第8話 水のり作った

 僕はリルと一緒に帰路に着く。


 夕食を採ってから水のりの開発を進めることにした。ちなみに今日の夕食は野菜たっぷりのシチューだった。リルが大量に採ってきたアカモドキと呼ばれる赤い実も入っている。


 僕は自室へと向かう。


 後ろにはなぜがリルがいた。


「何?」


「暇よ」


「そうなんだ」


 僕は自室に入るとリルもなぜが入ってきた。


「今から水のりを作ります」


「なにそれ美味しいの?」


「食べたらお腹壊すと思うけどね」


 リルと会話しながら僕は懐からアカモドキと呼ばれる赤い実を出す。


 まずはこの実からエキスを抽出しよう。


 アカモドキはグレープフルーツと成分が似ている。そして、地球ではグレープフルーツのエキスを様々な製品の防腐剤に用いていた。つまり、このアカモドキのエキスは他の開発品の防腐剤として使うこともできるというわけだ。


 僕はコップを自室の窓前にある机に置く。


 コップの中にアカモドキを二つ入れる。


「『元素分解』」


 スキル【元素操作】でアカモドキのエキス以外の部分を消滅させた。


 コップの中にはオレンジ色の液体が入っていた。


「後は水が必要だ」


「持ってくるわ!」


 リルは僕の言葉を聞いて駆け出す。


 良い子だ。ちょっとツンとした部分もあるが素直で協力的な子だ。


 こういうのをツンデレではなくデレツンといのだろうか。


「持ってきたわ! あたしが【水魔法】使えれば話は早かったんだけどね」


 バケツは僕の机の下に置かれた。


「リルは【炎魔法】を使うからね」

 

 リルの家系は皆【炎魔法】の使い手だ。


「ほら、感謝して」


 相変わらずリルは褒められたりがりだ。


「ありがとう」


「ふふん」


 満足そうにリルは不敵な笑みを浮かべていた。


 ありがたい。けど、そこまで喜ぶようなことだろうか。


 僕はトゲトゲノ木の樹液が入った壺も机の前に置く。樹液はすっかり固まっていたので【元素操作】でいつも通り分子運動させて温めて、液体に戻した。


「では今から水のりを作ります」


「御託はいいわ、早く作って」


「はい」


 急かされてしまった。きっと、水のりが何なのか分かってないかもしれないのに。


「この場合、割合が大事なんだよね。水と樹液の」


「ふーん」


 リルは頭の後ろで手を組んでなんとなく聞いていた。


「水が七五パーセント前後、樹液が二〇パーセント以上の割合だとのりとしての効果を発揮するはずなんだ。あとは数滴、アカモドキノのエキスを加えて混ぜれば完成だ」


 この割合に関しては僕が化学者として培ってきた勘だ。実際に製品開発は緻密な計算がいるように思えて手探り状態で成分の割合を決めることが多いので勘が大事な場面が多い。そこから最適な成分の割合を決めるわけだ。


 僕は机の引き出しから磁器製の瓶を取り出す。


「手早く終わらそう」


 【元素操作】で瓶にトゲトゲノ木の樹液に移す。さらにバケツから水、コップからアカモドキのエキスを取り出して瓶に移動させる。それぞれの液体は独りでに持っている瓶に入っていった。

 

 入れた割合はさっき僕がいった通りにした。


「ここからが大事な作業なんだ。樹液を水の中に溶かす必要がある」


「カシュ―ってほんとなんでも知っているわね。さすがだわ」


「お褒めの言葉はいらないよ。その代わり尻尾と耳を触らせて」


「い、意味分からないわよっ」


 リルは恥じらうように自分の体を抱いて横を向いた。


「とにかく樹脂を水の中に溶かすには混ぜなければならなんだ」


「へぇ」


 リルは恐る恐る、首だけこちらを向けていた。


 【元素操作】で瓶の中の液体同士を撹拌させる。


 混ぜすぎて駄目なことはない。むしろ撹拌不足で混ざり合わないと水のりの性能が発揮されない。


 瓶の中の液体はぐるぐる回る。それを僕とリルは覗き込んだ。


「「おお」」


 リルと一緒に歓喜の声を上げた。


 もう充分だろうと思って撹拌を止めた。


「これで水のりができた」


「で、それ何の役に立つのよ」


「それが問題なんだよね」


「とりあえず明日、皆の前でどういうものかを説明するよ」


 僕は瓶に蓋をして、今日の作業を終えた。


◆◇◆◇◆


 翌日、ラッカー長老の家の前で人を集めた。


 まず、近隣住民に水のりを紹介することにした。


 家の住人以外にも見知った顔がチラホラといた。エルフのエステルやその両親、狐族のグスタさんらがいた。


「水のりはこういう風に紙同士を接着させるのに向いている接着剤です」


 僕は動物の皮から作られた紙同士を水のりでくっつけてみた。


「ほとんどの成分が水なので容易に生産できると思います」


 僕は紙同士がちゃんと接着しているかを確認してもらうためにラッカー長老に紙を渡した。


「確かにひっついとるようじゃ、ほれグスタ」


「ほう、これはまた奇怪な水ですな」


「もちろん無理やり引っ張たら取れますが、容易には取れないと思います」


 村の人々は紙を回す。各々、ほうとかふむとか言って唸っていた。


「この水のりさえあれば、簡単に封筒に封をすることができるようじゃ。いつも蝋を垂らして封をしておるからの」


 ラッカー長老は水のりの用途を考えていた。


 実は広大なレガリアの森の中にはこのレガリアの村を中心として幾つかの村がある。その村同士でやり取りするのに伝書鳩を使って手紙を持たすことがあるので手紙を送り合う文化がある。


「俺は色んな雑誌を切り抜いて別の紙に貼ろうかな」


 スロさんは腕を組んで考えこんでいた。


 レガリアの森は外部との交流は絶っているが、中には人間に紛れて働く者もいる。その者達が新聞や雑誌を買って帰るときがある。その新聞や雑誌は村の人々にとって娯楽の一部になっているのだ。


 他に意見が出てこない様子を見て僕は口を開く。


「他にも使い方があります。例えば――」


 僕は前世でインターネットを使って動画サイトを見たときに水のりを使って疑似的にスライムを使って遊んでいる人がいたことを思い出した。村の子供たちの娯楽が増えるのはいいことかもしれない。また、液体のりには水の膜で鏡が曇るのを防ぐ仕組みを持っているので、そのことも話した。


 化学者っぽいことができて良かった。それに少なくとも役に立つかもしれないことは確かだ。


 僕は達成感を得たのだった。

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