第6話 樹液とった
僕は朝、散歩していた。
目的はない。ただ、健康維持のためだ。
「あ! カシュ―君‼」
村の整備された土道を歩いていると横手から女の子の声が聞こえた。
「エステル」
横を振り向くとエルフの女の子エステルがいた。
愛嬌たっぷりのニコニコした顔で近づいてくれた。
「なにしてるの?」
「散歩だよ」
「エステルも行く!」
「いいよ」
「やったー!」
エステルはぴょんと跳ねて喜ぶ。
そこまで喜ぶことなんだろうか。
僕はエステルを連れて土道を歩く。会話をしながら空から降り注ぐ心地よいお日様を浴びる。
家々の間にある道を歩き、さらに田んぼの間を通る。
朝から様々な種族が畑仕事をしている。犬の耳と尻尾を生やした犬族。ライオンの耳と尻尾を生やした獅子族。中には翼を生やした翼人族というのもいる。
「一次産業は大事だ」
「いちじさんぎょお?」
オウム返しをするエステル。
「農業とか林業とか生活に必要不可欠な産業のことだよ」
「難しいよ」
「めっちゃ大事な仕事」
「なるほど!」
簡潔に説明してあげた。
さらに歩き続けた僕たちは比較的、木々の間が開けている森に入る。
「カシュー君が食べれるようにしたニガチャイロ豆、おかーさんとおとーさんが美味しそうに食べてたよ!」
「なら良かった」
ニガチャイロ豆を食べれるようにするためのレシピを伝えてから数日経っており、好評だということは聞いた。
「この辺まで歩いたことない」
エステルは額に手を当ててキョロキョロと辺りを見渡す。
「僕もないね。エステルと一緒だから歩くのが楽しいよ」
「えへへっ」
エステルはニコーッと花が咲いたように笑う。
この整備された道は森中に張り巡らされており、森の外まで続いている。
あんまり遠くに行きすぎると戻るのが大変なのでそろそろ戻ろうと思う。
「そろそろ戻ろう」
「うん!」
僕たちは踵を返す。
そのとき、僕は横手の奥に見える木を見て足を止める。
「カシュ―君?」
エステルが不思議そうな顔でこちらを見ている。
僕は無言で木に向かって指をさしてから口を開く。
「あの木からなんか出てる」
僕は木から何かしらの固形物が出ていることに気付く。
「ほんとだ! レインボークワガタだ!」
エステルは隣の木に指を向けた。
体を虹色に輝かせるクワガタだ。これは確か希少な虫だったはず。
「それも気になるけど僕が見ているのは隣にある木だよ」
僕は木に近づく。
エステルも付いてきた。
木に近づくと橙色の樹液がぷくーっと膨らんで固まっていた。
「なにこれ~プニプニだ」
エステルは固形物をつんつんと指で突く。この固形物は樹液が乾燥して固まったものだ。
僕は【元素操作】で固まった樹液を分子運動させて温める。
樹液はドロドロの液体に戻った。
「なにしてるの?」
エステルは不思議そうな声を出す。
僕が指を樹液に突っ込んだからだ。
「どんな成分なのか調べているよ」
僕は【元素操作】の副次的な能力を使った。
【元素操作】は名前の通り、あらゆる元素を自由自在に操作することができるのだが、操作する対象を構成している元素を把握する必要がある。
元化学者だった僕はある程度、知見が多いと自負している。
でもさすがに木から溢れる謎の樹液を一目見て、どんな元素で構成されているか分からない。
なのでこうやって触れることで物質を構成する元素を把握しているというわけだ。
「やっぱりそうなんだ」
僕は呟く。
この樹液を僕は知っている。前世では水のりに使われているアラビアガムという成分に似ている。マメ科アラビアゴムノキという植物から採れる樹液だ。ただ、ここは異世界なのでこの木の名前は違う。
「この木は確かトゲトゲノ木」
トゲトゲノ木。樹皮の表面が荒いのでそう呼ばれている。
まさかアラビアガムと似ている樹液が流れていたとは。
この樹液を木の名前にちなんで名づけるならトゲトゲガムとなるだろう。
「わっ」
エステルは目を見開く。
僕は【元素操作】で樹液を木から吸いだし、右手のひらの上で球体にして浮かせているからだ。
「これで水のりというものを作るよ」
「うん! 水のり作ろう!」
「水のり知ってる?」
「知らない」
エステルは水のりというものがよく分かってないのに元気よく反応してくれたのか。
ノリが良い。
水のりが村の人々に必要なのかは分からない。だが何かしら開発すれば村の皆が喜んでくれるかもしれない。
「レインボークワガタ取っていい?」
「いいよ。その虫飼うの?」
「うん飼うよ。名前何にしよっ」
エステルは考え込んだあと。
「カシュー君の名前使ってもいい?」
「いいよ」
「じゃあこの子はレインボーカシュー君」
エステルはレインボーカシュー君を、本物のカシュ―君こと僕は球体にした樹液を浮かしながらそれぞれ、自分の家に帰った。
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