこちらを見ていた。


「これは中々……フェンリルや猫族とは感触が違う気がする。少しコシがある。素晴らしい」


 僕はオリエントさんの尻尾を触りながら開発品を作るときよりも脳をフル回転させた。


「お父さん! 変態! 羨ましい!」


 シャノさんは走ってどっか行ってしまった。


 羨ましかったのか。遠慮なく触れば良かった。


「シャ、シャノ! 待ってくれ! 違うんだ! 普段カシュ―様にはお世話になっているから」


「僕もしかしてまずいことしちゃいましたか」


「ま、まぁ……カシュ―様は気にしないで下さい。たははは……」

 

 オリエントさんは乾いた声を出す。


 気を取り直して、目的を果たそう。


「酸化鉄の顔料で出来た塗料を下さい」


「おお、あれな!」


 酸化鉄は毒性がなくアレルギー性もないので安全だとされている。


 その証拠に地球では化粧にだって使われている。


 僕は酸化鉄の顔料できた塗料をオリエントさんから貰った。


 色は三種類、黒、黄、赤だ。


 だがさすがに塗料を三つ持っていけないので、【元素操作】でペンキを容器ごと宙に浮かしてリルとエステルの元へと帰った。


 ――――その後。


「これがあたしのレッドスライムよ」


「これはエステルのブラックスライム! 勝負しよ!」


 リルとエステルは微笑ましい人形遊びをしていた。

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